平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




05/7/25(399号)
経済のグローバリズムの行末

  • 危うい欧州連合(EU)
    世界的に経済のグローバリズムは進行している。まず韓国・台湾、そしてAPECなどのアジア諸国の経済発展があり、さらにベルリンの壁の崩壊後、ロシア、中国、そして東欧などの旧共産国家が世界市場に登場してきた。また工業製品だけでなく、米国主導によって資本や金融の分野の自由化が押し進められてきた。

    交易の活発化のため、WTOなどの交易のルールを定める国際的な機関や取決めが整備された。しかし世界的な交易の統一ルールの作成が困難であることがはっきりしてきた。この大きな原因は、経済のグローバリズムが、決して全ての国民レベルに幸福をもたらさないと分かってきたからである。どうしても経済のグローバリズムで割を喰う人々が生まれる。徐々にどの国でも国内に不満を持つ人々の割合が大きくなり、全ての国の利害を一律に調整することが困難になってきた。

    そこで経済のグローバリズムの信奉者達は、世界的な統一ルールを作ることをほぼ断念し、組み易い国との自由貿易協定(FTA)を結ぶ方向に方針を転換している。手当りしだいに色々な国とFTAを結べば、なんとか自由貿易に近付くという訳である。一般にFTAは、先進国と発展途上国や中進国との間に結ばれる。一方先進国同士は、既にほぼ自由貿易が実現している。

    一方では個々の国同士ではなく、近隣の国々が一つのグループになって自由貿易圏を作るケースが目立つ。欧州連合(EU)や北米自由貿易協定(NAFTA)などが代表例である。アジアでも東アジア経済統合の構想が持ち上がっている。これはAPECから米国を除いた国々の共同市場構想である。もっとも米国はこの東アジア経済統合の構想に反発している。


    その中でも欧州連合(EU)が、今後の経済のグローバリズムの行末を占う上で参考になる。先々週号で、今日の自由貿易のための施策が関税や補助金の調整に限られており、これだけでは公正な競争が担保されないことを指摘した。長らく各国の関税や補助金をなくすことが、公正な交易を保証する政策と見なされてきたが、それだけでは全く不十分である。各国のこれ以外の為替、環境、労働、厚生福祉などの政策などによって交易の不公正が生まれる。特に為替操作によってとてつもなく大きな不公正が生まれている。

    EUは統一通貨ユーロの採用によって、この為替変動の問題をクリアしようとしている。しかしこれにはまずスタート時の各国通貨のユーロの換算比率が適正かどうか問題になる。EUの中でも旧EU加盟国の先進各国は、それまで変動相場制を採用していたので、ユーロへの換算は、これに準拠して行うことによって問題は生じない。問題はチェコやポーランドなどの旧共産国家である新加盟国である。しかし新加盟国の人件費が旧EU加盟国の5分の1から6分の1ということから、購買力平価から著しくかけ離れた換算比率は用いていないようである。中国の人件費が20分の1とか30分の1といったデタラメな為替の設定をしていることと比べれば、穏当な換算比率の水準だったと考えて良い。

    環境、労働、厚生福祉などについては、EU各国は特にこれらに神経質であり、なんとか調整がつくものと考える。このように見てくると、欧州連合(EU)は統合するための有利な条件が比較的揃っている。問題があるとしたなら、旧加盟国と新加盟国の間の大きな経済格差である。

    しかしそれにもかかわらずEUの拡大と統一通貨ユーロの採用は、先進国の旧EU加盟国の経済にかなり大きな影響を与えている。旧加盟国の中で、第二次産業の比率が高い国がドイツとイタリアである。そして経済の調子が特に悪いのがこの二カ国である。たしかに人件費の安い新加盟国への直接投資が増えており、これがドイツとイタリアの経済にとって打撃になっている。イタリアではユーロからの離脱を真剣に検討されているくらいである。


  • EU統合と東アジア経済統合
    先週号で経済のグローバリズムの進展は、一つの国の中で都会に有利、地方に不利という話をした。しかしこれは都会と地方の各々全体の話である。ところが同じ都会に住んでいても、競争に晒されている人々とそうでない人々がいる。当然競争に晒されている人の所得は低い。むしろ地方より都会の方が所得格差が大きいと考えられる。そして経済のグローバリズムの進行は、都会の人々の間の所得格差を一段と広げる。

    経済のグローバリズムの話といっても、地方にとっては主に「物」の交易が問題であった。ところで都会の経済は、ほとんどがサービス業で成立っている。しかし同じサービス業でも参入障壁が高いものと低いものがある。参入障壁が低いものでは競争が激しくなり、所得は低くなる。都会の住民にとって経済のグローバリズムの進行は、「物」の交易より「人」の移入、つまり出稼ぎ労働や移民の方が問題である。


    出稼ぎ労働や移民はほとんどが参入障壁が低い単純労働に就く。このことはこれまで単純労働に携わってきた人々の職を脅かすだけでなく、低い賃金をさらに低くする。フランスとオランダでEU憲法採択が国民投票によって否決された。両国の国民がさらなるEU統合に拒否反応を示したのだ。ドイツに比べ、フランスの経済の方がましなのにかかわらずである。それというのもEU憲法が域内の「人」の移動の自由化を含んでいるからである。つまり地方は主に「物」の交易に反発し、都会の低所得層は「人」の移入に反対したのである。たしかに経済のグローバリズムの進展は、都会に有利であるが、都会の中でも競争に晒されていない人々にだけ特に有利なのである。


