経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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16/7/18(900号)
経済循環における注入と漏出

  • アベノミクスの頓挫

    今日の日本のような経済が成熟した国の成長を考える時は、需要サイドを考慮することが最も重要と筆者は一貫して主張してきた。反対に生産力が乏しい発展途上国や、戦争で生産設備が壊滅した国の経済成長は供給サイドを考慮することになる。また中南米諸国のように経済が一次産品(鉱物資源や農産物)の輸出に大きく依存している国の場合はもっと複雑になる。

    そしてその国の経済の状況や発展段階によって、経済成長のための適切な政策と有効な処方箋は大きく異なる。ところが日本での経済論議は、これらの違いを全く無視して行われ混迷を極めている。日本はここ30年間ほどケインズ以前の古典派、あるいは新古典派の経済理論が幅をきかしてきた。しかしこの理論に基づく政策が実施されてきたがことごとく失敗した。基本的に新古典派の経済学は、生産力が乏しかった19世紀、20世紀初期の経済を前提したポンコツ経済理論である。


    需要サイドを重視するならば、03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」で取上げたように、日本では経済循環における需要の注入と漏出を考える必要がある。注入には投資(設備投資や住宅投資など)、政府支出(公共投資を含む)、年金給付、輸出などがある。一方、漏出には貯蓄、税金、社会保険料、輸入などがある。

    注入が漏出より大きければ経済は拡大(経済成長)に向かい、反対に注入が漏出より小さければ縮小に向かって均衡する(マイナス成長)。13年度のアベノミクスの一年目は、真水で10.5兆円の補正予算に見られるように経済循環において需要の注入が大きかった。また異次元の金融緩和など(金融緩和だけでなく経常収支の赤字)による円安の経済効果もある程度あった。円安の効果としては輸出増・輸入減、株価上昇による所得効果による消費増が考えられる。ただ円安の効果についての計量的なデータを筆者はまだ見たことがない。おそらく大きくはないがある程度のプラスと筆者は思っている。


    大型の補正予算は経済循環への注入であり、また円安効果も大きくはないが同様に注入である。ところが14年度のアベノミクスの2年目から一転して財政は緊縮型に大転換した。

    補正予算は前年度から5兆円も減額された。これは注入の大幅減少である。また消費税率が5%から8%に引上げられ、8兆円の所得(購買力)が消費者から国・地方自治体に移転した。この8兆円は経済循環からの漏出になる。したがって14年度は注入が5兆円減り、漏出が8兆円増えた。この補正予算額の決定を知り筆者は13/11/25(第775号)「アベノミクスの行方」で、早々と14年度の経済成長を「ゼロないしマイナスの低成長」と警告した。たしかに円安効果が続き、さらに原油安効果が始まったが大きな支えにはならなかった。結果は筆者の予想通りとなった(間抜けな経済学者やエコノミストのほぼ全員がV字回復すると大合唱していた)。


    筆者は、経済循環における注入と漏出を理解しているなら、政府は本予算を大幅に増額するか14年度中に大型の第二次補正予算を組むものと思っていた。ところが驚くことに14年度だけでなく15年度もそのような気配は全くなかった。これではアベノミクスが頓挫するのも当たり前である。

    経済の縮小均衡を避けるには、漏出となる消費増税を8兆円行うなら、まずそっくり8兆円の財政支出増(補正予算、本予算を問わない)を行う必要があった。さらに13年度の真水で10.5兆円の補正予算を減額せず14年度以降も継続すれば良かったのである。これだけやっておけば経済循環における注入と漏出はバランスが取れ問題は生じなかった。


  • 緊縮財政に転換した裏の取決め

    筆者は、消費増税のマイナス効果と補正予算の推移を見て経済予測を行ってきた。したがって消費増税のマイナス効果を打消すための本予算や補正予算の増額を、何故、行わないのか筆者はずっと訝しく感じていた。ところが16/7/4(第898号)「奇異な話二題」で言及したように、この奇妙な財政運営の裏には関係者だけの秘密の取決めがあったのである。

    消費増税分のわずか2割を年金などの社会保障などに使い、残りの8割は財政赤字の削減に使うといったものであった(特に14年度は増税分の9割を財政赤字の削減に使った)。どう見てもこれは2020年のプライマリーバランス達成を念頭に置いた財政運営である。まさに消費増税分は社会保障などに使われると思っていた国民は騙されたのである。


    経済循環においては消費増税は漏出であり、社会保障費の増額は注入になる。もし消費税の増税額と社会保障費の増額が同額なら問題は生じなかった。ところが社会保障費の増額は消費増税額のたった2割であった。つまり漏出の方が圧倒的に大きかった。この当然の結果として日本経済ははっきりと縮小均衡に向かったのである。

    消費増税後の日本の消費不振については色々な説が出ているが、ほとんどが的外れである。中には笑うような珍説もあり、余裕が出てきたらそれらを紹介しても良い。これに対し筆者は、日本経済の循環が縮小均衡に入り、所得が減少したため少し消費が減ったと見ている。


    増税分の8割を財政赤字の削減に使うといった異常なことを決めた人々は経済に極めて疎い者達である。このようなことをやれば日本経済が縮小するのは当たり前である。経済に無知な彼等は、消費増税が及すマクロ経済への悪影響を全く考慮しなかったのであろう。

    もし彼等の中に知恵者がいて財政赤字の削減に使う分を8割ではなく3割程度に抑えていたら、日本の経済状況も少し変っていたと思われる。その程度なら悪影響も微妙に小さくなり、日本経済は何となく不調といった感じに収まっていたと思われる。ところが極端に8割も財政再建に回したことによって、日本経済は完全におかしくなったのである。何度も繰返すが、そもそも日銀が13年4月に異次元の金融緩和を開始し買い入れる国債の額の上限を撤廃した時点で、日本の財政問題は解決が済んでいるのである。

    これらのことにようやく気付いた自民党の政治家は10〜20兆円の大型補正予算と騒ぎ始めた。世間も大型補正予算やヘリコプターマネーを当然のことと言い始めた。たしかにここ数カ月で日本の雰囲気だけは大きく変った。


    安倍総理はスティグリッツ教授とポール・クルーグマン教授に続き、バーナンキ前FRB議長を招いて経済について話を聞いた。ところで08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」で述べたように、これらの経済学者は全てケインジアンである。ケインジアンは本質的にエンジニアだから現実の経済に関心があり、そこで起る問題の解決に興味を持つ。ところが日本では、奇妙な新古典派経済学が全盛で、大半のケインジアンは片隅に追いやられて来た。またこの新古典派経済学のポンコツ理論に影響を受けたため、政治家、官僚、マスコミ人は現実の経済にオンチな者ばかりになった。ところがこのポンコツ理論を信じ消費増税を行った結果、アベノミクスは頓挫したのである。

    16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」で述べたように、安倍総理は日本の経済学者や経済官僚をまるで信用しなくなった。したがって正しい経済の話を聞くためには米国から経済学者を招かざるを得なくなっているのである。たしかに筆者の知る限り、日本でまともな経済学者と言えるのはほんの数名である。

    総理とバーナンキ氏の対話で注目されたのがヘリコプターマネーの話である。しかし菅官房長官はその話は出なかったと言っている。真相は時間が経って分るものと筆者は思っている。



来週は、経済循環における注入と漏出の話を少しと、財政にまつわる虚言・妄言を取上げる。



16/7/13(第899号)「16年参議員選の結果」
16/7/4(第898号)「奇異な話二題」
16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


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