経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




13/1/28(741号)
意志を持った「やじろべえ」

  • 財政政策に対する異論
    安倍政権は、デフレ経済に取組み様々な施策を打出している。市場はこれを好感し、株価は上昇し為替は円安が続いている。しかし今のところ株価にしても為替にしても適正水準への是正の途中である。たしかに人によって適正水準というものが多少異なるかもしれないが、安くなり過ぎた株価と高か過ぎた円が修正局面に入ったのである。

    日本の株式市場では、株価の純資産倍率(PBR)が1倍以下の銘柄がゴロゴロしていた。つまり解散価値より時価総額が下回る会社が沢山あった。また株価収益率(PER)も相当低い水準で推移してきた。それほど日本の株式市場は非観的な空気がまん延していたのである。

    円レートも75〜80円と、一つの目安である購買力平価(調査機関によってかなり異なる。国際通貨研究所という所は95円と言っている)の104〜107円に比べ、異常なほどの円高が続いていた(また円安が進めば輸入物価が上がり、これが国内物価にハネ返り購買力平価はさらに円安になる)。このような雰囲気を払拭したのが民主党から自民党への政権交代であり、総選挙前から打出した安倍自民党総裁のデフレ脱却という大方針である。


    日本の株価が実態より低位に置かれていることに、いち早く気付いたのはやはり外資であった。総選挙前から、民主党政権の終焉を見越して日本の株式を買い始めていたようである。円安への動きも外資がリードしたのではないかと筆者は感じている。

    日本の機関投資家は、状況の変化があってもなかなか動き出さないものであるが、外資はリスクを取りながら収益に貪欲な投資行動を行う。一方、日本の機関投資家はサラリーマン化していて、市場が確実に動き始めなければ行動を起さない。一般の投資家は、両極端であり外資と共に動き出した者がいれば、いまだに今日の市場の動きを半信半疑で眺めている者もいる。


    年明け後も、株式市場と為替(円安傾向)は順調に推移してきた。多くの人々が楽観的にこのまま円安と株価の上昇が続くと感じていたと思われる。ところが連休中(12〜14日)の甘利経済財政担当相の「円安警戒」発言、そして15日の石破幹事長の「円安で困る企業や人がいる」発言が飛出し、円が急騰し株価も大きく下落した。

    たしかにずっと円の下落と株価の上昇が続いてきたので、一面において利益確定の売りによる調整とも見られる。実際、甘利大臣は発言の撤回をしたため、この後一旦円安に動き、また株価は上昇に転じた。しかしどうしても甘利・石破発言が引っ掛るのか、その後の市場の動きに迷いが生じていた。


    今日の日本経済の実態は良くない。13年の1〜3月はマイナス成長も有り得る。もし安倍政権の政策が功を奏し、経済状態が良くなるとしても先の話である。その中で希望を持てるとしたなら、この株価の上昇くらいなものである。もちろんいつもまでも一本調子の円安と株価上昇が続くことは有り得ないが、政権の中枢から市場の足を引張るような発言が飛出したことに筆者は違和感を持つ。

    政権内部だけではなく、日経新聞や東洋経済などにも安倍政権の政策に対する異論が出るようになった。これらは全ての政策を否定するのではなく、財政政策への攻撃だけがやけに目立つ。日経の「経済教室」は、経済学者の「財政支出の伴う国債発行の増発」を牽制する文章を連日掲載していた。


    ただ安倍政権に近い人々からは、まだ財政支出増大策に表立って反対する者は出ていない。しかし微妙な発言を行う者は結構いる。例えば浜田宏一内閣府参与である。浜田氏は「必要な公共投資は行えば良いが、財政政策は経済を押上げる力が弱い」と微妙な発言をしていて、その根拠に「マンデル・フレミング(MF)理論」を挙げている。いきなりマンデル・フレミング理論(変動相場制のもとでは財政政策は、国債増発によって金利が上昇し、政策の効果がなくなる)を持出したのには筆者も驚いたが、これについての言及は長くなるのでここでは割愛する(ケインジアンと思っていた浜田氏はどうもそうではないようだ)。だいたい万が一の金利の急上昇がないよう、安倍政権は金融緩和政策による環境整備を日銀に求めたものと筆者は理解している。

    それにしても小渕政権の時の状況と似てきたと筆者は感じる。橋本政権の失政で経済は急落し、金融機関の不良債権問題が表面化した後に小渕政権はスタートした。周囲(マスコミを含め)は、当初、小渕政権の積極財政に賛同していた。ところが1年も経つと「経済状態は良くなった、次は財政再建だ」という声が溢れるようになり、これがそれ以降の小渕政権の財政政策の足を引張った。

    産業競争力会議のメンバーである竹中平蔵氏は今のところ財政政策に異論を唱えていない。しかし竹中氏は、小渕政権の最初の頃にも「ケインズ政策は当然」と言っていたが、ある日をもって発言を翻し、財政政策を強く批難するようになった。それにしても安倍政権の財政政策への異論が出るのがちょっと早過ぎると感じる。筆者は、安倍経済政策が「三本の矢」と言われているが、確実に効果があるのは財政政策だけと見ている。


