平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




05/1/31(375号)
財政当局の変心

  • TBSの時事放談
    1月16日日曜日の深夜、TBSの時事放談に宮沢元総理と塩川前財務大臣がゲスト出演していた。両人は大蔵大臣・財務大臣の経験者である。今回、特にこの番組を取上げたのは、両人から聞き捨てならない発言があったからである。

    司会の岩見隆夫氏が、両人にフリップを示し「今日本の国債発行残高が530兆円と巨額になっているが、財政は心配ないのか」という質問をした。ところが両人ともに即座に「今は心配ない」と答えた。さすがに岩見氏も「えっ」と驚いた。日頃から日本の財政は危機とさんざん聞かされているのに、大蔵大臣・財務大臣の経験者の宮沢、塩川氏が日本の財政は大丈夫と言っているのだから、びっくりするのは当たり前である。

    岩見隆夫氏の反応を見て、今度は宮沢、塩川氏の方が慌てた。宮沢元総理は「今は大丈夫ということで、今後はどうなるか分からない」と苦しい言い訳をしていた。塩川氏も「私も今すぐに日本の国債が問題になることはないと言ったのであって、今後はどうなるか分からない。とにかく2013年までにプライマリーバランスをとるように財政を健全化して行く必要がある。」と答えていた。


    つまり本誌がずっと主張し、04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」で述べたように、本当は日本の財政に特に問題はない。これが真相である。反対に日本の全国民は「日本の財政は危機だ」「財政破綻は近い」という幼稚な嘘話に長い間、完全にだまされてきたのである。そして財政危機を前提にした経済政策をずっと続けたため、むしろ財政の数字を悪化させたのである。

    「日本の財政は危機だ」「財政破綻は近い」というデマは今に始まったことではない。筆者の記憶では、82年(昭和57年)の鈴木善幸首相による「財政事情非常事態宣言」が本格的なスタートであった。もっともこれ以前から赤字国債の発行の際には、一時的に財政が問題になった。しかし組織的なプロパガンダを伴って財政危機が唱えられようになったのは、鈴木政権の前の大平政権の頃からであった。このような流れの中でこの鈴木善幸首相の「財政事情非常事態宣言」があった。

    当時、日本の財政が危ないという話の背景には大型間接税、つまり今日の消費税の導入の目論みがあった。つまり実際以上に財政が悪いことが意図的に喧伝されたのである。しかし今日振返れば、当時の財政は超健全であり、問題は全くなかった。つまり当時「白い」ものを「黒だ」言っていたのに過ぎない。しかし世間のほとんど全部の人々がこの嘘話に騙された。


    82年からであるから、実に23年間もの間、途切れることなくずっと財政再建キャンペーンが行われてきた。実際、毎年、公債が発行されているのだから、借金は増え続けている。しかしもし「財政事情非常事態宣言」や「財政再建キャンペーン」の唄い文句が正しいのなら、日本の財政はとっくの昔に破綻していなくてはならない。ところがその挙げ句が、直近まで大蔵大臣・財務大臣の座にいた宮沢元総理と塩川前財務大臣の「現在の日本の財政は大丈夫ですよ」発言である。岩見隆夫氏でなくとも驚くのが当然である。

    この23年間、日本の財政が問題がないことを理解していたのはごく少数の人々である。筆者の記憶でも、財政状態の真相を説明する経済学者やエコノミストはほとんど皆無である。まれに雑誌にこのような人々の記事や論文が掲載されるくらいである。この少数の人々を除き、ほとんどの日本国民は、「日本の財政は最悪だ」という嘘話に完全にマインド・コントロールされ続けてきた。


    図らずもこの嘘話がバレたのは、宮沢元総理と塩川前財務大臣の上記の発言と、財務省の日本国債の海外での販売キャンペーンである。先週取上げたように、財務省は、海外に日本国債の販売キャラバン隊を送っている。しかし国内に国債の買手がいないということではない。今月12日に実施されたFB3カ月物の入札を見れば分かる。約5兆円の募集に対して応札額はなんと2,740兆5千億円と、日本には資金がうなるように余っている。

