経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




12/9/17(723号)
技術流出と日本の伝承文化

  • 三つの分類
    先週号で、日本からの「技術」の流出(主に中・韓への)について触れた。話をさらに進めるにあたって、その前にこの「技術」についてもう少し具体的な説明を行う。ここでの「技術」は、主に製造メーカの「技術」と思っていただいて良い(今日においてはソフト開発会社の「技術」もこれに含めても良いであろう)。

    筆者は、説明を分りやすくするために、「技術」というものを三つの分類に分ける。もちろんこれは筆者が勝手に決めたもので、決して世間で認知されたものではない。一番最上級の「技術」は、メーカにとって最も重要で生命線となるもので、他社との競争を考えると絶対に外に流出させてはならないものである。ただしこの種の「技術」であっても必ずしも特許をとっているとは限らない。これをAの「技術」とする。


    日本の企業では、末端の従業員が中心に身近な職場改善運動が活発に行われている。これも一種の技術開発に繋がることがある。具体的にはQC活動やカイゼン活動などから生まれるような技術である。QC活動は、元々米国生まれであるが、日本で最も花が開いた。今日、QCはTQCやTQMに発展している。これらが米国ではトップダウンで行われたのに対して、日本ではボトムアップで実施されたところに特徴がある。このような「技術」をCとする。

    そしてこのAとCの中間に存在する「技術」をBとする。研究所で研究されているような最先端で高度なAの技術ほどではないが、それを製品化するために必要な様々な技術もBの一つである。またCのような職場の改善運動ではなかなか生まれることが難しく、もっと高度な工学の理論や知識の裏付けを必要とするような技術もBということになる。Bの技術は幅が広い。例えば最適な生産のための工程の改善に関わる技術なんかもこれに含まれる。またもし空カンを使って燃料費が10%程度削減できるようなことがあるなら、このような技術もBの技術と言える。

    もちろん企業にとってAの技術は重要である。しかしライバル企業との競争を考えると、BやCの技術も同様に重要であり、これらの流出も防ぐ必要がある。特にBの技術は生産の工程における副産物という位置付けになることも有り得る。この場合には、これを製品化して外販し収益に繋げることも可能である。


    世界の中でこれまで日本メーカが技術的に優位であったとしたなら、決してAの「技術」だけで達成されたものではない。むしろ日本の場合は、特にBやCの「技術」に厚みがあったことが特徴と筆者は考える。73年以降、日本経済はオイルショックを始め、数々の危機的状況(二度のオイルショック、円高、バブル崩壊、リーマンショックなど)を乗越えてきた。これにも日本の製造業においてのBやCの「技術」の開発努力が大いに寄与したと筆者は考える。

    ところで今年の夏場は、ほとんどの原発が休止し、電力不足が危惧された。しかし何とかこれを克服することができた。ところが原発がなくとも元々電力は足りていたといった乱暴な意見が幅をきかしている(日本のマスコミの多くはこの論調)。しかし日本の隅々で節電の積み重ねがかなりあったことは確かである。当然、日本の生産現場でも節電・省エネの取組みが必死に行われた。製造工程の改善や末端のカイゼン活動の成果というものが相当あったものと筆者は見ている。


    最近、経営危機に陥った日本メーカの救済に台湾メーカが動いていることが話題になっている。どうもこの台湾メーカの救済のために持出した条件は、この日本メーカの持っている次世代の液晶の微細技術を引渡すことらしい。この技術はAの「技術」に分類されるものであるが、当然、「これに附随するBの技術もよこせ」ということになろう。

    この日本メーカは、先週号で触れた国内に大型投資を行って来た企業である。国内への大型投資は、日本政府が最も望んでいたことである。しかしこのように国策に沿った投資行動を行った日本企業ほど経営危機に直面するといった図式になっている。ところが円高の放置などを始め、日本政府は日本企業の経営危機に際して全くの傍観者をきめている。このような状態だから日本の技術の流出が加速するのである。


  • 日本人は「教え魔」
    筆者は、日本人の独特の性質や日本文化の変わった性格が技術の流出をより容易にしていると考える。日本文化の特色は「伝承」であり、またこの「伝承」こそが日本文化の本質と言っても良い。日本の能や茶道などには「家元」や「本家」というものがあり、技術や技能というものが代々受継がれてきた(もっとも中には秘伝として外部に漏れないようにされたものもあるが)。

    日本には老舗と呼ばれる商店や企業が異常に多い(日本の数は世界の中で群を抜いてトップ)。たしかに日本が外国に侵略されないで、比較的平和な時代が続いたことがこの理由の一つになっている。しかしこれは企業経営の世界でも技術や技能がきちんと「伝承」されてきたことの証拠であり証明とも筆者は考える。


    「家元」や「本家」の人々は、弟子や継承者に技術や技能を教え伝えることを自分達の務めと認識している。また企業においても先輩が、後輩に様々な技術を教え、彼等を育てることが当り前になっている。そして教えられる方は、教えてくれた人々に敬意を持つのが普通である。教える方も教えた者から感謝されていると思っている。これが日本の社会で長い間に形づくられた「しきたり」みたいなものである。

    日本人の多くは、他人に惜しみなく自分知っている情報や技術を教える。中には「教え魔」のような人もいる。日本人の間ではこのような事は当り前で何ら不思議なことではない。しかし日本人のこのような行動パターンは、世界の中ではどうも異質なものらしい。


    このことを筆者が認識したのは04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」で取上げた「ウィン・ウィン計画」の内情をたまたま知ったからである(韓国財界人のトップの一人が来日し、この計画にからんで日本の閣僚に接近しようとしていた)。この計画は、韓国の理工科系の大卒者の2万人を無給で日本企業で働かせるというものである(2万人の給料は韓国政府が負担)。日本企業にとっても給料がタダの技術者を2万人も使えて悪い話ではないだろうと、韓国側が持ちかけてきたものである。

    しかしこの話には裏がある。どうも中国人や韓国人は、同僚や後輩に自分が持っている技術や技能を教えたがらないという。教え終わると同時に、教えた者に自分の地位を奪われると思うからである。中国や韓国の社会はそうなっているようだ。そこで韓国は「教え魔」が沢山いる日本企業に目を付け、若手の技術者を派遣し、技術を習得させようと企んだのである。


    日本の企業を退職したシニア層技術者を韓国などがほしがっている。これらの人々は決してAの「技術」を持っている技術者とは限らない。しかし韓国などが必要としているのは、Aの「技術」だけではない。日本のシニア層技術者が持っているBやCの「技術」も必要としているのである。さらに前述したように職場でなかなか技術の共有化が行われない韓国の企業風土というものがある。この点からも「教え魔」の日本人技術者がとても好都合なのである。

    しかし日本の企業や技術者が、韓国で技術を教え終わるやいなや手の平を返すように追出されるという話は昔からよく聞く。教えてくれた人々に対して敬意を払うということはないということである。韓国などでは、日本人技術者が教えることで報酬や利益を得ているのだからそれで十分と考えるのであろう。どうも最近では、韓国に渡る日本技術者もこのような事は承知しているようである。


    今週号では、技術の種類を三つに分けるなど回りくどい説明をした。これも日本の技術者がリストラされたから、あるいは自分のいた会社に対して恨みを持ったからといって、簡単に韓国などのライバル企業に雇われることが本当に許されることなのかということを問題にしたかったからである。雇われれば、当然、前の会社で習得した技術を韓国人などに教えることになる。

    しかし彼等が外国に行って簡単に教えているこの「技術」というものが一体誰のものかということである。「技術」はいつも複雑なものとは限らない。ちょっとした事の積み重ねといった場合も多い。しかしそこには多くの人々の長年の努力と創意工夫が注ぎ込まれている。

    韓国に渡りライバル企業で教えているシニア層技術者の技術は、自分一人で開発したものはほとんどないはずである。当然、先輩や同僚に教えられたものも多い。また中には末端のQC活動やカイゼン活動の成果として生まれた技術もあろう。教えることが好きだからといって、これらの技術を僅かな報酬を見返りに平気で流出させて良いものとは筆者は思わない。



来週も今週の続きである。日韓友好とか日中友好ということが本当に有り得ることなのかを考える。



12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10年のバックナンバー

09年のバックナンバー

08年のバックナンバー

07年のバックナンバー

06年のバックナンバー

05年のバックナンバー

04年のバックナンバー

03年のバックナンバー

02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー