経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




12/10/15(727号)
バランスを欠いた報道

  • 原発ゼロは先走った議論
    本誌が常々指摘しているように、世の中で起る諸問題に関して、マスコミの取上げ方が一方的になりがちである。この影響もあってか、様々な議論があまりにもバランスを欠いたものになっている。今週は、その中で筆者が気になる二つの事項を取り上げることにする。


    一つ目が「原発」である。本誌は、昨年の4月頃から8月まで「原発」や「放射線の人体への影響」を集中的に取上げた。一頃、本誌は「原発コラム」と揶揄されるほどであった。それほど筆者が真剣になったのは、今日広がっている「原発ゼロ」運動みたいなものが起ることを予見し危惧したからである。

    今日これらを読み返しても、一連のコラムで特に大きな修正が必要な箇所はほとんどないと筆者は思っている。強いて挙げれば11/4/18(第658号)「山を越えたか?」で「高放射線地域の除染を急ぐべき」と主張したが、これが勇み足になる可能性がある。将来「そのような必要性はなかった」ということになるのではないかと、筆者は密かに感じている。今日、筆者が危惧していた通り、唐突に政府は2030年に原発ゼロの可能性を検討している。しかしこのような原子力政策に関する重要な意思決定は、あと3年くらい待つべきと筆者は考える。


    福島の原発事故が起って1年半が経ち、人々はようやく落着いて物事をみることができるようになりつつある。今日、人々が考える原発事故の重要案件は、「原発の安全性」と「放射線の健康被害」である。筆者は、その中では後者、つまり人体に対する放射線の影響が最も重要と認識している。

    もし「放射線の健康被害」が従前から考えられたよりずっと小さいものなら、「原発の安全性」についても考え直す必要がある。さらに放射性廃棄物の処理方法も全く違ってくると考えられる。疫学上、大量・短期の被曝による健康障害については専門家の間で意見はほぼ一致している。しかし11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」で述べたように、低線量・長期の被曝の健康被害については、専門家の間で全く異なった見解が出ている。


    今日の福島で問題になっているのは低線量・長期の被曝の健康被害の方である。放射線防護の議論で難しいのは、人体実験が簡単にできないことである。ところが福島で原発事故が起り放射性物質が拡散した。事故はまことに不幸であったが、図らずも放射線の人体への影響を見るための客観的なデータが得られる可能性が出てきた。

    もっともこれ以前のチェルノブイリの原発事故に関して、昨年の2月に国連原子放射線影響科学委員会(UNSCEAR)の報告書が出ている。チェルノブイリで死亡したのは、事故処理作業で高レベルの放射線を浴びた30名と高濃度の放射線物質(放射性ヨウ素)に汚染された牛乳を飲んだ幼児の15名である(牛乳を飲んだ幼児のうち6,000名が甲状腺ガンに罹り、そのうち15名が犠牲になった)。この他に原因不明の死者が19名いるが、これらを含めても死亡者は64名ということである。

    チェルノブイリの被害状況を見る限り低線量・長期の被曝の健康への被害は無かったという印象を受ける(ただし放射性ヨウ素による幼児の甲状腺ガンの発生は別)。ただ国連原子放射線影響科学委員会(UNSCEAR)の報告書に対する信頼性が、今一つという見方があるのではと筆者は感じる。チェルノブイリの原発事故が旧ソ連時代に起っていて、その後にソ連崩壊による混乱があった。チェルノブイリ原発事故で被曝した従業員や技術者の追跡調査が、正確になされたかどうかという問題がどうしても付きまとうのである。


    そのような事情もあり、福島の原発事故については世界の放射線防護の専門家が最大の関心を持っていると思われる。日本ならもっと信頼性の高い調査結果が得られると期待できるのである。つまり今度こそ本当の事が確認できるということになる。それによってICRP(国際放射線防護委員会)などの放射線防護の安全基準がガラッと変わる可能性がある。

    福島原発事故による健康被害の調査結果が出るには、あと数年待つ必要があると思われる(筆者は3〜4年と思っているが)。ただ今日においては遺伝子レベルの検査技術が進んでいるので、もっと早く結論が出ることも考えられる。いずれにしても今の時点で「原発ゼロ」うんぬんの議論を先走ってやる必要はない。筆者は静かに数年待てば良いと思っている。それとも何か思惑があって焦っている勢力が暗躍しているのか。


