経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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13/6/3(756号)
財政再建論者のサークル

  • クラウディングアウトを念頭
    まず先週号で取り上げたハーバード大学のラインハート教授、ロゴフ教授の2010年の論文についてもう少し述べる。この両教授は、各国の過去200年(本誌では先週800年としたがこれは誤り)の財政と経済成長の関係を調べ、財政の債務(累積)がGDPの90%を超えると経済成長率がマイナスになるといった結論を出している。しかしハーンドンというMITの大学院生などが、この論文は入力データのミスがあり、また恣意的なデータに基づくものであって誤っていると指摘した。

    重要なことは、この誤った論文が2010年からの欧州の緊縮財政推進に一役かっていたということである。日本だけでなく世界には財政均衡に執着する観念論者、つまり狂信的な財政再建論者という者がいるものである。特にドイツをはじめ欧州にはこの種の人々が多くいて、この両教授の論文に触発されたのか唐突にも2010年に緊縮財政へ政策転換を行った。頭のおかしい人々は、論文の中味などは全く吟味せず、自分達の思考を補強する論説なら何でも飛びつくのである。

    両教授は論文が間違っていたことについて釈明を行っている。まずこの論文は、緊縮財政の推進を意図したものではないと述べている。また例えばインフラ建設のための財政支出は、将来の経済成長を高めるとこれまでも説いてきたと弁明している。


    筆者は、ポール・クルーグマン教授の「財政が悪化したから経済が低迷するのではなく、経済が低迷したから財政が悪化したに過ぎない」という見解に当初賛同した。ところが両教授の論文の第一の誤りは、ポール・クルーグマン教授の指摘以前と言える、単なる入力ミスであった。しかし両教授は、入力ミスがなかったとしても結論は同じと思い込んでいるふしがある。

    両教授の釈明がどうであれ、筆者は政府の累積債務のGDP比率と経済成長率の関係を調べるということ自体が尋常ではないと考える。筆者達なら、経済成長と言えば、当然、需要の大きさとの関係に着目するところである。やはり他でもなく政府の累積債務を問題にしたところを見ると、両教授はクラウディングアウトを念頭に置いた分析を行ったと見られる。

    つまり政府が財政赤字を続け国債を大量に発行すれば、市場金利が高騰し、民間投資が抑制され経済成長率が低下するといった仮説をこの論文で計量的に証明したかったのであろう。入力データのミスであったといえ、政府の累積債務のGDP比率が90%を超えると経済成長率がマイナスになるという結果は両教授にとって大満足なものであったと考えられる。両教授だけでなくクラウディングアウトを気にする人々は多いはずであり、彼等も論文の誤った結論を喜んで受入れたものと思われる。


    しかし今日、日本だけでなく欧米の中央銀行も国債や住宅担保証券の買入れといった方法で金融緩和を当たり前のように行っている。これもあってか、世界の主要国の金利は極めて低いレベルで推移している。つまり中央銀行による金融緩和を考慮すれば、一体どのような形でクラウディングアウトが起るというのか、両教授や同じような事を言っている人々に聞いてみたいものである。

    特に日本は、政府の累積債務のGDP比率が異常に高いと言われてきた。しかし日銀が長期国債の大胆な買増しを行う前から、ずっと金利が高騰するどころか歴史的な低位で推移してきたのである。当然、筆者は金利の動向を考えるなら民間の資金とのバランスも考えることが必要と考える。

    今日、世界的に莫大な資金が余剰になっている。本誌は、バブル経済を経ると必ず余剰な資金が発生するといったメカニズムについて何回か説明をしてきた。つまり中央銀行の金融緩和策がなくとも、バブル崩壊後は金利が低下するのである(財政危機で金利が高騰した南欧はあくまでも例外)。さらにこれに中央銀行の金融緩和策が加わるのだから、クラウディングアウトなんて発生する余地は全くない。両教授は一体何を見て経済分析を行っているのか。そしてこのような教授が経済学を教えているハーバードという大学は一体どうなっているのであろうか。


  • 国債の消却
    クラウディングアウトうんぬんの話を除いても、ラインハート教授、ロゴフ教授の両教授の分析は奇妙な事で溢れている。まず90%という「閾(しきい)値」である。80%や85%ではなんともないが、90%になると途端に経済成長がマイナスになるというのだから驚く。もちろんどうして90%が「閾(しきい)値」になっているのか説明が全くない(90%どころか50%程度で財政破綻したアルゼンチンの例があるが)。

