経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




12/11/19(732号)
残る経済成長路線

  • 経済成長率は需要項目の増減の積上げ
    先週号で先進国における経済成長と言うものがいかに難しいかを説明した。しかし年金に代表されるように、ほとんどの先進国は経済成長を前提にした社会の制度設計を行っている。日本も例外でなく、成熟した先進国の一国ではあるが、今後もある程度の経済成長というものを必要としている。そこで今週は、先進国における経済成長の可能性というものを探ってみる。

    本誌でこれまで述べてきたように、先進国においては経済成長にとって一番大切なことは、需要の伸びである。構造改革派がよく言っている供給サイドでは決してない。彼等は、よく供給サイドが需要に追付いていないと言っている。しかし特に日本の場合は、供給サイドなんて全く考慮する必要はない。


    だいたい政府が公表する経済成長率も、消費、投資、政府支出、そして純輸出といった全て需要項目の増減の積上げで説明されているではないか。彼等、構造改革派は何を血迷った事を言っているのかと筆者はいつも思っている。ところが日本において経済学者やエコノミストと言えば、ほとんどが供給サイド重視の構造改革派である。

    どうしてこのような事になってしまっているのかと不思議に感じる人も多いと思われる。筆者は、やはりポイントは公共投資などの政府支出と考える。今週号の結論を先に述べるなら、日本が経済成長を達成するには、最早、政府支出の増大しかないのである。しかしこの動きを牽制したい日本の政府は、これらの経済学者やエコノミストを動員して大嘘をまき散らしているのである。本来、社会科学の一つである経済学が、まるで「科学性」を失っている。彼等は、国民の生活を心配するのではなく、政府に媚を売ることによって何らかの利益を得ようしているのであろう。日本の経済学者やエコノミストが世間から信用されないのも当り前の話である。


    前置が長くなったが話を続ける。需要の項目の中で重要なのは、投資と輸出(正確に言えば純輸出)、さらには政府支出である。消費は、GDPの比率では最大であるが、特に先進国においては所得の従属関数と見なしても良い。

    したがって投資、輸出(正確に言えば純輸出)、政府支出といった自生的支出が決まり所得が決まる。そして最後に消費が自動的に決定すると考えられる(新興国や発展途上国では、人々が消費に飢餓状態なので貯蓄をとりくずしたり借金をして爆発的な消費を行うケースが見られるが)。つまり投資、輸出(正確に言えば純輸出)、さらには政府支出がどれだけ増えるかに、日本を含む先進国のこれからの経済成長は掛っていると筆者は見ている。


    この典型例として、米国には輸出を増やすことによって経済成長を実現しようという戦略がある(実現性の有る無しを別にして)。しかし日本では、輸出を増やして経済を成長させるとしても限度があることは、これまで経験したことである。輸出を増やすことによって、さらに経常収支の黒字が大きくなれば、円はさらに高くなる。つまり輸出に頼る経済成長は自ずとブレーキが掛るのである。

    したがって日本に残された経済成長路線は、投資と政府支出の増大だけである。しかし投資の増大も大きくは期待ができない。まず投資を、設備投資、住宅投資、そして在庫投資に分ける(公共投資も投資の一つであるが、ここでの説明では政府支出に入れた)。ただ在庫投資は、これこそ所得に従属したものであり、経済成長に大きな影響を与えるものではないことは改めて説明する必要はないであろう(ほんの一時的で小さい景気の変動要因にしかならない)。また高齢化が進む日本では、住宅投資が大きく増えるということは考えられない(もっとも日本も米国のように移民を受け入れて、この移民が住宅を購入することによる経済成長パターンも考えられるが、これは論外なのでこれ以上言及しない)。


  • 乗数効果に対する誤解
    つまり残るのは設備投資と公共投資を含む政府支出と言うことになる。まず設備投資を増やせば、経済が成長することは分かっている。日本でも設備投資が激増していた時代は、経済成長率が大きかった。それによって所得が増え、消費が増え、これによってさらなる設備投資が行われるといった好循環が日本の高度経済成長では実現していた。ただ経済成長が続くと輸入が増え(輸入も所得の従属関数)、当時、外貨が乏しかった日本では金融の引締めや緊縮財政が行われ、景気を冷ましたものであった。

