経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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12/7/30(718号)
増税マニア達は現実離れ

  • ドイツは形だけの増税
    先週に引続き吉川洋東大教授の文章を取り上げる。まず(3)「07年にドイツでは付加価値税を16%から19%へ引上げられたが、経済への影響はなかった」である。当然、これに反論するには、増税以外の経済事象の動きを取上げることが考えられる。ドイツ経済で、増税のマイナス効果を上回るような好ましい現象があったことを指摘すると言った具合である。例えばユーロの急落が輸出が経済を支えるドイツにとって救いになったと考えられる。このユーロ下落による輸出増が増税によるマイナスを消し去ったと主張しても良い。

    しかしユーロ下落がドイツ経済にどの程度プラスになったか客観的な数値で示すことは難しい。したがってこのような方向での議論は、泥沼に入り水掛け論に陥る可能性が高い。むしろこのような怪しい話を持出す増税論者には、この方向での反論は「思う壷」となりかねない。


    そこで筆者は、この議論に対して違った角度の反論を試みることにする。筆者が着目するのは軽減税率(ゼロ税率(非課税)を含む)の存在である。欧州の付加価値税率は、日本の消費税率よりずっと高いということが常識になっている(一般庶民もそのように洗脳されている)。しかしこれは通常の消費に対する付加価値税の税率である。ところが欧州ではどの国でも付加価値税に軽減税率が設定されている。それどころかかなり広い消費に軽減税率としてゼロ税率(非課税)が適用されている。例えばドイツでも、家賃、医療費、教育関係費は非課税である。

    食料品や生活必需品には軽減税率(国によって5〜7%程度とゼロ税率・・フィンランドだけは例外的に通常の税率が22%に対して軽減税率が17%、8%、0%と多段階になっている)が適用されている。ここが重要なポイントであるが、07年のドイツの付加価値税増税では通常税率だけが引上げられ(16%から19%へ)、7%の軽減税率の方は据えかれているのである(非課税品目にも変更はない)。吉川教授の表現はドイツが付加価値税全体を16%から19%に3%も税率アップしたような印象を与える。ところが実効税率(通常税率での消費と軽減税率での消費の増税率の過重平均)ではわずか1%程度の増税に過ぎないと推計されるのである(もちろん税率引上げとなった分野の消費の割合は小さくなっている可能性が大きい)。

    元々EUでは付加価値税の税率を各国が引上げることを申し合わせてきたが、どの国も積極的に増税を行おうとしなかった(軽減税率の最低税率の引上げも検討されているが、実際に引上げる国はない)。ドイツはEUの盟主を自負していたが、付加価値税の税率はEUの中で最低クラスであった。そこでドイツは形だけの増税を行ったのである。

    つまり付加価値税が増税されたと言っても、実効税率ではほとんど増税になっていないのだから、経済への影響がなかったのは当り前の話となる。問題は吉川教授がドイツの付加価値税の増税に関して軽減税率の事を考慮したかである。軽減税率の事を知らなかったとしたなら経済学者として完全に失格である。反対に知っていてこれに言及しなかったとしたなら、教授は詐欺師的な存在として警戒すべき人物ということになる。


    次が(4)「財政破綻リスクの芽は早く摘むのが正しい」である。ところが教授は「財政破綻」の定義を全く示さずこの言葉を使っている。「財政破綻」を日本の国債に全く買い手がいなくなる状態を指すのか、それともバーチャルな政府の債務残高の問題を言っているのか全く分らない。

    だいたい一口に政府の債務残高と言っても10/1/25(第600号)「日本の財政構造」で説明したように、グロスの総債務残高と日本政府が持っている膨大な金融資産をこれから差引いたところの純債務残高がある。また同じ純債務残高でもOECDの基準では、年金などの社会保障の基金をさらに差引くことになっている。特に日本の場合は社会保障の基金(年金の積立金)が世界一大きいのでこれは重要である。日頃から筆者は、さらに日銀が保有している日本国債も実質的に国の借金にならないのだから(国は日銀に国債の利息を払うが、日銀の収益は国庫に戻る)、純債務残高から日銀の国債保有額を差引くべきと主張している。


    筆者は、定義を示さないまま吉川教授が「財政破綻」という言葉を安易に使っていることに着目している。「税と社会保障の一体改革」と言っているが、どうも財政再建に重点が置かれていることが透けて見える。教授のような増税論者達はマスコミを通し、国民に増税は社会保障を担保するものと説明しているが、本音は違うのであろう。


