経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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12/12/3(734号)
先進国だからデフレ

  • インスタントなテーマ
    衆議院選挙は公示され、本格的な選挙戦に突入した。今回の国会解散は、「野田降ろし」の発覚など、追い詰められた状況で、野田首相が放った起死回生の一撃であった。客観的に見ても、周囲は解散をもう少し後と思っていたはずであり、突然の解散宣言に戸惑ったのも当然である。

    もう一つ筆者が驚いたのは、野田民主党が今回の総選挙の争点に唐突にも「TPP」を持ってきたことである。大半の有権者は、ほとんどTPPについての知識はない。せいぜい、日本の農業がなんとなくTPP交渉のネックになっているというぐらいしか知らない。実際、各種の世論調査を見ても、TPPに対する有権者の関心はほとんどない。何故、民主党がTPPを争点の一つに持ってきたのか理由は分かりにくい。しかしマスコミはこれに異常な反応を示し、各政党のTPPに対する対応を表にまとめているほどである。

    客観的に見て、今回の選挙は民主党政権への有権者の評価であり、審判である。真っ先に評価対象となるのは、民主党がマニフェストになかったはずの消費税増税などを強行したことであろう。しかし消費税増税を持出せば民主党に逆風が吹くことになる。筆者は、唐突にTPPを前面に出したのは、この消費税問題を隠すことが狙いと見ている。マスコミと各政党は、まんまと野田民主党の戦略に引っ掛ったと筆者は思っている。


    有権者の関心が低いはずのTPPであるが、マスコミはこれを争点の一つと見なし、各党の対応を取上げている。全体的にTPPに反対する政党が多く、交渉のテーブルに付くのも拒否すべきと言う声が多い。しかし各政党のTPPに反対する理由が薄弱である。

    中には「TPPはアメリカの陰謀」と決めつける者までいる。TPPに関して米国に思惑があるのは当然であるが、「陰謀」とは言い過ぎであろう。実際、米国の自動車産業は、日本のTPP参加に強く反発している。


    奇妙なことに、今回の総選挙の争点が、このTPPと原発に絞られた印象を受ける。しかし有権者の一番の関心は、景気・雇用や年金などの社会保障であり、これに次ぐのが消費税である。要するに人々は「日本の経済」に危機感を持っているのである。つまり有権者がTPPと原発だけで投票先を決めるとは思われない。

    ちなみに原発については、ニュアンスの違いはあってもどの党も縮小や廃止を唱っている。少なくとも原発を推進しようという政党がないのだから、原発は争点にはなり難いはずである。これを知ってか、争点になり難いと感じた政党は「即時に廃止」と極端なこと言って自分達の存在を示そうとしている。しかしどこまで本気であるか不明である。

    脱・反原発を唱える政治家は多いが、本当に理由が薄弱である。ほとんどが「福島を見ろ」といった類である。また原発については根拠のない話をする政治家が続出している。中には「原発を止めれば電気料金は必ず下がります」といった大嘘をつく政党代表まで現れる始末である。ここまで来ると政治家の人格が問題になる。


    これだけ政党が増え、表立った争点がTPPと原発と見なされるように、各党は迷走している。有権者の一番の関心事が「経済」であることは、各政党も知っていると思われる。しかし不思議なことに経済という身近なテーマを取上げようとしない。筆者は、経済を取上げるにはかなりの準備が必要なため、敢て各党はこのテーマを避けているのではないかと思っている。

    たしかに経済政策というものは政治家の間でどうしても相違が生じる。ドサクサ紛れで政治家が集まった新党は、経済政策を詰める余裕がなかったのであろう。仕方がないので、TPPや原発といったインスタントなテーマを旗印にする他はなかったと筆者は考えている。ただマスコミに登場する政治家の言っていることを聞いていても、TPPや原発について深い見識のありそうな政治家がほとんどいないことに驚いている。


  • デフレは先進国が起りがち
    日本の経済は二期連続してマイナス成長である。この厳しい状況下、選挙戦でTPPや原発と言っているのだから日本の政治家は本当に間抜け揃いである。辛うじて民主党は、予備費を使った緊急経済対策と言っている。しかしわずか数千億の予備費で経済対策と言っているのだから、筆者は冗談だろうと思った。

