平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




04/11/1(365号)
妄言・虚言の正体

  • A教授
    世の中には、薄々とそれが「嘘」と分っていても、はっきりとその証拠を掴むことができない場合が多い。マスコミにそれらしいことが取上げられても、自分で確認した訳ではないので、本当のところは分らない。しかし今回クライン博士を招いてのシンポジウムの開催によって、これまでもやもやとしていたことが、割りとはっきり見えてきた。

    シンポジウム開催にあたり、事前にクライン博士に日本経済の現状を知ってもらうことになった。クライン博士もそれを希望した。主催者側からは、参考として色々な資料やリチャード・クー氏の著書などが送られた。テーマの「積極財政で財政が健全化する」に沿った資料である。しかしクライン博士は、計量経済学の研究で旧知のある国立大学の学者にもアドバイスを求めた。この学者をA教授(B教授でも良いが)としよう。ところがこのA教授が「曲者(くせもの)」であった。この人物は最近内閣府の仕事を始めた学者である。


    A教授は財政支出を増やすことに頭から絶対反対なのである。このようにクライン博士の元には互いに矛盾した資料と情報が集まった。クライン博士は、昔から一緒に仕事をしたことのあるこのA教授をかなり信頼していた。しかしこれでは「積極財政で財政が健全化する」がテーマのシンポジウムが混乱する。そこで主催者側とA教授の間で意見の調整が行なわれることになった。

    主催者側は「それでは財政支出を増やした場合、日本経済がどうなるかA教授のお持ちのシミュレーションプログラムで試して下さい」と言った。当然の申し出である。これに対してA教授は「財政支出を増やせば、日本経済はめちゃくちゃになる。」と答えた。そこで主催者側は、めちゃくちゃになるとはどのようなことが起るのかと訪ねた。A教授は「私のプログラムでは、物価がどんどん上昇し、計算不能に陥る」と答えている。A教授は1兆円も財政支出を増やすと、日本でハイパーインフレが起ると言って引下がらない。


    今日、台風災害と新潟での震災に対して補正予算が組まれようとしている。おそらく1兆円くらいの補正予算は実行されるであろう。しかしA教授のシミュレーションプログラムでは、このような追加的な財政支出が行なわれたら、日本経済はたちまちハイパーインフレが起ってどうしようもなくなる。

    また竹中大臣もこれとほぼ同じことをテレビで以前発言していた。どうもA教授だけでなく内閣府関係者は、日本にはほとんどデフレギャップがないという認識である。問題は、このようなばかげたことを経済の専門家と見なされている人々が、本当に信じているかのごとく発言をしていることである。

    ところで9月22日の日経新聞に、21日内閣府が公表した、4ー6月のGDPギャップが掲載されている。これによると日本のGDPギャップは、今年4ー6月にはマイナス0.15%とほぼゼロになったことになっている。この数値はA教授のシミュレーションプログラムとぴったり呼応するものである。つまりこれ以上需要が増えても、価格だけが上昇し、実質GDPは増加しないということになる。

    しかし筆者が昨年関係者から入手した日本の生産設備の稼働率は74%である。今年、この数値が多少上昇しているとしても76〜77%くらいであろう。米国の稼働率とほぼ同じである。電力不足や石油精製設備の不足がよく問題になっている米国と、同レベルの稼働率というのも腑に落ちない点はあるが、まだまだ日本には生産設備に余裕があるはずだ。また実態より低く出る総務省の完全失業率でさえも4.6%である。特に若年層の失業率は10%前後もある。

    このように生産設備に遊休があり、これだけ失業者がいるのにGDPギャップがゼロとは一体何事だ。さらに最近の物価水準の決定には、需給関係以外の要素が大きい。通信費のようにむしろ需要が増えるほど価格が低下するものの消費に占める比率が大きくなっている。戦争後の生産設備の壊滅でもない限り、今日ハイパーインフレなんか考えられない。バブル期のピークでも日本の消費者物価上昇率はわずか3%であった。


