経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




16/11/7(915号)
Q&A集作成のための準備

  • 水掛け論に終わる論戦

    半年ほど本誌はヘリコプター・マネー政策についてのQ&A集を作成する準備を進めてきた。Q&A集は、本当にヘリコプター・マネーについて知りたい人を対象にしているが、同時に何が何でもヘリコプター・マネーに反対する者を説き伏せることも最初は目的とした。しかし考えてみるとヘリコプター・マネーの反対論者を説得することは無駄と思うようになった。

    ヘリコプター・マネーの反対論者の多くは、ヘリコプター・マネー政策よって起るかもしれない問題を純粋に心配しているのではない。反対論者のほとんどは、教条的な財政均衡主義者か財政再建派の工作員と筆者は感じる。これらの人々は、これまでも財政政策自体を確信犯的に否定してきたのである。したがって彼等を説得することは不可能であり、ほとんど意味がない。

    たしかに財政再建派の中には例外的であるが本当に日本の財政を純粋に心配する良心的な学者などがいる。ところがこのような人々は、ヘリコプター・マネーや政府紙幣のことを知ると「そんな上手い手があったのか」とむしろ賛同を示すケースがある。ただこのような方々はごく一部である。


    ヘリコプター・マネーの反対論者の発言は情緒的であり扇動的なケースが目立つ。その多くは、非論理的であり客観性が乏しく、この結果、彼等の反論は幼稚で穴だらけである。彼等の反論の間違いや問題点を指摘することは簡単である。しかし彼等はこのことを割切っているのであろう。おそらく経済学に疎い一般大衆を、兎に角ヘリコプター・マネー論に近付けないことが彼等の第一の目的と考えて良い。

    反論の根拠は、ほぼヘリコプター・マネーによる物価高騰の問題に集中している。「物価が止めども上がる」「バケツ一杯の紙幣がなければ何にも買えない」と言った具合である。また例に上げる出来事は、決まって第一次世界大戦後のドイツや第二次世界大戦後の日本で起ったハイパーインフレの話である。これらの話に対し「世界大戦で生産設備が徹底して破壊された当時のドイツや日本の例を引出すのはおかしい」と当たり前の指摘をしても、彼等は意識的にこれを完全に無視する。


    またまず言いたいのは、ヘリコプター・マネー政策の賛同者であっても無制限のヘリコプター・マネーを容認しているわけではない。当然、物価上昇のリスクを考慮して発言を行っている。インフレターゲット政策導入もその一つの方法である。物価上率が容認される範囲内に収まるように、ヘリコプター・マネー政策に限度を設けることはその具体的な対策である。

    そしてヘリコプター・マネー反対論者の一大特徴は、ヘリコプター・マネー政策のメリットに一切触れないことである。どんな政策にもメリットとデメリットがある。そこで両者を比較し、メリットの方が大きいのなら実行してみるのが良いと考えるのが常識である。

    ところが反対論者は、ヘリコプター・マネー政策には全くメリットがなく「真っ黒」なものという印象を大衆に与えることが役目と思っている。この点が重要なポイントと筆者は指摘したい。


    ヘリコプター・マネーとインフレの関係は、これまでも16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」などで説明してきた。反対論者が繰出す武器は異常に小さいデフレギャップと潜在成長率である。これに関する問題点は06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」などで取上げた。

    彼等はデフレギャップを異常に小さく算出している。したがってデフレギャップが小さいのだから、ヘリコプター・マネー政策による需要創出はインフレを招くだけと主張する。筆者達がデフレギャップの算出方法がおかしいと指摘しても、これは国際標準と突っぱねるだけである。つまりこの方面で論戦しても水掛け論に終わるだけである。


  • えっ、フィリップ曲線

    潜在成長率が小さいのは、デフレギャップが異常に小さく算出されていることが影響している。そして潜在成長率が小さいのだから日本の経済が成長するためには、需要創出政策ではなく生産性を上げる政策が必要と反対論者は強く主張する。このばかげた話をどなたも何回も聞いたであろう。何かおかしいと感じるが、皆、この嘘話に翻弄されてきた(中にはこの嘘話を本気で信じている新聞の解説委員などもいる)。

    ところで最近、米国でも異常に小さい潜在成長率が続いていることが問題になっている。米国でも日本と同様の方法で潜在成長率を算出している(間抜けなIMFあたりが世界中に広めている)。ところが米国では、この原因は慢性的な需要不足(供給サイドの問題ではなく)という声が大きくなっている(筆者は実に正しい解釈と考える)。だから二人の大統領候補とも財政政策を強く訴えているのである。明らかに米国の方は正しい方向に向いたようである。