    経済のグローバリズムの本質が明らかになるにつれ、人々の反発が激しくなっている。本誌はずっと取上げてきたが、数年前からWTOやIMFの総会が反グローバリズムNGOに取巻かれる騒ぎになっている。サミットも人里離れた処でしか開催できなくなっている。ところが日本のマスコミだけは、このような事態をまともには取上げようとしない。まるで反グローバリズム運動を「一部の跳ね上がり者」がやっているといった感覚である。

    EU各国は昔から互いに経済の依存関係が深い。宗教上もキリスト教という共通の精神基盤がある。歴史的にもローマ帝国やハップスブルグ家の支配を受けたことがある。各国の王家も姻戚関係にある。また完全ではないとしても、各国の人々はいくつかの国の言語を操る。さらに第二次大戦の反省から、この地域での戦争を回避したいという強い共通の思いがある。つまりこれまで述べてきたような統合に好条件が揃っているEUでさえ、経済の統合に躓いているのが現実である。


    経済のグローバリズムは反省期に入っている。ところが前段で取上げたように「東アジア経済統合」なるものの構想が浮上している。しかし本当に欧州連合(EU)みたいなものが、アジアで実現するかということである。EUは躓きながらも、共同市場の創設と統一ユーロの導入まで来ている(将来はどうなるか不透明であるが)。これもヨーロッパには、曲がりなりにも数々の共通の基盤があるお陰である。

    久米宏の日本テレビ系の「A」という番組が早々打切りになる。アジアと日本の関係を取上げた番組であったが、あまりにも視聴率が低かったからである。実際、日本人にはアジアの一員という自覚が薄い。「日本人は日本人」という感覚である。多くの人々がアジアにそれほど関心がないのに、一部の人間が「グローバリズム」と騒いでいるのである。日本とアジア諸国との間には、あまりにも共通の基盤がないのである。「東アジア経済統合」については改めて取上げる。



来週号は、日本経済にとって一番の問題になっている対中経済交流を取上げる。

道路公団の橋梁メーカの談合事件をきっかけに、公共事業の発注方法が問題にされている。先週のテレビ朝日系サンデープロジェクトでも、これを取上げていた。「談合」が必ずしも「悪」と言えないと主張する、元建設省官僚の参議院議員の発言に対して、番組のコメンテータだけでなく、ネットでも厳しく糾弾する意見が溢れている。しかしそのほとんどは「談合」は法律違反だから「悪」といった単純な決め付けである。まるで教科書に書かれていることが、全て正しいと思い込んでいる受験生のような意見である。「談合」が「悪」としても、どの程度の「悪」なのかまるで問題にしない。

長野県は公共事業の入札方法を指名入札から一般入札に変え、落札率が予定価格の70%になった。この番組で長野県の入札制度を監視する団体の代表の弁護士がこれを誇っていた。しかし予定価格の70%で落札した業者はどんどん倒産している。これを指摘されたが、この弁護士は能面のような表情で「長野県は、それだけ土木・建設業者が多過ぎたためだ」と冷たく言い放っていた。この弁護士は、倒産した企業の関係者がどのように苦しい思いをしているのか、想いが及ばないようだ。

ばかなコメンテータは、長野の例でも分るように、日本の公共事業は3割ほど談合で高くなっていると主張していた。要するに全国の公共事業の入札方法を長野方式に変えれば、工事代は予定価格の70%になると単純に考えている。しかし年々予定価格の算定が厳しくなっていることを全く無視している。工事単価が確実に下げられていることを知らないらしい。今日においては予定価格の90%以上でなければ、とても利益が出ないとしたなら、70%で落札した業者がいずれ倒産するのは当り前である。

仕事がなく追い詰められた業者が70%で落札したと考えるべきである。とにかく仕事がないのである。筆者は、公共事業の支払いサイトが短いことが、このような無茶な応札を生んでいると推測する。損失が出ることを覚悟して、資金繰りのために工事を受注しているのである。まるで高利の資金を借りて事業を行っているようなものである。しかし一日でも生き延びれば、可能性は小さいがそのうち政策が変わり、なんとかなるかもしれないと考え、業者は安値の応札をしているのである。ところで長野県は都道府県の中で唯一借金が減っており、これが何も考えない人々からは評価を受けているらしい。しかし県の借金が減ることが、必ずしも県民の幸せに繋がらないと筆者は考える。

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05/7/18(第398号)「経済のグローバリズムの本質」
05/7/11(第397号)「郵政法案と小泉政権の行方」
05/7/4(第396号)「経済のグローバリズムと競争の公正」
05/6/27(第395号)「日本語の研究」
05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」
05/6/13(第393号)「日本国民全員がばん万歳の政策」
05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」
05/5/30(第391号)「マクロ経済政策で解決するもの」
05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」
05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
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05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
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04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
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04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
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04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
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04/6/14(第348号)「対談の論点」
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04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
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03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
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03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
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03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
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03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
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03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
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