    財政当局は「日本国債を保有する外国人の割合はまだ4%程度。今後の大量発行時代を乗り切るためには、国内投資家だけでは不安なため、保有者層を厚くする」と説明している。問題は「国内投資家だけでは不安なため」というセリフである。しかし近年起った財政破綻・金融危機は、ことごとく外国人の投資家が逃げたことが発端となっている。ロシアの財政危機、アジア金融危機、アルゼンチンの財政破綻、これらは全て外国人の投資家が逃げ出したことが引きがねになっている。

    財政に関して、これだけトンチンカンな説明は聞いたことがない。逆に財政当局はこれまで23年の間、日本の財政が危機的状態と訴え続けてきた(マスコミもこれを受け日本の財政は直ぐにも破綻するような話を毎日まき散らしている)。もし政府のこれまでの発言が正しいのなら、特に最近の毎年35兆円を超える新規の国債発行によって、日本の財政はボロボロのはずだ。そのような国の国債を他国に売り付けるなんて、「詐欺」そのものではないか。


  • 「日本の財政の危機発言」の沈静化の予感
    財務省の日本国債の海外での販売キャンペーンくらい奇妙な話を近年聞いたことがない。まず前段で述べたこと以外でも、先週で触れたようにこれが円高要因になることである。国債の外国での販売は、車を輸出する代りに、国債を輸出することと同じである。ところで車を輸出すれば、輸出に伴い乗数効果で日本の国民所得は増える。しかし国債を海外に売っても、円高になるだけで国民所得は増えない。国民所得を増やそうとするなら、外国人に売った国債の売却代金で軍艦を造るか公共投資に充当するなど、政府支出に使う必要がある(減税も考えられるが、減税は乗数効果が小さい)。ところが小泉政権は、反対に防衛費や公共投資を減らそうしているのである。

    先週触れたように、ちょっと前まで「日本の国債は暴落するとか日本の財政は破たんする」と言い張っていた幸田真音氏が、20日の報道ステーションでは、一転して今回の財政当局の日本国債の海外での販売キャンペーンをフォローしていた。「日本の国債は危ないのでは、日本国債の金利が低すぎるのでは」という問いかけに「大丈夫」という主旨の発言をし、さらに「金利が低くても今後円高になる可能性があるから、日本の国債の購入は有利」と答えていた。たしかに外国で日本の国債を売れば、それだけでも円高要因にはなる。


    しかし筆者は、日本国債の海外での販売キャンペーンの目的が、財務省の言っている通りと決して考えていない。むしろ筆者は、財政当局が少しずつ、日本の財政政策のスタンスを変えたがっているのではないかと勘ぐっている。例えば日本の国債の暴落論者の一人の幸田真音氏を取り込むこと(氏は政府の審議会の委員になっている)もその一つと見ている。

    筆者は、財政当局がこれまでの財政政策が間違っていたことに気が付き始めたのではないかと考える。一つの失敗は、財政再建キャンペーンのために「小さな政府論者」と組んだことである。財政支出を削減する点で両者は一致したが、減税を飲まされたことが、今日の膨大な累積債務の一因となった。減税が「小さな政府論者」の言っていたいたような経済効果がなく、むしろ税収が極端に減ったのだ。


    これ以外でも財政再建キャンペーンが弊害を生んだことがはっきりしてきた。各国が、日本の財政が本当に危機ではないかと思うようになったことである。本誌が05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」で取上げたように、タイ政府が、日本が申し出た20億円の津波被害に対する無償資金協力を“より被害の大きい国に回してもらった方がよい”と言って断ったという話である(どういう訳かマスコミはこの話を取上げない)。これは経済や財政に関する知識、そして思考力のない日本のエリート官僚、経済人、アナリスト、新聞記者がアジア諸国を訪問した時、口を揃えて「日本は借金大国になった。実質1000兆円の借金がある。もうどうにもならない。日本は破産国になる」と言っていることが影響している。

    これらの大バカもの達の発言で、海外では日本の財政が、直ぐにでも破綻すると受取られているとしても不思議はない。実際は、世界一低い金利が示す通り、そのようなことは絶対にない。ところが海外から「本当は日本は貧乏な国」と見なされており、色々な方面で予期せぬ問題を引き起すのである。

