平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




07/6/18(486号)
歴史教科書の上での抹殺

  • 江戸時代の抹殺
    日本の歴史教科書(公的な歴史観を反映していると言っても良い)で、荻原重秀は、改鋳という悪行を行ったと言われるか、もしくは良くて抹殺されている。しかし金の含有率を低めても、小判が流通することを初めて証明したのが荻原重秀である。その後、反対に金の含有率を高めた小判が造られたことが一時的にあったが、幕末にかけどんどん金の含有率が低い小判が製造されるようになった。最後の万延小判の金の含有量は最初の慶長小判の実に八分の一である。両方とも同じ一両小判である。

    ものは考えようで、改鋳による造幣益によって江戸幕府の財政はある程度支えられていたと言える。もし改鋳を行わず、緊縮財政と増税で財政赤字の補填をしていたなら、江戸時代の日本経済はもっと沈滞し、また農民の不満はもっと大きなものになっていたと考えられる。筆者は、270年も太平の世が続いた要因の一つとして度重なる改鋳を挙げたい。そしてその先べんをつけたのが荻原重秀である。

    荻原重秀は、存在量の限られた貴金属が貨幣に使われていた時代において、改鋳(金の含有率の低い小判を流通させた)という手段によって幕府に莫大な収益をもたらした。ところが多くの歴史家は重秀の改鋳がうまく行かなかったと評価を下している。しかし筆者には、歴史家達がそのような評価を下したがっているとしか見えないのである。これはおかしな話である。その後、江戸時代において何度も金の含有率を低める改鋳が行われたことを考えると、重秀の改鋳はやはり成功していたと見るべきである。


    改鋳は、幕府に莫大な収益をもたらしただけでなく、江戸時代の日本経済にマネーサプライを供給している。マネーサプライが増えることによって、江戸時代の日本経済は穏やかであるが成長することができたと考える。これは重要な点である。

    筆者は、江戸時代の日本経済は既にかなり高い水準に達していたと見る。歴史家の説では明治になって始めて日本は急速な経済成長を実現し、極めて短期間のうちに欧米列強に追い付いたことになっている。しかしこれも極めて変な話である。やはり江戸時代の経済的基盤があったからこそ、明治時代の経済発展が可能だったと考えるべきである。そして江戸時代の経済成長を支えたのが、荻原重秀が始めた改鋳によるマネーサプライの増加政策とも言えるのである。


    また江戸時代になぜ改鋳が可能だったかを考えてみる必要がある。筆者はその要因の一つとして鎖国政策を挙げたい。当時、外国との貿易の決済には金や銀が使われていた。貿易が活発になれば、当然、金や銀の流出入が大きくなる。もし外国との貿易が大きい状態で改鋳(金の含有率を下げる改鋳)を行えば、たちどころに輸入品の高騰を招き、次には国内の物価が上昇することになる(もっとも日本の生産品の価格は相対的に安くなるので輸出が伸びると考えられる)。改鋳が輸入物価を通じ日本経済に多大な影響を及ぼすのである。

    つまり鎖国によって外国との貿易が最小限に抑えられていたため、初めて政策としての改鋳が自由になったと言える。ところがこの鎖国についても歴史家の評判は一般的に悪い。しかし鎖国によって、外国の混乱の影響を受けなくて済んだことに加え、国内の経済だけを睨んだ均衡政策(デフレ経済下においての改鋳によるマネーサプライの増加政策)を採ることができたと考えるべきである。


  • 明治時代の抹殺
    歴史教科書の上では、荻原重秀がほぼ抹殺されているのに対して、由利公正(こうせい、きみまさ)は業績の半分が抹殺されている。教科書上で由利公正は「五箇条の御誓文」の起草者として重要人物である。これはこれで正しい話であり、重要である。また公正は、この他、国会開設に奔走したり、東京府知事として大火災に遭った東京の復興にも尽力をつくした。

    しかし由利公正が太政官札という政府紙幣を発行したというもう一つの偉業が、歴史教科書上では全く無視されているのである。当初、明治維新政府の財政の94%がこの太政官札の造幣益で賄われた。また太政官札の発行がうまく行ったので、その後も政府紙幣が発行され続けた(新紙幣など)。税制度の整備が進むにつれ財政収入に占める政府紙幣造幣益の割合は低下したが、初期の明治政府の財政が公正が先べんを付けた政府紙幣発行に大きく依存していたことは確実である。