  • 政治にたかる蠅(はえ)
    ところで本誌04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」で説明したように、政府(内閣府)は、潜在的GDPの算定に日銀の景気動向指数の正常値を採用している。日銀は、景気過熱でもなく、不況でもない景気の状態の景気動向指数を正常値としている。そしてその時の企業の資本設備稼働率で「潜在的GDP」を算定している。

    つまり今日GDPギャップがゼロとなったということは、日本の生産レベルが日銀の景気動向指数の上で正常値に達しただけである。本当の潜在的GDPよりずっと低い生産レベルが続けば、生産者にとってその水準が当り前になり、それが正常値となるに過ぎない。つまりGDPギャップがゼロとなったといっても、物理的な日本の生産力の天井に達したということでは決してない。

    はっきりいって政府(内閣府)の潜在的GDPは、単なる一つの目安であり、ほとんど意味のない数値である。しかしA教授のシミュレーションプログラムは、これに対応しているのであり、まさにインチキシミュレーションプログラムそのものと言える。それにしてもこの水準を越えれば、ハイパーインフレになるなんて、あまりにもばかげている。また仮にこれが物理的な日本の生産力の天井としても、それを越えて需要が発生した場合には、輸入品が増えることが考えられる。つまり計算不能なくらい物価が上昇する事態なんて絶対に考えられない。1兆円の追加的財政支出でハイパーインフレが起るなんてまさに「大笑い」である。

    端的にいえば、内閣府が公表しているGDPギャップはインチキである。たまたまこれまでマイナスだったので、あまり気にする人がいなかっただけである。デフレ経済が続いている状態で、内閣府のGDPギャップもデフレギャップがあることを示していた。しかし多少生産レベルが上がり、内閣府のGDPギャップがプラスになりそうなので、このインチキがあからさまになったのである。誰もが今日の日本はデフレと認識しているのに、今日、内閣府の計算ではデフレギャップではなく、逆にインフレギャップが発生しそうなのである。


    19日シンポジウムの後、主催者側は、クライン博士やリチャード・クー氏を招いて会食を行なった。ここでクライン博士は注目する発言を行なっている。クライン博士の話によれば、米国政府関係者や経済学者は「日本は公共事業を既にやり過ぎて、もう公共事業を行なうところがない」と吹込まれている。そして彼等はそれを本当のことと信じているという話である。クライン博士が教育投資にこだわったのもこのようなことが背景にあったと考えられる。

    首都圏にまともな国際空港がないだけでなく、道路も狭く、都市の美感も大きく劣っているのが今日の日本の姿である。地方では下水道の普及率はやっと50%である。さらに地方において一級国道はかろうじて片側一車線は確保されているが、二級国道は一車線のところがまだまだ多い。すれ違う時にはどちらかの車がバックする必要がある。今回の中越地震の被災地は公共事業で有名な田中角栄元総理の地元である。それにもかかわらず、交通インフラがみすぼらしいことはテレビを見れば一目瞭然である。一体「日本にはもう公共事業を行なうところがない」とはどこから出て来た話だ。

    このような嘘話を米国で広めたのは、もちろん日本の経済学者、エコノミスト、政府関係者、政治家、マスコミである。もちろんA教授のようなインチキ経済学者もその一人であろう。米国人は最近嘘つきになったと言われているが、日本人も酷いものである。


    構造改革や財政再建が声高に叫ばれるようになって、日本の経済学者やエコノミストが盛んに政府や政治家に接近するようになった。まるで政治に蠅(はえ)がたかるような様相である。この傾向は、8年前、橋本行革が始まった頃から目立つようになった。大半はA教授のようなインチキ経済学者である。経済に関して妄言・虚言が急に増えたのもこの頃からであった。

    最近、この傾向が頂点に達している。国の重要な政策は、このようなインチキ学者がリードする各種審議会が深く関与する形になっている。政治家はこのような審議会で決まった結論を修正するに止まっている。もっとも自民党や民主党の若手の国会議員は、これらのインチキ学者と同じレベルであり役にたたない。考えてみれば、世間知らずの若手の国会議員は、ちょっと前まではこのようなインチキ学者達に学問を習っていたのである。



