平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




06/5/8(435号)
日銀は魔法の杖か

  • 速水総裁の「ツケ」
    日銀は、金融の量的緩和の解除を決定し、徐々に当座預金残高を減らしている。この日銀の決定に対して賛否両論がある。デフレがほぼ解消されたと判断する者は、今回の日銀の決定を容認する。一方、まだデフレは解消されていないと思う者は反対している。中には、量的緩和政策の解除により長期金利が上昇し、ローンの借手の負担が増えるというもっともな指摘もある。しかしこれらの意見のほとんどは、今回の日銀の行動だけを「点」として捉えている。筆者は、これらとは別の観点から日銀の決定を考えたい。

    まず全体的な政府の経済政策というものを考える必要がある。政府の主な経済政策は、金融政策と財政政策である。一応、金融政策は日銀が担っている。ところで「日銀の独立性」という言葉が一人歩きして誤解を招いている。日銀が政府から完全に独立して政策を実行できるかのような誤解を与えているのだ。しかし改正日銀法第四条「決定する金融政策が、政府の経済 政策の基本方針と. 整合的になるように義務付け」を持出すもなく、日銀は政府の経済政策の一翼を担っている。また日銀は議会への説明責任があり、さらに日銀総裁は首相が任命することになっている。つまり完全な独立性なんて有り得ない。


    たしかに日銀自身がこの言葉を観念的に捉え、暴走したことがある。速水総裁時代の「ゼロ金利解除」である。この時には政府の意向を無視し、ITバブルによるいくつかの経済数値の上昇を根拠に政策を決定した。この時には堺屋経済企画庁長官が政府委員として政策委員会に出席し、反対意見を述べたにもかかわらず、日銀は「ゼロ金利解除」を決めた(政府委員は意見を述べられるが議決権はない)。

    この時、政府内では日銀の政策決定の延期を申し入れることも検討されたほどであった(改正日銀法では政府は日銀の政策決定の延期の動議を提出することができる)。しかし当時は、多分に建前のはずの「日銀の独立性」を文字通りに解釈し、日経新聞やエコノミストは日銀の「ゼロ金利解除」政策を擁護し、政府の申し入れを連日非難していた。本誌はその様子を00/9/4(第175号)「ゼロ金利とマスコミの論調」で取上げた。

    ところがばかげたこの速水総裁の「ゼロ金利解除」政策は、ITバブル崩壊とともにわずかな時間のうちに撤回された。今度は逆に日銀は完全に守勢に回り、金融の量的緩和などを飲まされ、日本は超金融緩和へ一歩進んだ。もし本当に日銀が政府から独立できるのなら、「ゼロ金利解除」を維持すべきだったのである。


    筆者は、当時、日銀のこの行動を極めて批判的に捉えていた。またこの「ゼロ金利解除」だけでなく、円高に際し小渕政権は日銀に金融緩和を期待したが、速水日銀は金融の緩和を行わず、ことごとく政府の政策を阻害した。しかし筆者は今回の日銀の量的緩和政策の解除は当然のことと考える。さらにゼロ金利も早期に解除すべきと思っている。もちろんこのような政策が日本経済にとって決して良くないことは筆者も承知している。

    筆者が判断を大きく変えた理由は、政府の政策の変更である。少なくとも小渕政権・森政権の時には、景気回復が一番の政治課題であった。そのために財政は積極財政を採ってきた(実際に積極財政と言えるのは小渕政権発足当時だけであったが)。政府が景気回復政策を行っていたのに対して、速水日銀が一貫して非協力的だったのである。

    ところが小泉政権は、昨年の暮れにはっきりと緊縮財政に転換した。これまでは緊縮財政と言われていたが、それは表面上であり、実態は中立的な財政運営と言える。公共事業費を減額したが、それ以上に社会保障予算は増え続けていた。また国債の発行の30兆円枠を簡単に覆したり、中越地震が起れば補正予算を組んでいた。特別会計では年金の給付額が増え、保険料の徴収額と拮抗するまでになった(雇用保険も同様に積立金が枯渇するほど支払いが行われた)。しかし昨年暮れに今年度の予算を決定し、歳出額を前年より減額し、国債の発行額を30兆円を下回るものにした。明らかに緊縮財政への転換である。

    小泉政権は、口では「まだデフレは続いている」と言っておきながら、財政支出を本格的に削減し始めたのである。さらに定率減税の廃止や年金保険料・雇用保険料の値上げなど、政府はとてもデフレを意識しているとは思われない行動に移っている。このような状況では、もはや日銀だけが金融の超緩和を続ける意味がない。

    もちろん財政が緊縮に向かい、金融が超緩和から並の緩和に移行すれば、日本経済にとってマイナスになることは分かっている。経済が良くなっていないのに、長期金利の上昇によってローン金利が上昇し、借手は返済が大変になる。しかしこれが小泉政権の経済運営の実態である。これまでが速水総裁のばかげた政策の「ツケ」の支払いで、日銀だけにあまりにも負担が掛かっていたのである。


  • 日本だけが超金融緩和
    さらに国際金融市場の動きも今回の日銀の決定を後押ししている。米国の継続的な利上げに続き、欧州も利上に転換している。残るのは日本の超金融緩和だけであった。9.11同時テロ以降の各国の金融緩和政策によって、ところどころで資産のバブル現象が起っている。また原油代の上昇幅の半分くらいは、金融緩和による投機資金の石油市場への流入の影響と見られる。

    米国は2年前から金融政策のスタンスを徐々に引締めに入った。しかし日本を始めとしたアジアからの資金流入が続き、短期金利が上昇する割には長期金利は上がらなかった。実際、米国の長期金利は4%台で推移しており、長短金利が逆転する場面もあり得たほどである。

    さらに一旦米国に集まった資金は、各国の金融市場に逆流し、世界の株高を演出している。つまり米国の金利上昇政策の効果がなかなか出ていないのである。しかし欧州もはっきりと金利を上昇させるよう金融政策のスタンスを変えた。残るは日本だけになったのである。欧米の金融政策に協調するなら、日本は少なくとも超緩和の金融政策を転換する必要に迫られていたと言える。今後も日本から資金の流出が続くならば、欧米の金融政策の転換の効果が減殺されるのである。


    しかし日本の金融政策の転換は世界的なリスクと成り得ることも承知しておく必要がある。今のところそれほど顕著な影響は見られないが、徐々にこれが表れると思われる。しかし日本の金融だけが世界経済を支えるという構図もおかしなものである。

    たしかに世界的に見れば日銀の金融政策の転換決定後、各国で異変が続いている。米国では長期金利が上昇し5%台に乗った。また湾岸諸国の株価が大幅に下落している。まず日本からの資金流入が先細りになるという観測のもと、米国の長期金利が上昇したと考えて良い。また湾岸諸国の経済は米ドルと連動しており、この金利上昇によって株価が下落したものと考えられる。このように日銀の決定がけっこう意外な方面に影響を与えていると見られる。これも日本だけが最後まで超金融緩和を続けていたからである。


    福井日銀総裁は就任時「日銀は魔法の杖ではない」と述べた。金融政策で全ての経済問題が解決することは不可能であり、金融だけに頼れば弊害も生まれると筆者はこの言葉を理解している。しかしその総裁の言葉に反して、これまで日銀がやらせられた事はまさに「魔法の杖」そのものであった。これも先代の速水総裁の逆噴射的政策の「ツケ」を払わされたからと考える。

    一層の量的緩和によって、当座預金残高はなんと最高35兆円まで積み上がった。また持ち合い株解消に伴い、銀行の持つ株式の買入れまで行った。もしこのようなことを行うなら、これは政府の仕事であり、日銀の役目ではない。おそらく政府はこれ以上国債を発行したくなかったのであろう。

    しかし極め付けは、わずか1年の間に行った35兆円もの為替介入資金の処理である。為替介入を行うかどうかの判断は財務省である。しかし米ドルを買った後の円資金の処理は日銀の仕事である。通常、為替介入を行った場合、市場に放出した円資金を日銀は債券を売って回収する。これを不胎化と呼ぶ。しかし小泉政権下での為替介入では、日銀は介入資金を市場に放出したまま、つまり非不胎化政策を行った。

    これによって金融は緩和どころか超緩和となった。徐々にこれが株式市場や海外に流れたのである。これは円高によって小泉首相の自民党総裁の再選が危ぶまれた頃の日銀の行動である。もしこの日銀の行動と「りそな銀行の公的資金による救済」がなかったなら、小泉再選はなかったと筆者は確信している。小泉陣営は、海外特需に加え、これらによって株価が少し上昇したことを根拠に、「公共事業に頼らなくとも、日本経済は良くなった。これも小泉改革の成果」と風潮していた。このようにここ数年の日銀は、小泉政権にとって便利な「魔法の杖」そのものだったのである。

    しかし小泉政権も終わりが見え弱体化しており、日銀の自由度が増した。今回の日銀の決定は、このような状況を背景にしたものと考える。日銀としては速水総裁の「ツケ」はもう払い終えたということなのであろう。たしかに今回の日銀の政策転換について非難する人がいるが、日銀を非難する前に、まず政府の財政政策の異常さを問題にすべきと筆者は考える。この風潮も、日銀の金融政策の転換は人の目に分りやすいが、財政政策の変化は分かりにくいことが原因と考える(財政と言った場合、地方財政や特別会計があり極めて複雑である)。



来週は、日銀と財務省、そして政治の関係について述べる。

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03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
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