経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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12/9/10(722号)
技術流出の現状

  • 技術立国日本の挫折
    資源に恵まれていない日本の人々が、比較的高い所得を維持し続けるためには、あらゆる産業分野で高い技術を有することが必要である。高い技術によって大きな付加価値が生まれる。もし日本が技術に関して諸外国に対する比較優位性を失えば、いずれ日本人の所得水準は相対的に低くなると考える。

    ただしここで言う「技術」とは、先週号で取上げた法律で守られ登録制度のある特許権などの知的所有権(あるいは知的財産権)だけではない。法的に登録されないが、莫大なノウハウといった周辺技術があり、これも知的財産権の一種と言える。ノウハウは広範囲に及ぶ。また外部から窺い知れないだけに、ノウハウはむしろ価値が高い場合がある。これまで日本の企業が国際競争力を保ってこられたのも、このノウハウの蓄積のお陰と言える。


    ところで近年、日本の産業の国際的な比較優位性が怪しくなっている。技術が頼りの日本が諸外国(特に中・韓・台)に追い付かれるケースが増えてきた。円高によって価格競争で不利な立場におかれている部分については分る(対策が必要であるがこれについての話は省略)。また半導体などのように製造装置(半導体製造装置)を購入すれば、どの国でも製造できる分野での競争力を失ったことも理解できる。

    しかしそれにしても先端部門(半導体や液晶など)での韓国などの追い上げが早過ぎる。さらに最先端と思われるEL(有機エレクトロルミネセンス)の分野では、むしろ韓国企業の方が勢いがある。特にELは、先週号で取上げた青色発光ダイオードの開発に見られるように、日本が基礎研究から力を入れてきた分野の技術である。ところがようやくものになる段階になって、製品化において韓国企業が先行するといった奇妙な形になっている。


    日本は、昔、外国の技術を取入れ、それに磨きをかけて製品化し強力な国際競争力を持った。しかし日本の過剰な輸出は、1980年代から米国を始めとした諸外国と貿易摩擦を生んだ。特に米国は、日本が米国の技術を使った製品を輸出していると批難した(コンピュータや半導体などはその典型)。この頃から米国は知的所有権の保護を強めるようになった。

    米国の言い分はもっともなところが有り、日本でも独創的な技術の開発の必要性が叫ばれるようになった。そのために学校教育も学生が独創性を持つような方向を目指すことになった。見事に失敗したが「ゆとり教育」もその一環と筆者は理解している。

    為替も円高が常態化し、日本の企業は製品の付加価値を大きくするため、技術開発に資金と労力を投入した。これまで政府も企業の研究開発に対して減税や補助金で手助けをした。このように日本は国を上げて「技術立国日本」を創ろうとしたのである。


    中国、韓国、台湾の製造業の躍進は目覚ましい。しかしこれらの国々の製造業者は、独自に技術開発を行って来たわけではない。例えば10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」で述べたように、サムソン電子には開発部門と言えるものはない(デザイン部門はある)。中・韓・台の企業は技術を他国から取入れ、これと安い人件費を組合わせ(中国や韓国は為替を操作し、台湾は人件費の安い中国に生産拠点を移している)、コストの引下げに成功した。

    しかし技術を他国から取入れると言っても、基本技術だけ(あるいは製造装置を購入しただけ)では最適な生産は出来ない。また技術というものは特許権だけではない。どうしてもノウハウといった周辺技術というものが多方面で必要になってくる。ところが明らかにこの重要なノウハウが中・韓・台に流出していて、しかもかなりの部分が日本から流出していると思われる。


    たしかに日本はこれまで国策として新興国に技術援助を積極的に行ってきた。また企業もコストの安い中国などに生産を委託してきた。したがってこれらによって日本の技術が外国に流出するのはやむを得ない面がある。しかし最近の技術の流出は度が過ぎていると筆者は感じる。


