経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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18/7/9(993号)
7月6日の米国の対中制裁発動

    中国の即座の報復関税決定はやはり間違い?

    7月6日、米国は予定通り対中制裁関税を発動した。これに応じ中国も米国製品に対して報復関税を課すと発表した。対象額は、共に総額500億ドルの内の340億ドルである。ギリギリになっての譲歩があり報復合戦は回避されるといった希望的な観測もあったが、これはなかった。

    中国の報復関税に対して、既にトランプ大統領は2,000億ドルを対象に報復関税(10%)を検討するよう指示を出している。新しい話は、この2,000億ドルの制裁でも効き目がなかったら、さらに3,000億ドルに追加関税の対象を増やすとトランプ大統領が言い出したことである。要するにそのうち中国からの輸入品の全部を制裁の対象にすると言っているのと同じである。もしこの通りに事が進めば、まさに米中間の全面的な貿易戦争ということになる。

    それにしても米国の対中制裁関税の発動はすんなりと実施された。しかし想定されていた事態と言え、市場には大きな混乱は見られなかった。各国の株式市場ではむしろ制裁発動を「アク抜け」と捉え、一転して株価上昇に転じたところが多かった。


    ところで筆者は、先週号で大胆に「最初の(米国の)追加関税に対して即座に報復関税を決めた中国の対応が失敗」と述べた。筆者は、率直にそう思った。しかしこのようなコメントは、ほとんどのメディアで見かけないものである。これは筆者の勝手な思い込みと捉えられたかもしれない。

    ところが数名の著名な中国の学識者が「中国政府の即座の報復関税決定は間違い」といった驚くような論文を発表したようだ。しかもこの論文はインターネット上で中国高官の間で回覧されているという話が伝わっている(ブルームバーグ・ニュース)。この論文の本文を読んだわけではないが、どうやら結論だけは筆者とほぼ同じと感じる。少なくとも中国において「政府の即座の報復関税決定」が間違っていたという意見があると見て良い。しかしもしこの話が本当なら、独裁体制と言われている習政権において異例なことが起っていることになる。


    中国の学識者の言い分は「米国との報復合戦に備えた準備が出来ていない段階で、中国がこれを誘発するような報復関税を打出したことは間違い」ということらしい。客観的に見て、この意見は納得の行くものである。またこのような意見が漏れ伝わって来ると言うことは、中国政府が事の後先(あとさき)を考えず、面子で報復関税を決定した可能性が強いという筆者の推理を補強する。

    そもそも習政権の決定を否定する意見が出たこと自体が驚きである。したがってこれらの学識者に対する中国政府の対応が注目されるところである。どうもトランプ大統領の強引な行動は、中国の首脳部を揺すぶった可能性がある。

    たしかに米国との報復合戦に関して、少なくとも中国側に「迷い」があると感じられる。筆者は、今回の中国政府の判断が正しかったかどうかの中国国内での評価が、案外、後に「大事(おおごと)」になると見ている。場合によっては、磐石と思われた習体制が揺らぐ可能性さえ生まれると筆者は思う。


    筆者の関心は、米国の次の行動である。中国が米国の追加関税に対して即座に報復関税を発動した以上、トランプ政権がこれに対する報復を行う順番になる。つまり2,000億ドルに対する追加関税の話になり、どこまでこれが具体化するかが問題になる。もちろんこの追加制裁に対する中国の反応が見物となる。

    先週号で「今は世界の通商と政治が歴史的な大混乱に陥るかもしれない前夜である」と述べた。その号砲が7月6日の米国の対中制裁発動で発せられたと筆者は認識する。ところが当日は結構大きなニュースが連続したせいか、テレビなど日本のメディアはこれをほとんど取上げなかった。どうも中国が絡むと日本のマスコミは逃げ腰である。


    次の追加制裁2,000億ドルの行方

    トランプ大統領の一連の通商制裁は「無茶苦茶」「常軌を逸している」と評価されている。特に反トランプのメディアの評論は厳しい。まるでトランプ大統領の判断と行動が完全に間違っていると言わんばかりである。

    よく聞くのが「誰も得をしないトランプ大統領の通商制裁」という薄っぺらな意見である。筆者は、これを「自由貿易こそが人々に利益をもたらす」という観念論者の常套句の裏返しとして聞いている。日経新聞にもこのセリフが溢れている。


    このセリフの根底には古典派経済学の「比較優位の原理」がある。交易が活発になれば、交易を行う両国に利益が生まれるという単純で幼稚な経済理論である。しかしこれには両国間の為替レートが適正な範囲に収まっているという前提条件が必要である。

    ところが中国は02/7/22(第261号)「中国の不当な為替政策」で説明したように、著しく不当な為替レートをずっと維持してきた。これは本誌が16年も前から指摘して来た話である。不当な為替レートのままでは「比較優位の原理」が働かず、全ての生産活動を中国で行うことが一番合理的ということになる。さすがに米議会で中国の為替操作が度々問題になったが、中国や中国に進出した米大企業はロビー活動によってこの動きを潰してきた。この結果が今日の米国の膨大な対中貿易赤字である。トランプ大統領までの歴代の米国大統領は、この異常さに全く対応できなかった。


    それどころか驚くことに自由貿易を推進するはずのWTOは為替に全く関心がない。また間抜けな自由貿易主義者達は、中国の為替の操作を問題にして来なかった。このようして中国の不当な為替操作は、長い間、世界から見逃されて来たのである。

    中国の輸出品に関する補助金も問題である。しかし中国政府が補助金を出していることを証明することは簡単ではない。特に中国のような中央集権で秘密主義の国の場合には困難が伴う。WTOは補助金を一応問題にするが、巧妙な形で出される補助金まで把握しているとは思われない。

    米国政府は、中国の大手通信機メーカーの華為技術や中興通訊(ZTE)に対し米国からの締出しや制裁を行っている。一つは安全保障上の問題が理由になっているが、この他にこれらの通信機メーカーに中国政府から多額の補助金が出ているという情報を掴んでいるからと言われている。何しろ両社の製品価格は他メーカーの半額という。中国からの輸入品については、これまでも他に補助金が噂になったものが多い(太陽光パネルなど)。このように貿易に関し、中国は問題だらけである。ところが中国は、何を勘違いしたのか自分達こそが自由貿易主義と大笑いしそうなことを言い始めている。


    米中の貿易摩擦(戦争)は、7月6日に戦端が切られた。制裁関税は予定通り340億ドルで始まったが、これは500億ドルまで増える。前述の通り問題は次の追加制裁、つまりトランプ大統領が検討を指示した2,000億ドルである。

    筆者は、大統領が3,000億ドルと言い出しているので、2,000億ドルは実施するのではないかと推測する。また税率を20%から10%に引下げていることも実施を前提にしていると感じられる。しかしいずれにしても当初の制裁対象額である500億ドルに達してからの話である。


    今のところ米中の大きな貿易摩擦の段階であるが、いつ両国による貿易戦争に発展するか誰もが注目している。この鍵を握っているのは、米国でありトランプ大統領である。大統領の周りは対中強硬派が固め、穏健派のムニューシン財務長官は難しい立場に置かれていると言われている。

    どうも米中の対立の根源は、通商問題を超えたところにあるという様相になっている。単なる通商問題なら、いずれ落とし所が見えてくると筆者は考える。しかし問題が通商だけでなく安全保障もということになれば、この話は違ってくる。これについては来週号で取上げる。



