経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




12/10/22(728号)
アラン・ブラインダー教授の文章

  • RRM型の不況
    10月4日の日経新聞の経済教室に、アラン・ブラインダープリンストン大学教授の文章(金融危機型不況 長期化へ)が掲載されている。これは東京で開催されたIMF・世銀総会にちなんだ特集の一つである。内容は世界のマクロ経済を主に金融面から分析し、問題点を指摘している。最近、金融政策やマクロ経済政策(財政政策)に関して首を傾げる評論が氾濫している中、筆者にとっても納得の行く文章に久々に遭遇した思いで今週のコラムに取り上げることにした。

    文章のポイントは「金融危機に伴う景気後退に有効な対策は少ない」「非伝統的金融政策は従来政策ほど効果なし」「余裕のある中国は世界経済けん引に力不足」である。ただしここでの非伝統的金融政策とは、FRBによるQE3(住宅ローン担保証券(MBS)の無制限な買上げなど)などを指している。つまり筆者達が主張しているようなセーニアリッジ政策(政府紙幣の発行による財政政策や永久債の日銀買入れによる財政出動)とはちょっとニュアンスが異なる。ただ文章の全体の内容は、筆者が本誌で昔から主張してきたことに極めて近く、頭にすっと入ってきた。


    まず世界経済の現状を、欧米・日本の経済が停滞ないし後退していて、さらに中国ですら陰りが出ており全く芳しくないと説明している。米国などの主要国は、ケインズ型の景気後退ではなく金融危機を伴うラインハート・ロゴフ・ミンスキー型(RRM型)の不況に陥っていると教授は指摘している。

    景気循環的に伴う需要不足によるケインズ型の景気後退なら、財政の拡大と金融緩和が処方箋になる。しかし今日の主要国の景気後退はRRM型の不況であり、これらの政策の効果は小さいと指摘している。RRM型の不況は、資産価格の膨張(バブル経済の生成)とそのバブルの崩壊によって起るとしている。欧米が2008年のリーマンショック以降、日本が90年代以降に経験しているものである。

    RRM型では金融が混乱を招き、金融システムは深刻なダメージを受け大規模な債務圧縮が必要になる。各国政府は景気対策と金融機関の救済によって大きな赤字を抱え、財政出動の余地が乏しくなる。また中央銀行も、金利がゼロに近い水準になると打つ手が限られくる。このようにRRM型の不況は、ケインズ型不況より深刻で長期化し、日本のように未だに脱出できない国もあるほどと教授は述べている。

    またRRM型では、家計は支出ではなく貯蓄で、企業も投資ではなく貯蓄によって債務を縮小しようとする。そのような時には、本来、政府の出番となるはずなのに、財政の赤字が問題なることが多く、経済の刺激策が必要になる時に引き締めるといった「つむじ曲り」の財政政策を講じるはめに陥る。この典型例として英国を挙げている。これは本誌が10/7/5(第622号)「サミットの変質」で指摘したことと一致している。

    このように各国とも財政赤字を抱えているので、財政出動という大砲を打てない状況に陥ったり、見当違いの方角を狙っている場合には、景気刺激は中央銀行頼みになる。しかし名目金利がゼロの下限に達したら、中央銀行は非伝統的金融政策といった弱い武器に頼らざるを得なくなると教授は指摘する。「見当違いの方角」とは、一頃日本ではやった「構造改革による経済成長」などといった虚言・妄言に基づく政策も含んでいると筆者は理解している。また今日日本でも言われているような「さらなる金融緩和」の効果が薄いことを教授も分っている。

    ちなみに教授は、効果が小さくてもやらないよりやった方が良いといった程度であるが、QE3を決断したバーナンキ議長を高く評価している。筆者は言外に、教授は財政出動の必要性を訴えていると思っている。これに関連し、来年の1月に迫っている米国の「財政の崖」にも言及し、議会が得意な独創的な戦術や後回しなどの工夫によって問題の先送りを教授は提唱している。実際、半年程度の先送りの議論がポツポツと出ているのも事実である。


  • 財政出動の限界
    文章の全体を通したアラン・ブラインダー教授の経済に対する認識は、00/1/17(第146号)「有力エコノミストの対談」10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」で紹介したリチャード・クー氏の「バンスシート不況」とほぼ一緒と筆者は感じた。金融政策は万能ではなくほぼ限界に来ており、先進主要国では財政政策が必要と両者は考えている。ちなみにリチャード・クー氏はNY連銀出身であり、教授は元FRB副議長である。つまり元中央銀行関係者のこの二人は、金融緩和政策の弱さを認識しているのである。

    教授は、金利が低水準の日・米・独の三国には、財政拡大政策を実施することを提唱している。まず米国に関しては前段で取上げた「財政の崖」の先送りである。またドイツには、スペイン、イタリアなどが財政支出を増やすことができない以上、それを穴埋めするための財政出動が必要と訴えている。さらに中国は財政政策を行う余力はあるが、経済の規模が小さ過ぎると指摘している。


    筆者は、教授の金融政策やマクロ経済の認識は正しいと思っている。そして具体的な財政政策の提言を見れば分るように、穏当であり決して過激なものではない。ある意味ではスマートな文章の内容と言える。しかし教授の提言する政策では、せいぜい経済の現状維持かあるいは景気の下支えが精一杯であると筆者は考える。

    つまり教授はこれ以上景気が落込ませない程度の財政政策を訴えているのである。また必要な財政出動の規模についても言及していない。しかし時間稼ぎ的な政策を行いながら、次の経済成長の芽(これについてはそのうち本誌でも取り上げるつもり)が出てくるのを待つという教授の考えは、ある意味では現実的なのかもしれない。


    バブル経済後の不況に直面すると、取り敢えず財政出動を行う。しかし本誌で何回も指摘したように、バブル崩壊による経済の後退は生易しいものではない。一旦RRM型の不況に陥れば、経済が急回復することがないのである。つまり財政出動によって財政赤字だけが膨らむことになりかねない。

    このような状態になると「ケインズ型の景気対策は効果がない」とか「経済成長には構造改革が必要」といった的外れの声が大きくなる。それどころか財政規律を求める政策が推進されたりする。これによって経済はさらに悪化する。今日、この状況が反省されてきた段階と筆者は認識している。


    しかし日・米・独の三国の財政規律派はいまだに健在であり、簡単には必要な規模の財政政策を展開することは政治的に難しい。そんな中においては、教授の主張するような財政出動の話は一つの限界かもしれない。おそらく教授は、本音では、財政をバンバン使って経済を浮揚すれば良いと思っていると筆者は感じる。

    筆者は、当分の間、教授の提唱するような中途半端な財政政策でもしょうがないと考える。それ以上の政策を推進するためには、正しい経済理論の普及といったことも大事と考える。しかしこれが難しいのである。それにしても今の経済学界がおかしい。今年のノーベル経済学賞を受賞した経済学者は「正しい婚活の理論分析」などを研究していた人達である。何か経済学者は皆疲れ果てているような印象を筆者は持つ。

    バブル経済が崩壊し、金融機関は多額の債務を抱え、失業者が街に溢れ、ギリシャ、スペインでは暴動が起っているいる経済状態を前にして、この程度の研究を行っている経済学者が評価されるのだから世も末である。「正しい経済理論の普及」と言っても本当に遠い話である。



来週は、今週取上げたアラン・ブラインダープリンストン大学教授の文章とこれまで本誌が主張していたこととの違いについて説明したい。



12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
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11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
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11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
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11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
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11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
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