    もし明治新政府が政府紙幣を発行せず、税の徴収を無理に行っておれば国民の反感をかっていただろうし、外国からの借り入れに頼っておれば他国の干渉を受けていたと考えられる。つまり由利公正の太政官札の発行がなければ、明治新政府は短命政権で終わっていた可能性がある。かりに短命で終わっていなくとも、明治初期の殖産新興政策は困難であり、日本経済の発展は大幅に遅れていたと思われる。

    このように由利公正の太政官札の発行は画期的な政策であった。明治維新のヒーロとしては、いつも西郷隆盛、大久保利通、そして伊藤博文らが挙げられる。しかし筆者は、明治維新の一番の立て役者はこの由利公正ではないかと思っている。ところがその由利公正の太政官札発行という偉業が歴史教科書ではみごとに抹殺されているのである。


    筆者が由利公正の太政官札発行を高く評価するのは、公正がこの政策をうまく行くと確信を持って実行しているからである。決してたまたまうまく行った政策ではない。元々公正は、財政のプロとして維新政府の中心メンバーから認められ、新政府に招かれたのである。

    由利公正は福井藩の藩士として財政の再建に手腕を振るった。公正は兌換の藩札を発行し、この資金を福井藩の殖産新興に使った。これによって福井藩では、繊維産業などが発展した。福井藩は、この生産物を長崎を通じ外国に輸出し、多大な収益を得た。この収益によって藩札を償還し、さらに藩の財政を再建したのである。

    太政官札の発行は、福井藩で行ったことの延長線上の政策であった。ただ福井藩の時の藩札は兌換紙幣であったのに対し、太政官札は不換紙幣であった。おそらく公正は福井藩での経験から、維新政府なら不換紙幣でも行けるという感触を持ったと考える。これは筆者の推測ではあるが。


    荻原重秀にしても、由利公正にしても通貨というものの本質を理解した上で政策を実行している。筆者は両者の行った政策は正しかったと評価する。ところが歴史教科書を執筆する歴史家は、こぞって両者の業績を抹殺したがっている。しかし歴史家が単に経済に無知とか怠慢とは思われないのである(可能性がゼロではないが)。やはり教科書に今日の政府の方針が反映されていると考えるのが普通と思われる。



来週は、荻原重秀と由利公正の政策の成果を、どのように今日の経済政策に生かすかを考える。これを今回のシリーズの締めくくりとする。



07/6/11(第485号)「老舗に伝わる歴史」
07/6/4(第484号)「金・銀の産出量と経済」
07/5/28(第483号)「荻原重秀と新井白石」
07/5/21(第482号)「インフレと歴史教科書」
07/5/14(第481号)「インフレへの警戒感」
07/5/7(第480号)「日本の公務員」
07/4/23(第479号)「米国の構造改革派」
07/4/16(第478号)「構造改革派の正体」
07/4/9(第477号)「構造改革派とカルテル」
07/4/2(第476号)「構造改革派の生態」
07/3/26(第475号)「構造改革派の落日の始まり」
07/3/19(第474号)「超円高になる条件(その2)」
07/3/12(第473号)「超円高になる条件(その1)」
07/3/5(第472号)「今回の円高の分析」
07/2/26(第471号)「為替動向を占うポイント」
07/2/19(第470号)「今日の円安を考える」
07/2/12(第469号)「「女性は子供を産む機械」発言」」
07/2/5(第468号)「財界人と「合成の誤謬」」
07/1/29(第467号)「日本の財界人の自信」
07/1/22(第466号)「日本の財界の変質」
07/1/15(第465号)「日本の財界」
07/1/8(第464号)「面白みがない景気予想」
06/12/11(第463号)「筆者の主張のサマリー」
06/12/4(第462号)「高速増殖炉にまつわる誤解」
06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」
06/11/13(第459号)「将来のエネルギーの本筋」
06/11/6(第458号)「LNG(液化天然ガス)の話」
06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」
06/10/23(第456号)「日本の核武装論」
06/10/16(第455号)「北朝鮮の核実験」
06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
06/9/25(第452号)「ポスト小泉の経済論議」
06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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