経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




13/2/18(744号)
群盲象をなでる

  • 事態を把握していない中国指導部
    日本の海上自衛隊の護衛艦や自衛隊機に対して、中国軍(海軍)がレーダーを照射(いわゆるロックオン)したという事件が起った。また中国で発生した大気汚染物質の日本への飛来が問題になっている。日本政府は、これら二つについて中国政府に抗議を行っている。そこで今週と来週は、安倍政権に対する経済政策の提言を中断し、久々に「中国」を取上げることにする。


    日中の経済関係は極めて大きくなっていて、中国は日本の最大の輸出国ということになっている。ただしOECD方式の付加価値による輸出額の算定では、依然として米国が日本の最大の輸出相手国である(部品を中国に輸出し、それを中国で組立てた後に米国に輸出しているため)。しかし中国との経済関係が日本にとって非常に大きいことは間違いない事実である。また経済関係の深化とともに、中国との政治的な繋がりと同時に摩擦も大きくなっている。

    ところでちょっと前までは、意外とメディアに登場する中国の専門家は限られていた。中国との間でモメ事が起った時、メディアに登場し解説を行うのは、いつも決まって富坂聡氏(ジャーナリスト)であり、また他では石平拓殖大学客員教授ぐらいであった。この両氏を除けば、せいぜい宮崎正弘氏の独特の評論が目立っていた程度であった。


    ところがここ数年で日中関係が極めて緊張したものになり、これに応じ、これらの三氏以外にも、中国に関する情報を提供したり解説を行う識者が非常に増えてきた。政治家を始め、軍事の専門家や経済人などを含めれば中国に関してコメントする人はまさに百花繚乱である。これらの人々は直接的に中国人との接触があったり、または中国通と言われている人々から情報を得ている。たしかにこれらの人々の話はある程度のところまでは真実であろうと筆者も想っている。

    ところが我々に中国の情報が増えるにつれ、ますます中国というものが分らなくなっているのが現実である。たしかにどのような国にも多様性というもの有り、単純には理解できないところがある。しかし中国という国は、一党独裁と言われている割には複雑であり、掴みどころがないような特殊な国である。


    「群盲象をなでる」という例えがある(差別用語が含まれるということで最近あまり使われないという話があるが)。象を触った夫々の盲人によって、「象」の印象が大きく違っている様を例えている。もちろんここでの「象」とは中国のことになる。つまりコメントする人によって中国という国の見方が異なるのである。

    このように中国は、日本にとって重要な存在となったにもかかわらず、日本から見てますます分かりにくい国になった。これに連れ今後の中国の出方を読むことが非常に難しくなっている。中国の専門家には「中国の対日政策は柔軟になる(習主席が公明党の訪中団に会ったことなどを根拠にして)」と言う者から、「中国の最終的目標は沖縄の奪還」と物騒な事を言っている者(最近、中国の原油などの戦略物資の輸入量が増えていて、これは日本との戦争の準備と解説している)まで幅が広い。


    筆者は、中国という国を、日本などの外部の者に分かりにくいだけでなく、中国の指導部も十分には把握していないのではないかと疑っている。海軍のレーダー照射の件も中国指導部に知らされていなかった可能性がある(一方ではレーダー照射の時間が長かったことを根拠に、中国指導部の指示や容認があったという見方もある)。

    中国政府の指導部が、中国の情勢を正しく把握していないという話は昔からあった。経済の数字も、中国の地方政府の報告に嘘が多いため当てにならないという話はよく聞く。ほぼ確実と思われる数字は、電力の使用量と銀行の貸出額など極めて限られているというのである。このような状態では「中国の経済成長率が8%を切って7.8%になった」とか言っているが真相は分らない。


  • 中国政府の文民統制
    前段で説明したように、中国は、中国共産党の一党独裁国家とされるが実態はかなり渾沌としている(中国は、孫子の兵法の国であり緻密な戦略があると指摘する専門家がいるが、筆者は行き当りばったりの国と感じている)。ところがこのような大きな不確実性が存在する国に、日本の大企業はほとんど何も考えず勢いだけで多大な投資を行ってきたのである。これはある意味では常軌を逸した企業行動だったと筆者は思っている。