  • 消費税率10%は一里塚
    次が(5)「年金支給開始年齢の一段の引上げを検討しなければならない」である。吉川教授は年金の支給開始年齢を65歳から67歳に引上げることを主張している。今日、支給開始年齢は国民年金(基礎年金)が65歳、厚生年金が段階的に65歳に引上げている途中である。ところで教授の言っている引上げる年金がどちらかなのか不明である。おそらく両方であろう。ただし公務員の共済については複雑になるのでここでは話を省く。

    しかし厚生年金は税金ではなく保険料で賄われていて、基本的に国費は投入されていない(年金保険料が所得控除され、企業が負担する保険料(福利厚生費)が損金算入されることによるわずかな財政の負担を除けば)。それどころか数年前まで厚生年金の保険料で厚生年金の事務経費が賄われていた(ゴルフボールやマッサージ・チェアーまで買っていたと問題になった)。また厚生年金の関連事業法人に役人のOBが天下っている。まさに厚生年金は、国費投入どころか、国に吸上げられている。


    年金の在り方について、今後、国民会議で議論が始まるということになっている(10年以上前から始めておく必要があったのに今頃何を言っているのかという感じ)。しかし議論が進んでも厚生年金に国費が投入されるという事態は考えにくい。もし仮に国費を投入すると言った場合には、社会保障の一環ということになり、その分は国民に一律支給される可能性が強い。ところが民主党が主張した国民一律の年金は今回の三党合意で否定されている。

    国民年金の国の負担が三分の一から二分の一に引上げられることは既に決定していることである。しかし厚生年金の支給開始年齢が引上げるかどうかは、厚生年金の財政の問題であり、今回の消費税の税率引上げとは全く関係がない。ひょっとすると吉川教授が厚生年金にも国費が投入されていると誤解している可能性がある。


    最後が(6)「消費税率10%への引上げは財政再建と社会保障の改革にとって越えなければならない一里塚だ」である。問題はこの「一里塚」の解釈である。今後、社会保障制度の改革を進めるための「一里塚」と言っているのか、あるいは消費税率10%への引上げは「一里塚」であり将来もっと税率を上げるつもりと言いたいのか不明である。

    前者の社会保障制度の改革では、前述の年金支給開始年齢の引上げや医療費の自己負担率の引上げについて言及している(増税で国民負担を増やす一方で社会保障でも国民負担を増やすと言っているのである)。しかし筆者は、教授が将来のさらなる消費税増税の意味で「一里塚」という言葉を使っていると解釈している。文章のど真ん中に「消費税率10%は一里塚」というタイトルが鎮座していることもこれを裏付ける。おそらく今回の増税が決着していない今の段階では、そのことを前面に出せないだけであろう。


    11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」で述べたように、増税論者(増税マニアと言った方が適切)の間では財政持続のために日本は30〜35%の消費税が必要ということが常識になっている。吉川教授もその程度の税率を念頭に置いていると思われる。

    ところで30〜35%の税率となれば、当然、前段で取上げた軽減税率が導入されるであろう。先日の国会論議で発言が軽い安住財務相が「8%への増税でも軽減税率を検討する」と答えていたほどである(後日、必死になってこの発言を打消しているが)。おそらく10%程度の税率でも軽減税率の話はより現実的になる思われる。

    ところが30〜35%の消費税と言っている増税マニア達は、軽減税率のことは計算の上で考慮していないと思われる。もし軽減税率を導入するとなれば、財政持続に必要と言っていた30〜35%の消費税率は、50%以上にハネ上がる。しかし今回の増税でさえも、民主党という大きな政党が吹っ飛びそうである。これまでも消費税の導入で竹下政権、そして5%への増税で橋本政権が潰れた。

    これほど消費税増税が時の政権に負担を強いる。それなのに増税マニア達は消費税を30〜35%や50%と極々簡単に主張している。まさに彼等は現実離れした「頭がおかしい集団」と言える。ましてや現行の5%でさえ、消費税の滞納額が急増している現実を彼等は全く考慮していない。財政については、増税ではなく筆者達が主張しているような全く違う発想が必要である。



来週の8月6日号のあと2週間ほど夏休みで本誌は休刊を予定している。



12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
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