経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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14/1/20(781号)
窮地に立つリフレ派

  • デフレの定義がおかしい

    安倍政権の「デフレからの脱却」という政策目標が怪しくなってなってきた。今のところ次の一手と言われてのが、「さらなる金融緩和」と6月頃示される「経済成長戦略」の二つである。しかし対前年度比で5兆円ほど補正予算を減額している以上、この二つの政策の効果が薄いかほとんど効果がない場合には、「デフレからの脱却」の実現は難しいことになる。ちなみに筆者は経済成長戦略の中味にもよるが、今出ている政策では効果はないと見ている(財政出動を伴うなら多少効果は期待できるが)。

    ましてや来年度から消費税増税が始まり、消費者や消費税納税業者の購買力が政府に移転する。したがって「さらなる金融緩和」と「経済成長戦略」がよほど効果を挙げない限り、アベノミクスは窮地に陥る。元々筆者は、「さらなる金融緩和」と「経済成長戦略」だけでは「デフレからの脱却」は無理と考える。これらはせいぜい株式市場を刺激する程度のものと見ている。


    「デフレからの脱却」は結構なことである。しかし「デフレ」という言葉に対する認識や考えが混乱した状態からスタートしているため、ここに来て政策が躓いていると筆者は考える。筆者は、人によって「デフレ」についての解釈が異なるのに、これを無視して事を進めてきたことに問題があると考える。

    世間や安倍政権の周辺には、デフレを物価の下落(インフレを反対に物価の上昇)と見なしている人々が多い。大概の経済学者やエコノミストもそうである。またこの傾向は世界的であり、OECDは「2年連続して物価が下落することをデフレ」と定義している。

    しかし一方に、デフレを供給力(総供給)が実際の需要(総需要)を上回っている現象と捉える者がいる(要するに需要不足)。この差額がデフレギャップ(GDPギャップ)である。筆者達はこの考え方でデフレを捉えている。たしかに物価は、このデフレギャップが大きい場合には下落しやすく、反対に小さい場合には上昇しやすい傾向がある(ただ昔はこの傾向があったと言った方が正しい)。しかし物価は、市場の競争状態や輸入物価(もちろん為替も影響する)など他の要因によっても変動する。


    だいたい物価が下落する事自体は問題がないはずである。しかし大きなデフレギャップが原因で物価が下落しているのなら、このことこそが問題と捉えるべきである。大きなデフレギャップは、雇用状勢が悪いことと設備の遊休を意味する。これによって賃金の下落や設備投資の低迷を招くから、これらが問題になるのである。

    多少なりとも物価が上昇しているならば、デフレではないという考えがあり、安倍政権の周辺にもそのような人々が多い。最近驚くことに、トリシェ前ECB総裁が「EUは僅かながら物価が上昇しているのだから、まだデフレに陥っていない」と言っている。スペインなどの南欧諸国の若者の失業率が50%を越えているというのにデフレではないと理解しているのである。

    このようなトンチンカンな総裁が交代したから、少し欧州の経済も多少上向いたのであろう。失業や設備の遊休を招くからデフレが問題なのである。EU経済は立派にデフレである。デフレを克服するにはまずこの間違ったデフレの解釈を直す必要があり、日本でも同じことが言える。デフレに関しては、デフレギャップ(GDPギャップ)を問題にすべきと筆者は訴えたい。


    ところが日本政府やその周辺(日銀など)には、日本のデフレギャップを過小に見なす傾向が強い。これについては06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」13/10/14(第773号)「虚言・妄言の判断基準」などで何回も指摘してきた。筆者は、これを経済政策が需要創出政策、つまり財政出動政策に傾くことを警戒する人々が多いことが原因と見ている。しかし需要創出政策がデフレ対策に一番効果があると筆者は思っている。また日本において、完全なデフレ脱却は無理であると筆者は認識している。しかしデフレを緩和することは可能であり、既に金融緩和政策が行われているのだら、これに併せた財政政策が有効と考える。


  • 安倍政権は政策目標を変更すべき

    安倍政権を支持している勢力には、筆者達などの積極財政派の他に構造改革派や財政再建派までいる。微妙なのが、異常に金融緩和だけにこだわる人々である。通常、彼等はリフレ派と呼ばれる。リフレ派の人々は「デフレは貨幣的現象」と主張する。したがってデフレ脱却には、金融緩和が有効と信じている。今日の日銀の金融政策は、ほぼこの考えに沿ったものである。

    微妙と言ったのは、彼等の中には金融緩和さえ行えば、財政政策は不要といった極端な考えの者がいるからである。つまりリフレ派であると同時に構造改革派であったり、財政再建派というケースが有る。その意味で黒田日銀総裁の「日本国債の信認を確保し金利の安定のために消費税増税が必要」というセリフが注目される。ちなみに筆者達は、金融緩和と同時に積極財政が必要と主張している。


    リフレ派の言う通り、昔、「デフレは貨幣的現象」といった時代があったのは事実である。通貨の増加によって経済活動が活発になったり、通貨増発が行過ぎ物価の高騰を招いたこともある。ただ通貨の裏付けが金などの貴金属であった時や金本位制の時代は通貨発行量を操作することは難しかった。

