平成9年2月10日より
経済コラムマガジン


06/4/3(431号)
日経新聞のダブルスタンダード

  • 日替わりの定義
    日本の金融政策・財政政策を権力闘争の観点から取上げる予定であったが、一週間延期させていただく。これは、3月27日の日経新聞一面に「潜在成長率」の解説があり、是非ともこれを先に取上げる必要性を感じたからである。日経新聞の「潜在成長率」の解釈が、これまでと大きく変わっているのである。

    筆者は、日本経済を語る時、「潜在成長率」や「潜在GDP」はほとんど無視して良いと考えている。何故なら経済生産力(供給力)の物理的な天井である日本の「潜在GDP」が、実際のGDP(需要)よりずっと上にあるからである。つまり経済成長に関しては、需要の動向だけが問題になるのであり、供給サイド(潜在GDP)はまず考慮する必要はないと考える。したがって生産力の天井である「潜在GDP」の変化率を表す「潜在成長率」なんて、議論の対象にもならないとさえ思っている。ただしこれは今日の日本の経済に関してである(時代錯誤の古典派経済学者や構造改革派が想定しているような大昔の経済・社会の状態ではない)。


    これまで日経新聞は、3月22日6面の「潜在成長率」の解説のような説明をしてきた。ここでは「潜在成長率」を「経済成長の可能性を示す尺度。労働力や生産設備などの資源を有効に使ったときに達成できる国内総生産(GDP)の成長率を指す。」と説明している。ところで本誌が度々引用している日本銀行調査統計局の論文「GDPギャップと潜在成長率」は、「潜在GDP」を「現存する経済構造のもとで資本や労働が最大限に利用された場合に達成できると考えられる経済活動水準」と定義している。

    この両者の「潜在成長率」定義自体はよく似ており、筆者達にも納得の行くものである(実際の潜在成長率の算出方法は別にして)。「潜在GDP」は物理的な生産力の天井であり、「潜在成長率」は「潜在GDP」の変化率という解釈になる。したがって文字通りに解釈するのなら「潜在GDP」を越える実質GDPは有り得ないことになる。ただし技術的に「潜在GDP」を正しく推計することが難しいことは筆者も承知している。


    ところがである。3月27日の日経新聞一面での「潜在成長率」の解説はこれと全く異なる。ここでは「持続的な成長が可能な、経済の巡航速度ともいえる成長率。実際の成長率がこれを上回ればインフレが起きやすくなる。労働力、生産設備、技術革新など生産性の三つの要因から算出する。」と定義している。たった一週間で日経新聞は、「潜在成長率」の定義を全く異なったものに変えたのである。さらに3月31日の日経新聞三面では、「日本経済がインフレにもデフレにもならずに達成できる成長率」と、またまた潜在成長率の定義を微妙に変えている。まさに日替わりである。

    筆者の理解では、前者は理論経済学で言うところの「完全雇用、完全操業つまりフルキャパシティでの生産力のレベルの話であり、潜在成長率はその変化率」である。ところが日経新聞の新しい定義は「持続的な成長が可能な、経済の巡航速度ともいえる成長率」と訳の分らないものに変わった。端的に言えば、物理的な生産力の天井を推計することを放棄し、過去数年の経済成長率の平均値などを「潜在成長率」と言っているに過ぎない。わずか一週間で「潜在成長率」の定義が全く違ったものになっている。いや、日経新聞は両者を時と場合によって使い分けていると言う方が正確かもしれない。言うならばダブルスタンダードである。


  • 日経新聞の偏向
    ところが度々引用している日本銀行調査統計局の論文「GDPギャップと潜在成長率」も実はダブルスタンダードである。論文の冒頭で「潜在GDP」を「現存する経済構造のもとで資本や労働が最大限に利用された場合に達成できると考えられる経済活動水準」と定義しておきながら、06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」で述べたように、別のところでは「過去数年の実際のGDPの動きの平均などを潜在GDPと見なす」と、それまでと全く違う定義の数字を使っている。もっともいずれの算出方法でも「潜在GDP」と「潜在成長率」は、机上で計算されている数字に過ぎない。つまり現実の正確な潜在GDPの算出が難しいことを良いことに、数々のいい加減な方法で算出した数字を潜在GDPとして使用しているのである。

    日経新聞は、日銀のダブルスタンダードを真似ているとも言える。悲しいことに日本のほとんどの経済学者やエコノミストは、これらに異義を唱えない。それどころかこれらに近いことを言っている。したがって筆者は「潜在GDP」や「潜在成長率」という言葉が登場する文章は、まともには相手にしないことにしている。


    ここ一週間の日経新聞の「潜在成長率」の定義の急な変更を見ていると、日経新聞が慌てているというか、狼狽していることが垣間見られる。これは、最近、政府が「昨年10ー12月の需給ギャップが逆転し、需要が供給力を上回った」と発表したことがきっかけと筆者は見ている。本来、越えるはずのない物理的な天井である供給力(潜在GDP)を、ついに需要(GDP)が上回ったというのである。間抜けな話である。


    今日の経済、特に日本経済を考える時、「潜在GDP」や「潜在成長率」は気にする必要はない。たとえ需要構造が変わっても、ほとんど時を置かず供給サイドは対応できる。つまり需要があればどれだけでも経済は成長するのである。「潜在GDP」や「潜在成長率」の正しい算出方法なんて、暇人が南海の孤島で飽きるまで議論しておれば良いことである。

    実際、供給サイドがところどころでネックになっている中国でさえ、旺盛な需要を背景に経済は急成長している。中国は電力が不足して、工場が週に3日、4日しか操業できない状態にもかかわらず、毎年10%の経済成長を続けている(このため中国では、最近発電設備への投資が激増し、数年で供給力が需要を上回る見通し)。何故、日本が供給サイドが問題になって、年間2%しか経済が成長できないと言っているのか理解できない。供給サイドを問題にする人々は、農業、手工業、そして単純な機械工業が中心だった時代の経済を念頭にでも置いているのであろう。実際、構造改革派の人々は、古典派の古臭い経済理論の信奉者である。


    日銀は、需給ギャップがほとんどなくなり、デフレの心配がなくなったと量的緩和政策の解除を決めた。しかし一般の消費物価が上昇する懸念はない。筆者は、政策転換に際して日銀はむしろ需給ギャップうんぬんの話を持出すべきではないと考える。問題があるのは資産インフレの方である。特に土地は再生産ができない財であり、供給サイドにネックがある。全国的にはまだ地価は下落を続けているが、地価総額の大半を占める大都会の地価が上昇し始めている。まだ心配するほどの上昇ではないが、超緩和の金融面のスタンスを変えても良い時期ではある。だいたい金融政策だけで、デフレからの脱却を考える政府の政策がおかしいのである。

    「潜在成長率」の件だけでなく、日経新聞の論調は極めて偏向している。「赤旗」や「聖教新聞」と同じと考えて良い。むしろ「赤旗」や「聖教新聞」の場合、機関紙として認識されて読まれているのに対して、日経新聞が中立を装っていることの方が大問題である。これまで98/2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」などで本誌が取上げたように、日経新聞はインチキ経済理論まででっち上げてきた。最近、筆者が知っているエコノミスト(有力外国紙にも定期投稿している)は、日経新聞があまりにも酷いので、怒って日経新聞の購読を止めたという話である。



来週は日本の金融政策を権力闘争の観点から取上げる。

3月31日のテレビ朝日系「朝まで生テレビ」はなかなか面白かった。テーマは「格差社会」であった。これについてはこれまでも何回かこの番組で議論されてきた。しかし今回は、具体的なリフレ政策まで一歩踏み込んでいた。構造改革派によってがんじがらめになっていた日本のメディアにも、少し変わる気配がようやく出てきたのであろうか。近いうちにこれを取上げることにしたい。

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06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05/12/19(第418号)「日本人の変質」
05/12/12(第417号)「日本的経営の行く末」
05/12/5(第416号)「アメリカ人」
05/11/28(第415号)「遠ざかる豊かな社会」
05/11/21(第414号)「移民問題と市場経済」
05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」
05/11/7(第412号)「第三次小泉内閣の感想」
05/10/31(第411号)「現実経済の乗数値」
05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
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05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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