平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




07/6/25(487号)
歴史の教訓

  • 不毛な量的緩和政策
    通貨の流通速度が一定なら、経済が成長する(経済活動が活発化する)には通貨の供給量(マネーサプライ)が増える必要がある。これを荻原重秀は小判の改鋳で行い、由利公正は太政官札の発行で行った。これらはまさに本誌が長年主張している「セイニアーリッジ」政策であった。

    両方ともデフレ経済の下で行われた。荻原重秀の小判改鋳は既存の金鉱山からの金の採掘が限界に達していた頃に行われ、また由利公正の太政官札発行は幕末の混乱で日本の経済活動が低迷していた頃に行われた。いわゆるデフレギャップが存在していた時代に両方の通貨増発政策が実行されたのである。


    筆者は、両方とも大成功の政策であったと評価している。荻原重秀の小判改鋳は、幕府に莫大な収益をもたらしただけでなく、日本の経済を活発化させ、結果的に元禄文化を育んだと思っている。また由利公正の太政官札発行は、明治維新政府に莫大な財源をもたらしただけでなく、この財源よって殖産新興が行われ、このことが後の経済発展の礎になった。つまり筆者は、日本の欧米列強へのキャッチアップがこの太政官札(政府紙幣)発行によってスタートしたとまで思っている。

    ところが歴史教科書の記述や歴史家の評価は全く逆である。また03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」で述べたように、日経新聞も太政官札発行に否定的である。つまり日経新聞は歴史教科書と歩調を合わしていると言える。


    話は変わるが、平成不況下での経済対策がどのように実行されたかを振返ってみる。一応、通貨の供給量(マネーサプライ)を増やす必要があるという点では、政治家だけでなく各マスコミやエコノミスト達の意見は一致していた(構造改革で経済は成長するといった間抜けた意見も強かったが)。しかしこれは暗黙の裡に荻原重秀や由利公正の政策が正しかったと言っているようなものである。

    ところがマネーサプライを増やすと言っても、今日の日本においては政策手段が限られている。財政再建ムードが強く財政支出の増大を避けるとすれば、日銀の金融緩和くらいしかないのである。しかし短期金利は既にゼロ近辺であり、これ以上引下げる余地はなかった。それでも「さらなる金融緩和を行え(量的緩和)」ということになった。当初、日銀はこの効果について懐疑的であった。

    ところが政治家の日銀に対する圧力は相当なものであり、日銀はさらなる量的緩和に突き進む他はなくなった。日銀は、市中銀行から債券や手形を買入れ、資金の供給量をどんどん増やした。ベース・マネー(日銀の当座預金残高)は4兆円から、ピーク時35兆円程度まで増えた。


    しかしこの量的緩和政策の効果がはっきりあったと言う人は少数派である。そして極端な量的緩和政策は昨年終わり、逆に量的緩和政策を段階的に解除しているが、目立った悪影響も出ていない。筆者は、この量的緩和政策については、「やらないよりやった方がまし」と言った程度にしか期待は持っていなかった。実際のところ03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」で述べたように、日銀が量的緩和を行ってもマネーサプライの伸びは極めて低い。予想通りの結果と言えるだろう。

    そもそも今日の日本経済においては、マネーサプライが増えても、経済活動が活発になるという話にはならない。平成デフレ経済が、マネーサプライの不足、つまり日銀が金融を引締めていることが原因で起っているのなら、量的緩和は有効な政策である。しかしそうではないのである。


  • 所得が発生するようなマネーサプライの増加
    今日の日本経済の不調は、マネーサプライが不足しているから起っているのではない。むしろ今日の日本はマネーサプライがだぶついている。マネーサプライを名目GDPで除した数値がマーシャルのkである。今日の日本のマーシャルのkは1.4くらいと推定する(5年前が1.3であり、年々大きくなっている)。しかし先進各国のマーシャルのkは0.5程度である。

    つまりGDPの半分程度のマネーサプライがあれば、十分経済が循環するのである。これは日本に経済活動に必要な金額をはるかに超えたマネーサプライが存在することを意味する。しかもこの日本のマネーサプライには郵便貯金などが含まれていない。もしこれらをマネーサプライ統計に加えれば、マーシャルのkは2.0を超えるようなとんでもない数値になる。


    これだけ巨大なマネーサプライが有りながら、日本の経済はデフレ体質に陥っている。いや、むしろマネーサプライが大き過ぎることがデフレ体質の原因になっていると考えられるのである。金があっても使わない人が多いのである。本誌はこの様子と原因を04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」から04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」で分析した。

    つまりマネーサプライは巨大であるが、そのほとんどは凍り付いているのである。そして日本の公的債務が大きいのもその裏返しである。巨額のマネーサプライがほとんど消費や投資に回らないから、国や地方がそれを借りて使わざるを得ないのである(マネーサプライが順調に循環していれば景気対策などは不要であったはず)。


    この凍り付いたマネーサプライを溶かし、デフレ体質からの脱却を意図する試みはいくつもあった(消費を喚起するイベントの開催や投資を促進する税制改正など)。しかしどれも効果を上げていない。筆者は、この凍り付いたマネーサプライを溶かすことは困難と判断している。むしろ経済を循環するような新たなマネーサプライを増加させる施策が現実的と考える。所得が発生するようなマネーサプライの増加である。具体的には政府支出の増加しか思い付かない。

    政府支出増大の財源は政府紙幣の発行でも、国債の日銀引受けでも良いと考えている。しかしこの政策が正しいとしても、「財政再建」という呪縛に囚われている今日の日本ではかなり無理であると承知している。もし「所得が発生するようなマネーサプライの増加」がなされるなら、日本の経済は蘇ると確信するがまことに残念である。また日本経済が活性化すれば、凍り付いたマネーサプライの一部が溶け出すものと考えている。


    そしてまさに所得が発生するようなマネーサプライの増加政策を行ったのが、荻原重秀と由利公正である。小判の改鋳益は幕府が使い、太政官札の造幣益は明治維新政府が使った。これによって当時の日本経済は活性化した。つまりデフレ経済の下では、所得が発生するようなマネーサプライの増加策が有効であることを証明したと筆者は考える。これこそ歴史の教訓である。

    たしかに金の使い方に問題がなかった訳ではない。特に江戸幕府の改鋳益は、将軍や大奥によって散財されたきらいがある。しかしその散財が日本経済に活気をもたらしたのも事実である。



参議院選挙も近づき、久々に来週は政治について述べたい。



07/6/18(第486号)「歴史教科書の上での抹殺」
07/6/11(第485号)「老舗に伝わる歴史」
07/6/4(第484号)「金・銀の産出量と経済」
07/5/28(第483号)「荻原重秀と新井白石」
07/5/21(第482号)「インフレと歴史教科書」
07/5/14(第481号)「インフレへの警戒感」
07/5/7(第480号)「日本の公務員」
07/4/23(第479号)「米国の構造改革派」
07/4/16(第478号)「構造改革派の正体」
07/4/9(第477号)「構造改革派とカルテル」
07/4/2(第476号)「構造改革派の生態」
07/3/26(第475号)「構造改革派の落日の始まり」
07/3/19(第474号)「超円高になる条件(その2)」
07/3/12(第473号)「超円高になる条件(その1)」
07/3/5(第472号)「今回の円高の分析」
07/2/26(第471号)「為替動向を占うポイント」
07/2/19(第470号)「今日の円安を考える」
07/2/12(第469号)「「女性は子供を産む機械」発言」」
07/2/5(第468号)「財界人と「合成の誤謬」」
07/1/29(第467号)「日本の財界人の自信」
07/1/22(第466号)「日本の財界の変質」
07/1/15(第465号)「日本の財界」
07/1/8(第464号)「面白みがない景気予想」
06/12/11(第463号)「筆者の主張のサマリー」
06/12/4(第462号)「高速増殖炉にまつわる誤解」
06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」
06/11/13(第459号)「将来のエネルギーの本筋」
06/11/6(第458号)「LNG(液化天然ガス)の話」
06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」
06/10/23(第456号)「日本の核武装論」
06/10/16(第455号)「北朝鮮の核実験」
06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
06/9/25(第452号)「ポスト小泉の経済論議」
06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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