  • 財政政策しか効果はない
    安倍総理の周りには、色々な考えの人々が集まっている。ざっと挙げれば「金融政策絶対派」「構造改革派」「財政規律(再建)派」そして「積極財政派」と言ったところであろう。また「金融政策絶対派」と「構造改革派」が近かったり、一部の「金融政策絶対派」と「構造改革派」は「財政規律派」に近かったりする。中には平気で前言を変える者までいて、とても複雑である。

    安倍首相は、このような全く考えが異なっている人々のバランスの上に乗っかっている。首相は特定の考えを持つ人々を排除するということはしない。郵政改革反対派を追出した小泉首相や、消費税増税反対派を排除した野田首相のような純化路線を採った首相達とは好対照である。


    異なる考えの人々の上に乗る安倍首相は、一見すると「やじろうべえ」的存在と映るであろう。しかしご本人もそれを承知していると筆者は思っている。一番重要な事は、「日本経済がデフレ」であり、何としてもデフレから脱却するという認識である。この軸がブレなければ大丈夫と筆者は思っている。

    筆者は、「金融政策絶対派」や「構造改革派」と言っても、彼等は自信があるわけではないと見ている。過去から金融緩和を行って来たがさしたる効果は見られない。構造改革と言っても、具体的な政策があるわけではない(最近では医療ロボットの日本の認可が遅くて日本経済に損害を与えているという声が出ている。しかし医療ロボットの規制緩和ぐらいで日本経済がどうなるというものではない)。だから彼等は今のところ、特に財政政策に異論を挟んでいない(彼等も財政政策しか効果がないことを薄々感じているのであろう)


    筆者は、彼等が満足するように、金融緩和を進め、産業競争力会議で可能な限りの案を出させれば良いと思っている。ただ「国債の発行増がデフレ克服の障害になる」という間違った声が出てくることには警戒を要する。

    ところで日本の個人の金融資産は、ちょっと前までは1,400兆円であったが、今日、これが1,500兆円と言われている。つまり100兆円も増えているのである。マネーサプライも02年から12年の10年間で22%も増えている(最近、日本の貯蓄は増えていないといったデタラメを言っているエコノミストが目立つが)。実際、振込まれている年金を全然使っていない人々が相当いるという話である。増え続ける日本の貯蓄が民間で使わないのなら、政府が使う他はないのである。


    安倍総理は、昔から、毎週金曜日の夕方に他の予定を入れず講師を招いた勉強会を続けてきた。派閥などが講師を招いた勉強会を催すことはあっても、政治家が個人的に講師を招くケースは珍しい。

    このような勉強会を続けてきたのも、ご本人が「いずれは政界のトップに上り詰める」ということを薄々感じていたからだろうと筆者は思っている。ところで政治家としてこのような余裕を持てたのは幸運である。これも安倍首相が昔から選挙に強かったからと考える。多くの国会議員は、部会などの個別案件の勉強会に参加しても、マクロ経済など大所高所からの勉強まではなかなか手が回らない。次の選挙が心配で勉強会どころではなく、金曜日にはさっさと地元に帰るのが普通である。


    毎週金曜日の勉強会には様々な考えの識者を講師として招いている。時には全く異なる考えの講師を呼ぶことがある。例えば供給サイド重視で構造改革派と目される竹中平蔵氏などが講師を務めることがある。

    しかしいつも竹中氏のような考え方の人々だけを講師にしているわけではない。別の機会には、竹中氏達とは正反対の意見を持つ人を講師として招いているという話である。たしかに安倍首相は、意外と思われるかもしれないが積極財政派の政治家達とも親しい。このように安倍首相は昔から「やじろべえ」的なバランス感覚があったと言える。


    しかし筆者は「やじろべえ」的であることを一概に悪いことだと否定しない。日本の社会、あるいは今日の政治情勢やマスコミの論調を考えると、むしろ特定の考えで突っ走ることの方が問題であり、また危険である。また「やじろべえ」的であることが実に日本的と言える。実際、自民党も昔からこのような政治を行ってきた。

    自分は何でも分かっていると唯我独尊的になって(実際は何も分かっていなかった)、周囲の反対を押切って財政再建に突っ走った橋本政権はみごとにこけた。しかし周囲からの影響だけで政策を進めるのも本当につまらない「やじろべえ」になってしまう。重要なことは何としてもデフレから脱却するという軸のブレない強い意志を持った「やじろべえ」であり続けることであろう。



来週から、再び筆者の政策提言を続ける。



13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」
12/12/31(第738号)「中央銀行の働きの変化」
12/12/24(第737号)「日銀とFRBの違い」
12/12/17(第736号)「師走の総選挙の感想」
12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
12/12/3(第734号)「先進国だからデフレ」
12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
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11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
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11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
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11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
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11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
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11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
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