平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




07/4/9(477号)
構造改革派とカルテル

  • 「小さな政府」の意味
    構造改革派の主張を聞けば誰もが、彼等は自由主義経済の推進者であり、古典派経済学理論の信奉者と思う。しかしそれは実態の一つの側面に過ぎないと筆者は考える。それどころか彼等はとんでもない詐欺師かもしれないのである。まず古典派の理論が成立するにはいくつかの前提条件が必要である。その中で最も重要な前提条件は「市場が完全競争」ということである。

    市場が完全競争で十分に競争が行われていれば、生産資源(設備などの資本・人的資源)が最も効率的で無駄なく配分される。また完全競争下においては、生産の成果が限界生産力に応じて分配されることになる。つまりそれぞれの働きに応じて、資本側には利潤、労働側には賃金が配分される。近年の給料の成果主義という流れもこの古典派の経済理論が色濃く反映されていると筆者は考えている。


    このように市場の競争状態は構造改革派にとって一番の関心事である。したがって競争を阻害するものを、彼等は徹底して憎み敵愾心まで持つ。財政支出や税金はもちろん、競争の阻害となる各種の公的規制にも反対である。まさに「小さな政府」を指向している。ここで重要なポイントは、政府の存在が完全競争を阻害しているということである。なぜ構造改革派が政府は小さい方が良いと言っているのか、意味が分かっていない人が案外多いのである。

    しかし競争が激しくなれば、人々は勝者と敗者に別れることになる。これに対して構造改革派は必ず、敗者には再チャレンジの機会を与え、さらにセーフティネットを張るともっともらしい事を言う。しかしこと日本においては、再チャレンジ自体が難しいことは周知の事実である。

    またセーフティネットと構造改革派はよく口にするが、とても本心から言っているとは感じられない。小さな政府主義の彼等が本気でセーフティネットが必要と思っているはずがない。むしろ敗者はさっさとこの世の中から消えてくれというのが彼等の本音であろう。


    ところで構造改革派は公共事業に対する感情は異常である。彼等の公共事業への憎しみは尋常ではない。公共事業が、彼等が嫌う政府支出であるということでまず拒否反応がある。さらに公共工事の入札に伴い頻繁に談合が行われることが災いしている。構造改革派にとって、公共事業は二重の意味で自由主義市場経済の原則に反するものなのである。

    とにかく構造改革派は公共投資・公共事業を嫌う。筆者などは公共事業を嫌う者を構造改革派と定義しても良いとまで思っている。したがって彼等は、公共事業を担う道路公団などの特殊法人の民営化にこだわったり、PFI(民間資金活用による公共施設の整備)を推進したがる。


    構造改革派に汚染された日本のマスコミは、都市博の開催を中止したり新幹線の駅の建設を取り止める知事に好意的である。指名競争入札を廃し一般競争入札を行えば、談合めいたことが難しくなり落札価格がどんどん下がることは知られている。そして一般競争入札を推進し、これによって落札率が低くなった県の知事は改革派知事と持ち上げられる。

    しかし公共事業には、昔から失業対策としての働きがある。まさに公共事業は社会のセーフティネットとして機能してきた面がある。むしろ社会に現存しているセーフティネットを、どんどん壊してきたのが当の構造改革派である。


  • やはり卑怯者の構造改革派
    ところが構造改革派が価格競争を阻害しているものを、公平に批難しているとはとても思えない。最近、インド人が経営する製鉄会社のミタルがルクセンブルクのアルセロールと合併(事実上ミタルによる吸収合併)し、突出して巨大な製鉄会社が誕生した。この合併は明らかに競争を緩和することを意図している(経営者もこのことを言明している)。

    鉄の原料の鉄鉱石は、わずか3社の巨大鉄鉱石採掘メーカーが世界の75%のシェアーを占めている。一方、製鉄メーカーは世界中に群生しており大手といえどわずか数パーセントのシェアーを占めるに過ぎない。ミタルとアルセロールが合併してもやっと世界の10%のシェアーである。

    鉄鉱石の価格は鉄鉱石メーカーが決めており、弱小メーカーの集まりである製鉄業界は、巨大鉄鉱石採掘メーカーの言値で鉄鉱石を仕入れてきた。また製品の納入先も巨大メーカー(例えば自動車会社)のケースが多い。したがって製鉄会社は、カルテルの鉄鉱石採掘業界から高く原料を仕入れ、カルテル的な自動車業界に安く製品を売っているため、自分達はずっと低収益に甘んじてきたという思いが強い。


    今日世界の製鉄業界は、ミタルとアルセロールの合併だけでなく、色んな形の合従連衡が試みられている。これは明らかに世界的な製鉄業界のカルテル化を睨んだ動きである。しかし世界的なカルテル化への動きは製鉄業界に止まらない。

    昔は世界的なカルテルと言えば石油とダイヤモンドぐらいしかなかった。ところが今日では全てといって良いほどあらゆる業界(自動車、薬品、ガラス、石油・ガス、銀行、保険、証券、会計事務所・・・きりがない)で世界的な再編が起っている。表向きの理由は規模の経済性の追求や巨額の技術開発費を賄うためということになっているが、巨大会社による価格支配力の確保が重要な目的になっていることは明らかである。まさに世界中カルテルで溢れ返っているのである


    ところがこのような世界的な競争制限する動きに、自由主義経済の信奉者であるはずの構造改革派は全くの沈黙を守っている。建設・土木や農業の競争制限的な動きにあれだけ神経質な構造改革派が、巨大企業が市場を牛耳る業種のカルテル行為には何も批難めいたことは言わない。

    弱小業者が何十万社もひしめく建築・土木や農業は元々競争が激しい(他にもタクシー会社やガソリンスタンドなども同様の理由で競争が激しい)。つまり競争相手が多く、同質の製品やサービスを提供している(差別化が難しい)業界の価格競争は厳しいのである。ところが構造改革派は、建築・土木業者の競争制限的な動きや、農業に対する政府の保護政策には目くじらを立てて抗議を行う。このように競争の激しい業界の人々の所得はいつまでも伸びない。特に経済のグローバル化が進み、競争が世界的になっているからである。製鉄業界なんてましな方である。


    世界のGDPを競争の激しい産業とそうではない産業に分けてみれば面白いかもしれない(それぞれの付加価値を集計するという言い方が分かりやすいかもしれない)。おそらく後者の割合がかなり大きいと推察される。また世界的な競争促進政策によって、後者の割合がさらに大きくなっていると感じられるのである。

    しかしもっぱら構造改革派が攻撃するのは、元々競争的な産業の競争制限的な動きである。ところが完璧なカルテルであるOPECに対して、「カルテルは問題」と抗議する構造改革派を見たことがない。時たま問題になるのは、ほぼ100%のシェアーを占めるマイクロソフトのウィンドウズぐらいなものである。いかに構造改革派が卑怯者の集まりなのかが分かる。



来週は構造改革派がいかに卑怯者なのかをさらに説明したい。



07/4/2(第476号)「構造改革派の生態」
07/3/26(第475号)「構造改革派の落日の始まり」
07/3/19(第474号)「超円高になる条件(その2)」
07/3/12(第473号)「超円高になる条件(その1)」
07/3/5(第472号)「今回の円高の分析」
07/2/26(第471号)「為替動向を占うポイント」
07/2/19(第470号)「今日の円安を考える」
07/2/12(第469号)「「女性は子供を産む機械」発言」」
07/2/5(第468号)「財界人と「合成の誤謬」」
07/1/29(第467号)「日本の財界人の自信」
07/1/22(第466号)「日本の財界の変質」
07/1/15(第465号)「日本の財界」
07/1/8(第464号)「面白みがない景気予想」
06/12/11(第463号)「筆者の主張のサマリー」
06/12/4(第462号)「高速増殖炉にまつわる誤解」
06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」
06/11/13(第459号)「将来のエネルギーの本筋」
06/11/6(第458号)「LNG(液化天然ガス)の話」
06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」
06/10/23(第456号)「日本の核武装論」
06/10/16(第455号)「北朝鮮の核実験」
06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
06/9/25(第452号)「ポスト小泉の経済論議」
06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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