平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




04/6/7(347号)
富の分配と公正

  • 一人勝ち現象
    本誌は、これまでマクロ経済を中心に取上げてきており、所得(富)の分配にあまり触れなかった。所得の分配は人々の利害がからみ、微妙で説明しにくい部分が多い。このような事情で、経済全体の成長さえ実現すれば、このようなややこしい話に立入る必要はないと感じていた。しかし今日、年金問題などに代表されるように、所得の分配にかかわる事柄が人々の関心を集めるようになってきた。たしかに今後も日本経済の低成長が続くことが確実なら、富みの分配を巡り、日本人の間に重大な亀裂を生じることもありうる。そこで今週からしばらく所得の分配を取上げる。


    マイクロソフトの創立者ビル・ゲイツは誰でも知っている大金持ちである。彼の莫大な資産は、事業の大成功によってもたらされた。パソコンのOSの世界で、マイクロソフトはほぼ独占的な地位占め、他の追随を許さない。マイクロソフトは市場を支配しており、毎年莫大な利益を生んでいる。

    ビル・ゲイツの成功は、本人の才能や努力に大きく負っている。しかしこれに加え、特に注目したいのは「知的所有権」が強力な保護の対象になった近年の世界の風潮である。この流れはビル・ゲイツにとって幸運であった。これによってマイクロソフトの技術が全面的に保護され、市場で排他的地位を占めることができた。

    「知的所有権」の保護がさかんに叫ばれるようになったのはレーガン時代からである。製造業で力を失った米国は、米国の技術を元に製品を製造し、米国に製品輸出を増加させている日本などへの反撃にこの「知的所有権」を使おうとした。米国は、技術開発力を今後の「メシの種」に使う方針を打出したのである。この頃から、富士通やセガなどのように、米国において日本企業が知的所有権で訴えられるケースが増えた。


    技術は特許権などで守られるため、特許権を確保した企業は圧倒的に有利な地位に着き、利益を独占することができる。たしかに努力をし、リスクを取り、新しい技術を開発した人や企業が大きな報酬を得るのは当たり前と考える。社会の発展には技術の進歩は重要であり、この技術開発の成功者に相当のインセンディブが払われることに異義を唱える者はいないであろう。


    しかし「知的所有権」を保護することは、成功者に独占的な利益を与えることが究極の目的ではない。「知的所有権」の保護の本来の目的は、人々に努力をしリスクを取ることを促し、新しい技術の開発を促進することである。問題は、努力を尽くしリスクを取った全ての人々が自動的に利益を得ることができないことである。同じ技術を開発している人々の中で成功者はたった一人だけである。

    多くの人々や企業がビル・ゲイツと同じような技術を開発していた。ところが勝者はビル・ゲイツただ一人である。しかしビル・ゲイツと同等か、あるいはビル・ゲイツ以上に努力をしたが、失敗したかあるいはビル・ゲイツに先を越された人々が沢山いるのである。そしてビル・ゲイツ以外の人々のリターンはゼロである。

    ここまで今日の産業構造の特徴を説明するため、ビル・ゲイツのことを取上げた。今日世界はよく言われるように富の分配が、「勝ち組」と「負け組」の間ではっきり分れるようになった。米国だけでなく、日本でもこの傾向が強くなっている。各分野で規制が撤廃されて一見競争が激しくなる。しかし最終的には勝者と敗者が生まれ、市場は独占的になる。さらに勝者の中にはビル・ゲイツのように法律で優越性が保護されるケースもある。「勝ち組」と「負け組」どころか、「勝ち組」はたった一人というケースが生まれているのである。

    さらに法律で保護されないまでも、一人勝ち現象が起っている分野は増えている。その分野で優越的な地位に一旦着くと、なかなか他の者が追いつけない仕組になっているのが今日の新産業の特徴である。例えばインターネット関連では、ヤフーや楽天といった企業が一人勝ち状態である。


  • 所得再分配政策の見直し
    次に経済学の世界でこのような富の分配の問題を考えてみる。マルクス経済学の「労働価値説」では、物の価値はそれに投入された労働量で決定されることになっている。つまり手間暇がかかったものほど価値が高いことになる。たしかに昔の手作業による農業や手工業においては、近似的にこの説が適合する。したがって真面目に働いた者ほど、大きな収穫(富)を得ることができることになる。つまり「労働価値説」の世界では、ビル・ゲイツと同等の努力をしたものは、ビル・ゲイツと同じくらいの報酬を得てもおかしくないことになる。

    しかし産業が高度化するにつれ、資本力や技術力の違いが富の分配に大きく影響することになった。資本力(企業の規模)や技術力によって、その企業の競争力が決まる。また競争力が強ければ、市場価格の支配も可能になる。したがって競争力のある企業ほど収益が増えることになる。一般に競争力の大きな企業ほど従業員の報酬は大きい。さらに最近のように「知的所有権」の保護が重視されると、ビル・ゲイツのように富を一人占めする者までが現われることになった。

    日本を始め、先進国の経済は、これらの様々な段階の産業と企業が混在している。報酬も携わっている仕事や企業の規模のによって大きく異なる。とてもビル・ゲイツまでは行かないが、競争力のある大企業の従業員は比較的恵まれている。一方、常に競争にさらされている中小企業の従業員の待遇は大企業に比べ大きく落ちる。さらにほとんどマルクス経済学の「労働価値説」が適用されるような、日給や時給で働いているアルバイトやフリータがいる。彼等はほぼ完全競争の中に身を置いている。

