経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




13/4/1(750号)
不穏な中国と日本の安全保障

  • 国際的紛争の一番の火種
    ベトナム漁船が、中国海軍艦船に追い掛けられたあと、警告なく発砲され火災を起すといった出来事が最近(3月20日・・公表は26日)起った。本誌は、TPPの本質は将来の安全保障の枠組みと主張してきた。TPP参加国のベトナムにとって、安全保障の確保がますます切実なものとなっている。

    「海洋権益の確保」「中華民族の偉大な復興」を声高に唱える中国という国はこのように危険であり、日本にとっても今回の一件は他人事ではない。これまでも中国は、国際法や国際的な慣例を無視し、勝手に自国の領海を設定し自分達の「海洋権益」を主張してきた。


    中国の言っている「海洋権益」には、石油などの海底資源と魚などの水産資源の二つが考えられる。海底資源の開発の方は、当然、大掛かりなものとなり人々の注目を浴びやすく、たとえ中国であっても慎重にならざるを得ない(ただ13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」で述べたように中国海軍の本当の狙いはこの海底資源の方)。日中の200海里の排他的経済水域(EEZ)ギリギリで進められている中国のガス田開発も、見掛上は国際法をなんとか遵守している。

    しかし問題が頻繁に起っているのは水産資源の方である。実際、2010年に中国漁船が海上保安庁巡視船への体当たり事件を起している。中国漁船による韓国の排他的経済水域(EEZ)内の操業トラブルは日常茶飯事である。また今回は、ベトナムの漁船が中国海軍の艦船に攻撃されたのである。このように漁船を巡っては度々国際的な衝突が起っている。


    今後、中国に関わる国際的紛争の一番の火種はこの水産資源であり、中国の漁船の行動と筆者は見ている。とにかく中国の水産業の規模が異常に大きい。漁船は100万隻以上であり、漁業従事者は1,300万人以上(800万人という説もある)と言われている。日本が18.5万隻、17.8万人(ただし外国人の船員を含めていない)であるから、中国の水産業の巨大さが分る(ただ効率が極端に悪い)。

    しかも中国政府は、遠洋魚業にこれまで以上の力を入れる方針である。もっとも中国沿海は乱獲によって漁獲量は頭打ちでさらに海洋汚染があり、中国は遠洋魚業に活路を見い出す他はないのである。一方、中国国内の魚の需要は増えている。昔、中国漁船は東シナ海で採った魚を日本の市場に持込んでいた。ところが最近では、中国人が魚を食べるようになり日本に持って来るような事はなくなった。


    ところで世界中で操業するようになって、中国漁船はいたる所で問題を起している。各国の排他的経済水域(EEZ)に入っての操業は日常茶飯事である。これまで日本、韓国以外でも、アフリカやパラオなどで、中国漁船は違法操業でトラブルを起している。特に中国の漁船は、小さな目の網を使って操業しているので、成長していない幼魚までまさに一網打尽である(東シナ海のマグロの幼魚が激減しているという)。

    ところがこのような中国漁船の操業を守るため、中国政府が海洋警察(漁業監視船)を出動させているのだから各国が不安を抱く。とうとう海軍までが他国の漁船を攻撃するといった事態になった。ところが今回の発砲に対するペトナムの抗議を、なんと中国は「当然の権利」と突っぱねている。


    今後、中国船の違法操業といった問題だけで済まず、軍事衝突といったものに発展する可能性が出てきたのである。日本の海上保安庁は、中国の漁船監視船が近付くと尖閣の領海内で操業する日本の漁船に領海から出るよう促している。本末転倒と思えるが、中国に拿捕されることを警戒しているからである。

    さらに中国は、北朝鮮の清津(チョンジン)という港を租借し、中国漁船の基地にした(このような事情もあり、中国が北朝鮮制裁に本気になれるか疑問)。つまりこれから中国は、日本海における操業を本格化させるつもりである。今後、日本だけでなく、韓国やロシアとの軋轢が増えることを考えておく必要がある。


  • 中国の政治体制
    ベトナム漁船への発砲など、中国軍部の行動が異常である。ところが中国の政府は、ほとんど中国軍の行動を把握していないようである。日本の海上自衛隊艦船への中国軍(海軍)のレーダー照射も政府は知らなかった。今回のベトナム漁船の件も、発砲が20日だったのに対して公表が25日だったことを考えると、政府は知らなかったと思われる(おそらくこの5日間でベトナムと中国の間で調整が行われたのであろう)。


