経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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17/4/10(934号)
経済再生政策提言フォーラムとシムズ理論

    財政に関する均衡論と不均衡論

    シムズ理論に関するもう一つの分かりにくい課題を取上げる。シムズ理論が、均衡論、あるいは均衡指向という指摘があり、今週はまずこれを検証する。昨年8月米ジャクソン・ホールで唯一シムズ教授が示した数式は、(民間の保有する名目公債総額≡予想される名目財政余剰の現在値の総和予想)という恒等式の両辺を物価上昇率で除したものである(ただし右辺に適用する物価上昇率は将来の予想物価上昇率)。つまり(民間の保有する名目公債総額/物価上昇率≡予想される実質財政余剰の現在値の総和)である。

    (民間の保有する名目公債総額≡予想される名目財政余剰の現在値の総和予想)の恒等式は、国の借金はいずれ将来の財政黒字で全て返済されることを意味する。これはまさに財政均衡の発想から導き出されたものである。したがって経済成長などが期待されない場合、財政を健全化させ公債総額を小さくするには、増税や財政支出の削減しかないという財政均衡論者の聞き飽きたセリフの通りになる。


    これに対するシムズ教授が示す(民間の保有する名目公債総額/物価上昇率≡予想される実質財政余剰の現在値の総和)に注目が集っている。これを理解するには、筆者はまず右辺の「予想される実質財政余剰の現在値の総和」に着目する。シムズ教授は、増税や財政支出の削減を行わなくとも「将来の予想物価上昇率」を大きくすることによって「必要な予想される実質財政余剰の現在値の総和」を小さくすることが可能と説く。

    シムズ教授が唱える「将来の予想物価上昇率」を大きくする手段は、政府が財政再建に取組まないということを人々に知らしめることである。具体的な一つの方法として、将来増税などを行わないと政府が宣言することを教授は挙げている。これによって民間は将来物価が上がると予想し、右辺の「予想される実質財政余剰の現在値の総和」は小さくなる。

    右辺の値が小さくなれば、今日の物価は上昇し恒等式の左辺の「民間の保有する名目公債総額/物価上昇率」は小さくなる。また将来の増税がないと分れば、民間はそのうち価値が下がる国債の購入に回す資金を消費や投資に回すことになり、これが今日の物価を押上げるという解釈も可能である。つまり増税や財政支出の削減を行わないことが、むしろ財政の健全化(民間の保有する実質公債総額の減少)に繋がるとシムズ教授は説明する。ただシムズ教授がこのばかばかしい財政均衡の恒等式を本当に信じているか不明である。筆者は、敢てシムズ教授は頑迷な財政均衡論者の「土俵」に上がって議論を展開していると理解している。


    先週号で取上げた日本経済復活の会(会長小野盛司氏、顧問宍戸駿太郎筑波大学名誉教授)のシミュレーション分析では、積極財政は一時的に財政を悪化させるがむしろこれによって将来の日本の財政状況が良くなるという結論を得ている。しかしこの財政の良化は政府の債務残高が減るという意味ではない。積極財政によって経済が成長した場合、名目GDPの増加率が名目債務残高の増加率より大きいので、名目債務残高の対名目GDP比率が小さくなるというのがシミュレーション分析の結果である。日本の累進課税構造を考えれば、これは有り得ることである。小野さんによれば宍戸教授は「税収の対GDP弾性値」がポイントと言っておられたそうである。

    均衡指向の財政均衡論者やシムズ教授の財政良化とは、政府の債務残高が減るとか無くなるということを意味する。これに対して小野さんの財政良化とは名目債務残高の対名目GDP比率が小さくなることである。つまり小野さんの分析は不均衡分析ということになろう。ところで安倍政権の周辺で、最近、一つの案として財政の良化の目安を従来の均衡指向の「プライマリーバランス(PB)の回復」から「名目債務残高の対名目GDP比率」に代えようという動きが出ていると聞く。これも影響したのか安倍総理の年初の施政方針演説から、毎年盛込まれていたはずの「プライマリーバランスの回復」が今年はすっぽり抜けている。


    三者三様の考えとシムズ理論

    シムズ理論が注目されているので、筆者は03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」の話を再び紹介した方が良かろうと思う。このフォーラムの会長は丹羽春喜大阪学院大学教授、理事長が外交評論家の加瀬英明氏であった。なお丹羽教授の前の会長は宍戸駿太郎筑波大学名誉教授である。フォーラムの目的は積極財政への転換による日本経済の再生であった。具体的な活動の一つとして政治家や経済人を招いて講演会を開催した。

    この頃、小泉・竹中コンビのばかげた緊縮指向の財政政策が行われていた。また「構造改革なくして経済成長なし」といった虚言・妄言がまかり通っていた。これに危機感を持ったメンバーがこのフォーラムを立ち上げたのである。バブル崩壊からかなり経つのに、当時、依然として資産価格は下がり続け底を這っていた(この底値を外資が買い大儲けをした)。

