経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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夏休みにつき来週は休刊 次回号は8月28日を予定

17/8/14(951号)
日本の構造改革派の変遷

    「構造改革なくして成長なし」の頃がピーク

    自民党の政治家の間では、経済・財政に対する考え方に大きな違いがある。これは主に次の三つのグループに分けられる。一つは積極財政派であり、二番目が緊縮財政・財政再建・財政規律派(以下財政規律派とする)である。そして三番目が問題の構造改革派である。積極財政派と財政規律派は古くから存在していた。ただ福田赳夫氏のように、本来は財政規律派と見られていたが総理になってから積極財政派に転じた政治家もいる(オイルショック後の世界同時不況からの脱出を模索)。

    構造改革派が台頭して来たのは、ずっと後で90年代になってからである。ちょうど理論経済学の世界で、ケインズ経済学を否定するシカゴ学派が支配的になった頃からである。当時、シカゴ学派の経済学者ばかりがノーベル経済学賞を受賞していた。

    ところで経済学者を分類上で新古典派と呼ぶことがあるが、これが大きな混乱と誤解を招いている。新古典派にはケインズの流れを汲む新古典派(ネオクラシカル)とケインズ経済学を完全否定するシカゴ学派のような新古典派(ニュークラシカル)がある。両者は別物であり、しばしば両者の間で激しい論争が起っているくらいである。サミュエルソン博士やクライン博士などは前者の新古典派(ネオクラシカル)であり、基本的にケインズ経済学者(ケインジアン)である。また米国で経済政策に携わっているエコノミストは全てがケインズ経済学者と考えて良い。これらのことは08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」で説明した。


    日本の構造改革派はケインジアンの新古典派(ネオクラシカル)ではなく、このガチガチの新古典派(ニュークラシカル)に影響を受けていて、昔は積極財政(財政政策の有効性)を否定していた。彼等が言う構造改革とはほぼ規制の緩和と見なして良く、彼等は構造改革によって経済は成長すると主張する。アベノミクスの三番目の矢である「投資を喚起する成長戦略」はこの構造改革を踏襲するものである。また「国家戦略特区」制度はこれを具体化したものである。

    ちなみに米国の新古典派(ニュークラシカル)は、観念的な経済学の研究者集団であり実際の経済政策には口を出さない。ところが日本ではこの手の経済学者・エコノミスト、あるいはこれに影響を受けた政治家や官僚は構造改革派として現実の経済政策に携わってきた。

    橋本政権以来、構造改革派が台頭し一時期(小渕政権の1年目)を除き、安倍政権発足まで日本では積極財政が採られなくなった。特に小泉政権は「構造改革なくして成長なし」という虚言・妄言を掲げ財政政策を強く否定した。しかしこの時代が構造改革派のピークであった。また財政規律派は「規制緩和で経済が成長するのなら、財政支出を絞っても良い」と構造改革派に悪乗りしていた。この結果、積極財政派は構造改革派と財政規律派の挟み撃ちに会い自民党内では長い間日陰者扱いされてきた。特に主だった積極財政派は郵政選挙で自民党を追出された(安倍総理がこれらの積極財政派の政治家を自民党に戻してくれた)。


    しかし筆者は、04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」で述べたように、規制緩和で経済が成長することはほぼないと考える。規制緩和の経済効果はほぼ中立と見ている。しかしこれらのことがよく理解されていない。

    筆者は規制改革を中心とした成長戦略を、アベノミクスから外す方が良いと思っている。もし外さないのなら、大きく形を変えるべきと考える。例えば財政支出を伴う教育投資を成長戦略に据えるといった政策転換が考えられる。


    行き詰る「国家戦略特区」

    前段の「投資を喚起する成長戦略」について具体例で補足する。「国家戦略特区」の代表となった観がある加計学園の獣医学新設の経済効果を試算してみる。今治に獣医学が新設されることになり、校舎が建設されたり教員が採用される。筆者は、これらの直接投資額とその波及効果を合算して経済効果は200億円程度になると見積もる。

    しかし今治の獣医学新設の影響によって、当然のことであるが他の既存の獣医学部の投資が長期的には抑えられる(これはマイナス効果)ことが考えられる。したがって日本全体で見れば、長期的には経済効果はほぼ中立と筆者は見る。04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」などで述べたように、昔から構造改革派が行う規制緩和の経済効果の試算の特徴は、マイナス効果を過小に見積るところにある。

    たしかに今治市にとって200億円の経済効果は大きく「国家戦略特区」の恩恵は目に見える。しかし全国的、また長期的に見て他方で投資が抑えられることを考えると、合計した経済効果はほぼゼロと筆者は考える。


    仮にマイナス効果を全く考慮せずとも、今治の獣医学新設の経済効果はたった200億円程度である。日本のGDPを500兆円とすれば、200億円はたった20分間で達成される生産額である。他の「国家戦略特区」の経済効果も同様に小さいものばかりと見られる。つまりGDP増大(経済成長)効果が極めて小さいのが「投資を喚起する成長戦略」政策の特徴である。

    たしかに一つの民間企業が構造改革や合理化によって成長することは有りうる。特に売上が伸びている企業にとっては、構造改革による生産性の向上は重要である。しかし国全体、あるいは一国の経済の経済成長となれば話は別である。国全体で需要が伸びないのなら構造改革による生産性の向上は不要である。むしろ構造改革は失業を生むだけである。

    日経新聞には「国家戦略特区」政策などによる構造改革で生産性を上げ経済成長を実現すべきという主張がいまだに見られる。しかし日本のように経済が成熟した国の場合は話が違ってくる。生産性を上げるのではなく、日本は需要さえあれば経済は成長すると筆者はずっと言って来た。また生産性が上がるから経済が成長するのではなく、経済が成長すれば単に計算上で生産性が上がったことになるのである。そもそも「国家戦略特区」が対象にしている事業は小さいものばかりである。仮にマイナス効果を考慮しなくとも、規制緩和はやたら時間が掛るだけでなく日本のGDPを押上げる力はほとんどないと筆者は見ている。それなのに本当に小さい加計学園の獣医学部新設で躓いたのである。


    一斉を風靡した構造改革派であるが、最近では冴えない。既に構造改革派は考えが違ういくつかのグループに割れていると筆者は見る。まずいまだに構造改革によって経済が成長すると真剣に思っている人々はたしかにいる。しかし筆者はこれはかなり少数派になっていると思っている。

    また構造改革派を装おう財政規律派がいる。「国家戦略特区」の審議委員の中にも何人か紛れ込んでいると筆者は見ている。もう一つが積極財政派に傾きつつある構造改革派である。霞ヶ関埋蔵金の話が出た頃から、構造改革派の中にも財政政策の有効性を認める者が現れた(つまりシカゴ学派離れ)。またこのような人々は、経済成長にこだわりを持ち、消費増税に反対している。


    今度の加計問題によって「国家戦略特区」制度は行き詰ると筆者は見る。規制緩和の対象となる事業者と政治家の関係を制度上断つという構想自体に無理がある。例えば事業者が、過去に政治家に対し政治献金を行っていたとか、選挙を手伝ったということは十分有りうることである。そのようなことを安倍政権の倒閣に燃えるマスコミは必ず騒ぎ立てると見て良い。このようなことが続けば、政権は持たないと思われる。



夏休みにつき来週は休刊、次回号は8月28日を予定している。テーマは積極財政派VS財政規律派ということになろう。



17/8/7(第950号)「今回の内閣改造について」
17/7/31(第949号)「加計問題の教訓」
17/7/24(第948号)「加計問題と日本のマスコミ」
17/7/17(第947号)「消化不良の参考人招致の質議」
17/7/10(第946号)「前川前事務次官の参考人招致」
17/7/3(第945号)「官邸への報復」
17/6/26(第944号)「加計学園の獣医学部新設騒動」
17/6/19(第943号)「小池都知事の不安煽り政治」
17/6/12(第942号)「米国のパリ協定離脱」
17/6/5(第941号)「テロ等準備罪(共謀罪)の話」
17/5/29(第940号)「安倍総理の憲法改正の提案」
17/5/22(第939号)「半島有事への日本の備え」
17/5/15(第938号)「朝鮮半島の非核化」
17/5/1(第937号)「予備自衛官の大幅増員を」
17/4/24(第936号)「理解されないシムズ理論の本質」
17/4/17(第935号)「シムズ理論と「バカの壁」」
17/4/10(第934号)「経済再生政策提言フォーラムとシムズ理論」
17/4/3(第933号)「シムズ理論の裏」
17/3/27(第932号)「シムズ理論とシムズ教授」
17/3/20(第931号)「シムズ理論とアベノミクス」
17/3/13(第930号)「アメリカの分断を考える」
17/3/6(第929号)「移民と経済成長」
17/2/27(第928号)「トランプ大統領のパリ協定離脱宣言」
17/2/20(第927号)「トランプ現象の研究」
17/2/13(第926号)「為替管理ルールの話」
17/2/6(第925号)「日米主脳会議への対策はアラスカ原油輸入」
17/1/30(第924号)「そんなに変ではないトランプ大統領」
17/1/16(第923号)「今年の展望と昨年暮れの出来事」
16/12/26(第922号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(まとめ)」
16/12/19(第921号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(モラルハザード他」
16/12/12(第920号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(日銀の独立性他」
16/12/5(第919号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(物価上昇編(2))」
16/11/28(第918号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(物価上昇編(1))」
16/11/21(第917号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(基本編)」
16/11/14(第916号)「トランプ大統領誕生は良かった?」
16/11/7(第915号)「Q&A集作成のための準備」
16/10/31(第914号)「中央銀行に対する観念論者の誤解」
16/10/24(第913号)「落日の構造改革派」
16/10/17(第912号)「ヘリコプター・マネー政策への障害や雑音」
16/10/10(第911号)「事実上のヘリコプター・マネー政策」
16/10/3(第910号)「財政均衡主義の呪縛からの覚醒」
16/9/26(第909号)「日本経済こそが「ニューノーマル」」
16/9/19(第908号)「プライマリーバランスの回復は危険」
16/9/12(第907号)「労働分配率と内部留保」
16/9/5(第906号)「経済学者の討論の仕方」
16/8/29(第905号)「吉川教授と竹中教授の討論」
16/8/22(第904号)「芥川賞受賞作「コンビニ人間」」
16/8/8(第903号)「新経済対策への評価」
16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」
16/7/25(第901号)「アベノミクス下における注入と漏出」
16/7/18(第900号)「経済循環における注入と漏出」
16/7/13(第899号)「16年参議員選の結果」
16/7/4(第898号)「奇異な話二題」
16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」


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