平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




05/9/19(405号)
デマの検証

  • 小泉自民党のデマ
    今回の衆議院選挙において、小泉自民党の主張はほとんどがデマであった。しかし本誌などがこれらをデマと指摘しようにも選挙期間中は、ホームページの更新をためらわれた。テレビなどの各党代表による討論では、自民党の主張のおかしさや矛盾を野党は攻撃した。ところが番組司会者が巧みに話をそらしたり、時間がないという理由で野党の話を中断していた。

    デマは政治につきものであり、昔から人々を扇動するために用いられた。しかし過去においてデマ的主張を行ったのは野党の方である。ところが今回デマをフルに使ったのは与党であった。これまでの自民党は責任政党ということで、主張や発言は地味であったが、どこか誠実さというものがあった。しかし今回の小泉自民党の主張は、一転して丸ごとデマになった。


    以前、社会党や共産党は「若者に二度と銃を持たすな」と日米安保や自衛隊に反対していた。日米安保や自衛隊の存在が即、戦争に繋がるなんて、今となってはばかげた主張であった。野党は日本の原子力政策にも反対し、原子力船「陸奥」が事故を起こした時には「放射線がたまり、そのうち大爆発を起こす」と騒ぎ立て、原子力船「陸奥」を廃船に追込んだ。放射線がたまり爆発を起こすなんて非科学的な野党の主張が、マスコミを通じ、不思議なくらい力を持った。

    消費税導入後、社会党の代議士は「街で、100円のお菓子を、消費税分の3円が足らなくて買えないと泣いていた子供がいた」と国会でつくり話を展開していた。この直前の参議院選挙で、社会党は空前の勝利を収めていた。何れにしてもこのようなデマが通用するには、マスコミがこれを取上げ、増幅する必要がある。当時は、マスコミが反体制であり、野党が次々とデマを繰出していた。


    小泉自民党のデマのいくつかを取上げる。「郵政民営化によって26万人(38万人と言っていたケースもあるようだ)の公務員が削減される」もその一つである。あたかも郵政民営化によって、26万人の公務員が削減されることによって、その人件費分の財政支出が節約できるかのような印象を人々に与えている。しかし郵政公社は、今も独立採算制であり、公社職員の人件費を賄っている。郵政が民営化されても財政に影響はない。単に統計上の公務員の数が減るだけである。

    「郵政公社のままでは、法人税を納めないため、競争上民間企業より優位である」もデマである。郵政公社は1兆円の黒字となっているが、半分が国庫に納付されることになっている。これはむしろ民間より重い負担である。もちろんこのような単純なデマはテレビの討論で野党から攻撃されている。しかし小泉自民党の代表は、デマと分かっているこのような話を何回も持出す。要するに小泉自民党は「デマをデマ」と承知しながら、そのデマで視聴者を扇動しているのである。しかしこのような簡単に嘘と解るデマ話にも騙される有権者が多いことを知っている。


    悪質だったのが「郵政を民営化すれば、郵貯・簡保の340兆円の資金が民間に回り、日本経済はスランプが脱出できる」と言うデマである。このデマには、郵貯・簡保に資金が集まっているから、日本経済の調子が悪いという主張が常に伴っている。しかし日本のように民間企業に資金需要が乏しく、民間の銀行でさえ国債を買っている状態では、たとえ郵政を民営化しても郵政マネーは民間に流れない。

    大体、現状においても郵政公社は、資金の一部を自主運用している。必要なら自主運用のルールを少し改正すれば、民営化する必要はないという話になる。つまり小泉自民党は、郵政を民営化すれば、資金がどんどん民間に回るような幻想を振りまいていたのである。筆者は、たとえ郵政が民営化され、自主運用の金額が増えても、その大半の資金は国債・財投債・財投機関債・地方債の購入に充てられると考える。これら以外と言った場合は、日本国内の民間の資金需要が弱い現状では、海外に流出することが考えられる。しかしいずれにしても、郵政の民営化によって、日本の民間への投資が増え、日本経済が活性化するというにはならない。

    テレビの討論において、民主党を始め野党は、小泉自民党の主張の間違いや矛盾を指摘し、議論に勝つことを第一に考えた。しかし小泉自民党は、デマがデマとしてバレてもかまわないという戦術であった。むしろ民主党の3%の年金目的の消費税を増税として攻撃する方が有権者にアッピールすると考えた。議論で勝つことより、どれだけ徹底してデマを流すことができるかが勝負として見ていたのだ。考えてみれば、この作戦は4年間のいい加減な小泉首相の国会答弁と重なる。


  • 事前的(ex ante)と事後的(ex post)
    前段の最後のテーマは重要である。かなりの分野の人々の間に「貯蓄イコール投資」という概念が罷り通っている。たとえば郵貯マネーという貯蓄は投資に回るのが当り前と決めつけている。したがって郵貯マネーが民間投資に回らないから景気が悪く、またこの資金が官で無駄に使われているから日本の競争力が衰えたといったデマが横行している。したがって郵政を民営化して、郵貯マネーが民間に流れるようにすると主張しているのだ。もちろんこれもデマである。

    「郵政の公務員の民間人化」や「郵政公社の法人税」の話は単純なデマであり、だまされるのはB層の人々くらいのものである。しかし「郵貯資金が民間に流れないから景気が悪い、したがって日本経済の再生には、どうしても郵政事業の民営化が必要」という悪質なデマは、相当広範囲に浸透している。B層の人々だけでなく、マスコミ人や経済人や政治家や、驚くことに経済学者までもこれに汚染されているのだ。


    この考えについて、筆者は理論経済的観点から考察してみる。ケインズは、最初に決まるのは貯蓄ではなく、投資(経済モデルを拡張すれば、民間の投資に加え、政府支出や輸出と言った自生的支出)であることを指摘した。投資などの自生的支出の額が決まれば、この自生的支出が元になり、乗数効果によって所得が決定する。所得が決まればこの一定割合が貯蓄となる。この貯蓄額は、事後的(ex post)に投資などの自生的支出の額と一致するということがケインズ経済学の核心である。

    ケインズが批難の対象にした古典派経済学では、日本の構造改革派と同様、貯蓄は自動的に投資に回されるということになっている。つまり事前的(ex ante)に貯蓄=投資ということが約束されていると言うか、むしろ事前的(ex ante)、事後的(ex post)という概念そのものが欠落していると考える。


    ケインズのこの指摘は重要である。ケインズは古典派の経済理論の土俵の上で理論を展開した。「あなた達の言いたいことはこう言うことでしょう」という具合である。貯蓄と投資が常に一致するということは、古典派理論では金利がパラメータとして上下に動いて実現するとケインズは指摘する。一方、ケインズは所得がパラメータとして動き、事後的(ex post)に貯蓄と投資は一致すると解いている。

    貯蓄と投資が一致しない場合、ケインズ理論と古典派では、結果に相違が出る。たとえば投資が貯蓄より小さい、つまり過剰貯蓄の場合、ケインズ理論では有効需要が不足し、投資額と見合う貯蓄額しかできないような水準まで所得が減少することになる。つまりそれだけ経済活動が低下するのである。これは日本経済の今日の状況にかなり一致する。したがって貯蓄が投資額より大きい場合、他の自生的支出項目である政府の財政支出増やして(余った貯蓄を国債を発行して集め、財政赤字を増やす)、投資の不足分を補えば、経済規模、つまり国民の所得の水準は維持することができるとケインズは主張する。この辺りについては、2年前本誌の03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」で詳しく述べた。

    実際、今日の小泉政権の経済運営も、先週号05/9/13(第404号)「選挙結果の雑感」で「2003年度の一般政府の経常収支は14兆7千億円の赤字」と指摘したように、ちゃんとと言うか、中途半端なケインズ政策を行っている。したがって低レベルながら日本経済がどん底に転落することだけは避けられているのである。小泉自民党は「一般会計で歳出を削って、小さな政府政策を行っているにもかかわらず、景気が回復している」「これも構造改革の成果」と主張しているが、これはとんでもないデマである。経済のメカニズムにおいて政府部門の収支は、一般会計だけでなく、特別会計や地方の財政も含めた一般政府の経常収支で見るべきである。今日、これまでずっと大幅な黒字だった年金の収支がトントンになり、失業者増によって雇用保険の積立金がほとんどなくなるほど失業手当が給付されている。


    これが古典派の理論の場合、投資が貯蓄を下回っても、この時には金利が低下し、これによって貯蓄が減ると同時に投資が増え、両者が釣合う。つまりいつも貯蓄=投資となり、需要の不足は起らない。しかしケインズが指摘するように、大きなデフレギャップが生じている時には金利がどれだけ低下しても投資は増えない。これをケインズは「流動性のワナ」と説明している(筆者はこれまで「流動性のワナ」という表現を敢て避けている。これはケインズの金利の概念が、実質なのか、名目なのかはっきりしないからである。おそらく名目であろと思われるが、名目金利、実質金利という概念は、ケインズと同世代のフィッシャーが提唱し始めたものである。)。「流動性のワナ」の概念を別にして、ゼロ金利でも民間投資が伸びない日本の金融情勢を見れば、少なくとも古典派のご都合主義の理論が全く成立たないことは赤ん坊でも解る。

    ところが日本のインテリと呼ばれる人々がこの赤ん坊以下なのである。郵政を民営化すれば、郵貯マネーが民間に流れると固く信じている。つまり郵貯マネーが民間に流れないから経済がスランプなのだと決めつけている。しかし民間企業は、いくら借入が楽でも、需要が伸び期待収益率が大きくならなければ(儲かることがはっきりしない限り)、借入をして設備投資をすることはない。むしろこのような資金は、政府が借入れて、財政支出に使った方が国全体の有効需要が増え、強いては民間にも投資機会が増えることになる。このような簡単な事が、小泉自民党の支持者には理解できないのである。


    政治家だけでなく、政策に携わる官僚も貯蓄が自動的に投資になるという経済理論(デマであるが)を信じ切っている可能性がある。これはケインズ達が60年以上も前に論破した古典派の経済理論の神髄である。ところが一時英米のような先進国の間で、財政支出が増大し、財政赤字が増大した原因をケインズ政策のせいにして、ケインズ理論そのものを否定する風潮が強まった。この影響が日本にも及んでいる。しかしケインズは、一国の経済がデフレに陥った時こそ政府支出が有効と説いたのであり、決してインフレ状態の時の財政支出の増大を主張したのではない。そしてケインズ理論が誤解されているだけでなく、ケインズによって完全に否定されたはずの幼稚な古典派理論が逆に復活しているのにはあきれる。



来週は、いかに小泉自民党のデマ戦略が効果を上げたかを検証したい。また大谷昭宏というジャーナリストがテレビで、さかんに自民党を追出された郵政法案に反対した議員を、「汚れた鳩」と表現していることも取上げたい。

本文でも述べたが、古典派の経済理論は、19世紀以前の経済を前提にしたものである。通貨制度も金本位制、銀本位制の世界である。しかし今日の先進国では、銀行の信用創造や中央銀行による通貨創造が可能である。さらに経済活動が活発なら、他国から資金が流れて来る。つまり自国に貯蓄がなくとも、外国からの資金流入によって投資や消費が行われ、経済成長が可能である。貯蓄がほとんどほとんどなされない米国でも資金が外国から流入し、経済成長を実現していることを見ればこれが理解できる。需要がある国、また経済活動が活発な国には資金が流れて来る。逆に日本のような政府自体がデフレ指向の国では、民間の銀行までが国債を買っている。「郵政民営化こそ改革の本丸」なんて、デマもいいところである。

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05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
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