経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




16/12/19(921号)
ヘリコプターマネーに関するQ&A集(モラルハザード他)

  • モラルハザードが起るという批難

    先週号まで、想定されるヘリコプター・マネーへの主だった批難とそれに対する回答を示してきた。今週はヘリコプター・マネーへの批難としてはむしろマイナーなものを取上げる。ところがこのようなマイナーな批難ほど手強いのである。


    Q32:ヘリコプターマネー政策を始めると、日本国債は叩き売られ金利の高騰が有り得ると聞きますが

    A:まずヘリコプターマネー政策に伴って国債が売られるという根拠がはっきりしません。またヘリコプターマネー政策の重要な前提は、政府と日銀が協調して動くことです。したがって仮に大量の国債が市場で売られることがあっても、それを日銀が買ってくれれば済む話です。たしかに景気が良くなり、多少国債を売って投資に回す人も現れることは考えられます。これによって少し長期金利が上がることは有りえますが、国債が叩き売られるような事態はちょっと考えられません。

    〈解説〉日銀は異次元の金融緩和に伴い毎年80兆円の国債を買っている。もちろん80兆円という金額を増やすことも考えられる。いずれにしても日本国債の叩き売りによる長期金利高騰という事態は考えられない。特に日本の国債は、日銀保有分を除けばほとんどが国内の機関投資家によって保有されている。したがって新興国で見られるような外資による叩き売りといった事態は考えなくても良いと考える。

    Q33:ヘリコプターマネー政策によってモラルハザードが生まれるのでは

    A:たしかに個人の生活を基準に考えると、人々が収入の範囲内で生活することは世間の健全な規範かもしれません。これを国に当て嵌めるなら、政府は収入(主に税収)の範囲内で財政政策を行うことになります。したがって政府が事実上制限のないヘリコプターマネーを財源に、財政支出を行うことに抵抗を感じる人がいることは否定できません。これを一種のモラルハザードと感じるかもしれません。

    これに対応するための一つの方策として、ヘリコプターマネーを財源とする政府支出項目を年金などの社会保障に絞ることが考えられます。またヘリコプターマネーで確保する財源に上限を設けることも有り得ます。

    Q34:ヘリコプターマネー政策によって財源が確保されるのなら税金はいらなくなるのでは

    A:理屈の上ではそうかもしれません。しかし大半のヘリコプターマネー賛同者もそこまでは考えていません。国民にとって必要であるが財源がないので実施できていない政策の実現のため、ヘリコプターマネー政策を提案しているのです。

    〈解説〉これまでもヘリコプターマネー政策、つまりシニョリッジ政策が時折脚光を浴びることがあった。この話が出るのは、決まって日本にとって極めて重要な政策であるが財源がなく実現が難しいテーマが浮上した時であった。例えばバブル崩壊後に日本の金融機関が大きな不良債権を抱えた時にも、シニョリッジ政策で数十兆円の財源を確保し投入するというアイディアが出ていた。今日ならデフレ経済からの脱却や年金などの将来の社会保障に対する不安の解消といったことが目的になるであろう。

    Q35:しかし「もったいない」という言葉が染付いた日本では、ヘリコプターマネーがやはりモラルハザードと感じられるのでは

    A:この話は一つの重要なポイントです。「もったいない」という感覚は、日本の生産力が乏しかった時代に生まれました。需要があっても生産が間に合わないので、特に金がない人々は節約し壊れたものでも修理して使っていたのです。この「もったいない」という精神は、同様に生産力の乏しい今日の発展途上国では受けるかもしれません。しかし日本の今日の問題は、反対に需要が不足していることによるデフレです。

    つまり生産力の方が余っていて遊んでいることの方が問題です。例えば東京オリンピックの競技会場を新設することが「もったいない」という話になっています。また既存の施設を手直しして使えば良いのではないかという意見が出ています。しかし競技場を建設するための鉄骨や生コンなどの資材が不足しているわけではないのです。むしろ生コン設備などが遊んでいることの方が「もったいない」と見るべきです。


  • 良いことづくめのヘリコプターマネー政策

    Q36:ヘリコプターマネーによって財政負担はなくなるという話ですが、物価が上がれば国民全体に負担が廻るだけでは

    A:これも重要なポイントです。ヘリコプターマネー政策に反対する人々が言うところの「インフレ税」の話です。ヘリコプターマネーによる財政支出増で需要が増え、この結果物価が上昇し国民全体に負担が発生することを前提にした話です。つまり物価が上昇すると名目GDPが増えても実質GDPは増えないのだから、結論としてヘリコプターマネー政策は無効と言いたいのです。

    しかしデフレギャップが存在する今日の日本経済では、需要が増えても必ずしも物価が上昇するとは限りません。また仮に物価が上昇するとしても、名目経済成長率の範囲内なら実質GDPは伸びるのです。デフレ経済下で低かった生産設備の稼働率が上がれば、物価上昇を伴わなくとも生産が増加する可能性は大いに有り得ることです。

