平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




04/5/10(343号)
日本経済の体質と財政政策

  • バブル生成の本当の原因
    連休前、日本における政府と家計の土地の売買状況とマネーサプライの推移を取上げ、土地取引の活発化に伴ってマネーサプライが増える様子を説明した。たしかに本誌は土地の売却額や、そのうち預貯金に回る比率について、残念ながら正確な数字で示すことができなかった。しかし日本経済のデフレに陥りやすい体質がこの巨額の土地取引が一つ大きな要因ということを何とか説明できたと思われる。

    土地の売却が増えた場合、この売却代がなかなか消費や投資に回りにくく、マネーサプライだけが増え、その分有効需要の不足を招くのである。設備投資が活発な時には、このマネーサプライも使われ、そのことが分かりにくい。しかし設備投資が後退すると、とたんに日本のデフレ体質が表面化するのである。

    土地の売買は常に行なわれており、デフレの原因は日々生まれている。したがって景気対策を行なっても、日本の場合持続的経済成長ということが難しい。先進各国が行なう景気対策は、まず金融緩和である。さらに大きな効果を求める時にもせいぜい減税までである。しかし日本では、このような政策では効果が小さく、とても有効需要の不足を埋めることができない。やはり日本では、公共投資などの財政支出を中心とした財政政策が必要になる。


    日本の過剰貯蓄体質の原因は、土地取引以外にもある。一つは年金である。公的年金だけでも197兆円もの積立金が存在する(よく公的年金の積立金は147兆円と紹介されているが、この他に公務員共済の積立金が50兆円ある)。諸外国は、日本に比べ公的年金の積立金がずっと小さい。本誌03/12/15(第326号)「日本の公的年金」でも「厚生年金に限って言えば、積立金は年金給付の5.5年分もある。ドイツの積立金は1カ月分である。同じ社会保険方式の英国が1.2カ月であり、日本はこれらの国の60倍もの巨額の積立金を持っている。」と述べたように、日本の公的年金の積立額は異常に大きい。

    本格的に日本の公的年金の制度が整備されたのは、高度成長期の頃である。過去の積立金がなかった代りに、受給者も極めて少なかった。特に団塊の世代が働き始めた頃から保険料がどんどん入ってきた。したがって保険料をそれほど納めていない受給者に対して、かなり気前の良い年金が給付された。しかしそれでも年金の積立金は増える一方であった。

    公的年金の積立金はどんどん増えるが、使い道がない。そこで厚生年金の積立金を事業に活用しようということになった。72年、つまり30年以上も前の話である。そこで積立金を年金加入者のために使う方針が立てられた。一つが年金福祉事業団の住宅融資であり、もう一つが「グリーンピア」に代表され、今日問題になっている厚生年金施設の建設である。

    当時、民間の銀行は住宅融資に積極的でなく、住宅融資と言えば、他には住宅金融公庫融資があったくらいである。年金福祉事業団の住宅融資は赤字になっており、今日新規の融資はなされていない。一方厚生年金施設の建設の方も、ご存知の通りさんざんな結果となっている。このように年金資金の活用は頓挫している。しかし積立金を経済の循環に戻すという当初の目論みは、決して間違ってはいなかったと考える。

    このように日本経済は、家計部門の土地売却代(この利息も莫大な額になっている)や官の年金資金の積立金の累積と言った大きな過剰貯蓄要因を抱えている。さらにこの他にも高額の退職金の存在などがあり、これらが日本の貯蓄過多体質を助長している。つまり日本のデフレ体質は、バブル期のずっと以前に形成されたものである。


    むしろバブルの生成は、このような日本のデフレ体質が元になっている。その様子を時代を追ってざっと述べる。73年のオイルショック後の不況で税収が減る一方景気対策が必要となり、財政が赤字となった。これにこりた財政当局は、景気の動向によって変動する当時の税収構造の改革を目指すことになる。具体的には欧州流の付加価値税(大型間接税、今日の消費税)の導入である。

    この方針に最初に対応したのが大平内閣であった。しかし付加価値税の導入には、国民の抵抗が大きかった。新しい税金ではなく、まずは無駄な財政支出の削減が必要と叫ばれた。この頃から公共投資は悪者に仕立てられ、新幹線の建設もストップした。次の鈴木内閣は、わずか100兆円の財政累積債務で「財政危機宣言」を行ない、緊縮財政を行なった。この頃には日本経済のデフレ体質は既に定着していたと考える。

    その次の中曽根内閣は「増税なき財政再建」を標榜し、行政改革を進めた。財政は「ゼロシーリング政策」で、引続き緊縮であった。このため日本経済は内需が縮小し、完全に外需に依存する形になった。しかし当時、レーガン(正確にはボルガーFRB議長)の高金利政策によって、米ドル高が続いた。日本は莫大な貿易黒字を記録していたが、米国の高金利政策によって多額の資金が米国に流出し、為替は逆に円安で推移した。つまり中曽根時代は緊縮財政を行なっていたが、外需の大きな増加によって不況は表面化しなかったのである。

    しかし米国の経常収支の巨額な赤字と日本の大幅な貿易収支の黒字の状態はいつまでも続かない。95年のプラザ合意で円高への転換が決まった。この超円高によって、次が「円高不況」である。

    これに対して景気対策が行なわれた。しかし財政当局は消費税導入をにらみ、財政政策に対して依然消極的であった。景気対策は勢い金融政策に重点が置かれた。さらに多額の為替介入資金が市場に放置されていた疑いもある。このため過剰流動性が発生し、マネーゲームが展開され、最終的にバブルが生成されたのである。このようにバブルの生成も、日本経済のデフレ体質を無視した歴代政権の緊縮財政政策が遠因となっている。


  • 経済の体質を無視する財政政策
    本誌03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」で貯蓄・投資均衡の理論を説明した。理論上、貯蓄が投資を上回る場合は、貯蓄が投資に見合うまで所得が縮小する。つまり景気が悪くなるのである。したがってこのような状況では、政府の支出を増やしたり、住宅投資の推進政策を行なうのが常識であった。

    これに対して、伝統的な経済理論(古典派理論)は、貯蓄が大きいのだから金利が低下することによって、貯蓄が減り、一方、低金利によって投資が増えるはずであり、政府は何もする必要はないと説く。しかし現実は、金利がどれだけ低下しても投資は増えず、一方、家計の土地売却代金のように、金利水準に関係なく、ほとんどが貯蓄されているものがある。

    古典派の流れをくむ狂信的な構造改革派は、投資が増えないのは、規制緩和が進んでいないからとか、銀行が不良債権を抱えているからと手当りしだいにデタラメを言い始めた。前段で述べたように日本の貯蓄過多・投資不足の経済の体質は、バブル期以前から続いているのである。規制についても、今日の方が以前よりもずっと緩和が進んでいる。また中国のように、日本より銀行の不良債権比率はずっと大きいが、貸出しがどんどん増えている国もある。


    日本経済の本当の姿は「慢性的な需要不足」である。これは、筆者が指摘してきたように、日本の地価が異常に高いことや年金の積立金のあり方などが原因である。そして前述したような貯蓄が投資に見合うまでの経済の縮小を避けたいなら、財政支出を増やしたり、年金積立金を財政投融資で活用をする必要がある。

    つまり民間がこのような巨額の国内の貯蓄を使い切れない時には、政府が財政支出を行なったり(国債を発行して)、財政投融資の形で、この過剰貯蓄を経済の循環に戻してやる必要がある。しかし不思議なことに、日本では財政支出を伴う景気対策はタブーになっており、最近では高速道路建設のための財政投融資の活用までが否定されている。しかも過去の財政政策が効果がなかったなどの「嘘」がまかり通っている。そして構造改革派の人々は、デフレは構造改革で克服できるといった的外れの主張をしている。ところが構造改革派が今日日本の主流派となっており、政府の経済政策はまことに中途半端なものになっている(2週間後に詳しく述べる)。


    構造改革派は、日本経済の特殊体質(地価が異常に高く、土地の売却代金の大半が貯蓄されている現実や日本の年金の積立金が異常に大きいこと)を無視する。彼等が米国で学んだ経済学の教科書にはこのような事柄が載っていないのであろう。