    だいたい先進各国で経済がマイナス成長になったケースは稀である。日本では、オイルショック、橋本政権の失政、リーマンショックなどでマイナス成長になった。しかしこれらの原因ははっきりしており、決して政府の累積債務のGDP比率が原因ではなかった。他の国のマイナス成長に陥ったケースも他に原因があった。

    また財政と経済成長の関係を過去200年に渡って分析したというのも異常である。まず200年も前のデータなんて信頼性は低いし、なぜ200年も遡る必要があったのか理由が全く不明である。だいたい金や銀の産出量によって経済成長が制限を受けた金本位制の時代の経済と、今日のような管理通貨制度の基での経済を一緒の基準で分析するなんて常軌を逸している。


    このように両教授の論文は、入力データの問題だけでなく、極めて低レベルの問題点も満載である。しかし狂信的な財政再建論者のサークルでは、このような論文であっても熱烈に歓迎されたのであろう。財政再建論者のサークルは異常であり、一種の新興宗教的な雰囲気がある。

    彼等にとっては物事の真実や真相はどうでも良い。前述したように自分達の考えを補強する論説なら何でも飛びつく。ポール・クルーグマン教授が「どうせ原因と結果を取り違えたのだろう」と言っていた程度の論文を、彼等は有り難く受取りとうとう政策にも反映させたのである。両教授の論文の嘘が明らかになるにつれ、今、欧州では緊縮財政を続けたこれまでの3年間は無駄だったという声が徐々に大きくなっている。


    一方、日本の財政再建論者のサークルは、今日、「日銀の国債買入れが財政のファイナンスと見られると、国債は叩き売られ金利は高騰する」というデマを盛んに広めている。一体誰が日本の国債を売ってくるというのであろうか(せいぜい欲に目が眩んだ外資系の投機家のカラ売りだけであろう)。このような明らかな嘘を広めているのが狂信的な財政再建論者達である。

    しかし経済や金融に疎い人々は、このようなもっともらしい嘘話に乗せられ、財政再建こそがアベノミクスの第四の矢と言い始めている。彼等は、来年度の消費税増税は既定路線と言って譲らない。最近、スティグリッツ(コロンビア大教授)もこの増税は危険と言っているにもかかわらずである(どうしたことか日経の記事ではこの肝心の部分がスッポリ抜けている)。


    盲目的で狂信的な財政再建論者がまた動き始めたのである。仕方がないので、筆者は、日銀が買入れた日本国債を消却することをここで提案する。日銀の国債の買入れ累計額は、長らく70兆円程度で推移してきたが、黒田新体制で100兆円を越えてきた。とりあえず290兆円まで買入れる構想になっている。筆者は、この290兆円の国債を消却することを提案する。これによって国の債務は290兆円減ることになり、もちろんこれによって政府の累積債務のGDP比率は格段に低下する。

    本誌では、政府と日銀の関係は親会社と子会社の関係であるとずっと説明してきた。会計上、両社の連結決算を行う時には、親会社(政府)と子会社(日銀)との間の債権・債務(日銀が保有する国債などの政府に対する債権)は相殺することになる。そしてこれを実際の取引きで行うのなら消却ということになる。


    今日、日銀が保有する日本国債に対して政府は金利を払うが、この金利は最終的に原則として国庫に納付される(準備金が差引かれるがこれも国の資産である)。つまり消却を行っても実態は変わらないのである。

    このように筆者は、国債の消却することを主張する。しかしこれを必ず実行せねばならないと言っているのではない。国の債務なんて如何ようにもできるという事を説明したいのである(もちろん政府紙幣の発行という手段もある)。

    もしプライマリーバランスの均衡がどうしても必要となれば、それに見合う額の国債を消却すれば簡単に済む話である。とにかくデフレから脱却しようというこの大事な時期に、財政再建のためと言って消費税を増税しようとしていることが大問題なのである。筆者は「良識ぶっている財政再建論者達こそが、諸悪の根源であり、日本を潰そうとしている反日勢力」と認識している。



先週から政府の累積債務のGDP比率と経済成長の関係を述べた間抜けな論文を取上げた。来週は、今日における経済成長の法則めいてものについて述べる。



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13/4/22(第753号)「日銀のリスク資産購入」
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13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」
13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」
13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
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13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
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12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
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12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
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