経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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16/10/17(912号)
ヘリコプター・マネー政策への障害や雑音

  • 「税と社会保障の一体改革」派

    まず日本こそヘリコプター・マネー政策を真っ先に導入すべきという話から始める。先週号で述べたように、日銀が既に400兆円近い国債を購入していることがその一つの理由として挙げられる。つまり日本はヘリコプター・マネー政策を発動する準備が整っているのである。

    ところで今回の第二次補正予算の財源として建設国債が発行される。この建設国債をそのうち日銀が市場から購入するということになれば、これをもってヘリコプター・マネーと見なすこともできる。つまり事実上日本はヘリコプター・マネー政策に踏出しているとも言える。

    しかし建設国債を財源とする場合、予算の使途は公共投資などに制限される。日本に必要な財政支出は公共投資だけではない。教育費や防衛費、そして社会保障費など限りがない。したがっていずれ自由に使える財源が必要になると筆者は思っている。これらに対応できてこそ、本来のヘリコプター・マネーと言える。


    しかし与党、特に自民党の中にも日本の財政が最悪で破綻寸前というデマに惑わされている者がまだかなりいる。しかも信じ難いことに現職の閣僚にもこのような人物がいる。先日もこの大臣は、次の選挙は消費税の増税を掲げて戦うべきといった発言を行っている。たしかに5〜6年前の自民党ならこのような意見が出ても不思議ではなかった(実際、野党時代の谷垣自民党は消費増税を掲げて総選挙を戦ったことがあった)。

    しかし今日、安倍政権の第一の政策目標はデフレ経済からの脱却である。それにもかかわらず、唐突にもこの閣僚はさらなる消費増税を唱えているのである。案の定、この発言に対して周囲は無反応である。しかし筆者は、何故、この時期にこのような発言を行ったかに関心を持つ(筆者の考え過ぎでこの大臣は何も考えていないかもしれないが)。


    与野党とも「税と社会保障の一体改革」を推進していた勢力が依然として存在しているのである。消費増税発言は、この第一人者である野田前首相が民進党の幹事長に就いたことに呼応したとも受取られる。しかし反対に安倍政権は、アベノミクスを成功させるため今後ヘリコプター・マネーに近い政策に踏出さざるを得ないと筆者は見ている。

    この安倍政権に対抗する勢力が、今後、「税と社会保障の一体改革」を掲げ消費増税を訴え結集する可能性があると筆者は感じている(この話は今後の注目ポイント)。またこの動きの中心メンバーとなる政治家が幾人か思いあたる。これによって自民党が分裂するところまでは行かないが、「税と社会保障の一体改革」派は次の自民党の総裁選(3年後)では安倍総理に対する有力な対抗勢力と成り得ると筆者は考える。


    安倍政権が本当にGDP600兆円の達成を目指すのなら、ヘリコプター・マネー政策に踏出すべきと筆者は思っている。しかし閣僚の中にさえまだ消費増税を唱える者がいるくらいである。とても先週号で言及したような絵に描いたようなヘリコプター・マネー政策は無理である。

    せいぜいヘリコプター・マネー的な政策を実施するのが限界であろう。つまり当分の間、今回の補正予算のように新規の建設国債や財投債を増発するといった形を踏襲することになろう。ちなみに財投債もそのうち日銀の買入れ資産の対象になると筆者は想っている。いまだに「税と社会保障の一体改革」に執着する者達の力が強い以上、現状ではこの方法しかないであろう。


  • 構造改革派の実態

    このようにヘリコプター・マネー政策が好ましいとか必要と筆者達が言っても様々な障害や雑音がある。前段で取上げたようないまだに「税と社会保障の一体改革」に執着している人々の存在がその一つである。彼等のほとんどは財政均衡主義者と見なしても良い。財源の確保は「歳出の削減」と「増税」しかないと思い込んでいる。また彼等の間違った信念はいささか宗教的なので、説得も困難である。

    財政均衡派の他では、もう一つの一大抵抗勢力として構造改革派がある。日本が経済成長できない理由は、必要な構造改革が進んでいないからと彼等は主張する。聞いている人々を「そんな気にさせるなセリフ」である。また構造改革派は「規制緩和」や「小さな政府」を訴える。


    この構造改革派が財政均衡派に利用されていた時期があった。自民党内の積極財政派を抑えるために構造改革派の「規制緩和」が使われた。財政支出で景気を浮揚させることに反対するため、財政均衡派は「財政支出ではなく規制緩和をすれば良いじゃないか」と言っていた。実際、構造改革派を装っている財政均衡派が今日でも多い。

    両者は財政による景気刺激策を「効果は一時的」であり、財政赤字が膨らむだけと徹底的に否定する。しかし05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」他で説明してきたように、このことは乗数効果の波及過程(効果は段々と減衰する)を考えると当たり前の話である。ちょうど「雨の降る日は天気が悪い」と言っているようなものである。ただ筆者達はヘリコプター・マネーというものが理解され容認されれば、財政赤字を増やすことなく財政政策を大きくすることができると考える。つまり容認される物価上昇率の上限まで、ヘリコプター・マネーによる財政拡大は可能と筆者達は言っているのである。


    構造改革派と財政均衡派の蜜月時代はしばらく続いたが、増税(消費税)を巡って両者は対立するようになった。ベースに「小さな政府」がある正統派の構造改革派は、消費増税の動きに鋭く反発した。しかし今日、構造改革派は完全に落ち目になっている。残っているのは構造改革派を装う財政均衡主義者ばかりである(ある種の工作員)。

    アベノミクスの3本の矢は一本目が金融政策、二本目が財政政策である。そして3本目の成長戦略が構造改革に根ざした成長戦略である。しかし何年も経つのに成長戦略は何の成果も上げていない。とうとうマスコミや人々は成長戦略とか言うものに完全に興味を失っている。今日、成長戦略会議で取上げられているテーマは、例えば「介護職員の職務範囲の拡大」と言ったものである。要するに「コンビニでの薬販売の解禁」の類ばかりである。


    元々、「構造改革」という言葉は左翼の用語であり、資本主義経済体制をどのようにして共産主義体制に変えるかという議論の中で生まれた言葉である。しかしそもそも「構造」というものは、永遠に変らないか、もしくはほとんど変らないものを指す言葉である。ところが構造改革派は、この「構造」というものが簡単に改革できるという独裁者的錯覚を持っている。

    つまり変ることがない「構造」というものを変えるといった矛盾したことを彼等は平気で言っているのである。たしかに一個人や一企業が変身することは可能であろう。しかし国や社会というものの構造は簡単には変らないものと筆者達は認識している。さらにもっと馬鹿馬鹿しいことに、構造が変ったところで経済が成長するとは限らないのである(逆に経済が縮小することも有り得る)。

    したがって筆者達は、01/7/9(第215号)「Let it be !」で述べたように、日本の今の構造というものを前提に最善の政策を考えるべきと言っているのである。その一つがヘリコプター・マネー政策である。ところが構造改革派の頭には「構造改革」しかないので、このような需要創出政策は「構造改革」の邪魔になると猛反対する。



「構造改革」は筆者達が主張しているヘリコプター・マネー政策にとって一つの雑音である。来週は、今週の続きともう一つの雑音である「生産性の向上による経済成長」を取上げる。



16/10/10(第911号)「事実上のヘリコプター・マネー政策」
16/10/3(第910号)「財政均衡主義の呪縛からの覚醒」
16/9/26(第909号)「日本経済こそが「ニューノーマル」」
16/9/19(第908号)「プライマリーバランスの回復は危険」
16/9/12(第907号)「労働分配率と内部留保」
16/9/5(第906号)「経済学者の討論の仕方」
16/8/29(第905号)「吉川教授と竹中教授の討論」
16/8/22(第904号)「芥川賞受賞作「コンビニ人間」」
16/8/8(第903号)「新経済対策への評価」
16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」
16/7/25(第901号)「アベノミクス下における注入と漏出」
16/7/18(第900号)「経済循環における注入と漏出」
16/7/13(第899号)「16年参議員選の結果」
16/7/4(第898号)「奇異な話二題」
16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


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