平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




07/5/21(482号)
インフレと歴史教科書

  • 松方デフレの補足
    本誌はずっと政府紙幣発行などを財源とした積極財政を主張してきた。4年前、日経新聞の招きで来日したスティグリッツ教授は、なんと日本に「プリンティングマネー(政府紙幣)の発行」の提案を行った。筆者は「よく言ってくれた」という感想を持ったが、予想通り各方面から否定的な反応があった。しかしそれらの多くは政府紙幣についてよく知らない人々からのものであった。

    そこで本誌は03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」と3週に渡り、これらに対して反論を試みた。ところで本誌は先々週からインフレと公務員の関係を取上げているが、たまたまこれにも関連するのが最後の03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」である(政府紙幣については今後も度々取上げるつもり)。ここでは松方政義大蔵卿(後に大蔵大臣)によるデフレ政策(松方デフレ)と構造改革について触れた。


    その部分を抜粋すれば「松方自身も、デフレ政策を構造改革なんて少しも考えていなかったはずである。たしかに明治10年以降、農産物が高くなり、自作農民は潤った。反対に都市の俸給者や旧武士階級は、米などの農産物が高くなり、生活に窮していた。そして松方は、日頃から「農民は贅沢をしており、けしからん」と言っていた。どうも松方には、農民に対して差別意識があったと思われるのである。それを松方の構造改革と呼ぶのはまさに詭弁である。」となる。ここで特に問題になる箇所は後ほど取上げるが「生活に窮した都市の俸給者や旧武士階級」である。しかしそれに言及する前に松方デフレについてもう少し補足する。

    明示維新以来の政府紙幣発行と先代大蔵卿大隈重信の殖産新興政策で日本経済は活況を呈していた。ただ大隈重信の積極財政政策は多少度が過ぎていたため、さすがに明治10年以降物価が上昇するようになった。そこで大隈重信は引締め政策に転じたが、ちょうどこの効果が生まれ始めた頃(明治14年)、政変が起き大隈は失脚した。そして次の大蔵卿に任命されたのが、大隈の政敵であった大蔵官僚出身の松方政義であった。

    松方は増税や緊縮財政を行うだけでなく、金本位制復帰への地ならしとして政府紙幣の償却をどんどん行った。一転して日本経済は大きく落込み、物価は下落した。特に農産物の価格の下落は大きく、農民への打撃は大きかった。このため自作農が次々と小作農に没落した。


    ところが今日の構造改革派には松方の政策を評価する者が多い。松方デフレによって喰いつめた農民が農村を離れ、町に出て労働力となり、近代産業が発展したという話になっている。まさに供給サイドの経済学そのものの考えである。例えばバブル経済崩壊後にも「不良債権の整理を徹底して行え」という声が構造改革派から起った。不効率な悪い企業を潰せば、生産性の高い分野に生産資源が移ると言っていたのと同じ理屈である。

    しかし殖産新興政策を行ったのは、積極財政派の大隈重信や伊藤博文である。松方デフレで喰いつめたから大量の農民が都会に出て行ったとはとても考えられない(そのような人々は極少数派でいたかもしれないが)。もしそうなら東京などの大都市の周辺にスラム(発展途上国の大都市の周辺に見られるようなスラム)ができていたはずである。そうではなく大隈などの殖産新興政策によって都会に新しい働き口が生まれ、これらの収入が良く、また都市生活の方が快適と感じたから人々は都会に出て行ったと考えるべきである。

    今日の中国でも同じように、地方の農民が大都市に出稼ぎで集まり経済発展を支えている。しかし大量の地方の農民が出てきたのは、大都市に働き口がどんどん生まれたからである。決して地方の農民が喰いつめて大都市に出てきたから中国の経済が成長しているのではない。100年以上も前の事になると、構造改革派もいい加減な事を言うものである。


  • 松方政義の評価
    歴史というものはなかなか公平な立場で記述されないと筆者は考える。大隈重信の経済政策によってたしかに物価は上昇したが、農産物の価格高騰によって農民の方は潤ったのである。大隈のインフレ政策によって困窮したのは「都市の俸給者や旧武士階級」層である。何も日本国民の全員が不幸になったのではない。ところがたいていの歴史書によれば、まるでインフレによって日本の全国民が迷惑を被ったような印象を持つのである。

    また当時本位通貨となっていた銀の相場が毎日立っており、紙幣との交換比率が日々変動していた。銀貨は貿易の決済に使われていたのである(当時日本は金本位制と銀本位制の両建てであったが、主な貿易相手国が銀本位制のアジアの国々がであったため、日本も実質的に銀本位制であった)。明治10年くらいまではこの比率(銀紙比率)がほぼ1対1であったが、インフレによって明治14年には1対1.7くらいになった。

    銀紙比率は今日の為替レートに該当する。つまりインフレ時、為替は円安になったのである。この円安が問題になった。しかし円安で損をするのは輸入業者であり、逆に輸出業者は円安で儲かっていたはずである。当時、日本は貿易赤字国だったので輸入関係者の方が多く、ことさら円安へのクレームが大きくなったと筆者は考える。


    「都市の俸給者」の代表は公務員である。簡単に俸給が上がらない公務員は大隈のインフレ政策で生活が困窮したと考えられる。戦後の高度成長期に安月給のまま据え置かれた公務員と同じ立場に置かれたのである。

    旧武士階級とは、封建制度の解体に伴い武士の身分を失った者達である。彼等には武士の身分と引換えに秩録公債が支給された(秩録処分)。しかしインフレでこの秩録公債の利息が目減りしたのである。ただでさえ旧武士階級の明治新政府への不満は大きく、インフレは明治政府としても神経を尖らす事態であった。

    さらに松方デフレによって自作農が没落したが、当時の自由民権運動の中心はこの自作農民が中心であった。自作農の没落によって自由民権運動は大きな痛手を被ったのである。このようにインフレだデフレだ言っても単に経済の問題に止まらなかったのである。


    筆者は、公平な立場から言えば松方デフレは政策の失敗と見る。しかし明治政府の内部では、松方は決してそれほど悪く評価されていない。それどころか後に松方は2度も総理大臣になっているくらいである(総理大臣として見るべき成果はほとんどなかったが)。

    教科書に記述される歴史もなかなか公平なものにならない。特に日本のように公務員・官僚の関与が大きい国の歴史教科書は、どうしてもバイアスがかかっていると考えるべきである。どうしても「インフレは悪」というニュアンスが強くなる。この公務員・官僚を牽制する立場にいるのが政治家であるが、彼等も公務員・官僚の作った教科書で歴史を勉強している。したがって多くの政治家も「インフレは悪」と刷り込まれているのである。



来週は江戸時代のインフレを取上げる。



07/5/14(第481号)「インフレへの警戒感」
07/5/7(第480号)「日本の公務員」
07/4/23(第479号)「米国の構造改革派」
07/4/16(第478号)「構造改革派の正体」
07/4/9(第477号)「構造改革派とカルテル」
07/4/2(第476号)「構造改革派の生態」
07/3/26(第475号)「構造改革派の落日の始まり」
07/3/19(第474号)「超円高になる条件(その2)」
07/3/12(第473号)「超円高になる条件(その1)」
07/3/5(第472号)「今回の円高の分析」
07/2/26(第471号)「為替動向を占うポイント」
07/2/19(第470号)「今日の円安を考える」
07/2/12(第469号)「「女性は子供を産む機械」発言」」
07/2/5(第468号)「財界人と「合成の誤謬」」
07/1/29(第467号)「日本の財界人の自信」
07/1/22(第466号)「日本の財界の変質」
07/1/15(第465号)「日本の財界」
07/1/8(第464号)「面白みがない景気予想」
06/12/11(第463号)「筆者の主張のサマリー」
06/12/4(第462号)「高速増殖炉にまつわる誤解」
06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」
06/11/13(第459号)「将来のエネルギーの本筋」
06/11/6(第458号)「LNG(液化天然ガス)の話」
06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」
06/10/23(第456号)「日本の核武装論」
06/10/16(第455号)「北朝鮮の核実験」
06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
06/9/25(第452号)「ポスト小泉の経済論議」
06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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