経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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13/2/4(742号)
「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿

  • 所得効果と代替効果
    再び政策提言を続けるつもりでいたが、その前に今週は「構造改革」や「規制緩和」について述べることにする。それと言うのも安倍政権の近辺に、いまだにこれらにこだわっている人々が大勢いて、今後の政策への影響が心配されるからである。まず誤解してもらって困るが、筆者は「構造改革(筆者の表現なら構造の変化)」や「規制緩和」といったものを頑迷に否定しているのではない。ただ「構造改革」や「規制緩和」を行えば、財政政策などのマクロ経済政策は「不要」とか、むしろ「邪魔になる」といった論調を懸念しているのである。

    後者の規制緩和について、筆者は、くだらない規制は緩和すべきであり、もっと進んで撤廃すべきと昔から言ってきた。しかし規制緩和が経済成長に繋がることはなく、規制緩和がデフレ対策にはなり得ないとも説明してきた。


    構造改革派は規制を緩和すれば、需要が増え経済成長に繋がる(さすがに最近では、規制緩和によって供給力が増え経済成長すると言ったタワケタことを言う者は目立たなくなった)と疑わしいことを言っている。まず「規制」というものは緩和しても、反対に強化しても一時的に需要が増えるものと筆者は指摘したい(要するに規制を動かすことに伴って需要増が起る)。ところがある程度のスパンで見れば、規制を動かすことによって生れる需要の増加に対して、ほぼこれに見合う程度の需要の減少が一方で起り、結果的に需要の純増はほぼゼロになると筆者は考える。

    この理論的根拠は消費の所得効果と代替効果である。消費性向が一定(消費性向がほぼ一定ということは通説)とすれば、所得の増減によって、総消費額は決まることになる。これが消費の所得効果である。

    そこで所得に変化がなく、総消費額が変わらないとしたなら、規制を動かすことによって特定の消費は増加しても、他の消費は減っていることになる。これが消費の代替効果である。したがって結果的に最終需要は変わらないことになり、経済が成長することはない。もしこの論理に異議を唱えるのなら、通説である「消費性向は一定」を科学的に否定する必要がある。しかし規制緩和にこだわる構造改革派は、これらの効果については全く言及しない。筆者は、昔から構造改革派を科学性に極めて乏しい人々と見てきた。


    またこれらに関して本誌は過去に、携帯電話の規制緩和の例やチャイルドシートの義務化といった規制強化の例を取上げて具体的に説明してきた。例えば携帯電話が普及(もっとも携帯電話の普及を規制緩和のおかげとするのもおかしいが)するにつれ、携帯電話にまつわる消費やそれに関連する設備投資は増える。しかし所得が変わらないのなら総消費額も一定であり、人々はそれに見合う額の他の消費を削っていて、それに伴い関連する設備投資も減っているはずと考える。

    携帯電話が普及によってたしかに関連する消費と投資は増えたが、他の消費がその分減っている。例えとして学生が携帯電話に金を使うようになるにつれ、学生街の居酒屋が経営不振に陥ったケースを取上げたことがある(音楽CDなどの消費も減っている)。ただこれらのマイナスの効果というものが、分かりにくかったりある程度時間を経なければ表れないため、これらの事が規制緩和論者に無視されてきたのである。

    チャイルドシートの義務化といった規制の強化も一時的な需要増を生む。しかし総消費額が一定なら、チャイルドシートへの支出に見合う額の他の消費が減っているものと考えて良い。また最近のようにスカイツリーへの観光客が増えれば、他の観光地の客は減っているのである(もしトータルで観光支出が増えていれば、他の支出が減っているのである)。


    筆者は、もし規制緩和によって経済成長が実現するとしたなら、消費者が貯蓄を継続的に取崩しても消費するものに対する規制緩和しかないとずっと主張してきた。具体的には「麻薬」「銃」「売春」「賭博」といった公序良俗に反するものである。実際、競争力会議ではさっそくカジノの解禁という話が出ている。


    もう一つ経済成長に繋がる規制緩和を挙げるなら、移民の流入規制の緩和であろう。米国が他の先進国に比べ高い経済成長を続けてきた理由として、筆者は、ヒスパニックの移民(不法移民を含め)の存在があるとずっと指摘してきた。貧しい移民は、何も持っていないのだから、当然、消費に貪欲である。移民は人々が嫌がる仕事に就き、その収入で旺盛な消費を行う。ちょうどこれは今日の発展途上国や新興国の高い経済成長と同じパターンである。

    筆者はヒスパニック移民の存在を「米国の内なる新興国」と呼んできた。そしてヒスパニックがとうとう借金で住宅の購入を始め、米国では住宅バブルが起り経済成長はピークに達した。しかしこれがサブプライムローン問題を引き起し、最後にこのバブルが崩壊したのである。

    このように貧しい国からの移民を受入れることによって、ある程度の経済成長は可能である。しかし日本で経済成長のために移民の受入れるという意見に賛同する者は極めて少数派であろう。米国だって喜んでヒスパニックの人々の移民を受入れてきたわけではない(かなりの人々は不法移民)。


  • 「構造」は自然に変るもの
    「構造改革」によって経済が成長するという話も筆者は否定してきた。まず言葉に矛盾がある。「構造」とは変わらないもの、あるいは変わりにくいものを意味する言葉である。この変わりにくいものを無理矢理変えようと言っているのだ。これではまるで共産主義やナチスなどと同様、一種の革命思想である。今日、これに近い体制を持つのは北朝鮮であるが、この国が経済成長著しいということはない。

    「構造改革」を唱える人々の特徴は、「自分だけは賢く、他の者は愚かであるから、自分達が指導しなければならない」と思い込んでいることである。ちょうど共産主義者の「前衛」という考えに似ている。世間知らずの高学歴者や小さな成功を収めた経済人に多いパターンである。いつの世にもこの種の人々は現れるものである。彼等は「構造」を変えれば何でも解決するといった単純な発想を持っている。


    筆者は「構造」というものが永遠に変らないと言っているのではない。むしろ「構造」は、様々な条件や環境の変化に応じて自然に変るものである。具体的な条件の変化とは、産業技術の発展やインフラの整備などである。

    明治あたりの歴史を振返って見れば、工業や商業が都市部で発展し、都市では所得が高く生活が快適ということが広く知られ、人々は農村を離れ都市に集まってきた。またこれによってさらに都市が発展した。このような流れで自然に日本の社会の構造というものは変ってきたのである。構造改革派の発想なら、無理矢理に人々を農村から人々を連れてくることによって都市が発展したことになる。


    交通インフラの整備も国の「構造」を変えることがある。遠隔地と思われていた地域が日帰り圏内になれば、地方都市の在り方も変わる。例えば地方都市の支店閉鎖され、その代わりにホテルが繁盛することが有り得る。

    インターネットの発展も社会の「構造」を変化させる可能性がある。また筆者が最も注目している構造的変革は、米国で始まった「シェール革命」である。少なくともこれは米国経済にとって大きなインパクトになり得る。まず慢性的な貿易赤字国の米国が貿易黒字国に変わる可能性が出てきた。


    「シェール革命」の影響は既に外国にも及んでいる。例えばエチレンなどの石油化学製品の原料が米国では、ナフサから天然ガスに転換したため、ナフサの副産物である芳香族系の中間財(代表としてはベンゼン)の不足が起っている。これも化学製品の原料である。今日、このベンゼンを日本から米国に輸出するといった奇妙な事が起っている。

    「シェール革命」以降、米国の外交姿勢に大きな変化が見られるようになった。アルジェリアでテロが起っても、米国は全くと言って良いほど関与しなくなった。クウェートへのイラク侵入の時(湾岸戦争)、あれだけ積極的に米軍を派遣したのが夢のようである。今回は全てフランスなどの欧州勢に任せるといった態度に変化した。これも米国が「シェール革命」によって、将来のエネルギーの確保に自信を持つようになったからと考えられる(中東の石油資源を必要としなくなった)。

    最近では、日本で論議が起っている「集団的自衛権」について、オバマ大統領は否定的になっているという話が出ている。この話が誤報という可能性はあるが、「集団的自衛権」が中国を刺激する懸念があるからという説がある。中国政府筋のロビー活動の影響も考えらるが、最近になって米国が世界のトラブルに後ろ向きになっていることも考えられる。ひょっとして「シェール革命」によってエネルギー問題にメドが付くにつれ、米国は昔の孤立主義(モンロー主義)に戻るのではないかと筆者はちょっと感じている。日本も、米国の動きを睨みながら、防衛戦略を見直す必要が生まれているのではと筆者は考える。

    ついでに中国の酷い大気汚染も、「シェール革命」と関係しているのではと思われる。シェールガスの増産によって、米国の石炭の需要が減り、石炭の国際価格が一時的に下がった。また米国の中国への石炭輸出が増えている可能性が高い。このため石炭の価格が下がり、中国国民が石炭をバンバン炊いているのではないかと筆者は見ている(もちろん気温が例年より低いことも有り得る)。


    このように構造改革派の人々が心配しなくとも、世界中の「構造」と呼ばれるものは日々刻々と変化しているのである。日本も日々変化している。商売人は誰だって、人々が何を欲しているか、あるいはこれからの売れ筋は何なのか必死に探し求めているのである。何も世間知らずの構造改革派の経済学者やエコノミストに、理想の、あるいは将来の日本経済の姿を尋ねることはない。

    構造改革のための規制緩和というものが競争力会議などで議論されている。愚かなエコノミストは三本の矢(財政政策、金融政策、競争力強化)の中で、これが最も重要とバカげたことを言っている。そもそも構造改革派の人々は、とにかく「構造改革」や「規制緩和」の具体的な内容を言いたがらない(実際は何もアイディアは持っていないからと筆者は見なしている)。もしこの会議の結論が「カジノの解禁」や「移民の受入れ」(あと考えられるのは建物の建ぺい率や容積率の緩和)なら、筆者はドッと疲れることになる。



来週から改めて政策提言を再開する。



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