    東南アジアでは、中国の影響が大きくなっている。これを牽制できるのは日本だけである。しかしタイだけでなく、東南アジア各国が「日本は本当は貧乏なのだ」という見方を強めている可能性がある。実際、日本のODA予算も年々減額されている。今後、東南アジア諸国も貧乏な日本は相手にせず、中国について行こうということになる可能性がある。今回の財務省の日本国債の海外での販売キャンペーンで、資金力が乏しい東南アジアをわざわざ対象にしているのも、このような地政学的な思惑が感じられる。

    さらに東南アジア諸国だけでなく、世界中の国々が「日本は貧乏な国」と見なすようになっている可能性がある。このよう噂が広まっては、日本の国連の常任理事国入りなんて無理である。武力がないだけでなく、金もない日本が常任理事国なんて冗談である。このように日本国債の販売キャラバン隊に関して、額面では受取られない様々な理由が考えられる。少なくとも日本国債の販売キャンペーンを行うということは、今後、「日本の財政の危機発言」が沈静化することを予感させる。もっとも単純に、財務省の出張旅費の予算が余っていたという推理も捨てがたい。



NHKと朝日の政治家を巻込んだ問題が尾を引いている。そこで来週は、この問題と日本のマスコミ全般を取上げる。28日深夜テレビ朝日系列の「朝まで生テレビ」が当然この問題を取上げると思っていた。ところが「教育問題」とテーマが別なだけでなく、全くこの問題に触れないのには驚いた。一体どうしたことか。

また司会の田原総一郎という人物が、日本における所得格差の増大や社会のひずみが大きくなっていることを全く知らないのには唖然とした。もっともこれについては、田原氏が知らないフリをしている可能性が強い。しかし長くなるのでこれについては後日是非取上げたい。

この番組の中で、田原氏は「日本の経済は良くなっていて、人々の経済状態が教育に影響を与えることは少なくなっているはず」とか「日本人の所得分布は、例えるなら富士山の頂上のようなものである。日本において所得が低いと言っても世界的にはかなり高い。」と妄言的な発言をしていた。まるで日本政府の広報官である。

本誌でも02/3/18(第245号)「日本の所得格差の動向」で日本の所得格差を取上げた。3年前の当時でも日本の所得格差の大きさは先進国の中でも大きい方であった。特に所得階層が膠着的(所得階層間で人の移動がほとんどない。つまり貧乏な者は未来永劫ずっと貧乏ということになる。)な日本においてはこれは深刻な問題である。日本政府はこの種の数字を発表したがらないが、今日においては突出して大きくなっている可能性が強い。いずれにしても田原総一郎という人物の現状認識には驚いた。

番組の中で高校生の就職内定率の説明が高校教育現場の人からあった。毎年12月頃の内定率は55%くらいであるが、翌年2月には80%、90%に上昇する。しかしこれは新たに就職内定者が増えているからではなく、就職が決まらない生徒が、専門学校などに進路を変更するからという話である。

日本の失業率の数値もそれに似ている。悪い条件で職につくか、就職を諦めるかによって失業率が下がっている。また雇用保険の支給条件が厳しくなっているため、ハローワークを訪れる人数が減っていることも考えられる。客観的に雇用状況を見るには、国民所得統計の雇用者報酬の動向を見るのが適当と考えるが、日本の雇用者報酬は年々下がっている。つまり日本の雇用状況は全く良くなっていない。失業率は20%というのが実感である。

亀井静香勝手連のアドレスは(亀井静香勝手連のホームページhttp://www.nb-j.co.jp/katteren)である。



05/1/24(第374号)「経済成長の条件(その2)」
05/1/17(第373号)「経済成長の条件(その1)」
05/1/10(第372号)「中国経済の実態」
04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」
04/12/6(第370号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その3」
04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」
04/11/22(第368号)「構造改革派の常套手段」
04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」
04/11/8(第366号)「第二次南北戦争」
04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」
04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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