経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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16/10/31(914号)
中央銀行に対する観念論者の誤解

  • クリスマス休暇中の法案通過

    今週は、日銀など中央銀行の働きについて簡単に述べる。中央銀行に対してある種の固定したイメージを持っている者が多い。しかしこのイメージが全くの誤解という時がある。

    特に世の中には観念論者と呼ばれる者がいて、彼等は日銀などの中央銀行は「こう有るべき」と強く思い込んでいる。例えば中央銀行は政府から独立しているべきと決め付ける者が多い。有力政治家など世の中に影響力を持つ人々までがこの観念論に染まっている。学校の教科書も概ねこの観念論に沿って書かれていて、これで教わった一般人も中央銀行は「こう有るべき」という考えに感化されている。

    このように中央銀行のあるべき姿というものが大昔から決まっていると人々は思いがちである。ところが今日の中央銀行の形が出来上がってから、わずか100年ちょっとしか経っていないのである。しかも中央銀行の機能や働きはこの100年の間に随分と変っている。

    米国FRBが設立されたのは1913年である。ただ米国の通貨を発行する発券銀行はその前から存在していた。実際、明治の初期に設立された私企業である日本の国立銀行(第一銀行などのナンバー銀行)は、米国の発券銀行を模して設立された。その後、イングランド銀行を参考に中央銀行としての日銀が1882年に設立され、発券業務は日銀に集中された。


    中央銀行の機能と働きを筆者は大まかに次の三つと考える。一つ目が発券業務である。二つ目が民間銀行が資金繰りに窮した時の最後の貸し手としての存在である。いわゆる金融システムの安定化の働きである。このため中央銀行は常日頃から民間銀行を管理・指導する立場にある。

    三つ目が金融政策である。このため中央銀行は金利や通貨の供給量を操作している。ただ今日の中央銀行の形や働きの範囲は国によってある程度異なっている。例えば米FRBは金融政策の目的の一つとして雇用政策にまで関与している。

    今日、発券業務はどの国でも中央銀行が行っている。しかし米国は、発券銀行が出来るまで、英国紙幣を使ったり政府が通貨(紙幣)を発行していた時代がある。同様に日本も明治新政府の発足当初、政府が太政官札などの政府紙幣(貨幣)を発行した。


    歴史的に全ての国で中央銀行がすんなりと設立されたわけではない。例えば米FRBは、人々の賛同を得て設立されたものではない。発券業務に連邦政府が関与することに、むしろ分権主義者など多くの米国民は警戒感を持った(権力が連邦政府に集中するので)。ちなみにそれまで発券を行っていたのは、ロスチャイルド家やロックフェラー家などが設立した民間銀行であった。

    ところが1907年、米国の銀行の手形がロンドンで割引を拒否されるといった事件が起り、これを発端に米国で金融恐慌が起った。これに対して米国の大銀行家達は危機感を持ち、発券業務に止まらない中央銀行(FRBと地区連銀)設立を模索し始めた。しかし案の定、この構想は分権主義者やかなりの政治家から反対された。そこで一部の政治家達によって中央銀行の設立計画は秘密裏に進められた。そしてほとんどの上院議員がクリスマス休暇で不在の中(賛成の議員だけがこっそりとワシントンに残った)、ついに彼等は中央銀行設立のための法案を議会で通した。日銀設立から31年間も遅れた1913年12月23日のことで、これによってようやく米国で近代的な中央銀行制度が発足したのである。


  • 観念論者は有害・無益

    前段で説明したように、どの国の中央銀行もいくつもの変遷を辿って今日の姿になっている。おそらく今後も変って行くと想われる。特に管理通貨制度が始まり、また金融政策を担うようになり中央銀行の役目はかなり広がった。

    上記の通り米FRBは、米国の金融システムの安定を目的に強引に設立されたものである。ところで第二次大戦後、米国だけは深刻なデフレ経済に陥った。これは米国本土だけが大戦の戦場にならなかったため、戦前からの過剰生産設備がそっくり残ったからである。

    そこで米政府は国債を発行し大胆な財政政策を行った。そしてこの大量の国債をFRBが「青空天井」で買った。この大胆な財政政策はデフレ対策であると同時に、共産主義国家ソ連に対抗するために社会福祉予算を大幅に増額したからである。FRBの「青空天井」の国債買入れは、政府とアコードを締結する1951年まで続いた。当時、ようやくデフレギャップの解消が見え始めていた。これ以降、FRBは比較的自由に金融政策を実行できることとなった。


    このように中央銀行の役目や働きはどんどん変っているのである。つまり本来、あるいは未来永劫、中央銀行は「こう有るべき」と考える方がおかしいのである。このような幼稚なことを声高に叫んでいるのは、中央銀行についての知識が教科書レベルの観念論者達である。

    観念論者の「こう有るべき」論の代表が中央銀行の独立性である。これに沿い日本では1997年、日銀の独立性を高める日銀法改正を行った(これが大間違いだったという声が最近上がり始めている)。日本には中央銀行の独立性を高めることが正しく近代的といったとんだ誤解がある。

    独立性を重んじる速水日銀は、2000年、政府の反対にもかかわらず突然ゼロ金利を解除した(そもそもゼロ金利政策は速水日銀が始めた)。ほとんどのマスコミは「日銀の独立性」の観点と改正日銀法を根拠にこれに賛同した(日本のマスコミ人のレベルが分る)。ところがITバブル崩壊もあって一年も経たないうちに、速水日銀はゼロ金利政策に逆戻りした。速水氏が日銀出身の総裁だったということで、この失態によって日銀出身者の総裁への信頼感は低下したと筆者は見ている


    「中央銀行の独立性」が強調される歴史的な背景は、金融緩和の行過ぎによるインフレ発生への警戒感である。また時の政府が国民の人気取りのために放漫財政を採りがちになり、中央銀行がこれを支える図式に観念論者は反発する。特にドイツなどの欧州では今でもこの雰囲気が強い。

    ところがほとんどの国では、中央銀行の執行部は政府が任命し議会が承認するという形を取っている。つまり政治家が中央銀行のトップを始め委員を決めているのである。この状況で中央銀行が政治から完全に独立するということは考えられないことである。

    また政治家は選挙で選ばれるが、一方の中央銀行の執行部は国民から選ばれているわけではない。むしろこの中央銀行が独走することへの危惧を持つべきと筆者は考える。本当に、いつの時代でも観念論者というものは有害・無益の存在である。


    たしかに昔はどの国でもインフレを警戒する声が大きかった。しかし今日、問題にされているのはむしろデフレであり物価の下落である。当然、中央銀行の政策スタンスは大きく変ることを要求されている。今後は政府の財政政策に呼応した金融政策が必要となると筆者は考える。おそらくこの一つの究極の形がヘリコプター・マネーと筆者は理解している。


    日銀に関してはこれ以外にも観念論者の幼稚な誤解が多い。最近、ネットで奇妙な記事を読んだ。日銀が大量に国債を購入しているが、これと政府の債務勘定にある国債を相殺、つまり償却するという話が話題になっているらしい。国が発行した国債のうち日銀保有分(現在400兆円)は、国(親会社)から見れば日銀(子会社)に対する債務であり、日銀(子会社)にとって同額の国(親会社)への債権である。そこでもし国と日銀の貸借対照表を連結決算すれば、たしかに両者は相殺される。

    ところがこのネット記事の執筆者は、国の国債債務が償却されても、日銀の債務勘定に計上されている通貨発行額(日銀券発行額)は膨らんだままと指摘している。つまり国の借金が日銀の借金に肩変るだけと噛み付いているのである。たしかに日銀の通貨発行額は債務に分類(仕訳)されている。

    しかしこれは特定の相手に対する債務ではなく、誰からも返済を請求されるものではない。また金利はゼロである。つまり会計学上では債務性が全くないものであり、利益に計上しても良いものである。このネット記事執筆者はそこまで考えが及んでいない。筆者はこの人物を観念論をまき散らすガチガチの財政均衡主義者と見ている。もし日銀の通貨発行額が膨らんで問題になるとしたなら、来週取上げるこれによるインフレと筆者は考える。



来週はヘリコプター・マネーと物価上昇をもう一度取上げる。



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