    しかし今日の日本で設備投資を増やして経済成長を達成するという路線はほとんど不可能である。これは12/11/5(第730号)「投資と経済成長」で取上げたような「投資の二面性」が存在するからである。投資(設備投資)の増加は、その乗数効果によって所得を増やし(つまり需要を増やし)経済成長を実現する。しかし投資(設備投資)は一方で生産力を生むのである。


    投資が設備の磨耗や陳腐化の範囲内なら、この投資が新たな生産力を生まないことになる。しかし通常は、追加的な生産力を生む形で投資が行われる。特に今日のような技術革新が続く時代では、投資によってより大きな生産力を生む場合がある。特に欧米に比べ、日本の設備投資のGDP比率は比較的大きかった時代が続いてきた。つまり日本が中国ほどではないが既に過剰設備を抱えていることは明白である。

    例えば鉄鋼、造船、石油精製などの産業分野では、生産力を増すのではなく、逆にいかに過剰設備を解消させるかがここ何十年間の重要な経営テーマであった。投資の累積によって過剰生産力が増えるということは、投資の予想収益率を小さくすることに繋がる。そしてこの予想収益率の低下が自ずと民間の投資のブレーキとなる。もし民間の企業が予想収益率の低下を無視して、無理な投資を行えば、そのような企業は経営危機に陥ることになる。


    ここで投資の乗数効果と経済成長への影響について説明する。仮に年間50兆円の設備投資を行っている国があり(日本のことと思っていただいて結構)、これを60兆円に増やすとする。すると増えた10兆円分(60兆円−50兆円=10兆円)の乗数効果分だけが経済成長に寄与する。もし乗数値が2.5でGDPが500兆円なら、25兆円のGDPが増えることになる。つまり5%の経済成長が実現する。

    しかしもし投資が50兆円のままなら、増加額はゼロであるから経済成長率もゼロのままである(他の需要項目も同じ金額という前提での話)。50兆円について乗数効果は生まれるが、経済成長には寄与しないという事である。ここの点が誤解されがちである。


    ところが投資が前年と同じ50兆円であって、投資が経済成長に寄与しなくても、この50兆円の民間投資が新たな生産力を生むのである。特に日本のように比較的高い設備投資を行ってきた国では、設備の磨耗以上の投資がなされてきたと考えて良い。つまり所得が増えない(つまり需要が増えない)のに生産力だけが増えてきたのである。したがって日本の設備の稼働率も低い。

    またここで取上げている設備投資は、何も機械設備だけに限ったものではなく、商業施設なども含んでいる。しかしデパートやスーパーだけでなく、今日ではコンビニもオーバーストアー状態である(地方ではシャッター商店街が増えている)。当然、いずれ商業施設の投資も予想収益率が低下し、そのうち投資にブレーキが掛るものと考えられる(既にブレーキは掛っているという見方もある)。実際、日本の商業資本も日本国内の需要増に見切りをつけ、中国を始めとしたアジアでの事業展開を進めている。


    日本政府は、ずっと設備投資を喚起し、経済成長を達成するために、投資に関わる減税措置や各種の優遇政策を続けてきた。しかしこれらによって投資が飛躍的に伸びたことはなかった。設備投資にとって最も重要なことは、政府の諸政策ではなくやはり予想収益率である。

    また法人税の減税を行っても、効果は限定されると思われる(効果がないとまでは言わないが)。したがって日本に残っている経済成長路線は、生産力を生まない投資の類の増加しかない。具体的には、公共投資などの政府支出の増加である。また政府支出の増加によって経済が成長すれば、多少なりとも予想収益率が改善し、これによって民間の投資もある程度増えるものと考えられる。



来週は、今週の続き生産力を生まない投資の類について述べるつもりでいたが、総選挙が近付いていることを考え、選挙に関するテーマを取上げることにする。



12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
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