経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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正月につき来週号は休刊、次回号は1月14日を予定

12/12/31(738号)
中央銀行の働きの変化

  • 二つの独立性
    先週号の中央銀行の話をもう少し続ける。明治15年(1882年)の日銀設立以前は、明治政府の政府紙幣と国立銀行が発券した紙幣が流通していた。この時代の様子は03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」他で取上げた。

    ところが今日、自分が常識人と思っているほとんどの人は、紙幣を発行できるのは権威のある中央銀行のみと思い込んでいる(それ以外のお札は偽札という認識)。しかし明治維新直後の日本やFRB設立以前の米国には、むしろ紙幣は政府から独立した民間銀行が発行すべきという考えが根強くあった。米国にこのような発想があったのは、先週号で触れたように、発券業務を連邦政府や政府の息が掛った中央銀行に独占させることに警戒感があったからである。これも米国という国が独立指向の強い州の集まりで成立っていたことが影響していたと思われる。


    米国の発券事情を視察した伊藤博文は、米国の発券制度を日本に導入しようとした。これに対して明治政府内には、欧州のように中央銀行による発券を主張する者もいた。しかし伊藤博文はこれらの意見を抑えた。明治5年(1872年)に国立銀行法ができ、渋沢栄一の第一銀行などが生まれた。

    しかし当初は、発行できる紙幣が兌換紙幣に制限されるなど強い規制があったため、国立銀行の銀行券の発券は進まなかった。そこで国立銀行法を改正し、国立銀行に一定の不換紙幣の発行を認めた。これによって国立銀行の設立ラッシュが起り、日銀が設立された明治15年(1882年)には143行もの国立銀行が存在していた。


    他方、明治政府も政府紙幣を発行していた。税制が整わず税収がなかった明治初期から、政府の運営経費を賄うことを目的に数々の政府紙幣が発行された。明治政府はこれを、まだ流通していた藩札の整理に使ったり、西南の役の戦費に充てた。

    このように明治時代の前半は、紙幣の流通が入り乱れていた。西南の役の後、日本の経済活動は活発になり、経済成長に伴って物価も上昇してきた。これに対して大隈重信は増税を実施し物価上昇の沈静化を試みた。この結果、物価は落着きを見せ始めた。しかしこの時の物価上昇によって、政府紙幣や国立銀行の発券が物価上昇の原因と決めつける声が大きくなった。そこで欧州のように中央銀行に発券業務を集中させることになり、明治15年(1882年)に日銀が設立された。

    世間には「日銀が日銀券を発行することによって、政府紙幣や国立銀行の銀行券を整理しインフレが治まった」という誤解がある。しかし日銀が兌換紙幣を発券したのは、設立の3年後の明治18年(1885年)であり、既に物価は落着いていた。むしろ松方政義(総理大臣、大蔵大臣)が、その後政府紙幣などを整理し過ぎたため日本経済はデフレに陥った。いわゆる松方デフレである。

    デフレによって自作農は没落した。今日の構造改革派は、これによって地方の人々が都会に出てきて近代産業が発展したという詭弁を使う。しかし都会の生活が輝かしかった時代であり、自作農が没落しなくとも、都会には人が集まったと考えられる。このように構造改革派は嘘つき集団である。


    ここで筆者は、中央銀行と政府の関係が問題になっていることに触れる。いわゆる「中央銀行の独立性」の話である。FRB設立以前の米国の民間の発券銀行こそ、政府から干渉を受けないのだから最も独立性を持ったものと言える。

    もう一つの独立性は主に欧州のように、政府が深く関与している中央銀行と政府の関係である。特に過去に度が過ぎた通貨発行でインフレが起ったと思い込んでいるドイツでは(筆者は実際には第一次世界大戦でドイツの生産設備が破壊されたからと筆者は認識しているが)、中央銀行(ドイツ連邦銀行)は政府の経済政策に金融面で協力したがらない。ドイツ人はインフレが原因でナチスが台頭したと思っている。さらにドイツの中央銀行は、国際協調を考えない。ちなみにドイツの融通の利かない金融政策がきっかに1987年のブラックマンデー(世界的な株価の暴落)が起った。

    このドイツ連邦銀行のような唯我独尊的な行動を「中央銀行の独立性」と理解している人々が多い。このように一口に「中央銀行の独立性」と言っても、民間銀行であったFRB以前の米国の発券銀行や明治維新政府時代の国立銀行の政府からの独立性と、欧州の政府の息の掛った中央銀行の政府からの独立性といった二つがある。世間ではこの二つの「中央銀行の独立性」ついて混乱がある。


  • ニーズの変化に対応する中央銀行
    中央銀行と政府の関係を計るには、発行済みの国債をどの程度中央銀行が買っているかを見るのも一つの方法である。日本と米国は15%程度なのに対して、ドイツとフランスはほぼゼロである(ユーロ加盟前)。しかし同じ欧州であっても英国は、5.5%ほどイングランド銀行が国債を保有している。特に英国では、政府によってインフレターゲットが中央銀行に課せられている。