    〈解説〉ヘリコプターマネー政策と物価の関係は微妙で意見が別れるところである。ヘリコプターマネー政策に賛同する者も絶対に物価は上がらないとは言い切らない。ただこれに関してはQ20:で説明したインフレターゲット政策の導入が考えられる。つまり少なくとも急激な物価上昇は抑えることができると見る。

    Q37:ヘリコプターマネー政策による財政支出としてどういったものを想定していますか

    A:これまで説明してきたように、日本にとって重要な政策であるが財源がなく実現が難しいものが対象になると考えます。具体的には社会保障費、教育費、公共投資など何でも良いということになります。もちろんこれは政治が決めることになります。

    〈解説〉ただヘリコプターマネー政策、つまりシニョリッジ政策を主張する人々の中には、なるべく政策の恩恵が広く国民に及ぶ財政支出項目が望ましいと考える人がいる。このような人は、ヘリコプターマネーによる公共事業を決して否定するわけではないが、公共事業が直接恩恵を受ける業界や地域がどうしても片寄ることを問題にする。たしかにこれも一つの考え方である。

    この観点からはヘリコプターマネーによる国民一律の年金制度の設立なんかは理想的な政策の一つと考える。人々は今日の公的年金制度は100年安心と言われているが、その前提条件の達成は難しく将来年金が減額されるのではと不安に感じている。そこで現行の公的年金制度に加え、全額公費が負担する年金の創設が良いと思われる。

    Q38:社会保障に関し政府は「税と社会保障の一体改革」で取組んでいますが、これではまずいのですか

    A:「税と社会保障の一体改革」の一環で14年に消費税率を5%から8%に上げました。ところがこれによって個人消費が落込み、日本経済はいまだに後遺症を引きずっています。これを見て政府は10%への消費増税を2度も延期しています。つまり増税によって増える社会保障費の財源を確保するという構想は、明らかに壁にぶつかっています。しかし社会保障費は確実に増えて行くのです。

    もし増える社会保障費を増税で賄うことが不可能ということになれば、どうしても他に財源を求めることになります。つまりいよいよヘリコプターマネーの登場ということになるのではと見ています。特に今日財源と目される消費税に逆進性があることに注意が必要です。

    〈解説〉増える社会保障費の財源を消費増税で賄うか、あるいはヘリコプターマネーで調達するかの議論である。まず消費増税の場合は、確実に物価が上昇する。増税率の70%程度の上昇である。したがって14年に消費税率を5%から8%に上げた影響で物価は2%程度上がったと推定される。また増税額は9兆円程度である。

    理論上は、増税分の9兆円をそっくり社会保障費に使えばマクロ経済はマイナスにはならない(むしろ計算上はほんの少しプラス)。ところが14年の増税分の大半が財政再建に回されているため、日本経済の不調が続いていると考えられる。ただ増税分をそっくり社会保障費使いマクロ経済への影響が仮に中立であっても、確実に物価が2%上昇することに留意が必要である。ここで消費税の逆進性が問題になる。

    一方、9兆円の社会保障費をヘリコプターマネーで賄った場合には確実に名目GDPは伸びる(乗数値を2とすれば18兆円のプラス)。これで物価上昇率が2%内に収まるのなら実質GDPも増えることになる。デフレギャップの大きさにもよるが、9兆円のヘリコプターマネーなら物価上昇率が2%内に収まることはほぼ確実と見られる(9兆円程度なら物価はほとんど上がらいという観測も間違ってはいないと思われる)。このようにヘリコプターマネー政策は良いことづくめである。



来週号はQ&A集の最終であり、本年の最後である。ヘリコプターマネー政策の具体的な進め方などを取上げる。



16/12/12(第920号)「ヘリコプター・マネーに関するQ&A集(日銀の独立性他」
16/12/5(第919号)「ヘリコプター・マネーに関するQ&A集(物価上昇編(2))」
16/11/28(第918号)「ヘリコプター・マネーに関するQ&A集(物価上昇編(1))」
16/11/21(第917号)「ヘリコプター・マネーに関するQ&A集(基本編)」
16/11/14(第916号)「トランプ大統領誕生は良かった?」
16/11/7(第915号)「Q&A集作成のための準備」
16/10/31(第914号)「中央銀行に対する観念論者の誤解」
16/10/24(第913号)「落日の構造改革派」
16/10/17(第912号)「ヘリコプター・マネー政策への障害や雑音」
16/10/10(第911号)「事実上のヘリコプター・マネー政策」
16/10/3(第910号)「財政均衡主義の呪縛からの覚醒」
16/9/26(第909号)「日本経済こそが「ニューノーマル」」
16/9/19(第908号)「プライマリーバランスの回復は危険」
16/9/12(第907号)「労働分配率と内部留保」
16/9/5(第906号)「経済学者の討論の仕方」
16/8/29(第905号)「吉川教授と竹中教授の討論」
16/8/22(第904号)「芥川賞受賞作「コンビニ人間」」
16/8/8(第903号)「新経済対策への評価」
16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」
16/7/25(第901号)「アベノミクス下における注入と漏出」
16/7/18(第900号)「経済循環における注入と漏出」
16/7/13(第899号)「16年参議員選の結果」
16/7/4(第898号)「奇異な話二題」
16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」


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