    先月の末の「朝まで生テレビ」(テレビ朝日系)は久々に原発がテーマであった。しかし長時間に渡る議論は本当につまらなかった。途中、低線量・長期の被曝による健康被害の話題が一度だけ出たが、これには「色々な意見がある」という話だけで済まされた。ここが最も重要なポイントではないか。


  • 報道されないオスプレイの性能
    最近まで話題になっていたのがオスプレイの普天間基地への配備である。マスコミ報道はオスプレイが危険極まらないものという印象を与えている。たしかに墜落事故が相次いでいるという報道がある。それが住宅地と近接する普天間基地に配備されるというのだから、連日大騒ぎになっていた。

    たしかに飛行機とヘリコプターを合わせた構造になっていて不安定な印象を受ける。筆者にも、オスプレイの操縦は他の航空機に比べ難しそうに見える。しかし米国は、これまでのオスプレイの事故の原因はほとんどが人為的なミスであり、他の航空機に比べ事故率は決して高くないと説明している。


    それにしても筆者が気になることは、マスコミの報道がオスプレイの危険性だけに片寄っていることである。マスコミは、連日、この配備に反対する人々の様子だけを伝えている。これでは米国がオスプレイの普天間基地への配備にこだわっている意図が読めない。米国が意味もなくオスプレイを配備しよとしているとは考えにくい。

    マスコミは、兵器としてのオスプレイの性能をほとんど報道しない。しかしこの点が重要であろう。どうもオスプレイの性能はかなり高いようである。飛行機と違い滑走路を必要としない。またヘリコプターよりずっと速く飛び、かなりの重量物(兵士も)も運べる。さらに航続距離も長く、今問題になっている尖閣にも飛行可能という。

    もし安全性さえ確保されれば、オスプレイは有力な兵器ということになる。性能を見る限り、日本の自衛隊にこそオスプレイのような航空機が必要と筆者は考える。離島が多い日本の防衛にとってうってつけである。それにしてもオスプレイの危険性だけを報道し続ける日本のマスコミは、バランスを欠き本当におかしい。


    ただこの際、普天間基地の地元負担ということは考える必要があろう。たしかに普天間基地の辺野古移転が取りだだされているが、これが簡単に実現するとは誰も思っていない。また仮に辺野古に移転するとしてもどれだけ時間が掛るのか分らない状態である。

    筆者は、10/4/5(第610号)「何事もタイミング」で可動式の「普天間基地のメガフロート化」を提案した。これについては沖縄の読者の方(マスコミ関係者)が興味を持ち色々と調べてくれた。それによると筆者の提案の前に既に「メガフロート」は検討されたらしい(米軍は、メガフロート化が可能なら、他の基地もメガフロートでかまわないと言っているといった話もある)。将来撤去が可能といったメリットもあるが、どうも「錆」が問題となったようである(筆者は「錆」はいかようにも解決できると思っている。真相は別にあるのではないかと勘繰っている)。

    筆者は、オスプレイの普天間配備を機会に再び「普天間基地のメガフロート化」を提案したい。取り敢えずオスプレイの離発着に必要なだけの浮島を造るだけでも良い。可動性については、静岡から福島原発までメガフロートに水を積んで移動させた実績があり問題はない。


    日本のマスコミは、11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」で指摘したように、「放射線の本当の危険性」や「オスプレイの兵器としての性能」といった根本的な事柄を避けた報道ばかりを行っている。そしてこのような片寄った報道に国民は影響され、政治家や政府も少なからずこれに引張られている。このようなことが過った政治判断に繋がるのである。

    ところで今週号のようにイデオロギーに深く関わる事項を取り上げると、とんでもなく大きな抵抗に直面する。特に原発を連続して本誌が取上げていた頃には、いやがらせや脅しに近いメールが送られてきたものである(ある程度は覚悟していたがそれ以上)。大袈裟に思われるかもしれないが、時たま身の危険さえ感じることもあった。



来週は、日経新聞の経済教室に久々と言えるまともな文章(アラン・ブラインダープリンストン大学教授の投稿)が掲載されたので、それを取り上げる。



12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
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