平成9年2月10日より
経済コラムマガジン


コールデンウィークにつき来週は休刊です。次回号は5月10日発行を予定しています。

04/4/26(342号)
凍り付くマネーサプライ

  • 家計部門の土地の売却代
    先週号で日本経済がデフレに陥りやすい大きな要因の一つとして、日本の地価が異常に高いことを指摘した。地価が高いため、土地の売却額が巨額になる。そして先祖伝来の土地を売った人々は、この大きな売却代金を使わずに大半を貯蓄に回す。この結果、日本経済は有効需要が不足することになる。たしかに民間が活発に設備投資を行なっている間は、銀行の金融仲介機能によってこの貯蓄も活用される。しかし民間も大きな設備投資をいつまでも続けることは無理である。一旦設備投資が止まると、たちまち日本経済のデフレ体質が表面化するのである。

    ところで日本の住宅投資ブームは、このデフレ傾向を伴いやすい。まず土地代が高いため、日本の住宅購入予定者は、諸外国より大きな貯蓄が必要である。また住宅購入後は、多額のローンの返済のため消費が控えられる。なお国民所得計算上、貯蓄は可処分所得から消費を差引いた残差と捉えられており、ローンの返済は貯蓄と見なされる。このように住宅ブームが続いている間は良いが、ブームが去ると、借金の返済だけが残るのである。


    先週は、公共投資「真水」の考え方を説明するため、政府の土地の買越し額を取上げた。今週は、もっと全体的な経済への影響を見るため、家計部門の土地の売買の推移を取上げる。
    次の表は70年から93年までの24年間の家計の土地の売越し額である。
    家計の土地の売越し額(単位:兆円)
    年度売越し額年度売越し額
    70年1.982年2.9
    71年3.483年3.4
    72年5.684年3.2
    73年6.385年6.9
    74年2.686年6.6
    75年1.987年8.5
    76年2.188年11.2
    77年1.089年14.8
    78年0.790年18.4
    79年2.791年12.7
    80年3.592年8.5
    81年4.193年7.5
    (国民経済計算年報:内閣府経済社会総合研究所編)

    政府は一貫して土地について買越しであるが、この表が示す通り家計は、例外的な年(表に載っていないが94年度と96年度だけが買越しになっている)を除き、反対に一貫して土地を売越ししている。つまり一般的に家計が土地を手放し、政府や民間企業がその土地を購入している形になっている。


    この表から分るように、これまで2度の土地プームがあった。最初は71年から73年にかけての田中角栄元総理の日本列島改造時代である(田中内閣発足は72年7月)。次が85年のプラザ合意後のバブル時代である。ただしこの表の数字は売越し額であって、売却総額そのものではない。筆者が説明したいのは「個人が長期に保有していた土地(先祖伝来の土地)を売却した場合の代金の大きい部分が使われないこと」である。

    この表の数字は差引き、つまりネットの数字であり、家計の土地の売却額の全額(グロスの売却額)ではない。本当にほしい数字はグロスである。グロスの売却額を求めるには、このネットの数字に家計部門の土地の購入額をプラスする必要がある(家計は土地を売るだけでなく買っている場合もある)。具体的には家計から家計に売却した土地代と、家計の企業や政府からの土地の購入額をこれらの数字に足してやる必要がある。

    さらに個人で土地コロガシをやっている人もいる。本来はこのような短期所有の土地を売却しているケースは排除すべきである。しかしこれらの数字は容易には入手できない。残念ながら現在筆者の手元にあるこのような不十分な数字(売越し額)で説明を続けるほかはない。もし時間的に余裕ができ、適切な資料が入手できるなら、是非ともグロスの数字を掴みたいものである。

    とにかく上の表では、70年から93年の24年間で、140兆円の土地が家計から売越しになっている。おそらくグロスの家計の土地の売却額は、200兆円を軽く上回るものと推測される。そしてそのかなりの部分が金融機関の預貯金になったままと思われる。なお土地取引にありがちな「裏金」はもちろんこれらの数字には含まれていない。さらに利息も無視できない。土地の売却代は使われないだけでなく、それを元本とした利息も金融機関に眠っているものと考えられる。