来週は米国の大統領選の結果を取上げることになると思われる。懸案のリチャード・A・ベルナーはもう少し後である。

今回の新潟中越地震を機会に「天災被害者に対する個人補償制度」を考えたい。自己責任が強調される昨今であるが、地震の被害を個人の責任にすることはできない。たしかに天災の時には義損金が集まる。しかし被災者が多い場合には、一人当り、一世帯当たりの義損金は小さくなる。奥尻島の津波災害の場合には、泉谷しげるの活躍もあり190億円の義損金が集まり、一世帯当たり1,280万円が支給された。これだけあれば島の復興もスムースに進んだと思われる。一方、阪神・淡路大震災の時には被災者が多く、義損金の一世帯の支給額は数十万円であった。

現行では阪神・淡路大震災をきっかけに1998年に議員立法で制定された被災者生活再建支援法がある。家屋の損傷の度合によって国から200万円から300万円の補償が行なわれる。問題はこれで十分かということである。東京の人にとっては、新潟中越地震を機会に「天災被害者に対する個人補償制度」といっても自分には関係ないと思われだろう。しかし明日は我が身である。阪神・淡路大震災の時には、この地域も一時復興景気で賑わったが、今日、その時の負債の返済で個人も地方財政も喘いでいる。ヨーロッパでは、大災害の時の個人補償は当り前になっている。

為替が急に米ドル安に動き始めた。11月2日の米国の大統領選の結果も気になるところである。どちらが大統領になるかによって、米ドル安の速度は異なると思われる。米ドル安・円高は、本誌がずっと予想してきたことであるが、複雑な気持である。

金本位制ならこのような米ドル安がいつまでも続くことは難しいはずだ。管理通貨制度だから米国民も痛みを感ぜず、米ドルを安くしてハッピーな生活がいつまでも続けられ、皆ブクブク太っている。一方、円高によって日本人には常に効率化が求められる。働きの悪い者はリストラされ、人間関係はギスギスする。社会も荒れて来た。効率化が進み、競争力を回復するとご褒美に円を高くしてあげると言われ、次のさらなる効率化に迫られる。内需拡大に転換しない限り、日本経済が潰れるまで円高は進む。デノミなんか必要ない。冗談であるが、そのうち1ドルが1円になるかもしれない。

メールで読者の方から小泉首相の週末の過ごし方が、音楽鑑賞ばかりなのはおかしいという指摘があり、是非これをコラムで取上げてくれというご依頼である。小泉首相は基本的に休日に人とは会わない。時事通信の首相の動静を読めば、このことが裏付けられる。そのうちこれについてはまた取上げたい。

日刊ゲンダイに我々の作成した失業率と参院選結果のデータが掲載されたことを前にお知らせしたが、これは亀井静香勝手連のホームページで公開されている。亀井静香勝手連のアドレスは(亀井静香勝手連のホームページhttp://www.nb-j.co.jp/katteren)である。


04/10/25(第364号)「クライン博士を招いてのシンポジウム」
04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」
04/10/11(第362号)「日本経済のデフレ体質の分析(その2)」
04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」
04/9/27(第360号)「豊かな社会ーー競争と共生」
04/9/20(第359号)「レーガンの規制緩和の実態」
04/9/13(第358号)「今こそ大胆な政策転換を」
04/9/6(第357号)「虚言・妄言が跋扈する世の中」」
04/8/30(第356号)「日本の「韓国化」」
04/8/2(第355号)「日本の分割統治」
04/7/26(第354号)「自民党大敗北の要因分析」
04/7/19(第353号)「参院選で見たもの」
04/7/12(第352号)「日本のエネルギー自立政策」
04/7/5(第351号)「危うい石油の確保」
04/6/28(第350号)「テロと中東石油」
04/6/21(第349号)「対談の論点(再)」
04/6/14(第348号)「対談の論点」
04/6/7(第347号)「富の分配と公正」
04/5/31(第346号)「小泉首相訪朝の成果」
04/5/24(第345号)「日本に必要な財政赤字政策」
04/5/17(第344号)「土地売買の盲点」
04/5/10(第343号)「日本経済の体質と財政政策」
04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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