    就く職業や就職する企業の規模や競争力によって生涯所得は大きく違ってくる。フリータの生涯所得は5,000万円くらいである。一方、大企業のサラリーマンの場合は、この5倍から7倍はある。また中小企業の従業員の生涯所得はこの間である。今風に言えば大企業のサラリーマンは「勝ち組」であり、フリータは「負け組」ということになる。今日の日本の状況は、とてもマルクス経済学の「労働価値説」が適用される世界とかけ離れてしまった。


    ところで資本主義が発展するにつれ、人々の間の所得に格差が生まれることは避けられない。むしろ格差がインセンティブになって、新しい技術が生まれたり、創意工夫がなされ生産性が向上する。要するに一国の経済が発展には、格差は必要悪のようなものである。しかしこの格差をそのまま放任しておくことはできないのである。

    同じような努力をしていても、就職する企業によって生涯所得に大きな開きを生むのである。国の規範として、良い暮らしをするために人々に「努力」をすることを求めている。しかしどれだけ努力しても、「負け組」であるフリータが大企業のサラリーマンに追いつくはずがない。もし今日の格差が、努力しても克服できないとすれば、別の問題を発生させることになる。


    このような人々の間の経済格差を発生させないための社会改革を目指す思想がある。典型的なのが共産主義思想であり、その中でもこれを徹底しているのが毛沢東主義である。経済の発展より、人々の経済格差が広がることを極端に嫌う思想である。毛沢東は農本主義を唱え、農業を経済の中心に据えようとした。農業は技術の進歩が起りにくく、農業を中心とした社会では所得格差が生まれにくい。いわゆるマルクス経済学の「労働価値説」が適用されやすい経済体制である。

    この毛沢東主義を極端な形で実践したのが、カンボジアのポルポトである。ポルポトはカンボジアの内戦で夥しい数の人々を処刑した。そして処刑された人々のほとんどは、技術者や医者などのインテリ層である。つまり彼は人々が技術や知識を持つことが、所得の格差を生む原因と考えた。ポルポトは経済の発展や成長がなくても、人々の間に格差がない社会を理想郷とした。しかしこのような社会は、皆が平等ではあるが、皆が平等に貧乏になるだけである。さらにこのような社会改革によって、理想とは反対に、例外なく抑圧的な政府ができる。独裁政権が生まれ、恐怖政治が行なわれ、一部の特権階級が生まれるのが現実の世界の歴史である。


    このように共産主義の弊害は明らかであり、これは歴史が証明している。経済が停滞し、特権階級が生まれ、恐怖政治が行なわれるのが常である。それでは反対に富の分配を市場に全てまかせた方が良いかということになる。しかしこれは「勝ち組」と「負け組」を生む。このような流れを是正するのが、所得再分配政策である。具体的には、累進課税制度や生活保護などの社会保障制度である。

    また都会と地方の間にも所得の格差が生じる。日本の場合、これを是正していたのが地方交付金と補助金である。しかしベルリンの壁崩壊後、社会主義・共産主義が否定されるだけでなく、この所得再分配政策の全てが社会主義に通じるものとして否定されるようになった。構造改革派は、累進課税と地方への所得再分配政策を問題にする。特に90年代の日本の経済の不調の原因がこの所得再分配政策であると、彼等はあやふやな論拠で決めつけていた。

    しかし本誌で5週に渡り説明したように、日本経済のデフレは、この所得再分配政策とは全く関係がない。しかし構造改革派の主張の通り、所得税の累進課税カーブは大幅に是正され、地方への財政支出も削減された。したがって日本は様々な形で所得の格差が急速に広がっている。

    しかし彼等の言っていたようにこれによって健全な投資が増え、経済が活性化した形跡は全くない。最近の高額所得者のランキング表を見ても、本田宗一郎や松下幸之助の類は皆無である。本当に構造改革派の人々はいい加減なことばかり言っていたのである。むしろ所得の格差が広がるにつれ、変な犯罪が増え、地方の経済は疲弊する一方である。筆者は、もちろん農本主義による恐怖政治はまっぴらであるが、そろそろ「公正」という観点から所得再分配政策を見直す必要があると考える。ただし所得再分配を強引に進めるのではなく、経済の成長を通して所得再分配を実現する形が良いと考える。これについては後日取上げることにしたい。



6月18日午前11時から亀井静香勝手連のオフ会の開催を予定している。今回は亀井さんと西部邁さんの対談である。西部さんは体調を崩しておられ、最近ようやく少し回復されてきた状態である。一方、参院選が近付き、亀井さんもなかなか時間が取れない状況であった。ようやくご両人のスケジュールが合い、急遽オフ会を開催できることになった。イラク、北朝鮮、経済の二極化、原油高など難問が次々起っているのに、政治は対応力を失っているのが実状である。このような時代にこそご両人の発言が我々に正しい指針を与えてくれるものとして期待している。

そこで本誌は来週号は、対談で話合われると予想される事柄を取上げることにしたい。また事務局としては、3月4日に行なわれた西部さんの 自民党の「立党50年プロジェクト基本理念委員会」での講演http://www.jimin.jp/jimin/project/index4.htmlをベースに対談してもらうのも面白いと考えている。

オフ会に参加希望の方は、メールをaqua@adpweb.com宛に送っていただきたい。出席名簿作成のため、メールには名前とご職業を記載していただきたい。オフ会の詳細は後日連絡する。なお会費は3,000円(軽食を用意する予定。参加人数によってはこれより安くなる可能性あり)くらいを予定している。

亀井静香勝手連のアドレスは(亀井静香勝手連のホームページhttp://www.nb-j.co.jp/katteren)である。



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