  • 日本のマネーサプライの実態
    次はこの土地の売却代金が使われず、貯蓄に回されている様子を確認することである。大きな土地の売却代金が貯蓄されているとしたなら、土地の売却額が大きい時には、銀行の預金が増えているはずである。そしてこれを知る一つの方法としてマネーサプライ(民間(法人・個人)と公共団体の持っている資金(現金と預貯金))の推移を見ることが考えられる。

    次の表はマネーサプライ(M2+CD)とその増加率の推移を示している(なお参考までに2001年の数字を最後に掲載)。さらに名目GDPとマーシャルのk(マネーサプライをGDPで割り返した数値)の推移を併記する。

    マネーサプライとマーシャルのkの推移
    M2+CD(兆円)増加率(%)GDP(兆円)マーシャルのk
    70年4818.3730.7
    71年5820.5810.7
    72年7326.5920.8
    73年8922.71120.8
    74年10011.91340.7
    75年11313.11480.8
    76年13015.11670.8
    77年14511.41860.8
    78年16211.82040.8
    84年2727.83050.9
    85年2958.43260.9
    86年3218.73410.9
    87年35410.43561.0
    88年39411.23821.0
    89年4339.94101.1
    90年48311.74421.1
    91年5013.64691.1
    92年5040.64821.0
    93年5091.14871.0
    01年6472.85061.3

    上記の表から判るように、たしかに土地の売却が大きい時期には、マネーサプライが増えている。反対に土地ブームが去るとマネーサプライの増加率も小さくなる。バブル期にはとうとうGDPよりマネーサプライの方が大きくなった(マーシャルのkが1を超えたことは象徴的である)。もっとも列島改造ブーム後の数年の間、マネーサプライの増加率が10%を越えている。しかしこれは当時の物価上昇率が大きかったことが影響しており、これを調整すると増加率はかなり小さくなる。

    本誌では03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」で日本のマネーサプライが諸外国に比べ異常に大きいことと、その大きいマネーサプライの大部分が凍り付いて動かないことを説明した。日本の巨額のマネーサプライのかなりの部分が、これまで述べてきた家計部門の土地の売却代金で構成されているとしたなら、鈍いマネーサプライの動きもこれである程度説明できる。


    ただし土地の売却代金とマネーサプライの増加をストレートに関連させることにはこれまた注意が必要である。マネーサプライの増加には、企業の借入の増加という別の要因がある。たしかに土地ブームと好景気とは重なるのが普通である。特にバブル期には、企業が積極的に銀行借入を増やし、銀行もこれに応じていた。つまりバブル期には銀行による大きな信用創造がなされていたのである。つまり土地プーム時代のマネーサプライの増加には、土地の売却代金だけでなく、銀行の信用供与の増加などの要素が含まれている。

    バブル崩壊後の91年から93年には面白い現象が起っている。土地の売却額は小さくはなったがある程度の水準を維持した。しかしマネーサプライの方は急に伸びなくなった。おそらくバブル崩壊で急激な信用の収縮が起ったことを物語っていると見る。たしかにバブル崩壊後、急激に設備投資が減少している。一方、バブル崩壊後の急激な景気後退に対して、政府が公共投資を増やし、住宅購入促進政策を行なったため、土地の売却の方はある程度続いたと考える。


    さらに日本のマネーサプライの数字自体にも注意が必要である。通常、日本のマネーサプライはM2+CDで捉えられている。しかしこれは財務省(大蔵省)管轄下の金融機関の預金だけが対象であり、他省庁管轄の郵便貯金や農協・漁協など(労働金庫、信用組合など)の預貯金が含まれていない。現金と全ての金融機関の預貯金を網羅したのがM3である(ところがM3に関するデータはほとんど見かけない)。もしM3+CDで日本のマネーサプライを捉えるなら、おそらく今日の日本のマネーサプライは950兆円近くになると推定される。日本のGDPを500兆円とすれば、マーシャルのkの値は「2」に近くなる。

