経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




16/9/19(908号)
プライマリーバランスの回復は危険

  • ケインズ経済学と古典派経済学

    先週号で日本の主体別の貯蓄・投資と注入・漏出の実態を取上げた。主体としては企業(非金融法人企業と金融機関)、一般政府(以下政府と省略)、家計、対家計民間非営利団体(以下の分析では取り敢えず最後の対家計民間非営利団体は省略する)がある。また経済循環全体における需要の注入と漏出を考える場合、これらの他に海外との貿易(輸出・輸入)を考慮する必要がある。注入の増加はマクロ経済にプラスであり、漏出の増加はマイナスとなる。逆に注入の減少はマイナスであり漏出の減少はプラスとなる。

    次に主体別にマクロ経済上の循環を簡単に記述する(複雑なので読み飛ばしてもらっても良い)。まず家計は、所得から所得税(漏出)を差引いたところの可処分所得から消費(注入)を行い、残りを預貯金する(漏出)。企業では、先週号で述べたように事業活動の結果としての税前利益から、法人税(漏出)を差引いたところの当期利益から配当金(注入)や役員賞与(注入)を払い、この残りが内部留保となる。内部留保は先週号で説明したように、設備投資などの注入と預金(漏出のまま)などに別れる。また政府は所得税や法人税などの税を徴収し(漏出)、政府消費(注入)や公共投資(注入)に充てる。


    しかし現実の経済循環はもっと複雑であり、上記の説明ではかなりの取引を省略し単純化した。例えば消費税を割愛した。また家計が銀行から資金を借り住宅を購入するケースがある。この場合、住宅購入は注入になり、住宅ローンの返済は漏出となるがこれらも省略した。また年金などの社会保険も考慮すると企業、政府、そして家計の間での経済循環における需要の注入と漏出はさらに複雑になるがこれらも省いた。

    日本の主体別の貯蓄・投資や経済循環における需要の注入と漏出を取上げているのは、日本の経済の実態を分析することが目的である。したがってこの目的を達成できるのなら上記の単純化したモデルを次のようにもっとシンプルにした方が分かりやすい。


    経済学の教科書の一番基本的な経済循環では、家計の貯蓄(漏出)が金融機関を介し、非金融法人企業に貸出され投資(注入)に充てられる。そしてマクロ経済では、03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」などで説明したように、生産されたものが過不足なく費消されるには貯蓄と投資が一致することが必要となる。ところが貯蓄と投資が一致しないケースが有り得る。しかしこれについてケインズ経済学と古典派(新古典派を含む)経済学では考え方が大きく違う

    古典派経済学では、貯蓄と投資に不均衡が生じてもパラメーターである金利(r)が動いて両者を一致させることになっている。例えば貯蓄より投資が大きい場合(貯蓄不足)は、金利が上昇し貯蓄を促し投資を抑制する。反対に投資より貯蓄が大きい場合(貯蓄過多)は、金利が低下し投資を促し貯蓄を抑制する。したがって古典派経済学では、貯蓄・投資に不均衡は発生しないことになっている。


    一方のケインズは、貯蓄・投資に不均衡が生じ、これが金利の変動では調整されない事態が起り得ることを証明した。むしろ貯蓄・投資が均衡するのは特殊なケースだけと古典派経済学の調整メカニズムの限界を指摘した。たしかに金利がどれだけ下がっても思うように投資が増えない戦前の世界大恐慌以降の経済の低迷を見れば、ケインズの見方が正しいと言える。

    ケインズは貯蓄・投資に不均衡が発生し需給にデフレギャップが生じた場合は、政府が国債を発行し過剰となっている資金(貯蓄)を吸い上げ、これを財源に政府支出(公共投資など)を行うことを提言した。しかしこの提言は本国の英国で真っ向から反対された。

    「税金を徴収しそれだけを財源に政府支出を行うことが政府の基本的な在り方だ」という、いわゆる「財政均衡主義」の考えが英国に根強く存在していた。また経済には自律的な調整メカニズム(金利や価格が変動)が備わっているのだから(神の見えざる手)、経済への人為的な介在は絶対に避けるべきという古典派経済学の頑迷な精神がこの「財政均衡主義」には流れている。このような雰囲気の英国では、ケインズの政策提言が相手にされなかったのも当然である。


  • 教科書の記述と全く逆のこと

    前段で述べたようにケインズの経済理論は政策に当初採用されなかった。しかしナチスドイツの台頭などにより戦争勃発の危機が迫り、先進各国は軍拡競争に走った。各国政府は躊躇していた国債の大量発行を行い軍事支出を増大させた。すると何をやっても脱出できなかった世界大恐慌以降の経済の長期低迷であったが、この軍需増大のお陰で先進各国は一転して好景気となった。図らずもケインズの経済理論が正しかったことが証明されたのである。


    第二次世界大戦が終わって70年も経つが、経済学界では新古典派経済学という形で古典派経済学が復活している。日本ではむしろケインズ経済学が片隅に追いやられている。しかしこれは新古典派経済学が正しく、ケインズ経済学が間違っているからという訳ではない。

    それどころか新古典派経済学に沿った政策は効果がないか、あるいはことごとく失敗している。新古典派経済学に基ずく経済シミュレーションモデル(内閣府のIMFモデル)による経済予測は外れっぱなしである。経済学者を除くと、さすがに日本で新古典派経済学が有効と考える者はほとんどいないはずである。ところがこの役立たずの新古典派経済学が幅を利かしている。筆者はこれにはケインズ経済学の復活を望まない大きな勢力があるからと考える。


    ケインズ経済学の台頭を異常に警戒しているのは財政均衡主義者である。彼等は古典派経済学者リカードの等価定理(後の合理的期待形成仮説)まで持出し、国が借金をして行う財政政策の無効性を訴えている。このように財政均衡主義は既にボロボロになっている古典派経済学と固く結び付いている。

    考え方が完全に間違っている財政均衡主義であるが、日本では財政再建主義という形をとって政治的に一大勢力を形成している。「税と社会保障の一体改革」の三党合意もこの財政均衡主義に基ずく。先日実施された民進党の代表選挙に出馬した3候補は全員、財政規律を訴え消費税増税に賛成している(自民党にも財政均衡主義者はかなりいる)。中でも代表に選ばれたレンホウ参議院議員は事業仕分で脚光を浴びた。


    プライマリーバランスの回復の動きも根っ子には財政均衡主義がある。今日、日本ではプライマリーバランスの回復を目指すことは正しいこととされている。しかし筆者は、日本経済の現状を考えるとこれはとても危険なことと考える。

    先週号から取上げているように、日本における貯蓄の主体が家計から企業に変っている。たしかに貯蓄残高は家計がいまだにダントツであるが、増えている無職の高齢者が貯蓄を取崩しているので、フローの差引きの貯蓄は赤字に転じている。一方、企業の内部留保が増える一方で特に現金・預金や海外への投資といった漏出のままとなる金額がかなりのピッチで増えている。


    これまで政府は家計の過剰な貯蓄にだけ注目してきた。家計の貯蓄をいかに消費や投資に回させるかが関心事であった。もしこれが可能なら財政赤字を減らせるからである。

    一方の常に赤字の主体(つまり借金の方が大きい)であった企業の貯蓄はほぼノーマークであった。ところが企業は、利益を上げ借金の返済を進め、無借金となった企業も多い。それどころか今日企業は少なくともフローでは貯蓄の黒字主体となっている。つまり教科書の記述と全く逆のことが家計と企業で今日起っているのである。


    政府は企業のROE(株主資本利益率)を大きくする経営を否定できない。むしろ政府はこれを大きくする企業経営を推進してきたと言える。ただ日本国内の需要が増えないので、企業は設備投資を抑えているのである。この結果、内部留保だけがどんどん増えることになった。また投資を行うとしても、国内ではなく需要が伸びている海外ということになる。しかしこれらは企業の合理的な判断であり、緊縮財政を敷いている政府が文句を言える立場にない(麻生財務相が企業を「守銭奴」と罵っているが)。

    政府は秘密裏に増税分の8割を財政再建に回し、企業は儲けの多くを溜込んでいるのが今日の日本経済の姿である。これではアベノミクスが頓挫するのは当たり前である。筆者は、日本経済は来るところまで来たと考え、財政均衡主義から脱するためにはもう「ヘリコプターマネー」しかないと思っている。



先進国の経済はどこも煮詰まっている。金利がマイナスなのに思うようには投資は起らない。特に日本は酷い。来週はこのことを取上げる。

民進党の代表に選ばれたレンホウ参議院議員の二重国籍が問題になっている。ようやく表に出てきたと筆者は感じる。これは重大な問題であるが、テレビなどのマスコミは完全に腰が引けていて、なるべくこれに触れないようにしている。タレントの学歴詐称といったつまらないことであれだけ騒いだはずの日本のマスコミのいい加減さが目につく(なぜか豊洲の問題ばかり追い掛けている)。

二重国籍の問題は議員を含めた公務員全体の問題である。国家公務員は一応チェックされているようであるが(どこまでチェックしているか不明)、地方公務員はほぼノーチェックという話もある。レンホウ参議院議員の場合は完全にアウトであるが、法律の不備をかいくぐった形になっている。



16/9/12(第907号)「労働分配率と内部留保」
16/9/5(第906号)「経済学者の討論の仕方」
16/8/29(第905号)「吉川教授と竹中教授の討論」
16/8/22(第904号)「芥川賞受賞作「コンビニ人間」」
16/8/8(第903号)「新経済対策への評価」
16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」
16/7/25(第901号)「アベノミクス下における注入と漏出」
16/7/18(第900号)「経済循環における注入と漏出」
16/7/13(第899号)「16年参議員選の結果」
16/7/4(第898号)「奇異な話二題」
16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


14年のバックナンバー

13年のバックナンバー

12年のバックナンバー

11年のバックナンバー

10年のバックナンバー

09年のバックナンバー

08年のバックナンバー

07年のバックナンバー

06年のバックナンバー

05年のバックナンバー

04年のバックナンバー

03年のバックナンバー

02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー