経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




13/5/27(755号)
財政の2010年問題

  • 原因と結果を取り違える計量経済学者
    ハーバード大学のラインハート教授、ロゴフ教授の2010年の論文が間違っているという指摘があり、ちょっとした騒ぎになっている。両教授の論文は、過去800年の財政と経済成長の関係を調べ、財政の債務(累積)がGDPの90%を超えると経済成長がマイナスになるといった結論を出している。要するに両教授は財政赤字を放っておくと経済が低迷すると結論付けている。

    ところが、最近、ハーンドンというMITの大学院生が、この論文は入力データに問題があり、結論として間違っていると指摘した。この学生の言うところの正しいデータを入力すると、マイナスどころか2.2%の経済成長になるという。どうもこの指摘が正しいようである。


    両教授の論文が間違っていたというこの騒動は、波紋が大きくなる可能性が大きい。まず2010年当時の経済情勢を説明する。米国のサブプライムローン破綻に続き、その影響によって08年9月にリーマンショックが起った。一連の事が原因で欧米を始め、各国の経済は急速に悪化した。これは大変と、世界中の政府は緊急的に金融緩和と財政出動を行った。これらの諸対策によってなんとか欧米の経済は少し持ち直した。

    ところが論文が公表されたちょうどこの2010年、ギリシャなどの南欧諸国の債務危機をきっかけに欧米、特に欧州は、財政再建の方向に舵を切った。まだリーマンショックとEUのバブル崩壊による経済の傷が癒えない状況での政策転換であった。これに筆者は驚き10/7/5(第622号)「サミットの変質」で「何て無謀な決断」と、このことを取り上げた。どうもこの頃公表された両教授の研究結果は、当時の経済政策決定者に何らかの影響を与えていた可能性がある。


    当時、ポール・クルーグマン教授は「財政が悪化したから経済が低迷するのではなく、経済が低迷したから財政が悪化したに過ぎない」と両教授の論文をバッサリと切り捨てている。つまり原因と結果を取り違えていることを指摘している。筆者もこのクルーグマン教授の意見に賛成である。

    計量経済学者が、経済分析で原因と結果を取り違えることはよくある。日本でも、昔、「低成長率の産業を排除すれば、日本全体の経済成長率は高まる」という計量経済学者の論説が流行ったことがある。バブル経済崩壊のあと数年経った当時、テレビに登場した多くの評論家は盛んにこの論文を引用し低成長の産業の排除を声高に主張していた。対象となったのは経営難に陥っていた建設業や流通業などであった。


    しかしこれらの産業の経営難の理由は、単に日本経済全体の低迷によって急速に需要が減少したことであった。需要が落ちても時間を掛けなければ固定費が削減できないこの種の産業が経営危機に陥っていたのである。ところが日本経済の足を引っ張っているこれらの産業の整理さえすれば、日本経済の成長率は高まるといった迷信が広まったのである。

    この論文の影響もあってか日本では「衰退産業を整理し、政府は資源を成長産業に振り向ける政策を採る必要がある」といった声が大きくなった。しかし成長産業、つまり儲かる有望な事業こそ全ての民間企業が日頃から血眼になって捜しているのであって、何も政府や日経新聞にご指導を受けるものではない。しかしこれだけ低金利になっても設備投資が増えないのところを見れば解るように、そのような都合の良い事業が簡単には見つからないのである。構造改革派は、これは各種の規制のせいだと誤魔化しているに過ぎない。

    ただ時間が少し過ぎ世間が落ち着いて「日本経済の低迷こそがこれらの産業の経営難の原因であり、これらの産業を排除したところで日本の経済成長率は高まらない」といった常識的な考えが出て来た。この計量経済学者の分析が原因と結果を取り違えていることに人々も気付き始めたのである。ちなみにこの計量経済学者は、この一騒動のあと米国に渡ったが、再び日本に戻ってきたのかどうか筆者は知らない。

    今回のラインハート教授、ロゴフ教授の論文騒動も似た構図である。世の中には狂信的な財政再建論者や構造改革派がいて、彼等は何も考えずに自分達に都合の良い論説に飛びつき大騒ぎする。両教授や日本の計量経済学者の論文の騒動がその好例である。そして彼等はこれらの論文に問題があるという指摘が出ると途端に黙り込み、何事もなかったような顔をしているのである。


  • 財政再建路線の反省
    まず間違った研究成果を公表したハーバード大学のラインハート教授とロゴフ教授の両教授自身が大問題である。もしこの影響によって欧米諸国の経済政策が過った方向に転換したのなら、両教授には重大な責任があると言える。この両教授が今何を感じているのか興味がある。

    今日、欧州、特に財政問題が深刻な南欧諸国は財政再建を念頭に置いた財政運営をEUやIMFなどから強いられている。南欧だけでく欧州各国は、これまで増税と歳出カットによってこの財政再建を達成させようと取り組んできた。そしてそのスタートが、10/7/5(第622号)「サミットの変質」で触れた2010年のサミットであった。まさに同じ年に両教授の研究結果が公表されたのである。


    ただでさえ経済が低迷している欧州で緊縮財政を実施したのだから、経済は一段と落ち込むのが当たり前である。これによって失業率は記録的に大きくなった。とても金融緩和だけではカバーできる段階ではなくなっている。

    構造改革派は、失業の増大を職業選択のミスマッチや職に就いている者の既得権の問題と摺り替えている。したがって彼等は、職業訓練の充実と解雇規制の緩和を主張している。しかし欧州の失業問題はその程度のことで解決がつくものではなくなっている。


    深刻な失業問題に直面し、欧州でも2010年頃からの財政再建路線が間違いだったのではないかという考えが徐々に広がっている。余裕のあるドイツに財政出動を求める声も大きくなっている。ただしドイツはこの要請をキッパリと拒否している。

    おそらく今後、今の財政の緊縮路線を修正する意見が強まるものと筆者は見ている。そしてこのような状況に加え、タイミング良くラインハート教授とロゴフ教授の研究が、事実上デタラメであったことが明らかになったのである。当然、これから積極財政派の勢いはさらに増すものと思われる。ただし財政均衡を唱えるような観念論者が多い欧州のことだけに、財政出動への転換と言っても簡単ではなく、実施される政策は中途半端なものになろう。


    これまで述べてきたように、もし両教授の間違った研究成果が、世界各国の財政政策の決定に大きな影響を与えてきたとしたなら、由々しきことである。一定以上の失業者は、両教授の研究結果の犠牲者と言っても良い。特に若者の失業は話にならないくらい深刻である。

    中には人生を狂わされた者も多いはずである。ラインハート教授とロゴフ教授の両教授は、どのような釈明をするのであろうか。筆者は、少なくとも両教授が世界中を土下座して回っても済まないと思っている。


    日本でも菅首相が極めて唐突に消費税増税を唱え始めたのが同じ2010年であった。また10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」以下で取り上げたように、日経新聞は2010年の正月から日本の財政問題を取り上げ財政再建を目指す大キヤンペーンをスタートさせている。この財政再建キヤンペーンにもラインハート教授とロゴフ教授の両教授の研究の影響が考えられる。そしてこれらの結末が野田政権による消費税増税法案の成立であった。

    今日、2010年に開始した財政再建路線に対する反省が世界的に起っている。ところが日本では放っておくと自動的に来年度から消費税増税が実施されることになっている。日本は一周遅れで完全に間違った方向に進もうとしているのである。何としても安倍政権には、この流れを阻止してもらいたいものである。



今週取り上げたように、ちょっと考えればおかしいと思われる荒唐無稽な考えに、マスコミを始め人々が簡単に飛びついているのである。来週はこのようなことをテーマにしたい。

ゴールデンウィーク明けに筆者の古いパソコンが完全に壊れてしまった。これまでも不都合な状態が続いていたが、何とか操作してきたが限界に来たようである。例えばメールは受信できるが送信ができないような状態が続いてきた。2週間をかけ専門家に何とか直してもらい(大幅なバージョンアップの実施を含め)、今週号から再スタートを切ることができるようになった。



13/4/29(第754号)「国民一律の年金」
13/4/22(第753号)「日銀のリスク資産購入」
13/4/15(第752号)「異次元の金融政策」
13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」
13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」
13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」
12/12/31(第738号)「中央銀行の働きの変化」
12/12/24(第737号)「日銀とFRBの違い」
12/12/17(第736号)「師走の総選挙の感想」
12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
12/12/3(第734号)「先進国だからデフレ」
12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
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