平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




07/1/15(465号)
日本の財界

  • 財界の説明
    日本の財界を取上げる。取上げることは、財界の主張や財界人の論調、そして政治と財界の関係ということになる。財界は文字通り会社経営者の集まりであるが、経営する会社の規模や形態は異なっており、それに応じて所属する経済団体も異なる。正確にはこれらの経済団体の活動に大きな影響持つ幹部の集まりが、通称の財界ということになる。

    経団連(日本経済団体連合会)は大企業が中心である。大企業を対象にした経済団体にはもう一つ経済同友会というものがある。経団連が各々の大手の会社を代表して経営者が参加している形になっているのに対して、一方の経済同友会は経営者が個人的に参加している色彩が強い。


    経済団体にはもう一つ商工会議所がある。こちらは会社の規模を問わないため、中小企業が中心となっている。商工会議所が他の経済団体と大きく異なる点は、商工会議所法という法律に基づいて設立されていることである。管轄は経済産業省であり、中小企業の経営支援目的になっており、制度融資の窓口などになっている。

    ただ商工会議所の代表(会頭)は地元の大企業の代表が就いている。商工会議所は全国をブロックに別け、日本商工会議所(日商)がこれらを統括している。慣例で東京商工会議所の会頭が日本商工会議所の会頭を兼ねることになっている。

    さらに小規模・零細の企業(従業員が20名以下)を対象にした商工会というものがある。商工会は商工会法という法律に基づき町村毎(市の場合もある)に設立され、商工会議所と同様の機能を持つ。都道府県毎に商工会の連合会があり、全国的には全国商工会連合会というものがある。しかし商工会の幹部は財界という位置付けになっていない。

    昔は日経連(日本経営者連合会)というものがもう一つあった。別名、財界労務部と呼ばれ、労働組合に対抗するという位置付けであった。そして経団連、経済同友会、日本商工会議所にこの日経連を加え、経済四団体と呼ばれていたものが財界と称されるものであった。しかし財界も合理化が叫ばれ、2002年に日経連は経団連に吸収された。したがって残った経済三団体の幹部が今日の財界ということになる。

    経済コラムマガジンで財界を取上げるのは、この財界が日本政府の経済政策に何らかの影響力を持っていると感じるからである。ただ財界の政治に及ぼす力というものがどれ程のものなのかもう一つはっきりしない。以前は経団連が企業の政治献金を取りまとめていた関係から、財界が政治に一定の影響力を持っていたと言える。

    しかし企業献金が世間で問題視され、経団連は政治献金の斡旋を取り止めた。これによってたしかに財界の政治に及ぼす影響力はかなり低下した。しかし最近、経団連は、政治献金の斡旋を再開すると同時に、国政選挙にも力を入れ始めた。財界の政治への接近が近頃目立つようになった。したがって日本政府の経済政策の決定にも、財界の意向が反映される可能性が大きくなった。日本の経済政策を考える上で財界の存在を無視する訳に行かなくなったのである。

    財界の顔と言えば経団連となるが、経済同友会も軽視できない。日銀の総裁は二代続けて代表幹事など経済同友会の幹部の経験者が就いており、日銀の審議委員にも経済同友会の出身者が多い。経済同友会は元々経営者個人の同好会的要素が強く、考え方も先鋭的であった。しかし最近では、比較的穏当だったはずの経団連が、だんだん経済同友会に近い考えに変質したと感じられるのである。

    財界の中にあって、日本商工会議所の主張は以前とあまり変わらない。これも商工会議所が中小企業で構成されているからと思われる。経団連と経済同友会が構造改革派であり、小さな政府を指向しているのに対して、商工会議所は中小企業対策など経済に対する政府の関与を依然として求めている。


  • 経団連の小さな政府指向
    財界の考え方が大きく変質している。経済同友会は昔から構造改革派であったから、財界の変質と言えば財界のリーダ格存在である経団連の主張が変わったことを指す。経団連は昔から減税を主張していた。しかし以前は、景気が落込むと減税に加え、財政支出の増大による需要拡大を強く求めた。

    ところが最近は、依然減税を主張するが、財政支出増大には慎重というか、むしろ反対の立場に変わった。まさに小さな政府指向への転換であり、これは構造改革派の考えそのものである。変質の芽は03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」で取上げたように、80年代前半の土光臨調あたりからあった。中曽根内閣の「増税なき財政再建」路線の推進である。今日では経団連は経済同友会と変わりのない主張を行っている。


    バブル崩壊後の経済の大きな落込みに対しては、経団連も土光臨調路線を封印し、政府に大きな財政支出の増大を求めた。しかしここ6,7年は財政再建の主張が強まり、財政支出に拒否反応を示すようになった。もっとも10年前の橋本行革の時にも財界は、財政支出の削減を主張していた。

    また小泉政権の表面的な緊縮財政政策(年金財政がそれまでの大幅黒字からトントンになったことを見れば分かるように、特別会計を含めた財政の実態は実質的に需要拡大政策を続けていた)が成功したと世間で誤解されていることが、財界人にも影響している。財界人も一般会計しか見ていないのである。さらに円高阻止に35兆円もの資金が使われたことも忘れている。

    経団連の幹部は、小さな政府政策で日本経済が持ち直したと完全に誤解しているのである。そもそも日本経済は持ち直していない。2006年度の名目経済成長率は見通しは1.5%ということになっているが、原油やその他の一次産品の輸入価格の高騰といった外部要因を除けば、名目経済成長率は依然マイナスと見られる(デフレ気味の日本経済においては、技術進歩を加味した実質経済成長率は景気動向を見る上で参考にならない。名目経済成長率が高くならなかった原因が、原油代が思ったほど上がらなかったからという太田弘子経済財政担当大臣のばかげた説明には筆者も唖然としている)。


    しかし財政支出を増大しなくとも経済は成長できるのだというこのようなデマ(だいたい先進国の中で名目GDPがずっとマイナスを続けている国など日本を除いてない)に、日本の財界人はすがりついているのである。財界が政治に影響をほとんど持っていなかった時代はこれでもかまわなかった。しかし今日の経団連が政治を動かそうと動き出しているから問題なのである。筆者は「構造改革派は一種の新興宗教」と主張しているが、まさに今日の経団連はこの新興宗教にとりつかれている。経済同友会は昔からこの宗教に入れ込んでいるが、もう少し常識があると思われる経団連までがこれに取込まれたのである。しかし財界の幹部がこのような邪教に取込まれた要因は、これ以外にもあると筆者は思われる。筆者は今日の財界の幹部達の強烈な成功体験が元となっていると考えるのである。



来週は日本の財界の変質について原因を探る。



07/1/8(第464号)「面白みがない景気予想」
06/12/11(第463号)「筆者の主張のサマリー」
06/12/4(第462号)「高速増殖炉にまつわる誤解」
06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」
06/11/13(第459号)「将来のエネルギーの本筋」
06/11/6(第458号)「LNG(液化天然ガス)の話」
06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」
06/10/23(第456号)「日本の核武装論」
06/10/16(第455号)「北朝鮮の核実験」
06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
06/9/25(第452号)「ポスト小泉の経済論議」
06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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