- 野田財務大臣の意向
先週号で最近の中国の日本国債購入を取上げた。これに対する財務省の見解に筆者は注目していたが、どうやら野田財務大臣は歓迎の意向である。日本国債の保有者の多様化という点で望ましいということらしい。ところがこれはネット上の情報であり、不思議なことに筆者はまだこれを国内のニュース等で見かけていない。
たしかに今のところ(5月までの話)中国の日本国債の買越し額は、一ヶ月間で1兆円を越えない水準である。しかし継続的な買越しは確実に円高圧力になっている。これを「保有者の多様化」という本当につまらない理由で、日本の財務大臣が歓迎するなんて考えられないことである。
これでは中国の日本国債購入に御墨付きを与えるものである。この大臣の発言をきっかけに、中国が購入額を月間数兆円に増やしても、日本は文句を言わないという間違ったメッセージを送ったことになる。購入額が1兆円を越えてくれば、これが円高を促進することがはっきりと目に見えてくるであろう。
円が80円を割込む水準になれば、当然、為替介入という話が出てくる。しかし先週号で述べたように日本が中国国債を買って影響を相殺することができない(相互性の欠除)。したがって中国が日本国債を買い、日本が米国債を買うという図式になる。
中国は日本国債の購入を資産運用の多様化と言っているが、真相は半分である。中国が人民元安を維持したいことははっきりしている。しかし米政府や米国議会の元高圧力が強くなり、中国が直接米国債を買って人民元を安くすることが難しくなった。したがって米国債り代わりに日本国債を買っているのである。日本が為替介入を行い、米国債を買うかどうかは中国にとってどうでも良いことである。しかしもし日本が最終的に米国債を買えば、中国が米国債を買って人民元安を維持することと同じことになる。つまり野田財務大臣はまんまと中国の戦略に乗せられているのである。
既に欧州は現在の通貨安を維持し、経済復興をすることを宣言している。米国オバマ政権も、輸出を増大させる方針をはっきりと打出している。当然、これには米ドル安が好ましい。つまり世界中で自国通貨の切下げ競争が始まっている。日本が為替介入を行って、米国債を買おうとしても米国はいい顔をしないはずである。
ここで円高の一つの目安となる80円の水準についてコメントしておく。日本は95年に80円を切る超円高を経験した。しかし当時に比べ、その後日本だけが物価が下落してきた。つまり国際競争力だけを考えれば、95年当時の80円の方がずっと日本にとってきつかった。おそらく今日では70円程度の円高が当時の80円に相当するものと考えられる。
しかし日本は、円高に対して競争力を維持するため国内に多大な犠牲を強いてきた。雇用者所得を大幅に削り、大企業は下請企業からの部品の購入価格を毎年のように引下げてきた。競争力がついているから80円の円高でもかまわないというのは、海外に生産の拠点を移したような一部の企業だけである。また物価が下がっているいるから、収入が減ってもやって行けるととぼけた経済学者がいる。しかし物価下落以上に民間の所得は減少している。日本は既にギリギリのところまで来ている。
- 日本の財政は超健全
民主党の敗因の一つである菅首相の唐突な消費税増税構想が飛出した背景が、だんだんと明らかになってきた。菅首相が原口大臣に電話をしたという件については先々週号で取上げた。どうもサミットの帰りの飛行機の中で首相が思い付いたようである。首相は日本に帰ってから関係者と意見を交換している(意見の交換というより自分の考えを伝えたと言った方が正確である)。中には原口大臣のような日本の国債は大丈夫という者がいた反面、首相の増税案をさらに煽った者もいたようである。
日本の財政問題については、セイニアーリッジ政策を提唱する筆者達のような楽観論から「明日にでも日本の財政が破綻する」といった財政危機論まで幅広くある。ところが菅首相は「日本の財政はギリシアの次の次ぐらいに悪い」といった一番極端な悲観論に染まっているのである。筆者は、一国の総理がこのよう虚言・妄言に易々と乗っていることに衝撃を受ける。
本誌は、10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」から10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」までなど、何回も「日本の財政危機は嘘話」ということを説明してきた。しかし財政危機論者はギリシアの財政危機をきっかけに勢いづいている。マスコミ界では日本の財政がギリシア並という完全に間違った観念が半ば常識になっている。
財政危機論者に「日本の国債の金利は世界一低い」とか「欧州の財政危機騒動をきっかけにむしろ日本の国債が一段と買われている」といった事実を突き付けても、財政危機論者からはまともな答が返ってこない(これについては来週あたりに取上げる)。このような事実に基づかないことによって重要な政策がどんどん決まるとしたなら、とんでもないことになると筆者は考える。
そこで今回はこれまでと違った切り口で日本の財政状況を改めて説明する。これまでは主に政府の債務残高の名目GDP比率を取上げてきた。財政危機論者が、総債務残高の名目GDP比率を使って日本の財政が悪いと結論付けているのに対して、筆者は金融資産を差引いたところの純債務残高のGDP比率を使うべきと主張してきた(日本の場合、政府の金融資産が極端に大きいから)。さらに日銀が保有する国債は実質的に政府の債務にならないことを説明してきた。これらを勘案して、筆者は日本の財政は先進国並と結論付けてきた。
今回筆者が着目するのは金利水準であり、また政府が支払う金利の名目GDP比率である。これについても総債務残高ではなく純債務残高に対する利払い額を比べるべきと考える。さらに日銀保有の国債についても本来控除すべきである(日銀に対する支払金利は最終的に政府の収入になるから)。
日本の長期国債利回りはとうとう1%程度まで低下している。これに対して、米国3%、ドイツ2.6%、スペイン5%台、ギリシア10%以上という状況である。一方、10/1/25(第600号)「日本の財政構造」で示したように、日本の純債務残高の名目GDP比率は104.6%であり、また他の先進各国の純債務残高の名目GDP比率は65%程度(米・英・独・仏)である。
各国の金利と純債務残高の名目GDP比率を掛ければ、差引き利払い額の名目GDP比率が簡単に算出できる。ちなみに日本の差し引き利払い額は年間5兆円程度になる。ただしこの計算は国の債務を10年物の国債だけと割切っている(期間の短い国債も正確に計算すれば総利払い額はもっと少なくなる)。これから日本の差引き利払い額の名目GDP比率は先進国の中で一番小さいことが分る。
つまり利払い額の名目GDP比率だけで判断すれば、日本の財政は先進国の中で一番健全ということになる。これに日銀保有の国債が実質的に国の借金にならないことを加味すれば、さらに日本の名目GDP比率は小さくなる。このように先進国の中で日本の財政は超健全と言える。
金利水準を見る限り、米国やドイツなどはプライムレートが適用されており、日本はそれ以上の特別の低金利である。一方、ギリシアは日本の10倍以上の金利を払っている。さしづめギリシアは消費者金融や闇金から借りているようなものである。
このような状況で「日本の財政はギリシア並」とか「日本の財政破綻は近い」と言っている連中は頭がおかしい。ところが菅首相はこの幼稚な詐欺話にまんまとひっかかっているのである。これでは日本の将来は暗い。むしろ長期金利が1%になっても、投資や消費をしようという者が現われない日本の極端な需要不足経済の方が大問題である。
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