平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




05/5/23(390号)
ヴァーチャルなもの(その2)

  • ヴァーチャルな数字がいっぱい
    経済状況を示す数字には、実態を示すものと、ヴァーチャルな、つまり虚構のものがある。ただ実態を示す数字とか、ヴァーチャルな数字と言っても絶対的なものではない。経済数字の中には、比較的に実態をあらわす数字と、ほとんど虚構に近い数字があると理解して良い。またヴァーチャルな数字と言っても、昔からずっと虚構の数字だったということではない。

    経済の諸情勢の変化に伴い、経済数字の持つ意味が変わっている場合がある。例えば政府が最近大胆な為替介入を行うようになって、国の債務残高の意味合いが変わった部分がある。為替介入は、円貨による借入を起こし、これで米ドル資産を買うことによってなされる。つまりたしかに為替介入によって国の借金は増えるが、一方で米国国債などの資産も増えるのである。したがって筆者は、実際の国の財政を考える場合、債務残高ではなく、債務残高から金融資産を差引いた純債務額を問題にすべきと主張するのだ。


    また国の債務残高の経済に与える影響も、デフレギャップが存在する場合と、そうでない場合では異なる。さらに国に過剰貯蓄がある場合と、貯蓄が不足している場合でも異なる。これらについては本誌でも何回も取上げてきた。しかし今日、国の財政を問題にする人々は、どういう訳か、これらの前提条件を全て無視した議論を行う。

    国の財政を問題にする財政再建原理主義者や構造改革派の人々は、国の債務残高をしつこく問題にする。しかし金利が考えられない程低く推移していることや、物価が上昇しないことに一切触れない。そして「借金時計」などを使って視聴者を脅す。まさに詐欺師と同じ手法である。


    世の中の情勢の変化によって、ヴァーチャルな度合が大きくなった経済数値は他にも多い。失業率もその一つである。失業率算出の際の分子の失業者数は、一定期間に求職活動を行った人数である。しかし失業者数は、ハローワークに出かけ求職活動を行った者しか対象にされていない。しかしあまりにも採用の可能性が低かったり、仕事の条件が悪くなっているので、失業しているにもかかわらず求職活動を断念している人が増えている。しかしこのような人々は失業者数に含まれない失業者である。

    また正社員が減り、臨時雇用が増えている現状では、今日のような失業率の集計方法では失業の実態を把握できない。例えば就職先が見つかるまで、とりあえずアルバイト・パートをやっている人は求職者にならない。また就職そのものを断念したニートと呼ばれる人々も失業者から除外される。

    さらに失業手当の支給基準が最近厳しくなっている。失業手当が支給されないなら、ハローワークに用はないという人がいて、ハローワークでの求職数が減っている可能性が強い。これらのようなことが原因で求職者数が減れば、失業率は自然と小さくなる。つまり今日公表されている失業率はヴァーチャルそのものである。


    最近、高卒者の就職内定率95%になったと新聞報道されているが、この数字もヴァーチャルである。高卒者の求職活動は、半年以上前から始まるが、あまりの厳しさに就職をあきらめ、進路を変更する者が続出する。求職者の減少は卒業まで続くので、卒業の時点でほぼ100%の就職内定率が実現するという仕組である。各地の有効求人倍率もあやしい。まず企業から求人を捜してくる仕事があり、これが出来高払いになっているという話がある。つまり実現性の低い求人がかなりまざっている可能性がある。また愛知県の求職が、北海道でなされているケースもあるようだ。

    このようにこれまでの算出方法では、失業率は実態を表さない。そこで筆者達は、本当の雇用情勢を知るために、マクロの数字である雇用者報酬に着目している。雇用者報酬は年々減少している。要するに日本の雇用状態は確実に悪くなっているのである。また雇用者報酬から逆算すると、日本の実質的な失業率は20%くらいと推定される。


    国民年金の納付率も奇妙だ。市町村が年金の保険料を集めていた時代には80%くらいだったのが、社会保険庁が集め出してからは60%に下がったという話になっている。しかしどうも市町村が集めていた頃は、納付しない人々を低所得と認定して、どんどん納付の免除を行っていたという話がある。納付の免除は、納付率を上げるために行われていたのである。ところが社会保険庁に収納事務が移管され際、この免除手続きが引継ぎされていない可能性がある。つまり「市町村が集めていた時代の80%」の方がむしろヴァーチャルなのである。

    満額でも生活保護費よりずっと少ない額の国民年金である。ところがその国民年金でさえ未納者が半分近くいる。将来、実質的な無保険者は数千万になると予想される。特に正社員が減少しており、国民年金の充実が必至な状況なのにである。

    ところがマスコミや政治家は鈍感である。何故か、今日、年金と言えば議員年金しか問題になっていない。議員年金が有利なことは分かっているが、議員年金の条件を引下げるのではなく、国民の年金の条件を引上げることを考えるべきである。年金問題を議員年金の問題に摺り替えるマスコミの論調に、無責任な政治家が迎合しているのである。このように現実の経済政策を考える時には、何が実態を表し、また何がヴァーチャルな数字なのか判断が必要になる。


  • 奈良のフトン叩きおばさん
    前段で述べたように、今日、公表されている経済数字は、実にヴァーチャルなものが多い。そして虚構の度合が大きいものは、人々に誤解を与えるだけでなく有害である。筆者が特に問題にするのが、先週号と前段で取上げた国の債務残高である。これが経済政策に大きな影響を与えているからである。

    日本経済政策はいびつであり、奇妙である。日本経済がデフレ状態ということは、ほぼ全員が認識している。しかし債務残高が問題になって、財政は緊縮的なスタンスを崩していない。その分、金融政策にしわ寄せが行っている。本来、デフレ対策は財政政策を中心に行われ、金融政策は財政政策を補完するものである。ところが超緩和の金融政策だけで、デフレに対処しようとしている。80年代後半のバブル期とよく似た政策が行われているのだ。このためか東京の中心部では、不動産のミニバブル的現象が起っている。


    国の債務残高をヴァーチャルな数字と筆者は捉えているが、世間にはこれを異常に重要視する人々が多い。しかしこれらの人々も一様ではないようだ。これらの人々は三つくらいのグループに分けることができる。

    第一のグループは、何も分かっていない人々である。この人々は、とにかく国が借金することに反対する。国の借金も個人がサラ金から金を借りるのも同じと考える人々である。財政は均衡するのが当然と考え、国債の発行すること自体が間違いと思い込んでいる。


    個人が貯蓄し金融資産を持てば、誰かがこれを借りて使ってやらなければ、経済全体では生産物(サービスを含め)が売残る。つまり需要が不足する。以前は、民間企業が個人の貯蓄を借りていたが、それだけでは貯蓄が余るので、残りを国が借りていた。さらにそれでも不足する需要は海外への輸出で補っていた。

    国の債務残高を増やさないことや、さらに財政支出を大胆にカットして債務を返済することは理屈の上ではできる。しかしそれをやれば、生産物(サービスを含め)は信じられないくらい余ることになる。それを全部輸出することは不可能である。特に今日のように民間企業も貯蓄するようになっては、政府が余剰になっている貯蓄を使う他はなくなっているのだ。

    先進国では、どの国でも民間の貯蓄が増えれば、国の債務残高は増える仕組みになっている。つまり国の債務残高が増えることは決して異常なことではない。しかしこのような説明をしても、第一のグループの人々は絶対に承知しない。まるで「奈良のフトン叩きおばさん」を説得するようなものである。


    第二のグループの人々は、国や地方の金の使い方に批判的な人々である。いわゆる歳出に関する規律にうるさい人々である。公務員や政治家がまともな金の使い方をするはずがないと思い込んでいる。たしかに大阪市などのデタラメな金の使い方を聞けば、納得させられる意見ではある。

    本誌でも取上げたように、公共投資の2割から3割は無駄と見られる。たしかに筆者も、公共投資だけでなく、財政支出のこれらの無駄を小さくすることには大賛成である。しかしマクロ経済全体を考えると、公共投資を含め財政支出の総額はむしろ大きくすべきと考える。少なくともデフレ経済から脱却するまでは、財政規模の拡大が必要である。これによって物価と金利が上昇したなら、初めて政策の転換を考えれば良い。目指すものは「小さな政府」ではなく「効率的な政府」であり、適正な政府の規模はその時の経済情勢に左右されると考える。