  • リストラと技術の流出
    日本の企業も技術の流出に段々警戒を強める方向に転換している。技術の流出を恐れ日本国内に生産拠点を戻そうという動きもちょっと前まであった。しかし国内に大型投資を行った企業が、今日、経営危機に陥っているのだから皮肉である。

    国内回帰をした企業にとって今日の円高と海外への技術流出の早さは想定外であった(数年前に投資を行った企業は、100円程度の為替水準を想定していたはずである)。また日本からの技術流出の大きな要因の一つもこの円高である。しかし日本政府は、円高に対して無策であるどころか、消費税増税と言った円高推進策まで行っている。中には今日の円高はさほどではないといったボケたことを言う経済学者がいるほどで、危機感が全くない(これについては11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」で筆者は反論した)。またジェトロという政府組織(経済産業省所管)は、日本企業の中国移転の面倒をみているほどである(当然、日本の技術も流出する)。

    政治家は、ちょっと前まで、原発などのインフラ輸出が日本にとって大事と言っていた。ところが最近では選挙のために「原発はゼロ」を唱え始めている。原発を止めて高コストの自然エネルギー発電で電力を賄うなんて、「これらの政治家は本気で日本の産業を潰すつもりか」と言いたい。このように日本政府も政治家も、今日に至っては日本の企業にとって味方ではなく、はっきりと「敵」と言える。


    先週号から知的所有権の話をしているのは、筆者が、今後、これまで以上に日本の技術が海外に流出することを危惧するからである。問題なのは、技術流出が技術提携といった秩序だった形ではなく、水面下で人知れず進むことである。ポイントは「人」である。

    急速に韓国企業が技術的に日本に追い付いた理由は、かなりの日本人技術者をスカウトしたからと筆者は見ている。日経新聞などのマスコミは「韓国企業の事業の選択と集中や経営判断の素早さの勝利」と間抜けな分析をずっと行ってきた。しかし筆者はその程度の事で韓国企業がこれほど早く技術の分野で日本に追付くはずがないと考える。

    当然、日本から相当の人的な流出があったと思われる。ところが不思議なことにこれに関しては、日本のマスコミはほとんど触れない。日本の技術者が韓国企業に雇われているのは確実であるが、その実態はほとんど伝えられていない。時々、「何々製作所の何人かの技術者が韓国企業にスカウトされた」といった単発的な情報が出るくらいである。


    日本の技術者が、目立って韓国や中国の企業にスカウトされるようになったのは、日本のハイテク企業がリストラを行い技術者を外に放り出すようになってからである。これも日本経済が長くデフレ状態で放置され、さらに円高が続いていることが原因である。ただリストラを行った企業は、退職した自分のところの技術者がまさか韓国のライバル企業に行くとは思っていなかったであろう。

    今日、日本の電気・電子関連企業の経営は大不調であり、また大きなリストラが現実のものとなっている。大企業では一万人単位のリストラが予定されている。当然、技術者もリストラの対象になる。


    他企業の技術を取得するには、企業の買収という手段がある。しかしこれには大きな資金が必要となり、またリスクが伴う(買収するまでに技術者が逃げてしまうケースが有りうる)。その点、技術者を引抜いた方が確実であり安上がりである。また今日、日本では技術者をスカウトし他企業(もちろん韓国や中国など)に斡旋する業者が盛んに営業活動を行っている。日本のシニア層の技術者だけを対象にし、この人々を韓国企業に斡旋することを専門にしている会社があるくらいである。

    このように日本人の高所得を担保するはずの日本の技術が、わずかな個人の利益や斡旋業者の利益のためにどんどん流出している。しかしスカウトされた技術者は、実質的に産業スパイと変わらないことをやっているのである(本人達にその自覚があるかどうか不明)。ところが企業にも、日本政府にもこれを止める有効な手立てがない。



来週も今週の続きであり、何故、日本の技術者が狙われるかについて述べる。



12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
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