来週は「誰も得をしないトランプ大統領の通商制裁」を検証する。



18/7/2(第992号)「歴史的な大混乱の前夜?」
18/6/25(第991号)「米中の通商摩擦問題の新局面」
18/6/18(第990号)「米朝主脳会談に対する筆者の雑感」
18/6/11(第989号)「デフレギャップの分析」
18/6/4(第988号)「デフレギャップと社会保障」
18/5/28(第987号)「100兆円の基金の設立」
18/5/21(第986号)「北朝鮮情勢他」
18/5/14(第985号)「環境の激変に対応できない財務官僚」
18/4/30(第984号)「「ノーパンしゃぶしゃぶ」事件の顛末」
18/4/23(第983号)「日米主脳会議に対する筆者の感想」
18/4/16(第982号)「通商摩擦は中国の敗北」
18/4/9(第981号)「米中の通商摩擦の行方」
18/4/2(第980号)「森友学園問題の真相」
18/3/26(第979号)「米中貿易戦争」
18/3/19(第978号)「米朝主脳会談を推理」
18/3/12(第977号)「トランプ政権の脆弱な経済スタッフ」
18/3/5(第976号)「米国でのシニョリッジ政策」
18/2/26(第975号)「世界的な「金余り」の実態」
18/2/19(第974号)「VIX指数の不正操作」
18/2/12(第973号)「VIX指数暴落か」
18/2/5(第972号)「日本政府の貸借対照表」
18/1/29(第971号)「日本の経済論壇の病根」
18/1/22(第970号)「再びノストラダムスの大予言」
18/1/15(第969号)「今年のキーワードは「渾沌」」
17/12/25(第968号)「狙いは需要創出政策の阻止」
17/12/18(第967号)「経済論議混迷の根源はNAIRU」
17/12/11(第966号)「日本の経済の専門家はおかしい」
17/12/4(第965号)「需要で日本の経済成長は決まる」
17/11/27(第964号)「続・「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
17/11/20(第963号)「PB黒字化は本当に国際公約か」
17/11/13(第962号)「これからの重大な政治課題」
17/11/6(第961号)「旧民進党の研究」
17/10/26(第960号)「48回衆議員選の分析」
17/10/16(第959号)「北朝鮮の国営メディアと同じ」
17/10/9(第958号)「総選挙の結果の予想」
17/10/2(第957号)「総選挙と消費増税」」
17/9/25(第956号)「解散は早い方が良い」」
17/9/18(第955号)「制裁の狙いと効果」」
17/9/11(第954号)「北朝鮮への「圧力と対話」」
17/9/4(第953号)「北朝鮮の核を考える」
17/8/28(第952号)「日本のテレビ局をBPOに告発」
17/8/14(第951号)「日本の構造改革派の変遷」
17/8/7(第950号)「今回の内閣改造について」
17/7/31(第949号)「加計問題の教訓」
17/7/24(第948号)「加計問題と日本のマスコミ」
17/7/17(第947号)「消化不良の参考人招致の質議」
17/7/10(第946号)「前川前事務次官の参考人招致」
17/7/3(第945号)「官邸への報復」
17/6/26(第944号)「加計学園の獣医学部新設騒動」
17/6/19(第943号)「小池都知事の不安煽り政治」
17/6/12(第942号)「米国のパリ協定離脱」
17/6/5(第941号)「テロ等準備罪(共謀罪)の話」
17/5/29(第940号)「安倍総理の憲法改正の提案」
17/5/22(第939号)「半島有事への日本の備え」
17/5/15(第938号)「朝鮮半島の非核化」
17/5/1(第937号)「予備自衛官の大幅増員を」
17/4/24(第936号)「理解されないシムズ理論の本質」
17/4/17(第935号)「シムズ理論と「バカの壁」」
17/4/10(第934号)「経済再生政策提言フォーラムとシムズ理論」
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17/3/27(第932号)「シムズ理論とシムズ教授」
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17/2/27(第928号)「トランプ大統領のパリ協定離脱宣言」
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17/2/6(第925号)「日米主脳会議への対策はアラスカ原油輸入」
17/1/30(第924号)「そんなに変ではないトランプ大統領」
17/1/16(第923号)「今年の展望と昨年暮れの出来事」


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