経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




13/3/18(748号)
日本の雪崩的輸出の歴史

  • 貿易黒字額と円レートの推移
    先週は、過去において何回も雪崩的輸出を行ったことが有り、各国、特に欧米から日本が警戒されていることを取上げた。この欧米の日本への警戒感が、今後のTPP交渉やEPA交渉の障害になるのではと筆者は考える。問題になる雪崩的輸出の結果である貿易黒字額と円レートの推移を示したのが次の表である。ただし98年度以降の貿易黒字額は、手元に数字がなかったので貿易・サービス収支の黒字額を使った(サービス収支に限れば慢性的に旅行収支が大きく赤字だったので合計も赤字で推移してきた。したがってその分表の貿易黒字額の数字は小さく表示されている・・もし97年以前の表の貿易黒字額とベースを合わせるのなら年間5〜6兆円程度を加算する必要がある)。

    日本の貿易黒字額と平均円レートの推移(単位:兆円、円)
    年度貿易黒字円レート年度貿易黒字円レート年度貿易黒字円レート
    701.63608411.1244989.6128
    712.83358513.4221997.8112
    722.52978615.8160006.4110
    730.22748712.3138013.9125
    741.22938812.0128026.4122
    751.72998910.8143039.6113
    763.22929010.3141049.6107
    775.12579114.1133057.4113
    784.22019216.0125068.2117
    79▲0.62299315.3108079.1114
    801.42179414.19908▲0.9101
    814.72289511.596094.893
    825.0249968.8113105.286
    838.22369713.612311▲5.279


    まずこの表を眺めながら日本の貿易黒字額の推移を分析してみる(ただこれには色々な要素が複雑に絡んでいるので説明が難しいが)。80年までは貿易黒字額が、日本の生産力、日本製品の国際競争力、円レート、そして世界の需要で決まったと考えて良い。特に重要だったのは、「生産力」と「製品の国際競争力」を決定する設備投資であった。

    04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」の設備投資GDP比率の推移で示したように、73年のオイルショックまで日本においては活発な設備投資が行われた(日本の場合、標準的に15%程度であるが当時は20%前後の設備投資が毎年行われた)。設備投資が活発に行われ生産力が増強したことに加え、生産設備に新機軸が導入され日本の産業の国際競争力は飛躍的に向上した(新規の設備投資を抑え、資金を配当で社外流出させていた米国を追抜いた)。

    71年度から円レートの切上げが行われ、日本の輸出競争力が心配されたが、貿易黒字はむしろ増えた。これも日本企業の競争力が相当強化されていた結果と考えられる。さらに当時、世界的に好景気で日本製品の需要が伸びていたことも付加えておく。しかし73年度はオイルショックで世界の需要が収縮し、さらに日本の石油の輸入代金(他の一次産品の価格も高騰していた)が増え、日本の貿易黒字は激減している。また72年の日米繊維交渉に見られるように、日本の輸出が問題になり始めたのもこの頃からである。


    その後、日本の貿易黒字が雪崩的に増えた時期が三回ほどある。最初は83年度から86年度まで、二度目が91年度から94年度、そして最後が02年度から07年度辺りまで(この時はサービス収支の赤字を考慮すれば日本は大きな貿易黒字を続けていた)である。欧米が日本を警戒するとしたなら、為替レートが円高になっても日本の輸出力が落ちないことであろう。95年のプラザ合意で円高に誘導され、また95年には80円を切るような超円高を経験した。

    たしかにこのような急激な円高に度々見舞われ、一時的に日本の貿易黒字は少し減る。しかしその後は必ずといって盛返してきたのが日本の輸出産業である。ただその裏側では、リストラなどの厳しい合理化が日本では進められてきた。しかし欧米は、いまだに日本の輸出産業の底力と不死身さを実態以上に警戒していると見ておいて良い。


  • デフレの発生は70年代
    前段で触れた三度の雪崩的な輸出増加についてもう少し述べる。たしかにこの背景に過剰と言える日本の生産設備能力と高い製品製造技術力がある。筆者は、特に過剰な生産設備能力に注目していて、73年のオイルショック時には日本は需給ギャップが生じていて既にデフレ経済に陥り始めていたと認識している(いまだに間抜けな経済学者は、日本のデフレは98年から始まったと言っているがこれは来週取上げる)。したがってこのデフレ圧力が日本の輸出増加の一つの原動力になっていたと筆者は考える(この日本のデフレと輸出の関係は重要なので、後ほどまた触れる)。

    もちろん円レートが実力以下の円安で推移していた時期に大きく輸出が伸びている。最初は、先週号の13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」で触れた、米国の高金利政策時代の円安である。さらに三回目の輸出増加は、小泉政権下、常軌を逸した為替介入によって円高を阻止していた時期である。


    貿易収支を語る上では、マクロの需給関係が重要である。過剰消費の国は貿易赤字になり、過剰な生産力を持っている国は貿易黒字になるのが普通である。これまでの話を整理すれば、このマクロの需給関係に加え、その国の生産物の競争力と為替水準が貿易収支を決めると言って良い。

    しかし米国でサブプライムローン問題が起りそれまでのバブルが崩壊し、さらにリーマンショックで世界中で需要が収縮した。この結果、どの国も過剰設備と失業を抱え需要不足で喘いでいる。また設備の過剰によって設備投資は落込み、さらに需要不足を深刻化させている。特にEU加盟の南欧諸国は緊縮財政を強いられ、さらに需要が収縮し、失業問題の解決はさらに遠のいている。つまり世界中、どの国も他国の余剰生産物を輸入する余裕がないのが今日の姿である。


    日本の輸出が大きく伸びた時期もマクロの需給が関係している。筆者は、73年のオイルショック前、ずっとGDP比率20%前後の設備投資が行われ日本は過剰設備を抱えたと思っている。それ以降もGDP比率で15%(これでも米国などよりずっと大きい)といった比較的高い水準の設備投資が続き、過剰設備は今日でも一向に解消されていない。

    実際、鉄鋼の高炉、石油精製のトッパー、エチレンプラント、造船所などの重化学工業の主要プラントは、この時代(73年のオイルショック)以降、40年間ほとんど新規の建設がなされていない。むしろ日本企業はこれらの過剰な製造プラントの整理を今日までずっと続けている。自動車の大型工場も80年代初頭のトヨタ田原工場の建設辺りが最後と見ている。むしろ流れ逆らって堺工場と亀山工場に大型投資を行ったシャープがこけたのである(想定外に為替が円高で推移したことも不幸であったが)。


    このように供給側は常に過剰設備を抱えているのに対して、需要側はある程度の変動を繰返している。需要ということになれば、消費、投資(設備、住宅など)、さらに海外需要(つまり輸出)などがある。しかし筆者がここで注目したのが、需要の中でも政府の需要、つまり政府消費や公共投資である。

    端的に言えば過剰設備を抱える日本で、政府の需要、つまり政府支出を絞れば、当然、需要を海外を求めることになる。実際、このような時期に日本の雪崩的輸出がなされている。第一回目の雪崩的輸出が起ったのは、大平政権から始まった財政再建運動の時代であった。

    これは中曽根政権の「増税なき財政再建」、また土光臨調に象徴される緊縮財政が続いた(いまだにマクロ経済にほとんど無知であった土光経団連会長を持上げている日本のマスコミは異常である)。公共投資は抑えられ、新幹線の建設もほぼストップした。一方に、うなるような過剰設備を抱えながら、マクロの需給関係を全く無視したマクロ経済政策が採られ続けたのである。この結果、雪崩的輸出増加が起ったのは当然であった。しかしこれが各国からものすごい批難を受けた。その後は超円高を飲まされ、対策として異常な金融緩和政策を採った結果バブルが発生し、さらにバブルが崩壊しこの悪影響が今日でも続いている。


    第三回目の雪崩的輸出が起ったのも緊縮財政の小泉政権の時代であった。小泉政権は財政を緊縮にする一方、それ以上の常軌を逸した為替介入(緊縮額の何倍もの)を行い為替をなんとか円安に保っていた。当然、国内需要が不足するので輸出ドライブがかかったのである。ちょうど米国のサブプイムローンバブルや欧州の中・東欧州バブルが起っていたので、たしかに日本の輸出は順調に伸びた。つまり財政支出を絞っても経済は成長するといった虚言・妄言を実現するための仕掛けが常軌を逸した為替介入であった。

    しかし輸出を伸ばしどれだけ緊縮財政の弊害を隠しても、その次には必ず円高の報いを受けてきたのがこれまでの日本経済の歴史である。今日までの超円高も小泉政権以降の経済政策のしっぺ返しと筆者は考えている。今日、声高に叫んでいるTPP推進派はTPP参加を日本の競争力の強化と捉えている。つまり再び怒濤のような輸出を実現させ、経済成長に繋げようという発想が根底にある。筆者はこのような考えに断固反対する。

    安倍政権の経済政策で一番大事なのは財政政策であり、これによって日本国内の需要を喚起する必要がある。今日の円安が、米国などからなんとなく受け入れられているのは、大型補正予算などを実施し内需を喚起することを約束しているからである。欧米は、日本がまた雪崩的な輸出を始めるのではないかと警戒感を持って、TPP交渉やEUとのEPA交渉の行方を見ている。日本としては、内需の拡大を十二分に行うことを説明し交渉に臨む必要がある。それにしてもこれらの交渉をスムースに進める上でも、小泉首相の息子など何も考えていない(マスコミの受けしか考えていない)TPP推進派は本当に邪魔な存在である。



来週は、TPP交渉に臨むための心構えみたいものについて述べる。



13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」
12/12/31(第738号)「中央銀行の働きの変化」
12/12/24(第737号)「日銀とFRBの違い」
12/12/17(第736号)「師走の総選挙の感想」
12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
12/12/3(第734号)「先進国だからデフレ」
12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10年のバックナンバー

09年のバックナンバー

08年のバックナンバー

07年のバックナンバー

06年のバックナンバー

05年のバックナンバー

04年のバックナンバー

03年のバックナンバー

02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー