経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




12/10/29(729号)
プラスアルファーの議論

  • 重要な投資の動き
    先週号でアラン・ブラインダー教授の文章を取上げた。基本的に筆者は、教授の世界経済の見方は正しいと述べた。ただ教授の低迷する世界経済に対する具体的な政策が、あまりにも弱い過ぎることを指摘した。

    教授は余裕のある日・米・独の三カ国に財政の拡大を求めている。まず米国に関しては「財政の崖」の先送りといった提言を行っている。またドイツについては「スペイン、イタリアなどが財政支出を増やすことができない以上、それを穴埋めするための財政出動が必要」といった程度の対策を求めている。それにしてもこの二カ国に対する教授が提唱する経済対策はあまりにも非力である。ちなみに日本の財政拡大に関しては、米・独に対するような具体的な提言はなかった。

    教授が日・米・独の三カ国に余裕があると判断している理由は、この三カ国の金利が低位で推移していることである。筆者はこの見方が正しいと思うが、この簡単なことがなかなか世間では理解されない。それどころか日本では、これだけ低金利が続いているのに、日本の財政赤字は最悪であり財政出動なんてとんでもないということが常識になっている。財政の拡大どころか、消費税の増税が実施されようとしているのである。


    教授がバブル崩壊後の金融危機を伴うラインハート・ロゴフ・ミンスキー型(RRM型)の不況は、10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」などで紹介したリチャード・クー氏の「バンスシート不況」とほぼ一致すると筆者は理解している。バブル崩壊で企業や家計は膨大な債務を抱え、企業や家計のバンスシートが傷付いていると言うのである。したがってバンスシートの傷が癒えるまで、設備投資や消費が増えないことになり長期の景気後退が起る。

    また各国は、企業と家計だけでなく政府の財政も景気対策と税収減、さらに金融機関の救済によって大きな債務を抱えている。この財政悪化によって、教授が提唱する弱い財政拡大策でさえままならぬ状態である。いきおい各国は、効果が小さいことが分っている金融政策に頼らざるを得ない。世界的な金利低下を、この金融緩和と10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」で述べた膨大になった金融資産(200兆ドル・・1京6,000兆円)の増加、つまり世界的な金余りによると筆者は分析している。


    アラン・ブラインダー教授とリチャード・クー氏の「バンスシート不況」の説明に筆者は基本的に賛同する。ただこれまで本誌は両者の意見にプラスする論点をいくつか取上げてきた。プラスアルファーする主なものは今週号で取り上げる次の二点である。

    一つは設備投資のバブル期前後の推移である。この様子を示したのが03/7/28(第307号)「設備投資の実態」11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」の設備投資のGDP比率の推移表である。日本は、オイルショック前の列島改造ブームと90年前後土地ブームといったバブル経済とその崩壊を経験してきた。通常なら日本の設備投資のGDP比率は15%程度であるが、これらのバブル経済期にはこの数値が20%以上にハネ上がっている。これによって明らかに過剰設備を抱えたのである。筆者は、おそらく欧米も先のバブル期に過剰な設備投資(この説明に住宅投資も加えても良い)を行っていたと見ている。


    どの国でも需要項目の中で消費の比率は最大であるが、消費は極端な増減はない。大きく増減するのは設備投資であり、この乗数効果、あるいは逆乗数効果が経済成長率を大きく左右すると言える。欧州でも、東欧などへの投資や太陽光発電などの自然エネルギー開発投資がバブル期には大きく伸びていた。しかしこれから欧州では、過剰になっている自動車生産設備などの整理が始まるところである。

    したがって傷付いた企業や家計のバンスシートが多少良くなっても。設備投資が再開されるということは全く考えられない。ところで教授は中国経済はまだ小さく、世界経済に対する影響力も小さいと述べている。しかし明らかに過剰な設備投資を続けてきた今後の中国の影響は決して小さくはないと筆者は見ている(当然、中国の設備投資が減り世界経済にマイナスの効果がある)。したがっていくら金融を緩和しても、先進国で設備投資や住宅投資が以前のように力強く復活することはないと筆者は思っている。


  • 世界中凍り付いたマネーサプライ
    教授達の「バンスシート不況」論は、バブル経済の崩壊によって傷付いた企業、家計、金融機関、そして財政を重点的に分析を行っている。一方、08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」などで筆者は、バブルの生成と崩壊によって「勝ち組」と「負け組」が生まれることを指摘した。「勝ち組」はバブル期に資産を増やした人々や企業であり、「負け組」はバブル崩壊によって大きな債務を負った者や不良債権を抱えた金融機関である。

    「バンスシート不況」論者の関心は主に後者、つまり「負け組」に集中している。しかし筆者は、むしろ「勝ち組」を分析することが、今後の経済対策を考える上で重要と考えている。そしてここが教授達の議論にプラスする二つ目の論点である。


    「負け組」がいる一方で、バブル崩壊後も無傷の「勝ち組」がいる。バブル期に銀行の信用創造に伴って大きな資産を獲得した人々である。彼等の金融資産は銀行に眠ったままである。金融機関が膨大な不良債権を抱えても、銀行が倒産しペイオフが実施されない限り、彼等の金融資産は減らない。

    もし「勝ち組」が銀行預金を全額降ろし、これを消費したり住宅購入に充ててくれば、バブル崩壊後の景気後退はない。しかしそのようなことは決して起らない。また前段で説明したように、過剰設備が存在しているためいくら金融の緩和を行っても、余裕のある企業でさえも、設備投資を増やすところはほとんどない。


    前段で触れたように世界の金融資産は200兆ドル(1京6,000兆円)というとほうもない金額になっている。また前出の10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」では「1990年から今日まで世界のGDPが2.6倍になったのに対して、世界の金融資産は4倍にもなっている」といった話もした。バブル経済を二度経験した日本では金融資産が非常に大きくなったが、世界も日本を追掛け同じようなことが起っているのである。

    「勝ち組」の金融資産は銀行で眠り続け、筆者はこれを04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」他で何回も取上げてきた。まさに「凍り付くマネーサプライ」現象が今日世界に広がったのである。また金融資産が増えるにつれ政府の債務が増えることも指摘してきた。実際、貸出先のない銀行がせっせと国債を買えば、どれだけでも政府の債務が増えることになる。これは今日欧米でも起っていることである。


    筆者達は、マネーサプライが凍り付き動き出さなくなったならば、政府がそれを借りて財政支出、つまり所得の発生するマネーサプライ増加政策が必要と訴えてきた。しかしそれによってさらに財政の赤字が膨らみ、これが人々の反感を生む。それならば実質的に財政の債務が増えない形のセーニアリッジ政策(政府紙幣の発行による財政政策や永久債の日銀買入れなどによる財政出動)しかないであろう。

    また凍り付いたマネーサプライの額はほぼ見積もることができる。マネーサプライが凍り付いた国は、その金額に応じてセーニアリッジ政策を行えば良い。さらにセーニアリッジ政策によって経済活動が活発になれば、凍り付いたマネーサプライも多少溶け出す可能性がある。もし経済活動が活発になり過ぎて支障が生じるようならセーニアリッジ政策を縮小するか、あるいは中止すれば良い。


    アラン・ブラインダー教授は、FRBによるQE3(住宅ローン担保証券(MBS)の無制限な買上げなど)を非伝統的金融政策と呼び、しかし効果は弱いと指摘している。これに関して筆者達はセーニアリッジ政策こそが非伝統的金融政策と認識している。ただ筆者達のこの強力な非伝統的金融政策は、現状ではなかなか世間に通用するものではないことを筆者も承知している。したがって結論は、先週号でも述べたように、不満はあるが、今のところ教授が主張するような穏当な財政拡大政策程度が限界なのかもしれないと考える今日この頃である。



来週は今週号に関連し投資の二面性を取上げる。



12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
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