    大きいと言われている米国のマーシャルのkでさえ「0.5」である。つまり先進各国の経済は、GDPの半分のマネーサプライがあれば十分回っているのである。これを日本に当て嵌めれば、250兆円のマネーサプライで十分のはずである。そして950兆円から250兆円を差引いた700兆円が余分のマネーサプライということになる。面白いことにこの700兆円はちょうど国と地方の累積債務残高と一致する。

    逆に言えば、政府がそれだけ巨額の借金をしているからこそ、日本のデフレも最悪の事態を免れていると言える。なお700兆円のマネーサプライの全てが土地の売却代とは言わないが、利息を含めればかなりの部分はこれで占められていると想像される。

    ちなみに農協の預金残高はバブル期に急激に増えている。農家が土地を手放したのであろう。しかし農林系の金融機関は、膨れ上がる預金をうまく運用できず、最終的には住専に貸し込んだ。これが95年の住専問題でクローズアップされたのである。



コールデンウィークにつき来週は休刊で、次回号は5月10日発行を予定している。次回は今週号の内容をさらに一歩踏込む。

亀井静香勝手連のアドレスは(亀井静香勝手連のホームページhttp://www.nb-j.co.jp/katteren)である。



04/4/19(第341号)「デフレ体質の日本経済」
04/4/12(第340号)「火星の土地」
04/4/5(第339号)「円高は構造的」
04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
04/3/22(第337号)「矛盾の出発点」
04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
04/2/9(第331号)「為替介入資金の働き(その1)」
04/2/2(第330号)「為替介入政策の限界」
04/1/26(第329号)「今日の政治課題」
04/1/19(第328号)「今年の政局の課題」
04/1/12(第327号)「今年の日本の景気」
03/12/15(第326号)「日本の公的年金」
03/12/8(第325号)「足利銀行の破綻処理」
03/12/1(第324号)「日本経済を支えているもの」
03/11/24(第323号)「総選挙結果から見えるもの」
03/11/17(第322号)「総選挙結果の分析」
03/11/10(第321号)「総選挙の結果他」
03/11/3(第320号)「総選挙の予測」
03/10/27(第319号)「動態的会計による企業価値算定」
03/10/20(第318号)「道路公団、財務諸表の怪」
03/10/13(第317号)「藤井総裁解任劇」
03/10/6(第316号)「総裁選と総選挙」
03/9/29(第315号)「総裁選の総括」
03/9/22(第314号)「ドキュメンタリー総裁選」
03/9/15(第313号)「レポート総裁選・・その2」
03/9/8(第312号)「レポート総裁選」
03/9/1(第311号)「混迷の終始符」
03/8/25(第310号)「急がば回れ・・再び」
03/8/18(第309号)「自民党の総裁選に向けて」
03/8/4(第308号)「日本の実稼働率」
03/7/28(第307号)「設備投資の実態」
03/7/21(第306号)「企業経営と創造的破壊」
03/7/14(第305号)「頭が破壊されている人々」
03/7/7(第304号)「頭が混乱している構造改革派」
03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」
03/6/23(第302号)「経済の循環(その1)」
03/6/16(第301号)「経済政策の混乱」
03/6/9(第300号)「りそな銀行の件」
03/6/2(第299号)「規制緩和と日本経済」
03/5/26(第298号)「経済学と経営学」
03/5/19(第297号)「政府紙幣発行の認知度」
03/5/12(第296号)「滝田洋一氏への反論」
03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」
03/4/21(第294号)「逆噴射の財政政策」
03/4/14(第293号)「危機管理下の経済政策」
03/4/7(第292号)「国債の管理政策」
03/3/31(第291号)「経済再生政策提言フォーラム」
03/3/24(第290号)「日本の有名経済学者達」
03/3/17(第289号)「波乱の株式市場」
03/3/10(第288号)「政府貨幣の理解」
03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」
03/2/24(第286号)「日本の清貧の思想」
03/2/17(第285号)「日本のデフレの原点」
03/2/10(第284号)「小泉首相の「もっと重要なこと」」
03/2/3(第283号)「スローパニック経済」
03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
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