    また時代が移り、経済の様子が変われば、中央銀行に求められる働きも変化する。最も変わったのは米国であろう。政府から最も独立していた民間の発券銀行から、政府とほぼ一体と見られるFRBに生まれ変わったのである(1907年にロンドンで手形割引を拒否され金融危機が起った)。FRB設立は、権力の分権にこだわる上院議員が地元に帰っているクリスマス休暇中に抜打ち的に行われた。


    むしろ近年ではFRBは失業率にまで関与しこれに責任を持っている。ただし権力分権や小さな政府を指向する共和党内には、このようなFRBの機能拡大に反対する声が大きい。また日本でも日銀が生まれ、それまでの国立銀行は後に普通銀行に転換している。

    ユーロ加盟国の中央銀行もECB(欧州中央銀行)誕生によって、かなりの機能がECBに移った。ただECBは、最近まで、ドイツ連邦銀行の影響が強く極めて保守的であった。欧州の債務危機に対しても、国債の買入れといった政策には強い抵抗を示していた。しかしそれでは埒があかないので、ECB総裁の交代を機にドイツの反対を押切って加盟国の国債の買入れに大きく転換した。


    また政府から一番独立していると言われているドイツ連邦銀行であっても、総裁、副総裁は政府の推薦であり、理事は議会が承認する。各国の中央銀行の幹部の人事は政府が決めている。昔の米国の発券銀行のように、完全に政府から独立している中央銀行は今日では見られない。

    「中央銀行の独立性」なんて暢気なことを言っているのは平時だけである。ECBの無制限の国債買入れなど、昔のように中央銀行が物価上昇だけを見ているわけには行かない状況になっている。ましてやFRB設立前のように発券銀行が完全な民間銀行という時代は二度と来ないと考える。


    このように中央銀行の機能や在り方は、時代とともに、あるいは経済情勢の変化とともに変わってしかるべきである。しかし今日においても、日銀の独立性をむきになって叫んでいる者がいる。このような人々は、独立性を脅かせばハイパーインフレが起ると有りもしない事態を警告している。筆者は、デフレが深刻化していた1997年に、独立性を前面に出した日銀法改正に奔走していたこのような人々は、何を考えているかと思っていた。

    このように時代のニーズが変わるにつれ変化してきたのが世界の中央銀行である。これが絶対的に正しい姿というものはないと筆者は考える。中央銀行は政府が作り幹部も国が決めるのだから、その国の実情に合わせて中央銀行を設計し直せば良いのである。筆者はずっとそう思ってきた。00/7/17(第171号)「日銀から通貨庁へ(その1)」00/7/24(第172号)「日銀から通貨庁へ(その2)」他で発案した通貨庁もそのような考えを反映している。


    話はちょっと変わるが、安倍総理が内閣府参与として浜田宏一エール大学教授を招いたことに筆者は注目している。本誌は03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」で教授を取上げたことがある。本誌の「死んでいるマネーサプライ」「凍り付いたマネーサプライ」と教授の「保蔵されたマネーサプライ」は同じ意味と筆者は理解している。

    教授は、デフレ克服に「インフレ目標の設定」を提唱している。安倍政権の「インフレ目標の設定」はこの浜田教授の考えが影響していると考えられる。ただ、当時、筆者が違和感を持ったのは、教授が「インフレ目標」を達成する手段として、日銀がETF(株価指数連動型上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)を購入することが有効としていることであった。


    筆者は、デフレ克服には単純に財政政策を用いれば良いと考える。安倍政権も10兆円の補正予算を組む方針である(ただ10兆円のうちどれだけが「真水」なのか筆者は注目している)。ところでETF(株価指数連動型上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)の購入にこだわって、浜田教授がこれに異を唱えているという話は聞かない。

    筆者は、浜田教授は日本では数少ないケインジアンの一人と認識している。米国のケイジアンは積極的に政府に入り、現実的な政策を提案する。象牙の塔に籠り、経済理論の精緻化に努める新古典派とケインジアンは対極をなす。実際、現実のマクロ経済を見ず(あえて見ることを避け)、理論を精緻化しても何になると筆者は考える。

    自称だけがケインジアンの経済学者が、これまでも日本政府に関与してきた。しかし本物のケインジアンが日本政府に関与するのは始めてかもしれない。政府の経済政策に経済学者が深く関与することが当り前の米国での生活が長いだけに、浜田参与には期待できる。ちなみに浜田教授は、白川日銀総裁の学生時代の恩師である。一方の白川日銀総裁は、ケインジアンの天敵と目されるシカゴ学派の牙城であるシカゴ大に2年間留学していて、学業が優れていたから大学に残れと言われていたという。この師弟対決も見物である。



来週は正月休みで休刊、次回号は1月14日を予定している。

それでは皆様、良いお年を。来年は今年よりはちょっとはましと思っている。



12/12/24(第737号)「日銀とFRBの違い」
12/12/17(第736号)「師走の総選挙の感想」
12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
12/12/3(第734号)「先進国だからデフレ」
12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
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