    第三のグループは、日本の財政の現状をちゃんと解っている人々である。ところが解っていながら財政赤字の拡大に反対している。反対の理由は第一のグループや第二のグループと同じである。国の債務残高が増えても大丈夫なことを知っていながら、財政の拡大に反対しているのだ。口では財政が破綻すると言っていながら、本心では日本の財政が大丈夫なことを十分承知している人々である。

    ここらあたりは05/1/31(第375号)「財政当局の変心」で述べた通りである。日本の財政当局は口を開けば「財政は危機状態」と叫んでいるが、地震・台風災害の復興と言えば、簡単に補正予算を組む。国連の常任理事国入りのためにODA予算増額が必要となれば、おそらく予算を認めるものと予想される(筆者は常任理事国入りの話を別にして、ODA予算の増額には賛成)。しかし財政が危機だというポーズをとるため、時々タバコ税を上げている。

    しかし財政が危機と言っておきながら、日本の国債は安全だと海外に国債の販売キャンペーンを行っている。ムーディーズが日本の国債の格付けを下げると、「日本国債は安全」とムキになって反論する。実際、日本の国債は安全ではあるが。では何故、ヴァーチャルな数字を使ってまで「日本の財政が危機」と喧伝しているのか、疑問を持つ人が多いはずだ。まあ、その理由は読者の方々に想像してもらおう。



テレビに登場するエコノミストやコメンテータの質の悪さに驚かされる。マクロ経済に対する理解が全くない者が目立つ。来週は、年金問題をマクロ経済の観点から取上げたい。

5月20日2時40分、ネットに【視点】対日投資 構造改革の証し 中国マネー呼び込み課題(吉田憲司)という産経新聞の署名記事が出ていた。こと経済に関しては、産経新聞には時々異常な論説が掲載される。この吉田憲司記者の記事ついては時期をみて、改めて本誌でもまた取上げるつもりである。どうもこの記事に関しては、多くの人々が憤りを感じているようだ。

日本経済の不調の原因は、外国からの対日投資が不足しているからではない。日本では、長期金利が1.2%台、短期金利がほぼゼロという状態にもかかわらず、企業が銀行借入によって投資を行うような状況になっていないことが問題なのである。そこまで日本における期待収益率が低くなっていることに気がつくべきである。郵貯が国債を150兆円も買っていることを問題にしている経済音痴がいるが、民間の資金需要がないから、銀行も大量に国債を買っていることを考えるべきである。

外国からの対日投資の不足と言っているが、日本国内には十分以上の資金が滞留している。また対日投資が増えれば、円高要因となる。また円高阻止のため政府・日銀が為替介入を行って、二度と売れない米国国債を購入するというばかげたことを続けろということなのか。しかし吉田憲司記者と同様の考えの人々は他にもいる。ジェトロなんかも同じ考えの人々の集まりである。とても日本人とは思われない人達である。

亀井静香勝手連の掲示板のアドレスが変更された。新しい掲示板には亀井静香勝手連のトップページから入ってもらいたい。亀井静香勝手連のアドレスは(亀井静香勝手連のホームページhttp://www.nb-j.co.jp/katteren)である。



05/5/16(第389号)「ヴァーチャルなもの(その1)」
05/5/9(第388号)「中国進出の主導者」
05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」
05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」
05/4/11(第385号)「ノストラダムスの大予言」
05/4/4(第384号)「法律と現実社会との間」
05/3/28(第383号)「株式に関する非常識」
05/3/21(第382号)「人とグローバリズム」
05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」
05/3/7(第380号)「貿易とグローバリズム」
05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」
05/2/21(第378号)「マスコミが流す誤った概念」
05/2/14(第377号)「日本のマスコミの権力指向」
05/2/7(第376号)「日本のマスコミの体質」
05/1/31(第375号)「財政当局の変心」
05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー

日頃忙しいビジネスマンへのオンラインマガジン