    国際標準とやらの潜在成長率の算出方法に問題があることは周知のことである。米国で比較的早くからこのことを指摘してきたのはサマーズ元財務長官である。本誌では14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」でこのことを取上げた。サマーズは米国のGDPは潜在GDPを10%も下回っていると言っている(つまりデフレギャップが10%以上)。

    米国が10%なら日本は20%程度と見るのが妥当であろう。これは昔から日本の設備稼働率が米国より常に10%程度低かったからである。日本の生産設備の過剰は高度経済成長が終わっても続いていた。特にバブル経済期には日本では設備投資ブームが起っている。


    日本はバブル崩壊後、この過剰設備を抱えながら急速に経済成長率が低くなった。そしてこのような低成長がずっと続く場合には今の潜在成長率の算出方法では、どうしても数値が異常に小さくなる。またバブル崩壊後も日本の設備投資のGDP比は他の先進国より高い水準で推移したため、過剰設備は今日でも解消されていない。

    鉄鋼、石油、造船、化学などはいまだに過剰設備の整理が今日でも経営のテーマになっている。また商業設備でも大型ショッピングモールの閉鎖が話題になっている。好調と言われていた都心の商業ビルも、賃料が上がらなくなった。原発が運転停止しても電力会社は、古い火力発電所を稼動させている。このように日本の民間企業は過剰設備を抱えていることが常態化している。この現実を無視して、デフレギャップが1〜2%と間抜けなことを言っているのが日本の経済学者とエコノミストである。


    潜在成長率やデフレギャップの算出に使われているのがフィリップ曲線であり、自然利子率という話である。この算出方法が正しいかどうか考える前に、フィリップ曲線なんて50年も前の代物であることを認識する必要がある(これを知り筆者は「えっ、フィリップ曲線」「何故この時代に」と思った)。これは先進国の高度経済成長時代に唱えられた概念である。

    当時は経済が成長すると同時に経済の構造が大きく変化していた時代である。第一次産業から第二次産業へ、さらにそれらが第三次産業に大転換していた。第二次産業の生産性は毎年向上していたが、第一次産業や第三次産業の一部では技術的に生産性を上げるのことが困難であった。しかし国民全体の所得が上がる中でそのような職業(生産性が上げにくい職種)に就いている人の所得も上げざる得ない。この結果、どうしても物価は毎年上がり続けることになりこれが大きな問題となっていた。これは生産性格差インフレ(調整インフレと呼ばれたこともある)と呼ばれている。ちなみに先進国ではこの種のインフレは随分前に終了している。

    例えば一人の学校の先生が50人の生徒を教えいたとする。しかし製造会社のように生産性を上げ2倍の100人の生徒を教えるということは不可能である。この状況で学校の先生などように効率の上げにくい分野(例えば公共料金に係わる職業(タクシーなど)や公務員、そして農業など要するに競争原理が働きにくい分野)でも収入を増やすのだから、総需要が増え国全体としては物価は上がり続けていた。このような物価上昇が常態化していた時代に生まれたのがフィリップ曲線の概念である。


    フィリップ曲線の概念が正しいかどうかは別にして、逆に今日のように物価の上がらない時代になっても、50年前の経済を前提にした経済理論を振回す人々の頭はどうかしていると筆者は思っている。しかし彼等はこれを使って盛んに物価の高騰を警告している(もちろんヘリコプター・マネーなどによる財政政策を牽制)。ところがここ30年で日本の物価上昇率(消費者物価)が一番高かったのはバブル経済絶頂期であったが、たった90年の3.1%、91年の3.3%に過ぎない



ヘリコプター・マネー政策についてのQ&A集を作成するための準備は整った。しかし米国の大統領選があるので、来週はこちらを取上げる。



16/10/31(第914号)「中央銀行に対する観念論者の誤解」
16/10/24(第913号)「落日の構造改革派」
16/10/17(第912号)「ヘリコプター・マネー政策への障害や雑音」
16/10/10(第911号)「事実上のヘリコプター・マネー政策」
16/10/3(第910号)「財政均衡主義の呪縛からの覚醒」
16/9/26(第909号)「日本経済こそが「ニューノーマル」」
16/9/19(第908号)「プライマリーバランスの回復は危険」
16/9/12(第907号)「労働分配率と内部留保」
16/9/5(第906号)「経済学者の討論の仕方」
16/8/29(第905号)「吉川教授と竹中教授の討論」
16/8/22(第904号)「芥川賞受賞作「コンビニ人間」」
16/8/8(第903号)「新経済対策への評価」
16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」
16/7/25(第901号)「アベノミクス下における注入と漏出」
16/7/18(第900号)「経済循環における注入と漏出」
16/7/13(第899号)「16年参議員選の結果」
16/7/4(第898号)「奇異な話二題」
16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
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15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
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15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


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