    ちなみに豊洲の土地買収の話もこの頃始まったと推測される。おそらく東京ガスも底値となった豊洲の土地は売りたくなかったであろう(地価はピーク時の4分の1、5分の1)。へたをすると土地の売却は株主への背任行為になり、株主代表訴訟が起っていたかもしれないのである。実際、土地を東京都に売らずタワーマンションでも建てておけば東京ガスは大儲けしたと筆者には思われる。それにしてもこのような観点からの報道や解説が全くないのが不思議である。


    ところでフォーラムの主要メンバーである丹羽教授と宍戸教授は、積極財政の方法論が異なっていた。丹羽教授は「政府紙幣」を財源とした財政政策であり、宍戸教授は国債を財源にした積極財政であった(ただし日銀による国債買入れについては言及せず)。宍戸教授は「政府紙幣」には否定的であった。ただ「政府紙幣」が間違っているということではなく、世間ではなかなか理解されず実現性が乏しいと思われたからであろう。

    そして03年3月の経済再生政策提言フォーラムで、ゲストとして講演を行ったのが亀井静香元政調会長であった。亀井氏も積極財政論者であったが、財政に関し丹羽教授や宍戸教授とは微妙に違う考えを持っていた。亀井さんは国債を日銀がどんどん買えば良いと考えていた。しかも日銀がその国債を永久に保有続けることを念頭に置いていた。また丹羽教授の政府紙幣は自分の考えと違うと思っていたようだ。このように積極財政を押し進めると言っても三者三様の考えをお持ちであった。


    周りにいた我々は、正直、積極財政が実現するのならどの方法でも良いと思っていた。ただ実現性にポイントを置くと、宍戸教授の考えが一番採用される可能性が高いと筆者達は話合っていた。亀井さんの日銀による国債買入れは、日銀の協力が得られるか不明であり可能性が低いと思われた。当時、独立性に重点を置いた改正日銀法が施行されて日が浅く「またバブルを起こすのか」という批判が出そうであった。またちょうどこの頃、日銀の独立性に異常にこだわった速水日銀総裁がやっと退任した。

    ところが13年度から黒田日銀によって異次元の金融緩和が始まり局面は大きく変わった。まさに亀井静香氏の方法論を実行するための下準備ができたのである。実際に日銀の国債の買入れが進み、筆者は昨年「財政問題は既に解決した」という話を小野さんとしたほどである。宍戸教授が言っておられた「税収の対GDP弾性値」もさほど重要ではなくなったと思われた(財政健全化の目安を「名目債務残高の対名目GDP比率」に代えるという話が今頃になって出て来るとは意外)。


    したがって政府は日銀の国債買上げに合せて積極財政を進めれば良かったのである。ところが14年度から補正予算を大幅に減額し消費増税を実施した。まさに緊縮財政への里帰りであった。これによってアベノミクスは頓挫し、日本経済はスランプに陥り今日に到っている。

    ここに登場したのが破壊力を持つ「シムズ理論」である。「積極財政によって物価が上昇しても良いではないか。むしろ物価が上がるからこそ財政状態が良くなる」と頑迷な財政均衡論者を叩き潰す勢いである。安倍政権も昨年から再び積極財政に軌道の修正を始めた。



来週はシムズ理論を現実の経済政策にどのように取入れるかについて述べる。



17/4/3(第933号)「シムズ理論の裏」
17/3/27(第932号)「シムズ理論とシムズ教授」
17/3/20(第931号)「シムズ理論とアベノミクス」
17/3/13(第930号)「アメリカの分断を考える」
17/3/6(第929号)「移民と経済成長」
17/2/27(第928号)「トランプ大統領のパリ協定離脱宣言」
17/2/20(第927号)「トランプ現象の研究」
17/2/13(第926号)「為替管理ルールの話」
17/2/6(第925号)「日米主脳会議への対策はアラスカ原油輸入」
17/1/30(第924号)「そんなに変ではないトランプ大統領」
17/1/16(第923号)「今年の展望と昨年暮れの出来事」
16/12/26(第922号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(まとめ)」
16/12/19(第921号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(モラルハザード他」
16/12/12(第920号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(日銀の独立性他」
16/12/5(第919号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(物価上昇編(2))」
16/11/28(第918号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(物価上昇編(1))」
16/11/21(第917号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(基本編)」
16/11/14(第916号)「トランプ大統領誕生は良かった?」
16/11/7(第915号)「Q&A集作成のための準備」
16/10/31(第914号)「中央銀行に対する観念論者の誤解」
16/10/24(第913号)「落日の構造改革派」
16/10/17(第912号)「ヘリコプター・マネー政策への障害や雑音」
16/10/10(第911号)「事実上のヘリコプター・マネー政策」
16/10/3(第910号)「財政均衡主義の呪縛からの覚醒」
16/9/26(第909号)「日本経済こそが「ニューノーマル」」
16/9/19(第908号)「プライマリーバランスの回復は危険」
16/9/12(第907号)「労働分配率と内部留保」
16/9/5(第906号)「経済学者の討論の仕方」
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16/8/22(第904号)「芥川賞受賞作「コンビニ人間」」
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16/7/25(第901号)「アベノミクス下における注入と漏出」
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16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
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16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
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16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」


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