    唯一経済問題に正面から取上げているのが、安倍自民党である。具体的には、建設国債の増発と日銀によるこれの買上げである。日銀が国債を買上げることによって金融緩和は実施される。しかし日本のような既に金利が低い国では、金融緩和だけでは経済活性化は実現しない。どうしても一方で公共投資などの財政政策が必要になってくる。

    「国土強靱化計画」が満足できるものか別にして、安倍自民党は、これによって金融緩和に加え具体的に財政政策の内容までも示したことになる。


    ただ日銀による国債買上げに関して、当初の安倍総裁の発言が問題になった。聞きようによっては、日銀による国債の直接引受けと受取られる表現があったのはたしかである。筆者は、財政法5条の国会決議による国債の直接引受けでもかまわないという見方である。しかしこのような考えは、一般にはまだまだ浸透していないので、反発を招いてもしょうがない。

    安倍総裁のこの発言には、他の党、マスコミ、経済界さらにはエコノミストから一斉に批難と攻撃が起った。一番多かったのは「日銀の独立性を脅かすもの」といったものであった。中には「中央銀行に国債をどんどん買わせるのは新興国や発展途上国の金融政策」といった全くの的外れの発言をする者まで現れた。


    金融資産だけ増え、金利をどれだけ下げても、十分に投資や消費が増えない現象は、新興国や発展途上国ではなく先進国でこそ見られるものである。これは日本だけでなく米国やドイツなどでも見られる。また米国ではQE2やQE3で、連銀は国債だけでなく住宅担保証券までどんどん買上げている。

    昔の話をすれば、米国はデフレギャップが大き過ぎたため、第二次世界大戦の膨大な軍事需要でもデフレギャップが解消しなかった。特に米国だけは、第二次世界大戦で戦場にならなかったので、戦後も過剰設備がそのまま残った。これによって米国は大戦後もデフレ経済が続いたのである(日本などの敗戦国は超インフレ経済)。

    そこで米政府は、国債を大量に発行し財政政策を拡大した。しかもこの発行した国債は、青空天井で連銀が購入することになっていた。このような施策によって、ようやくデフレギャップの解消が見られた1951年、つまり大戦後の6年目くらいにようやく連銀による無制限の国債買入れを止めることにした。これが政府とFRBの間の「アコード」である。この話は本誌で何回か取上げたことがある。


    つまり経済の発展段階において、国民の金融資産が増えれば、一方で有効需要が減り、政府支出が増え国債の発行が増えるのはよくあることである(日本の場合は、これに年金の積立てが増え一層有効需要は減少した)。ところが経済の低迷によって税収も減るので、財政赤字は大きくなる。通常、その前にはバブル経済が起っていたり、過剰な設備投資が行われているケースが多い。こうなるとどれだけ金利が下がっても、新たな投資や消費が増えない。いわゆるデフレ経済の発生である。前述の通り、この種のデフレは新興国や発展途上国ではなく先進国でこそ起りがちなことである。

    デフレが進行する状況では、財政赤字が大きくなっており財政規律を求める声が強くなっている。したがって有効な財政政策がこれ以上打てなくなっているのが普通である。つまり残るのは、中央銀行による徹底的な金融緩和(国債の無制限な買上げなど)しかなくなっている。しかし金融緩和だけでは効果に限界がある。


    まさにこの状況で、安倍自民党は金融緩和に加え、公共投資といった財政政策を組合わせこれを有効なものにしようとしている。筆者に言わせれば、これこそ真っ当な政策である。ただこれには建設国債の買入れといった日銀の協力も必要になってくる場面も有り得る(単純に建設国債の発行を増やした場合、金利が上昇する可能性があるから)。

    この金利上昇を日銀が国債を買入れることによって回避させることを保証することを、安倍総裁は日銀との取決め(これをアコードと言っているようだが、無制限の国債を止めると宣言した米国が1951年に行ったアコードとは正反対の施策)と筆者は理解している。このような施策を日銀に対する政府の理不尽な圧力と言っている政治家は、日本のような先進国であるからこそ起るデフレ経済に対する理解が全くできていないのである。今日の日本経済は非常事態であり、小学校や中学校で習った社会科(今日では公民と言っているかもしれないが)のレベルでは、到底、理解不能な状態である。しかし担当大臣がこの程度のレベル(小中学生レペル)だから、民主党が選挙で苦戦を強いられるのも当り前である。



来週は、日銀法の改正などを取上げる。



12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
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12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
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12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
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12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
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12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
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