    このような状況では、今後、中国がどこに向かうのか正確に予測することが重要になる。もし予測が困難ということになれば、このような国との関係を薄める他はない。今のまま進めば「どつぼ」にはまることになる(既にはまっているか)。とにかくこの先の予測が難しいのである。

    筆者は、中国のような国を理解するには、確度が高いと思われる情報を自分達の常識と照らし合わせ吟味する他はないと思っている。具体的には出ている情報を分析し、これらからなるべく正確に今後の推移を推理することである。まさに推理小説の世界である(よくまあこんな国と日本は経済関係を深めてきたものと筆者は感心する)。


    まず確度の高い情報として、次のように問題になっている中国の海軍の実態を明らかににしたものがある。昨年の文芸春秋の10月号に小川和久氏(軍事アナリスト)、浅野亮氏(同志社大学教授)、富坂聡氏の三氏の対談(タイトル「暴走する人民解放軍」)が掲載されていた。ここで「中国の人民解放軍には、陸軍、海軍、空軍、そして第二砲兵部隊(ミサイル部隊)があるが、圧倒的に発言権を持っているのは陸軍」という話が出ていた。たしかに中国は、これまでソ連、インド、そしてベトナムと戦争を行ったり、軍事紛争を起してきた。ここではもちろん主役は陸軍であった。

    つまりこれまで海軍は影の薄い存在であった。だいたい中国に海軍なんて本当に必要なのかと思われる。中国の貿易は大きくなっており、このためシーレーンの確保が必要という意見はあるが、妨げとなるのはせいぜい海賊くらいなものであり、空母を備えた海軍なんて大袈裟過ぎる。また中国海軍は、大平洋に出ようとしているという解説があるが、大平洋に出て何をすると言うのか(そのため尖閣諸島が手に入れたいという話であるが、それは妄想であろう)。行く行くは米国と戦争でもするというばかげた話でもしたいのかと思う。筆者は、やはり中国海軍の狙いは尖閣周辺にあると言われる石油資源と考える(これについては来週号で触れる)。

    前段で触れたように沖縄の奪還という目的があるという解説があるが、沖縄には米国の極東で最大で最重要な軍事基地があるのだから、「沖縄の奪還」なんて本当にばかげた話である。ところがこれらのばかげた事が起る可能性がゼロではないのだから、こと中国の海軍は面倒な存在である。


    もし中国政府の力が強く文民統制(ジビリアンコントロール)が取れていたなら、中国海軍の暴発なんて心配する必要はない。ところが最近、中国政府にとって軍だけでなく市民でさえコントロールするのが難しくなっているのではと見られるのである(したがって中国海軍の暴発は有りうるという話になる)。中国政府が弱体化しているという根拠を二つほど挙げる。

    一つは最近の大気汚染の問題である。中国の工場にはちゃんと大気汚染の防止装置が付いているところがけっこうある。ところがその防止装置を通さず排気が行われているのである。防止装置を通して排気を行えば生産効率が落ちるからである。もし中国共産党政府が強ければ、このような事態は有り得ない事と考えられる。

    もう一つは北朝鮮の行動である。中国政府の再三の要請にもかかわらず、北朝鮮はミサイルの発射実験と核実験を強行した。もし中国政府に力があったなら、当然、これらを抑えられたはずである。たしかに中国が北朝鮮にこれらの実験をわざとやらせているという解説がある。しかし筆者はそれはないと考える。


    今回の実験は、核兵器の開発で最終段階であり重要なものであったと思われる。今回の実験で核兵器の小型化とミサイルの飛距離の延長が確かめられたと考えられる。もちろんこれは日・米・韓にとってちょっとした脅威である。ところが北朝鮮の「核」は中国にとっても脅威になったと筆者は考える。中国は北朝鮮を友好国として遇してきたが、北朝鮮の方は中国をどう思っているのか不明である。

    常識では、石油や食料を援助してくれる中国を攻めるなんて考えられない。しかし北朝鮮というヤケクソになっている国の行動は読めないものである。特に習近平政権になってから、北朝鮮は中国をなめ切っているという印象がある。ちなみに北朝鮮はミサイル技術を中国ではなくパキスタンから導入している(明らかに中国のコントロールといったものを北朝鮮は嫌っている)。今、国連で北朝鮮への追加制裁が検討されている。これに対する今後の中国の態度が注目される。



来週は、今週の続きである。TPPも取上げるつもりである。



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