経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




17/3/20(931号)
シムズ理論とアベノミクス

    脚光を浴びるシムズ理論

    日経新聞がまたキャンペーンめいた特集を始めた。3月6日から5回続いた「日本国債・・描けぬ出口」というものである。いわゆる日銀の出口戦略に関わるものである。さらにこれに関連すると思われるように、14日から3日間「経済教室」で経済学者の「転機の財政金融政策」という特集が掲載された。

    久しぶりに日経が力を入れたキャンペーンをまた始めたのではないかと感じられた。ひょっとすると政府内で財政に関し新しい動きが生まれそうなのかもしれない。筆者はこれらにほぼ共通する論調は「シムズ理論」への牽制と捉えている。


    シムズ理論とはクリストファー・シムズ米プリンストン大教授(2011年にノーベル経済学賞を受賞)らが構築した「物価水準の財政理論」(FTPL=Fiscal Theory of the Price Level)である。これは政府が財政支出を増やせば民間は将来の財政悪化を懸念し、その国の貨幣価値が押し下がりやすくなり、インフレ(物価上昇)が起り、そのインフレによって名目的な返済原資が増えるので国の借金が返せるという理論である。また教授は政府の財政悪化よりインフレの方が先に働くと説いている。

    シムズ理論が注目されるようになったのは、先進各国(特に日・欧)が金融緩和政策を極限まで実施して来たが、この効果が思っていたより小さいという現実にぶつかっているからと筆者は考える。やはりここは財政政策しかないという雰囲気が世界的に出ている。特に注目されたのが昨年8月米ジャクソン・ホールで評判になったシムズ教授のこの「物価水準の財政理論」(FTPL)の講演である。

    日本からこの会議に参加していた浜田宏一内閣官房参与は、シムズ理論に対して「目からウロコ」という感想を持ったと言う。黒田日銀総裁も興味を示しているという話である。またシムズ教授は今年の2月初旬に日本に訪れ講演を行った。ここ一ヶ月以上、シムズ理論は日本で脚光を浴びている。ただ教授が安倍総理に会うという話もあったが、さすがに財務省あたりの強い反対がありこれは実現していない。


    リフレ派は、ずっと金融緩和を行えば資金が経済に流れ経済活動が活発化し物価も上昇し、デフレ経済からの脱却ができると主張してきた。これを意図したのが黒田日銀の13年からの「異次元の金融緩和」と言える。当初、このリフレ派は、リフレによる円安効果や株価の上昇があり勢いがあった(実際には補正予算の大幅増額の効果が大きかったが)。極端なリフレ派の中には、金融政策は万能であると思い込み財政政策を否定する者までいた。

    したがって14年度からの8%への消費増税にリフレ派は強く反対していない。ところが増税後の日本経済の歩みは思わしくない。日銀は金融緩和を一段と進めマイナス金利も導入したが、目標の「2%の物価上昇」には遠く及ばない。リフレ派への不信感も広がり、これに対してリフレ派の一部からはやはり消費増税が金融緩和の効果を消し去ったという声が上がるようになった。さすがにその後は消費税の再増税に反対する者も出て来た(浜田参与など)。


    リフレ派の唱える金融緩和政策は行き詰っている。ここに登場したのがシムズ理論である。シムズ理論は金融政策の効果を否定していない。しかし教授は金融政策には限界があり、金利がゼロになった段階では財政出動をすべきと主張している。また日本などには消費税の再増税を行うべきではないと提言している。

    シムズ理論は本国の米国でも注目され、トランプ政権の減税政策や大規模公共投資にも影響を与えていると言われる。積極財政派(財政出動派)の筆者にとって、リフレ派のシムズ理論容認は心強い。後はこのシムズ理論を現実の経済政策にどのように取込むかということになる。


    日本でシムズ理論は既に実施済み

    筆者は、シムズ理論を15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」16/12/19(第921号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(モラルハザード他」で言及した「インフレ税」に近いか、もしくは同じものと理解している。そして次に考えることは財政出動の財源とこの理論に沿った政策の効果である。シムズ理論ではとにかく財政赤字が発生しても(財政赤字を大きくしても)、将来の税収がそれ以上に増えるので財政状態はむしろ良くなると言う。

    このシムズ理論では、財政支出の増加に対して乗数効果が働き名目GDP(国内総生産)が大きくなり、この結果税収が増えることを前提にしている。またGDP(ここからのGDPは全て名目)増加に対する税収の増え方、つまり税収の対GDP弾性値というものが問題になる。縦軸に税収をとり、横軸にGDPをとった場合、右肩上がりの税収関数の線が描かれる。特に日本のような累進課税を基本にする税体系を持つ国では、GDPが増える(均衡点が右側に移動)ほど税収の伸びは大きくなる。数学的に言えば、1次微分値が「正」であるだけでなく2次微分値も「正」ということである。つまり財政赤字を思いきり大きくした方が税収の伸びはより大きくなるという理屈になる。このように税収関数の形状が重要なポイントとなる。


    シムズ理論は日本でも各所に影響しているだけに、これに警戒する人々もいる。特に財政再建を強く主張してきた財政再建派や財政規律派は、もしシムズ理論に沿った政策が実行され予想通りの成果が出ると自分達の立場がなくなることを分かっている。それどころかこれまでさんざん嘘(例えば財政が破綻し誰も国債を買わなくなるといった類の嘘)を言って財政支出を削減して来たことや、無理な増税を行って来たことに批難が集中することになる。

    財政再建派の攻撃目標は単純に「シムズ理論に沿った政策をひたすら阻止すること」である。一旦実施されたなら「アウト」と言うことを彼等も理解しているようである。しかし実際に行われているシムズ理論への攻撃の多くは、シムズ理論について深く考察するのではなく「シムズ理論はいい加減な考え」といったイメージを振りまくことである。これについては来週号でも取上げる。


    振返って見れば、アベノミクスの初年度(13年度)はまさに「シムズ理論」に沿った政策であったと筆者は考える。13/11/25(第775号)「アベノミクスの行方」などで指摘したように、金融緩和だけでなく真水で10兆円の補正予算が組まれていた。このアベノミクスの効果で実際に税収も増えた。ところが「税と社会保障の一体改革」を御旗にした消費増税(増税分の8〜9割は財政再建に回している)と補正予算の大幅な減額が実施された翌14年度から、日本経済は途端におかしくなったのである。

    ほとんどの経済学者やエコノミストは、消費増税を行っても「平気」とか「影響は軽微」と増税に賛同していた。中には増税によって将来の社会保障が充実することによって人々は安心し、むしろ消費は増えるといった大嘘をつく者までいた。この結果、日本の財政当局と経済学者などの信用は地に落ちた。この状況で「シムズ理論」が脚光を浴びているのだから、彼等の危機感も相当なものであろう。

    よって冒頭に述べたように、彼等は「シムズ理論」に一斉攻撃を始めた。ところが前述のように主な攻撃手段は幼稚なイメージダウン戦術しかないのである。そして最近ようやく理論めいた「シムズ理論」批判が出始め日経新聞にも掲載されるようになった。ところがこの論文らしき文章の内容がまたボロボロなのである。



来週は今週の続きである。日経に掲載された池尾和人慶大教授の「シムズ理論」批判も取上げる。

豊洲市場問題を取上げても良いが、ようやく本当のことが出てきた段階である。筆者は、完敗ではないがおそらく小池都知事の負けと現段階では予想している。



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16/12/19(第921号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(モラルハザード他」
16/12/12(第920号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(日銀の独立性他」
16/12/5(第919号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(物価上昇編(2))」
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