    昔は金の産出が増えることによって経済活動が活発になったケースがあった。また金ではなく銀の産出量が増え経済活動が盛んになったケースもあった。明治の時代、日本は、建前上は金本位制であったが、日本の貿易相手国の清など東アジアの国との取引きに銀が使われていたため、金と同時に銀も通貨として流通していた(いわゆるデュワルカレンシー)。この時代世界的に金の産出量が頭打ちになったため金本位制の国の経済は低迷した。一方、銀の産出量が順調に伸びたため、日本のように銀も通貨として使っていた国は順調に経済成長を続けることができた。

    つまり通貨の流通が増えれば経済が成長し、流通量が減れば経済が低迷するという時代が長く続いた。さらに当時は、供給力の天井というものが重要であった。通貨が増えることによる需要増加に供給サイドが対応できないケースがあった。この場合には物価が上昇する。反対に通貨の流通が減ることによって経済が低迷した時には物価が下落していた。前者がインフレであり、後者がデフレである。当時はまさに「デフレは貨幣的現象」といった時代であった。


    しかしこのような供給力が問題だったのは、産業革命以前か産業革命初期の段階のことである。つまり生産力がまだ乏しい時代の話である。またこの時代は、農産物などの一次産品のGDP比率が極めて大きかった。一次産品の特徴は、需給による価格弾性値が大きいことである。需要がちょっと増えると、供給サイドが直に対応できないので物価が上昇し、逆に需要が減退すると物価が下落するといった具合であった。

    しかし今日、世界的に過剰生産力が慢性的に存在するようになった。この原因は、技術進歩や新興国の世界市場への登場などである。またソ連の崩壊による旧共産国家の世界経済への参入の影響もある。

    また生産物も、工業製品や通信などサービスの比率が大きくなった。農産物などの一次産品と違い、これらの需要増加に供給サイドは容易に対応できる(反対に農産物は年一回しか収穫できないのが通常)。また例えば携帯電話が増えても通信費が高くなるということはない。このように日本など先進国では需要が増えることによってむしろ価格が下落するケースが増え、そのような製品(サービスも含め)のGDP比率が大きくなっている。つまり多少需要が増えても物価が上がらないような経済が定着している。


    このように日本経済の構造が大きく変化しているのに、今の時代に「デフレは貨幣的現象」と言っているのだからあきれる。しかも彼等のデフレとは物価の下落を意味している(デフレギャップ(GDPギャップ)はほとんど念頭にない)。日銀は年2%のインフレ目標(筆者はこのような場合にインフレという言葉を本当は使いたくない。ここでは物価上昇という表現をしないと本質を見誤る)にこだわっている。

    日銀の年2%のインフレ目標があたかも安倍政権の目標と見なされている。筆者は、物価を年2%上昇させることが政策目標というのはおかしいと考える。問題にすべきは物価の動向ではなく、デフレギャップ(GDPギャップ)であり、デフレギャップの中味である。もし安倍政権の政策目標が「年2%のインフレ」と見なされているのなら、筆者はこれを変更することを主張したい。

    リフレ派は「期待インフレ率」の上昇に文字通り期待しているが、これが上がって来ない。通常の国債と物価連動国債の利回り差が大きくならないのである。つまり市場参加者は物価の上昇を予想していないのである。むしろ利回り差の縮小まで囁かれている。まさにリフレ派は窮地に立たされている。筆者は、やはり金融緩和だけでは全くの力不足と見ている。ましてやインフレ目標にこだわっている日銀が消費税増税に賛同するなんて有りえないことである。



来週は今週の続きである。余裕があるなら、何故日本だけ物価の下落が続いたのかについて言及したい。



14/1/13(第780号)「新春のトピックス」
13/12/23(第779号)「周辺国の異常行動」
13/12/16(第778号)「ピカピカのバランスシート」
13/12/9(第777号)「中谷巌氏の変心」
13/12/2(第776号)「何処に行った経済成長戦略」
13/11/25(第775号)「アベノミクスの行方」
13/11/18(第774号)「ここ一ヶ月の出来事」
13/10/14(第773号)「虚言・妄言の判断基準」
13/10/7(第772号)「消費税増税、次の焦点」
13/9/30(第771号)「消費税にまつわる諸問題」
13/9/23(第770号)「「声なき声」が届くか」
13/9/16(第769号)「利払い額のGDP比率の推移」
13/9/9(第768号)「利払い額で見る財政の健全性」
13/9/2(第767号)「消費税増税は雲行きが怪しくなった?」
13/8/26(第766号)「財政が危機という怪しい話」
13/8/10(第765号)「消費税増税は絶対に避ける道」
13/8/5(第764号)「消費税増税を促す包囲網」
13/7/26(第763号)「参議院選の結果を考える」
13/7/15(第762号)「アベノミクスの評価他2件」
13/7/8(第761号)「デフレに興味のない大新聞」
13/7/1(第760号)「日経新聞の論説の特徴」
13/6/24(第759号)「アベノミクスを牽制する人々」
13/6/17(第758号)「長期金利上昇で騒いでいる人々」
13/6/10(第757号)「雲行きが怪しいデフレ脱却」
13/6/3(第756号)「財政再建論者のサークル」
13/5/27(第755号)「財政の2010年問題」
13/4/29(第754号)「国民一律の年金」
13/4/22(第753号)「日銀のリスク資産購入」
13/4/15(第752号)「異次元の金融政策」
13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」
13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」
13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
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13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
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12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
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