経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




16/10/10(911号)
事実上のヘリコプター・マネー政策

  • 金融政策一辺倒派の敗北

    どの先進国(日・米・欧)の経済もどん詰まり状態という話を先週号でした。そしてどん詰まり状態の原因が需要不足ということが、ようやく各国政府の共通認識になりつつある。次はこの状態からいかに脱出するかという経済政策の話になる。

    経済政策としては財政政策と金融政策がある。これまではどの国でも財政政策への抵抗が強いため、もう一方の金融政策にほぼ全てを頼ってきた。つまりずっと金融政策に偏重した政策が採られてきた。ところが金融政策がほとんど効かないのである。昔から金融政策は、機動性はあるが、効果が小さいことは薄々認識されてきた。しかしこの小さな効果がさらに小さくなったのである。


    先進各国の政府は戸惑っている。欧州は失業問題が一向に解決しない。米国では労働者の所得が増えず、トランプ氏のような大統領候補がかなり票を集めそうである。日本もほぼゼロ成長が続いている。たしかに一部には未曽有の金融緩和で潤っている人々がいるが、その富が他の者に波及しないのである。

    この結果、残るのは財政政策、つまり積極財政しかないという雰囲気がどの国でも徐々に醸成されている。これには金融政策の限界というものがはっきりと露呈したことが大きかったと筆者は考える。実際、金利をマイナスにするといった究極の金融緩和を実施したにもかかわらず、さしたる効果がないことを人々は目にしたのである。「だから構造改革しかない」といった「祈祷」や「まじない」の類の政策を声高に訴える者を除けば、普通の思考力を持つ人々はもはや財政政策しかないという結論に達しつつある。


    本誌で何度も取上げたように、経済学者やエコノミストの中にも、これまでの考えを変えて財政政策を容認する者が増えている(ただし日本にはまともな経済学者が一握りしかいないので絶望的であり、大半の日本の学者はいまだに「構造改革」とか「財政政策は不要でありなお一層の金融緩和を」と言っている)。その典型が11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」で取上げたポール・クルーグマン教授であろう。

    00/1/17(第146号)「有力エコノミストの対談」で取上げた当時、財政政策を唱えるリチャード・クー氏に対して、教授は財政政策に否定的でなお一層の金融緩和策を主張していた。ところが10年経って、教授は財政政策の重要性を訴えるよう変心している。金融政策一辺倒の教授を師と崇めて来た経済学者やエコノミストは、まさに梯子を外された形になっている(このことにまだ気付いていない間抜けな者がけっこういる)。


    日本でも財政政策への抵抗はほとんどなくなったと筆者は感じる。16/8/8(第903号)「新経済対策への評価」で取上げた補正予算を伴う新経済対策に対する反対論も拍子抜けするほど小さい。第二次補正予算案も抵抗がないまま国会を通りそうである。これも金融政策の限界というものをいやというほど知らされた結果と筆者は見ている。

    これには日銀によるマイナス金利政策の実施が大きかったと筆者は考える。実施する前は「さすがに金利をマイナスにすれば何とかなる」という期待が金融政策にはあった。しかし最後の砦であったマイナス金利の実施から半年が過ぎ、金融政策一辺倒派はとうとう観念したようだ。その意味でマイナス金利の実施は有意義であった。


  • 絵に描いたようなヘリコプター・マネー政策

    程度に差はあるが、今日、日本では財政政策に踏出すことに賛同を得られたと筆者は判断している。次に議論になるのがその財源である。筆者などは、単純に国債(赤字、建設)を発行すれば良いと考える。特に日本では超長期国債の利回りが極端に低くなっていて、イールドカーブが寝た形になっている。したがって今こそ超長期債を大量に発行し財源を確保すれば良いと筆者は考える(将来に必要な財源もまとめて確保しても良い)。

    しかし日本には根強い財政均衡主義の呪縛みたいなものが存在する。簡単に国債(特に赤字国債)を発行を許す雰囲気がない。この結果、今回の第二次補正予算の財源には、予算の使い残しや建設国債の発行、そして異例であるが財投債を使うことにした。財投債は国の債務にカウントされるが、プライマリーバランスの算出からは除かれるのである。このようなところにも財政均衡主義者達の異常な執念みたいなものが感じられる。


    筆者達のような考えの者が増えれば、財政政策の財源はシニョリッジ、つまりヘリコプター・マネーということになる。ただ見方によっては、日本は既にヘリコプター・マネーに踏出しているとも考えられる。例えば今回新規に建設国債が発行されるが、この国債を回り回って日銀が購入すれば結果的にヘリコプター・マネーであるという見方ができる。

