平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




06/12/4(462号)
高速増殖炉にまつわる誤解

  • 高速増殖炉開発の意欲の萎え
    高速増殖炉の話をもう少し続ける。我が国のマスコミや識者と言われる人々の平均的な論調は「どの国も高速増殖炉を止めている」「日本を除いて高速増殖炉開発に積極的な国は皆無」というものである。どの国がやってもうまく行かないのだから、大きな金を使って高速増殖炉の開発を続けることは無駄だという話である。もちろん原子力エネルギーの全てに反対する反核グループの反対もある。しかしそれを別にしても、高速増殖炉の開発に異議を唱える人々が多いのは事実である。

    たしかに高速増殖炉「もんじゅ」の事故は、そのような人々の危惧を実証した形になった。また先進各国が高速増殖炉の開発に消極的になっているのも事実である。このような雰囲気が日本の高速増殖炉開発の大きな逆風になっている。


    話を進めるため高速増殖炉の開発段階をまず説明する。大きく分け高速増殖炉開発には実験炉、原型炉、実証炉の3段階のステップがある。「もんじゅ」は2番目の原型炉である。実証炉で成功した例はまだない。フランスは実証炉スーパーフェニックスを稼動させたが、あまりにも事故が多いので閉鎖してしまった。

    米国は実験炉7基を閉鎖し、原型炉を開発中止にしている。英国は実験炉、原型炉とも閉鎖した。ドイツは実験炉を閉鎖し、原型炉を開発中止にしている。このように見てくると各国とも相当苦戦しており、高速増殖炉発電というものが元々無謀な技術と人々が思い込んでも無理はない。


    しかし高速増殖炉開発に対する意欲が醒めた事情は、個々の国によって多少異なるようである。ドイツは反核運動が盛んになって、通常の原子力発電でさえも将来廃止する方向で進んでいる。英国は北海油田の開発で当座のエネルギーは確保された。米国は元々エネルギーに鈍感な国である。このような国々で危険極まりない高速増殖炉の開発に熱が入らなくなったのも不思議ではない。

    しかし高速増殖炉開発の熱意は各国で微妙に異なる。一つのバロメータとしては、原子力エネルギー全般に対する各国の対応の違いが反映されている。例えばフランスは、原子力発電が最も盛んな国であり、少なくともこれまで高速増殖炉の開発にも一番積極的であった。つまり原子力発電に積極的な国ほど高速増殖炉の開発にも熱心と言える。


    原子力発電の総発電量に占める比率は先進各国の間でも大きく異なる。フランスが突出して大きく(77%)、日本もけっこう大きい(34%)。一方、米国(22%)、イギリス、ドイツは小さい。ところで原子力発電所の建設がスムーズに行われるかについては、政府の力というものが重要という話がある。

    中央政府に権力が集中している国ほど、原子力発電所の建設が活発ということである。反対に市民レベルの力が大きい国、つまり政府が世論を気にする国ほど原子力発電に消極的というのである。たしかにフランスは政府の力がけっこう強い中央集権の国のようである。日本は昔の方が国の力が強かったが、今日はそれほどでもないと言える。米国は市民レベルの力が強く、スリーマイル島の原発事故以降、原子力発電は停滞している。ドイツと英国も市民の力がやはり強いようである。

    しかし先進各国で原子力発電建設や高速増殖炉開発の意欲が萎えたもう一つの原因は、石油価格の長期低迷と筆者は考える。安価な原油が容易に入手できるのだから、危険で市民から歓迎されない原子力エネルギーの開発に各国の政府の力が入らないのも無理はない。

    ところがここに来て状況が大きく変わったのである。原油の高騰である。また二酸化炭素排出といった環境問題のクローズアップも見逃せない。各国の原子力発電に対する対応にも変化の兆しが見える。もっとも価格は上昇しているがウランの供給にそれほど問題がない現状では、高速増殖炉の開発まで、もう一歩踏み出す機運が先進各国にないのも事実である。


  • 他国依存のエネルギー事情の改善
    ここまでの話では、冒頭で紹介したマスコミや識者と言われる人々の意見が正しかったということになるかもしれない。日本ではほとんどの人々が高速増殖炉のことを「技術的に難しく危険で、各国も失敗し撤退している。日本だけがまだ執着している。」と思い込んでいる。しかしこれが事実とちょっと違うのである。

    たしかに欧米の先進国は高速増殖炉に半分見切りをつけている。ところが先進国とは言えない国々、例えばロシア、インドそして中国が高速増殖炉の開発に意外と熱心なのである。ロシアは実証炉を建設中(実験炉と原型炉は稼働中)、インドが原型炉を建設中(実験炉は稼働中)そして中国も実験炉を建設中である。


    注目すべき点は、ロシア、中国といった国々が中央集権型の国ということである。市民レベルの原発や高速増殖炉に対する拒否反応を押さえ付けるような体制の国である。ちょっとした事故でも公表する必要のある日本などとは雲泥の差がある。

    欧米の先進各国と違って、ロシア、インド、中国など市民の力が弱い国では、原子力開発をどんどん進めることができる。事故が起っても、どれだけ公表されているのか不明である。しかしこと原子力発電所(高速増殖炉を含む)に関しては、事故の影響が他国に及ぶことを考える必要がある。技術的に未熟な国が高速増殖炉の開発に邁進することは、隣国にとって迷惑な話にさえなる。少なくとも日本は、他国に迷惑をかけるような安全を軽視した開発はやるべきではない。


    高速増殖炉の全てが失敗したという話も事実ではない。世界では実験炉、原型炉レベルのもので稼動しているものがある。日本でも高速増殖炉の実験炉の「常陽」が順調に稼動している。この「常陽」は特に優秀で、77年の稼動開始以来これまでの約30年間、事故らしい事故を起こしたことがない。

    つまり高速増殖炉イコール事故とは必ずしも言えないのである。ただ実験炉から原型炉、原型炉から実証炉といったステップアップに大きな困難が伴うようである。各国で事故が続いているのだから、高速増殖炉は決して簡単なものではないことは事実である。しかし筆者は、このような案件だからこそ日本は力を入れるべきと考える。他の国が失敗しているのだから、日本も手を引けと言うのはまさに敗北主義である。


    高速増殖炉「もんじゅ」の事故の原因については色々なことが言われている。事故の原因は温度計を差込んだ所からナトリウムが漏れたことにある。単純なミスのようで、根が深いような気がする。

    一口に技術者と言っても、原子炉を運用する者と原子炉を建設・補修する者に別れる。それぞれがグループを形作る光景がよく見られる。そして両者の間が必ずしもうまく行っていないことが考えられ、このことが事故の遠因になっている可能性がある。部外者ではあるが筆者の観測では、はたして両者の間の信頼関係やコミュニケーションに問題はなかったかということである。しかしこのような関係や問題は日本の生産現場ではよく見られることである。つまり「もんじゅ」の事故原因を究明することは、日本の生産現場の問題解決に繋がるような気がする。


    さらに高速増殖炉は核兵器開発でも注目される。高速増殖炉は原爆の原料となるプルトニウムを生産する。軽水炉型原発でもプルトニウムが生産されるが、濃度が66%と低く、原子爆弾の原料にはならない。ところが高速増殖炉でできるプルトニウムの濃度は96%もあり、十分原爆の原料になる。

    06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」で、核融合の研究が原子爆弾の開発と隣り合せであることを話した。高速増殖炉についても同様の話になる。したがって日本の核兵器開発を気にする国は、日本の核融合や高速増殖炉の研究に神経を尖らせていると推測される。つまり我々が純粋なエネルギー開発と考えていても、他国はそのようには見ない可能性があり、様々なチェックをして来ると覚悟すべきである。

    これまで述べてきたように、エネルギー問題は、単に日常生活で消費するエネルギー一般の話に留まらない。例えば国際政治の駆引きに使われたり、さらに環境問題にも影響する。さらにエネルギー開発が核兵器開発にも繋がり、各国の干渉を受けやすい。しかし日本の真の独立というものを大事と考えるなら、まず今日のような他国依存のエネルギー事情の改善が是非とも必要であることははっきりしている。



来週は久し振りに経済を取上げる。

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06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」
06/11/13(第459号)「将来のエネルギーの本筋」
06/11/6(第458号)「LNG(液化天然ガス)の話」
06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」
06/10/23(第456号)「日本の核武装論」
06/10/16(第455号)「北朝鮮の核実験」
06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
06/9/25(第452号)「ポスト小泉の経済論議」
06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
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03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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