    ここまで日本の過剰貯蓄について、主に銀行のマネーサプライと公的年金の積立金に焦点を当てて話をした。しかし日本には、これらの他にも生保や簡易保険、そして厚生年金基金などの企業年金積立金がある。何しろ日本の個人の金融資産は1,400兆円もある。今回はここまで言及しなかったが、これらも日本経済が有効需要不足に陥りやすい要因となっている。

    この結果、日本経済は慢性的に外需に頼る構造になっている。ところが外需に頼る日本経済は、いずれ円高を招く。そしてこの円高を阻止する方法が、外債投資の促進と為替介入である。今日の日本経済は、中途半端な赤字財政と常軌を逸した為替介入によって支えられているのが現実である。しかし「このような資金こそ、国内の需要を増やす財政政策に使うべき」ということが筆者の一貫した主張である。



来週号は、日本の経済論議が迷走している原因を、凍り付いたマネーサプライの関連で説明する。

政治家の国民年金未加入・未納が問題になっている。しかしマスコミの解説が非常におかしく、世論を間違った方向に誘導している。国民年金を始め、公的年金は「国民の義務」ではなく、「国民の権利」である。国民年金には、納付額の半額が国費から拠出される。さらにこの国庫負担額は将来、倍増されることが決まっている。つまり年金の加入者が増え、納付額が増えれば国庫の負担が増える仕組である。したがって長生きすることが確実なら、国民年金を納付した方が絶対に有利な制度である。そして未納者がいてもいなくても、納付した人に対する給付額は変らない。

厚生・労働省は、未納者が増え、将来無保険者が増えると、生活保護などの他の社会保障費の支出が増えることを危惧していると考える。だから「義務」と言って年金の納付を促している。むしろ将来ホームレスになる心配のない資産家や政治家には国民年金を払ってもらわない方が、それだけ国庫からの支出が減り、国庫負担が軽くなる。つまり資産家への強制徴収は矛盾した行為である。

また年金は「世代間の扶養」と言っているが、今週号で触れたように実際は年金には巨額の積立金がある。また給付額は、納付状況で決まるのだから、これは非常に誤解を招く表現である。おそらく年金制度が開始した当初、年金の納付の少なかった人々への給付が納付額に比べて著しく多かったため、このような表現が使われたと思われる。たしかにこれまでの給付額の状況は多分に「ねずみ講的」であった。これもこれまで年金の納付額が大きかったから可能だった(もっともこのような余分な給付は本来国庫負担ですべきところを、年金を財源にしたため実際は年金財政に穴が開いている)。

年金についてはそのうち本誌でも取上げる。最終的にはおそらく民主党の提出した案に近い形で決まると見ている。民主党の案は誰でも考えるものである。つまり消費税の増税分などを年金財源に拠出し、最低の給付を保証する。したがって現在二階建ての年金を三階建てにするという方向である。今回の混乱は、小泉首相が「消費税を上げない」と言明したことが発端と見る。これによって年金の本格的な改正が先送りされたからである。

自民党の年金に詳しい国会議員も今回の法案は暫定的なものと認識していた(内心ではかなり不満があった)はずである。しかし小泉首相が「消費税を上げない」と言っている以上、抜本的な改正は無理である。今回の年金法改正は、労働・厚生省と公明党が主導したものである。ところで抜本的な改正となれば、社会保険庁の存在もあやしくなる。

参院選を前に、民主党は与党の分裂を狙い、年金法案を攻撃した。しかし攻撃の仕方が江角マキコの年金未納問題を始めとし、年金問題の本質ではない未納問題に集中した。これは民主党が与党攻撃にマスコミの利用を考えたからと思われる。しかし結果的には、マスコミを利用しようとした民主党が、逆にマスコミに返り打ちにされたのである。どうもマスコミは、国会議員の未納問題を薄々キャッチしていた気配がある。最終的には与野党の年金制度の改正に向けた協議会ができると思われるが、自民党にとってこれはむしろ理想的な動きである。

亀井静香勝手連のアドレスは(亀井静香勝手連のホームページhttp://www.nb-j.co.jp/katteren)である。



04/4/26(第342号)「凍り付くマネーサプライ」
04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー

日頃忙しいビジネスマンへのオンラインマガジン