    そもそも日銀が国債を買い始めた20年以上も前からヘリコプター・マネー政策は始まったという極端な見方も成立つと筆者は考える。ただこれまで日本政府は日銀の国債購入を理由(財源)に政府支出を増やすとは決して言わなかった。あくまでも日銀の国債購入は金融政策の一環という位置付けである。間違ってこれをヘリコプター・マネーの類と言ってしまえば政治問題化し、その政権は政界に力を持つ財政均衡主義者勢力に叩き潰されていたに違いない。


    このようにヘリコプター・マネーの定義は複雑であり曖昧である。ただ絵に描いたようなヘリコプター・マネー政策というものは日本ではほぼ実現しないと筆者は見ている。絵に描いたようなヘリコプター・マネーとは、「これからヘリコプター・マネー政策を行う」と政府が宣言し、財政支出するにあたりこの財源として国債を発行し、これを日銀が直接引受けるといった形である。

    そもそも02/1/21(第237号)「国債の日銀引受け政策」などで述べてきたように、日銀による国債の直接引受は財政法第5条で原則禁止されている。ただこれには但し書きがあり、特別の事由がある場合は国会の議決の範囲内で日銀は国債を引受けることができる。ところがこの「特別の事由」とか「国会の議決の範囲」については定義がはっきりしない。


    したがっていずれにしても絵に描いたようなヘリコプター・マネー政策を実施するには、法改正を含め何らの形で国会での審議や議決が必要となる。つまりよほどヘリコプター・マネーに強い意志を持つ政権が出来ない限り、この形でヘリコプター・マネー政策が実施されることはないと筆者は思っている。ただ何かをきっかけに国民の間にヘリコプター・マネーを容認する「空気」というものが急速に盛上がる可能性はある。そのような事態になれば話は別である(筆者は大いに期待しているが)。

    結論としてこの政策が実現するには、次のような事実上のヘリコプター・マネー政策という形を取る他はないと筆者は考える。まず政府が財政赤字を大幅に増やすような財政支出を行う。これに呼応し中央銀行がそれに見合うか、あるいはそれ以上の国債の市場買入れを実施するのである。日本の場合は既に日銀が大量の国債を買っているのだから、後は政府が新規の国債(赤字国債でかまわない)を発行して予算を組めば良いという話になる。


    他の先進国でもヘリコプター・マネー政策は大きな関心事になっている。16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」で取上げたように、元英金融サービス機構(FSA)長官アデア・ターナー氏の著書「債務と悪魔の間で」は大きな反響を生んだ。次の注目点はどの国が最初にヘリコプター・マネー政策に踏出すかである。

    筆者は、客観的に見てそれは日本と思っている。日銀が既に400兆円に近い額の国債を買っているのである。つまり準備は整っているのだから、いつでもスタートが切れるのが日本である(ただヘリコプター・マネーの定義が曖昧なので何をもってスタートと言うか分かりにくいが)。むしろ日本に第一歩を踏出してもらいたいという各国の期待もあると筆者は思っている。また可能性の点だけで言えば、日本の次は米国と英国ということになろう。ただ制度的に英国以外のEU諸国はちょっと無理と筆者は見ている。



来週は、何故、日本にヘリコプター・マネー政策が必要かについて述べたい。また構造改革も取上げる。



16/10/3(第910号)「財政均衡主義の呪縛からの覚醒」
16/9/26(第909号)「日本経済こそが「ニューノーマル」」
16/9/19(第908号)「プライマリーバランスの回復は危険」
16/9/12(第907号)「労働分配率と内部留保」
16/9/5(第906号)「経済学者の討論の仕方」
16/8/29(第905号)「吉川教授と竹中教授の討論」
16/8/22(第904号)「芥川賞受賞作「コンビニ人間」」
16/8/8(第903号)「新経済対策への評価」
16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」
16/7/25(第901号)「アベノミクス下における注入と漏出」
16/7/18(第900号)「経済循環における注入と漏出」
16/7/13(第899号)「16年参議員選の結果」
16/7/4(第898号)「奇異な話二題」
16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


14年のバックナンバー

13年のバックナンバー

12年のバックナンバー

11年のバックナンバー

10年のバックナンバー

09年のバックナンバー

08年のバックナンバー

07年のバックナンバー

06年のバックナンバー

05年のバックナンバー

04年のバックナンバー

03年のバックナンバー

02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー