平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




05/10/31(411号)
現実経済の乗数値

  • 実質GDP押し上げ効果
    公共投資の乗数値が低下しているという指摘がある。この影響があるのか、公共投資に反対する立場の人々から「公共投資の景気押上効果はもうなくなった」という暴論が出る始末である。今週はこれを検証する。ただ結論から申せば、筆者も多少は公共投資の乗数値が低下していると見る。しかし公共投資の経済効果がなくなったということでは決してなく、むしろ依然として公共投資の経済効果は大きいと考える。ただこの議論の対象になる公共投資の乗数値は、机上の理論値ではなく日本の現実経済における乗数値である。

    ここで政府(内閣府)が公表している各経済数値の実質GDP押し上げ効果を示す。これは平成15年11日4日(日経の5日に掲載)内閣府が公表した、経済金融政策が日本経済に及ぼす最新の経済モデルの試算結果である。各数値は各々1%増減した場合の実質GDPの増減率である。短期金利は1%の利上げの場合である。また( )内は98年の旧モデルの数値であり、合計は筆者が算出した。

    実質GDP押し上げ効果
    公共投資所得税減税消費税増税短期金利
    1年目1.14(1.12)0.48(0.62)▲0.18(▲0.14)▲0.60(▲0.05)
    2年目1.13(1.31)0.63(0.59)▲0.29(▲0.17)▲0.80(▲0.25)
    3年目1.01(1.10)0.58(0.05)▲0.24(0.10)▲1.12(▲0.64)
    合計3.28(3.53)1.69(1.26)▲0.71(▲0.21)▲2.52(▲0.94)


    筆者は、この公共投資と所得税減税の実質GDP押し上げ効果が、世間で言われている現実経済における乗数値と理解している。また消費税増税と短期金利利上げの効果は、乗数効果とは別の概念であるが、参考までに掲載した。なおこの表以降、新しい数値を見かけないので、筆者はこれが最新のデータと考えている。


    たしかに内閣府のデータでも、公共投資の実質GDP押し上げ効果の数値は、98年の旧モデルに比べ、若干小さくなっている。これは筆者の想定とほぼ一致する。この公共投資の乗数値が低下が偶然なものではなく、不十分ではあるが理論面からも説明できると思われる。

    ケインズの乗数効果では消費比率、あるいは消費性向をcとすれば乗数値は1/1-cとなり、cが一定なら乗数値も一定ということになる。もし乗数値が低下したというなら、cが小さくなったということになる。しかし現実は、cはほぼ一定か反対にやや大きくなっていると見られる。国民は貯蓄を増やすどころか、むしろ貯蓄を取崩す傾向が強くなっているのである。高齢化もこの傾向に拍車をかけている。つまり消費比率、あるいは消費性向cは大きくなっている可能性の方が大きい。

    したがって現実経済の乗数値の低下を、ケインズの乗数効果の考えでは説明できないのである(そもそもケインズの乗数効果は短期静学と抽象的な概念であり、所得創出効果は一瞬のうちに波及するということになっており、これも現実と合致しない考えである。乗数効果の波及は、経済循環の中で時間を要すると考える方が自然である。)。やはり現実経済の乗数値の低下を説明するには、先週号で説明した誘発投資(サミュエルソン流の誘発投資ではなく、筆者が唱える誘発投資の拡張版)を取上げる必要があると考える。

    先々週号で説明したように公共投資には二つの種類の誘発投資が考えられる。まず第一には公共投資に伴う工事に付随した民間の投資である。公共投資が増大すれば、建設・土木会社によって工事に関わる設備投資が行われる。具体的には工事用の重機やトラックへの投資である。第二の誘発投資は、先週号で詳しく取上げた、道路などの交通インフラができることによって誘発される、商業施設などの民間の投資である。

    まず第二の誘発投資から説明する。公共投資によって交通インフラが完成すれば、なんらかの民間投資が誘発されると考える。しかし現実に誘発される民間投資と、交通インフラへの公共投資との因果関係を数値で関連づける事は極めて困難である。両者の関係は漠然としている。つまり交通インフラへの公共投資額と、それによって誘発される民間投資額の関係を金額的に関連づけることは実際に難しい。

    例えば高速道路が建設されても、その高速道路と結ぶ幹線道路の整備がなされたり、インターチェンジが作られたりしなければ、工場の進出や住宅地の開発が難しいケースがある。また港湾が単独に整備されても、その港湾からの交通網が整備されない限り、民間の投資を呼込むことができない。逆に将来の高速道路の建設を見越して、工場を進出させる企業もある。しかし全体的に見て、この種の誘発投資はリスクが大きい。したがって特に日本経済が長期低迷する今日では、第二の誘発投資が小さくなっていることは考えられる。新しい交通インフラが完成したと言っても、企業は誘発的投資に慎重になっていることが考えられるのである。

    一方、第一の公共投資に伴う工事に付随した民間の投資が小さくなっていることは、十分可能性がある。年々、公共投資額は減少している。また公共事業費の削減と共に、工事単価も引下げられている。公共事業で利益を生むことが段々難しくなっているのである。したがって公共投資に関わる企業は合理化を進めざるを得ない。したがって公共投資がなされても、工事に付随した民間の投資を簡単には行わない。

    以前なら自前のトラックや建設重機を購入していたものを、レンタルするようになっている。レンタルの利用が増えることによって、国全体で見れば工事用トラックや建設重機の稼働率は上がっている。つまり合理化によって無駄がなくなっているのである。

    工事の工法も合理化されている。ユニット化が進み、かなりの部分が工場生産になっている。典型的なのが橋梁である。以前なら橋梁は、現地で足場を組み建設されていた。しかし今日橋梁は工場生産が増えている。工場で生産され、トレーラーで運ばれ、ボルトでジョイントすれば完成である。本四架橋も工場で作成され、船で現地に運ばれた。これによって以前のような足場を組み、完成後これを解体・撤去という作業がなくなった。もちろん人手も大幅に削減されている。

    このように公共工事が合理化され、無駄が少なくなっている。無駄が少なくなると言うことは、それだけ公共投資に伴う第一の誘発投資がそれだけ小さくなることを意味する。無駄と公共投資の経済効果とは裏腹の関係にある。しかし上の表で解るように、小さくなったと言われている公共投資の乗数値であるが、所得税減税の乗数値より依然としてずっと大きいのである。


  • 「真水」の乗数値
    乗数効果に関して残る課題が、大都市と地方の公共投資の乗数値の大きさである。ケインズの乗数理論なら、両者に違いはない。しかし誘発投資(サミュエルソン流の誘発投資ではなく、筆者が唱える誘発投資の拡張版、さらに厳密に言えば前段で説明した第二の誘発投資)までを考慮すれば、特に交通インフラの公共投資の乗数値は大都市が地方を圧倒していると考える。反対に誘発投資を伴わない一般の公共投資では、両者の乗数値に違いが生じないと見ている。

    それでは地方の交通インフラへの公共投資は無駄とまでは言わないが、交通インフラへの公共投資は大都市を最優先すべきという意見が出そうである。少なくとも誘発投資を含めた乗数値を考えるとそのような結論になる。ところが予算ベースの話になれば、話が全く異なってくる。問題は土地代である。


    公共投資予算は、実際の工事代と土地の取得費用に分けられる。工事代は乗数効果を生む。しかし土地代金は、ほとんどが預金され、ここで乗数効果が中断する。極端なケースでは、土地代の乗数値をゼロと見なす考えがある。本予算や補正予算の公共投資の経済効果を予測する場合、よく「真水」という表現が用いられる。公共投資の予算額から土地の収用費用を差引いた金額が「真水」である。土地代は乗数効果がなく、「真水」部分だけが乗数効果を生むという考えがある。したがって緊急の景気対策には、なるべく土地の収用を含まない案件が選ばれている。

    筆者は「土地代の乗数値をゼロ」とまでは考えない。土地を売った人々がデパートで派手な買い物をしているという話を聞くように、土地代の一部は消費に回っていると見る。しかし消費に回る部分は極めて小さいと見る。したがって土地代の部分は乗数効果がないと割切ることは決して不合理ではないと考える。


    特に交通インフラへの公共投資は、土地の買収がつきものである。もちろん地方より、大都市の方が比べようもないほど地価が高い。大都市における交通インフラの新規の建設の場合、予算の大半が土地代に消えることも有り得るのだ。その点地価の安い地方の方が優位である。たしかに出来上がった交通インフラの誘発投資は、大都市の方が大きい。しかし公共投資に土地の買収を伴う限り、いくら都会では誘発投資を生むと言っても、予算ベースでは地方の交通インフラへの公共投資の方が、乗数値はむしろ大きいとも考えられるのである。

    さらに土地の買収費用が乗数効果を生まないとしたなら、土地の買収の必要がない従来型の公共事業の経済効果も見直す必要がある。また本誌は長い間、大都市における大深度の地下鉄の建設を主張してきた。大深度なら土地の買収費用がいらないからである。このように公共投資については、その効果の評価は、細かく見る必要がある。しかし世間では、地方の交通インフラ整備や従来型の公共投資は無駄といった、根拠のないデマがまかり通っている。なげかわしい事である。



来週はアメリカという国を取上げる。

次期のFRB議長にCEA委員長のバーナンキ氏が指名された。昨年、日本経済復活の会がクライン博士を招いてシンポジウムを開催し、我々もこれを手伝った。この時、前年に行われた日本金融学会でのバーナンキ氏(当時FRB理事)の講演内容をシンポジウムの基調論文の一つにしようという話があった。その辺りは04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」で述べた通りである。バーナンキ氏の評価は概ね良好である。バーナンキ氏は、日本に対してリフレ政策や日銀の国債の買増しなどを提案している。この提案を見ても、筆者はバーナンキ氏を常識的な経済人と評価する。米国は、色々と問題を抱えているが、やはり覇権国家である。覇権国家では常にリアリズムというものが働くのか、要職にはちゃんと納得できる人物を据える。一方、日本は覇権国家から離れて久しく、浮き世離れした人々が政権の中枢に居座っている。構造改革派という奇妙な宗教団体に占拠されているのである。

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05/10/24(第410号)「公共投資に伴う誘発投資」
05/10/17(第409号)「誘発投資の拡張版」
05/10/10(第408号)「経済理論上の乗数」
05/10/3(第407号)「政治家達の沈黙」
05/9/26(第406号)「大谷氏への公開質問状」
05/9/19(第405号)「デマの検証」
05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」
05/8/29(第403号)「今回の総選挙を読む」
05/8/22(第402号)「今回の総選挙の沿革」
05/8/8(第401号)「中国経済の本当の脅威」
05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」
05/7/25(第399号)「経済のグローバリズムの行末」
05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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