経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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17/11/20(963号)
PB黒字化は本当に国際公約か

    「2020年までのPB黒字化」の撤回

    10月15日日経新聞3面にかなり重要な記事が掲載されたが、それに反し取扱いが極めて小さかった。「日本はPB(プライマリーバランス)を2020年までに黒字化するという国際公約を撤回する」というものである。日本はこれをワシントンでのG20財務相・中央銀行総裁会議で表明した。しかし総選挙直前ということもあってか、その後、このニュースはほとんど話題にもならなかった。もっともマスコミの方もあまり取上げたくなかったと見られる。

    たしかに「PBを2020年までに黒字化する」という話はよく聞く。しかしこれが国際公約にまでなっているという話は、奇妙と筆者はずっと思っていた。筆者はこれについて調べ17/10/2(第957号)「総選挙と消費増税」」で「民主党政権時代の11年10月のG20の財務相・中央銀行総裁会議で、当時の安住財務大臣が勝手に宣言したものと筆者は理解している」と述べた。ところがもっと調べてみると、この前年の10年6月のトロントのG20サミットで菅元首相が同様の表明を行っている。


    ただし各国から日本の財政赤字が問題にされ、財政健全化を迫られた結果「PBの2020年までの黒字化」を約束させられたわけではない。たしかにリーマンショック後にギリシャの財政問題が表面化し、この10年のサミットで各国は13年までに財政赤字を半減させることで合意した。ところがここが重要なところであるが、この合意で日本だけは例外扱いになった。日本だけは財政赤字を半減させる必要はないという話になったのである(それにもかかわらず菅元首相が勝手に「PBの2020年までの黒字化」を表明した)。これは当たり前の話で、日本のような経常収支の黒字が大きくかつ膨大な外貨準備を持っている国が緊縮財政を実施することは、他の国にとってはむしろ迷惑である。

    おそらく各国は、日本政府が累積債務の一方で巨額の金融資産を持ち、また日本の公的年金の積立額が世界一ということも知っていたと思われる。また国債のほとんどが日本国内で消化され、金利は世界一低い水準で推移している。この上さらに緊縮財政を行おうとは「フザケルな」という雰囲気だったはずだ。むしろ日本には積極財政を採ってもらいたいというのが、各国の本音であったと思われる。


    ところが日経新聞を始め、当時、マスコミは日本の財政赤字が大き過ぎるのでとても無理と見られ、同情され例外扱いなったと完全に間違った報道と解説を意図的に行っていた。それどころか日本の財政再建派の面々は、菅元首相や安住元財務大臣が国際会議の場で一方的に表明したこの話を「国際公約」と騒いで来たのである。

    この菅元首相や安住元財務大臣に加え、野田前首相が、「社会保障と税の一体改革」、つまり消費増税(5%から10%への)を推進した中心的政治家と言える。しかし世間では菅元首相や安住元財務大臣が、日本の経済や財政問題に精通している政治家という認識はなかったはずである。ましてや国政選挙で民主党が消費増税を公約に掲げたことはなかった。つまりこれらの民主党の政治家は財務官僚の振付けで踊っていたと見て良いであろう。


    今回の国際公約を撤回するという表明に対して各国の反応は冷ややかである。「金利がマイナスになっているくらいなのに、日本は今頃何を言っているか」という雰囲気であろう。しかし日本のマスコミは「PBを2020年までに黒字化する」ことが不可能になったから撤回したとだけ解説する。

    そもそも「2020年までに黒字化する」という話は、「2013年までに黒字化する」という以前の目標を延長したものである。この時も特に議論がなく簡単に延長した。国際公約とか言っているが本当に軽いものである。


    どうやら安倍総理は解っている

    だいたい「PBを黒字化すること」に意義があるのかという根本の論議が欠けている。ところが財政再建派は、「PB黒字化」は当たり前の原理で、これについては議論をさせないという空気を作ってきた。明らかに日経新聞を始めとする日本のメディアもこれに同調してきた。まるで日本において「PB黒字化」に疑問を持つことは犯罪に近い行為という雰囲気が作られている。

    たしかに18世紀、19世紀の経済を前提にした経済理論なら、「PB黒字化」によって金利は低く抑えられ、この金利低下によって投資や消費が増えることにもなろう。ところが「PB黒字化」を目標にした14年の消費増税によって、逆に投資・消費が急減した。これに対しては財政学者などの御用学者や財政再建派政治家は、増税後一時的に需要が落込んでもその後日本経済は「V 字回復する」といい加減なことを言っていた。しかしV字回復なんて有り得ず、今日、補正予算と輸出増で日本経済は辛うじて支えられている。


    そもそも日本の金利はずっと世界一低い水準で推移してきたのである。それでも投資・消費の水準はずっと低位のままであった。ましてや13年からの日銀の異次元の金融緩和で、とうとう金利はマイナスになった。つまりこれ以上の金利低下は必要がなく、このことは「PB黒字化」が日本経済に対し何もプラスがないことを意味する。

    財政再建派は、本当のところ財政にしか興味がなく、「PB黒字化」がもたらす日本経済への悪影響を軽視してきた。だから消費増税分の8割を財政再建に回すといった本当に「馬鹿げたこと」を平気で決めたのである。この大失態で少なくとも自民党内の財政再建派の勢いは弱まった。だから先週号などで紹介したように、魔の2回生(現在は晴れて魔の3回生)の20名弱が集り「政策目標になっているPB(プライマリーバランス)の放棄」や「積極財政」を訴える勉強会を始めるまでになった。

