経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




12/9/24(724号)
本誌の中国問題ダイジェスト

  • スタートは人民元安
    8月に香港の活動家による尖閣上陸騒動があった。そして日本政府による尖閣諸島の購入(尖閣諸島の全部ではない)が決まったことをきっかけに、今日、中国各地で反日暴動が起っている。本誌はこれまで頻繁に中国に関連する事柄を取上げてきたので、バックナンバーには中国に関する情報や論評がかなり蓄積されている。つまり過去からの本誌をなぞるだけでも、日中関係の変遷をある程度理解することができる。そこで今週は本誌が中国問題をどのように取上げてきたかを整理する。ただ全体的に筆者の見方に多少バイアスがあることは承知してもらっておく必要はある。

    一番最初に本誌が中国の問題を取上げたのは、97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」である。ただ15年も前のこととは言え、当時、筆者の中国経済の見方が多少甘かった。このあと筆者は中国経済に対する考えを修正して来たが、この経緯に関しては取上げるかどうか正直迷っている。


    中国経済への論評が難しいのは、なかなか客観的な数字が掴めないからである。そのような状況で筆者が最初に中国の不当な為替操作と為替政策を批難したのが、01/5/28(第209号)「中国との通商問題」01/6/4(第210号)「中国の為替政策」01/6/11(第211号)「深刻な中国との通商問題」である。特に01/5/28(第209号)「中国との通商問題」では、世界銀行の各国購買力平価の数値を使って中国の為替政策の問題点を指摘した。正直に言って、これらのコラムへの反響は思っていた以上に大きかった。

    当時、中国のWTO加盟をこの年(01年)の11月に控えていたが、日本では農産物(ネギ、しいたけ、畳表)の中国に対する緊急セーフガードの発動が話題になっていた。特に畳表(い草)については、中国からの輸入が激増し八代の「い草」農家に自殺者が出ていた。後日、畳みを使わない中国で「い草」を栽培するようになったのは、日本に来ていた中国研修生が「い草」の種を中国に持ち帰ったからという話を聞いた。ちなみに筆者の記憶では、中国人の研修生を活発に受入れるようになったのは、80年後半の中曽根政権(行財政改革政権)の頃からである。

    次に本誌が中国を取上げたのは02/7/29(第262号)「チャイナースクールの落日」02/8/5(第263号)「マスコミのチャイナースクール化」である。この時には中国の瀋陽の日本領事館で、脱北者の亡命騒ぎがあった。当時は、外務官僚や政治家(与野党を問わず)に日中友好を信じている人々がまだかなりいた。

    その後、本誌はしばらく中国問題をそれほど取上げなかった。ただ04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」で、三極経済研究所代表の齋藤進氏(齋藤さんは中国経済の専門家でもある)が「中国の経済成長があと20年くらい続くだろう」と述べていたことを紹介した。筆者も、この頃までには認識を修正し齋藤進氏の見方に賛同している。


    翌05年は中国をよく取上げた。これはこの年に中国で反日暴動が起ったからである。筆者は来るべきものが来たと思った。05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」は、筆者は日本企業の中国(韓国も含む)への関与を深めていることに対する警告であった。筆者は、反日教育が公然と行われている中国や韓国などとの間に「友好」な関係なんて絶対に有り得ないと説明したつもりである。

    ところが05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」で述べたように日本国内には、日本企業の中国進出ムードを煽る人々が大勢いた。筆者はこれらの人々がおしなべて構造改革派であり、「財政再建主義者」「小さな政府論者」「グローバル経済信奉者」などであることを指摘した。筆者は、彼等を「反日的存在」と指摘した。実際、今日の中国の日本への軍事的挑発の背景には、これら構造改革派(特に財政再建論者)などの口車に乗った、継続的な日本の防衛費の削減政策があったと筆者は見ている。


  • 6週連続の中国特集
    また05年には05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」で中国の為替戦略の問題をまとめて取上げた。特に05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」は重要で、人民元の切下げの歴史を客観的に説明した。さらにこの号で中国のライバルであるASEAN諸国との関係や、天安門事件をきっかけに、先進各国が経済制裁を発動し対中国投資を控えた話をした(ただしこの制裁に日本は中国に遠慮して加わっていない)。

    また筆者は、92年10月23日の「天皇訪中」を取上げ、天安門事件で国際的に孤立していた中国が、これを国際社会に復帰するきっかけにしたと指摘した。親中派の政治家や外務官僚、さらに中国進出を企む大企業が、こぞって中国の戦略に乗せられ無理やり「天皇訪中」を押し進めたのである。ところが中国は「天皇訪中」の前後から、「愛国教育」いう名の反日教育の強化を開始していたのである(もっとも戦前から中国の教育の中心には反日教育があった)。このこのように日本の対中政策は「間抜け」の一言であった。


    しかし05年の反日暴動をきっかけに日本人の中国に対する認識が大きく変わってきた。この頃から日本で、中国の行動に疑問を持ったり不快に思う人々が増えてきたと筆者は感じる。ただ05年以降、しばらく日中関係は落着いていた。これも08年に北京オリンピック、そしてその後に上海万博があり、中国が対外的に強行な行動を慎むようにしていたからと思われる。

    ところで05年の反日暴動の背景を考えておく必要がある。筆者は、当時、日本で国連常任理事国入りの話が出ており、中国の反日暴動はこれを牽制するためのものと認識している。たしかにこの騒動以降、日本の国連常任理事国入りの話はぱったりと聞かれなくなった。


    10年9月の10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」までは、表面上、日中関係は比較的平穏であった。たしかにその間、本誌は中国をほとんど取上げていない。ただ筆者が、中国に関し少々「うんざり」していて、中国のことをテーマにしたくなかったことも事実である。

    しかし10年に中国漁船の体当たり事件が起り、それまで溜め込んでいた中国に対する筆者の鬱憤(中国だけでなく、日本国内の中国の使い走りになって動いていた勢力に対する鬱憤も含め)がはじけた。実に10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」から10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」まで、6週に渡り中国に関連した事柄を取上げた。ただ、今日、これらを読み返しても修正する所がほとんどない。


    10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」は、中国の権力闘争と対日制裁の関係について述べ、さらに中国テクノクラートが作ったと思われる対日制裁の稚拙さを指摘した(これは今日も同じ)。10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」では、フジタ社員拘束事件と遺棄化学兵器処理についてコメントをした。さらにレアアース禁輸や中国からの観光客の経済効果にも言及した。

    10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」はそれまでの本誌の中国関連をまとめたものである(つまり多少手抜き)。また新潟の県知事が万代小学校跡地(15,000平米と広大)を中国に領事館用地として売払おうとしていたことも取上げた。本当にこの県知事はおかしい。10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」では、人民元安を米国が容認してきたことを取上げ、その理由を筆者なりに分析した。

    10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」は、製造業に見切りをつけ金融業に傾斜して行った米国の挫折を取上げた(日本もこれに近い所まで行っている)。これによって結果的に米国は中国の戦略に屈したことになった。10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」では、中国人が最も得意とする「人心収攬術」を取上げた。筆者は、米国の人民元安容認の背景には、中国などによるロビー活動があったのではないかと思っている。



来週は、今週号の続きである。また先日までの反日暴動の感想も述べる。



12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10年のバックナンバー

09年のバックナンバー

08年のバックナンバー

07年のバックナンバー

06年のバックナンバー

05年のバックナンバー

04年のバックナンバー

03年のバックナンバー

02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー