経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




12/4/23(706号)
増税論議と文芸春秋

  • 財政破綻の近未来図
    今日日本において最も注目されている懸案は消費税増税であろう。増税の動きは具体的になりつつあり、各所で議論が起っている。そして増税に賛同、あるいはこれをフォローするマスコミの論調が目立つようになってきた。ところがこれらのほとんどがデタラメなのである。増税に賛成か反対かを別にして、このようないい加減な言動で世論を誘導するというのなら、由々しき事態と筆者は考える。

    「増税によってむしろ景気がよくなる」というシミュレーションにも驚いたが(おそらく増税によって金利が下がり、投資が活発になるといったデタラメの前提条件でも組込んでいるのであろう)、今週は文芸春秋5月号の「シミュレーション 国家破綻 新・日本の自殺」を取上げる。これは当月号で文芸春秋が一番目に打出している20ページの特集である。このタイトルは目立つので電車の中吊りで見かけた方も多いはずである。執筆者は藤吉雅春とグループ「1984」とある。グループ「1984」はエコノミスト、官僚、社会心理学者ということになっている。


    シミュレーションと言っているが、何も経済数値をシミュレーションプログラムで解析したものではない。ただ時系列でこれから起るであろう出来事を予想(妄想と言った方が適切)していて、これをもってシミュレーションと題しているのである。つまり藤吉雅春氏等が勝手に妄想した日本の近未来図であり、こんなものを文芸春秋が一押しの特集としているところにむしろ筆者はびっくりしている。

    先週は新聞の広告を見てこれを取上げようと思ったが、読んでみたところ内容があまりにも酷いので正直躊躇した。しかし考えてみれば、増税に賛成している議論はどれもこれと同じくらい低いレベルである。本誌でこの種の文章を取上げる時には何回も読み返すものであるが、筆者はばかばかしいと思いながら我慢してこれに2回ほど目を通した。


    前置が長くなったが、まずこの文章の要約を簡単に述べる。野田政権は、今年の6月、消費税増税に失敗し瓦解する。これをきっかけに日本国債は格下げされ、日本経済はパニック状態になる。国債は暴落し年金は破綻し円は暴落、さらに物価が高騰し日本経済は破綻する。

    増税に失敗した野田政権は退陣し、総選挙の結果、橋下政権が誕生する。橋下首相は、小泉元首相を財務大臣に起用し「消費税率30%、公務員数50%カット、年金一律40%カット」を打出す。ところがこの橋下政権も年金受給者の自殺をきっかけに崩壊寸前に追込まれる。

    文章の最後のあたりに2014年7月(2年後)と9月の日本の風景が描写されている。日本の経済の破綻によって銀座の地価が暴落し、中国資本が大挙して日本にやって来て銀座の土地を買い占める。物価が高騰し、深刻な消費物資の不足が起り、人々はスーパで野菜を取合っている。街には失業者が溢れている。中学生が小学生を襲い、金品を奪う。給食費の滞納が慢性化し給食を打切るところが出てきて、ポテトチップと水道水を昼食にする生徒が出てきた。


    この妄想話は、財務省理財局の浅田要子とシンガポールの格付会社の津田美由紀という二人の女性を軸に展開する。他の登場人物は海外の格付会社の社員や外資系ヘッジファンドのスタッフなどである。また日銀の国債引受けや社債を発行しようとする会社の話もある。

    途中、意味不明の沖縄の離島の畜産農家の話が二度ばかり登場するが、本題とはほとんど関係がない。20ページ中、3ページで中国人が沖縄の牛を買付けに来ている話をしている。藤吉雅春氏は個人的に農業に思い入れが強いのか、農産物や牛の話がやたら多い。どうも日本の金融機関は日本国債ばかり買っていないで、畜産を始め農業にもっと資金を回せと言いたいのであろうか。

    明らかにこのシミュレーションの話は民主党と自民党の増税派を後押しする主旨で書かれている。増税を実施し財政再建を行わなければ、日本はこんなに酷いことになると言っているのである。ネットで調べたところ、藤吉雅春という人物は、元劇団員であり、フライデーなどの雑誌記者を経て、ノンフィクションを何本か書いているようだ。しかし彼は決して財政や経済を専門にやってきたという人物ではないと見られる。


  • 文芸春秋の自殺
    藤吉雅春氏等のこの「新日本の自殺」は荒唐無稽なものであり、突っ込み所が満載である。しかしあまりにも荒唐無稽過ぎるのでむしろ攻撃しづらいところがある。ノーガードのポクサーを相手にしているようなものである。どうも文芸春秋は、むしろそれを狙ったのではと筆者には思われる。

    話のほとんどは人からの伝聞がもとになっている。あえて学術的な議論の正確さを素っ飛ばしている。例えば一番肝心と思われる「はたして今回の増税を失敗したくらいで、日本国債が叩き売られ円が暴落するのか」という論点はほとんど吟味されていない(例のごとくヘッジファンドが日本国債の先物をカラ売りするかもしれないという話が出ている)。増税の失敗によって国債の格付が下げられ、国債は暴落し円も暴落するということが始めからの決まり事になっている。

    ともかくこれによって日本経済は破綻し日本国民は困窮に落ち入ると決めつけている。このショッキングな様子をノンフィクションライターの藤吉氏が長々と描いているのである。しかしこれは藤吉雅春氏が進んで書いているとは思われない。当然、文芸春秋社の編集スタッフが藤吉氏に面白おかしく書かせたと見た方が良い。


    文章に出てくる具体的な経済数字はほとんどなく、唯一と言って良いのが政府の債務残高のGDP比率である。イタリアが120%、ギリシャが157%に対して日本は200%超という例の陳腐で雑な話がまた出ている。もちろん政府が持っている膨大な金融資産などを差し引いた純債務残高の比率ではない。

    だいたいアルゼンチンのように債務比率が50%台でも財政破綻した国があるくらいであり、財政破綻と債務比率は相関関係は強くない。家計の金融資産の状態や国債を保有している主体の話もない。日本の場合、国債の保有しているほとんどのところは郵貯を始めとして政府の息がかかった金融機関ばかりであり、そもそも国債の投げ売りなんてとても考えられない。また日本国債に関しては高金利に釣られて外資系ファンドが大量に買っているということはない。


    藤吉氏と文芸春秋社の編集スタッフは読者を完全になめていると言える。しかしこの文章と酷似した内容の話(財政破綻が起き円が暴落し物価が高騰)が、2年ほど前、文芸春秋に掲載されたことがある。早稲田大学大学院の野口悠紀雄教授の「ついに国債破綻が始まった」という文章であり、本誌はこれを10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」で取上げた。

    野口教授は、財政破綻を避けるには徹底した歳出削減が必要と主張していた。今回の藤吉氏等は、財政破綻を避けるには増税が必要と言っているのである。藤吉氏等が増税派であるのに対して野口教授は構造改革派ということになる。しかし両者とも結論(財政破綻によって日本は悲惨な状態になる)は同じである。雑な話の進め方もそっくりである。


    最近の文芸春秋(月刊・週刊)にはおかしな文章が目立つようになった。放射能の危険性についても明らかな「煽り記事」を出している。また少しずつ雑誌の値段が高くなっているのも気になる。「良心的な保守」を目指していたはずの文芸春秋はどこに行ったという感じである。

    筆者は、文章の書き手である藤吉雅春という人物のことをネットで調べた。すると今回の「シミュレーション 国家破綻 新・日本の自殺」について誰かのコメントをたまたま見つけた。ボロクソの評価であった。これは「新・日本の自殺」ではなく「文芸春秋の自殺」とまで言っている。筆者も全く同じ感想を持った。



来週は今週の話をもう少し続ける。その次の5月7日はゴールデンウィークにつき休刊である。



12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
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