    これまで自民党内の財政再建派の力を感じ、このような動きは躊躇された。議員個人が財政再建路線に疑問を持っても、「PBの放棄」なんてとても口に出せない時代が続いてきた。ましてや積極財政派の議員グループが登場するのは20年振りである。筆者が当コラムを発刊したのも、20年ほど前から橋本政権下で構造改革派が生まれ財政再建派と結託し、積極財政派を追詰め始めたことがきっかけであった。


    安倍政権の財政運営は、当初から「新規国債は発行しない」と、この「PBの2020年までの黒字化」といった方針にずっと縛られてきた。このため14年に消費税を3%も上げたのに、安倍政権はたった千億円単位の財政支出でさえ自由にならなかった。例えば保育園の待機児童が問題になった時にも、解決のための予算措置が難しいほどであった。

    では安倍総理ご自身が「PB黒字化」についてどう考えているかである。これについて日経新聞10月30日の「経済教室」に岩本康志東京大学教授(専門が公共経済学ということだから財政学者)の興味ある文章が掲載されている。この中で「安倍首相は基礎収支(つまりPB(プライマリーバランス))の黒字化に消極的と思われ、選挙後に『アルゼンチンは基礎的収支黒字化で債務不履行になった』とも発言した」という話を教授が紹介している。

    要するに安倍総理は解っているのである。ただ「PB黒字化の放棄」や「新規国債の発行」に簡単に踏み出せるか不明である。おそらく「PB黒字化」については、柔軟な形に変えても延長すると筆者は思っている。党内外の財政再建派の勢いは弱まったと言え、まだ隠然とした力がある。早速、「教育無償化について自民党内で議論を行っていないのに、財界との間で3,000億円の拠出の話が出ている」と噛みつく議員がいる。



来週は、財政に関する虚言・妄言をまとめて取上げる。これについては過去に何回か取上げたことがある。



17/11/13(第962号)「これからの重大な政治課題」
17/11/6(第961号)「旧民進党の研究」
17/10/26(第960号)「48回衆議員選の分析」
17/10/16(第959号)「北朝鮮の国営メディアと同じ」
17/10/9(第958号)「総選挙の結果の予想」
17/10/2(第957号)「総選挙と消費増税」」
17/9/25(第956号)「解散は早い方が良い」」
17/9/18(第955号)「制裁の狙いと効果」」
17/9/11(第954号)「北朝鮮への「圧力と対話」」
17/9/4(第953号)「北朝鮮の核を考える」
17/8/28(第952号)「日本のテレビ局をBPOに告発」
17/8/14(第951号)「日本の構造改革派の変遷」
17/8/7(第950号)「今回の内閣改造について」
17/7/31(第949号)「加計問題の教訓」
17/7/24(第948号)「加計問題と日本のマスコミ」
17/7/17(第947号)「消化不良の参考人招致の質議」
17/7/10(第946号)「前川前事務次官の参考人招致」
17/7/3(第945号)「官邸への報復」
17/6/26(第944号)「加計学園の獣医学部新設騒動」
17/6/19(第943号)「小池都知事の不安煽り政治」
17/6/12(第942号)「米国のパリ協定離脱」
17/6/5(第941号)「テロ等準備罪(共謀罪)の話」
17/5/29(第940号)「安倍総理の憲法改正の提案」
17/5/22(第939号)「半島有事への日本の備え」
17/5/15(第938号)「朝鮮半島の非核化」
17/5/1(第937号)「予備自衛官の大幅増員を」
17/4/24(第936号)「理解されないシムズ理論の本質」
17/4/17(第935号)「シムズ理論と「バカの壁」」
17/4/10(第934号)「経済再生政策提言フォーラムとシムズ理論」
17/4/3(第933号)「シムズ理論の裏」
17/3/27(第932号)「シムズ理論とシムズ教授」
17/3/20(第931号)「シムズ理論とアベノミクス」
17/3/13(第930号)「アメリカの分断を考える」
17/3/6(第929号)「移民と経済成長」
17/2/27(第928号)「トランプ大統領のパリ協定離脱宣言」
17/2/20(第927号)「トランプ現象の研究」
17/2/13(第926号)「為替管理ルールの話」
17/2/6(第925号)「日米主脳会議への対策はアラスカ原油輸入」
17/1/30(第924号)「そんなに変ではないトランプ大統領」
17/1/16(第923号)「今年の展望と昨年暮れの出来事」
16/12/26(第922号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(まとめ)」
16/12/19(第921号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(モラルハザード他」
16/12/12(第920号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(日銀の独立性他」
16/12/5(第919号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(物価上昇編(2))」
16/11/28(第918号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(物価上昇編(1))」
16/11/21(第917号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(基本編)」
16/11/14(第916号)「トランプ大統領誕生は良かった?」
16/11/7(第915号)「Q&A集作成のための準備」
16/10/31(第914号)「中央銀行に対する観念論者の誤解」
16/10/24(第913号)「落日の構造改革派」
16/10/17(第912号)「ヘリコプター・マネー政策への障害や雑音」
16/10/10(第911号)「事実上のヘリコプター・マネー政策」
16/10/3(第910号)「財政均衡主義の呪縛からの覚醒」
16/9/26(第909号)「日本経済こそが「ニューノーマル」」
16/9/19(第908号)「プライマリーバランスの回復は危険」
16/9/12(第907号)「労働分配率と内部留保」
16/9/5(第906号)「経済学者の討論の仕方」
16/8/29(第905号)「吉川教授と竹中教授の討論」
16/8/22(第904号)「芥川賞受賞作「コンビニ人間」」
16/8/8(第903号)「新経済対策への評価」
16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」
16/7/25(第901号)「アベノミクス下における注入と漏出」
16/7/18(第900号)「経済循環における注入と漏出」
16/7/13(第899号)「16年参議員選の結果」
16/7/4(第898号)「奇異な話二題」
16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」


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