    このように中国政府と軍部の関係が、日本人など外部の者が思っているものと大きく違うことを筆者は指摘したい。中国の政治体制は、中国共産党、中国政府そして軍部(つまり人民解放軍・・組織の最高部は中央軍事委員会)で成立っている。通常、軍部が政府の下に位置するのが世界では普通であり、これによって政府が軍隊を文民統制(シビリアンコントロール)している。

    ところが中国の場合、軍部が政府から独立している。むしろ最近では軍部が政府を支配しているとさえ言える。どうも89年の天安門事件で、軍隊が民衆を武力で制圧してから、軍部は一段と力を増したようである。また中国政府は、中国共産党の下に位置する。政府は、共産党の指示のもとに行政を司っている官僚組織に過ぎないと考えれば良い。

    問題は、共産党と軍部の関係である。毛沢東やトウ小平と言った、解放軍と一緒になって国民党と戦った世代の指導者は、軍部にも一定の影響力を持っていた。しかしそれ以降の指導部は、軍部から軽く見られている。


    軍の最高意思決定機関は中央軍事委員会ということになっている。委員は11人で、委員長は一応習近平国家主席であるが、文民は彼一人で、他のメンバーは全員軍人である。また習近平氏は、中国国民の支持で現在の地位に就いたわけではない。さらに彼のキャリアのほとんどは地方であり、中央で行政経験を積んだわけではない。

    数年前まで、次期のトップには胡・温体制を引継ぐ李克強現首相が最有力候補であった。しかし胡前主席の側近の息子のスキャンダルなどがあって、それまで無印であった習近平氏が急浮上した。保守派や軍部にとっては、習近平氏の方が都合が良かったのであろう。習近平主席の方も「中華民族の偉大な復興」など、軍部にゴマをするような発言を繰返し自分の地位を固めようとしている。

    このような中国軍部の実情を考えると、いつ中国軍が暴発的な行動を起しても不思議はない。たしかに08年の北京オリンピックまでは、中国の軍部も自制していたと見られるが、今日、かなり勝手気ままに行動している。


    ところがこの軍部自体も本当に一枚岩的に統制されているのか疑問である。今回のベトナム漁船への発砲や海上自衛隊艦船へのレーダー照射は、軍のどの段階まで承知していたのか不明である。現場が独断で行動し、軍の幹部がこれを追認している可能性がある。

    中央の軍部と地方の軍部の関係も微妙である。元々、人民解放軍は地方の軍閥の寄せ集めという要素がある。これを社会主義といったイデオロギーや国民党の排除といった目標で軍の統制を保ってきた。しかし今日の経済的繁栄によって、既にこのようなものは形骸化している。筆者は、中央の軍の中枢部は、地方の軍部を把握していないのではないかとさえ思っている。

    筆者が注目するのは、中国漁船の体当たり事件の時のフジタ社員拘束である。事件が起ったのは瀋陽である。瀋陽は、昔の満州国の中心都市であり、日本領事館への脱北者の亡命騒ぎがあった所である。つまり日本と微妙な関係なのがこの瀋陽である。筆者は、日頃から日本人に厳しい目を向けていた地方の軍部が、中央に連絡をしないまま勝手にフジタ社員を拘束したのではと今でも思っている。

    筆者は、今の中国は外から見るより、実体はもっと混乱しているのではないかと思っている。緊迫の度を増している日中関係であるが、まず中国と話し合うべきという意見がある(丹羽前中国大使など)。しかし一体、中国の誰と話をすれば良いのかさえ分らないのである。


    難しくなっている日中関係であるが、本来頼りにすべき同盟国の米国が煮え切らない。オバマ大統領もノーベル平和賞を受賞してからますます丸くなった(冗談であるが、ノーベル平和賞は誰かの陰謀か)。米国は中国海軍を来年のリムパックに招待するとまで言っている(おそらく暴発の可能性が高まった北朝鮮を、中国に抑え込ませようとしているのだろう)。

    不穏な動きが目立ってきた中国海軍を見ていると、ますます日本にとって安全保障の確保が大事になってきた。筆者は、まず日本と中国との間で既に「冷戦」が始まっているという認識を持つ必要があるとさえ思っている。これに対処するため防衛力の強化や関連法の整備を急ぐ必要がある。またTPPへの参加やロシアとの平和条約の締結も有効と考える。



来週は、安倍政権の経済運営についてコメントを行う。



13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」
12/12/31(第738号)「中央銀行の働きの変化」
12/12/24(第737号)「日銀とFRBの違い」
12/12/17(第736号)「師走の総選挙の感想」
12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
12/12/3(第734号)「先進国だからデフレ」
12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
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11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
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