平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




04/4/19(341号)
デフレ体質の日本経済

  • デフレの原因
    まずデフレの原因について述べるが、その前にデフレの定義自体が曖昧であることを指摘したい。2年続けて物価が下落する現象を「デフレ」とするIMFの定義は論外である。実際、今日の日本では、デフレという言葉を十分定義せずに議論がなされているのが現状である。

    筆者は、一応総需要が総供給を下回った状態をデフレと考えている。つまりデフレギャップが生じ、生産要素である生産設備や労働に余剰がある状態である。この結果、物価は通常下落する。しかしここで注意が必要なことは、物価に変動が起るのはデフレギャップやインフレギャップの発生だけが原因ではないことである。競争条件の変化や輸入品の価格変動が影響する。

    しかし頭が混乱している構造改革派は、デフレギャップの存在を認めようとはしない。遊休状態の生産設備や失業は、世の中に不要なものと考えている。したがってIMFのように奇妙な定義になる。これが今日のデフレの論議を混乱させている。彼等の主張によれば、物価が上がればデフレは解決することになるが、それなら消費税を上げれば良いことになる。


    日本のデフレの原因については、今日様々な意見がある。本誌は、02/12/2(第276号)「日本のデフレギャップの怪」においてデフレギャップを中心に、オーソドックスに日本のデフレの説明を試みた。たしかに理論の上ではこのような方法(需要面と供給面を同時に捉える)が正統であろう。ところが今日のように技術革新が早く、技術が複雑な時代には、生産力を正しく把握すること自体が難しいのである。

    以前本誌で光ファイバーWDM(光波長分割多重伝送)装置の話を紹介した。東京と名古屋の間の光ファイバーがたった2億円のこの装置で能力が40倍に増えるのである。当然、光ファイバーの能力はかなり余ることになる。しかしこれを全てデフレギャップとして認識することには躊躇する。またIT関連の設備の陳腐化が早いことは事実であり、生産設備が現存していても、たしかに価値が小さいものもある(もっとも発展途上国に移せば立派に稼動するかもしれないが)。

    日本に巨大なデフレギャップが存在し、かなり大きな需要創出政策を行なっても、物価が簡単には上昇しないことは理解できる。しかし現実のデフレギャップの計測値が人によって異なっており、なかなか議論が噛み合わない。したがって需要政策を行なうと言っても、どの程度の規模が適当なのか説得力のある数字を提示するのが難しい。


    一方で今日のデフレを主にバブル崩壊が原因の需要不足から説明している論者がいる。代表的なのがリチャード・クー氏である。氏は「バブル崩壊で、企業と個人のバランスシートが傷つき、それが修復されるまで、デフレは続く。企業は購入した資産や担保資産の価値が減少し、借入金の返済に追われ、設備投資の余裕がなくなっている。個人についてもバンスシートの調整が続いている。この結果、日本経済は需要不足に陥っている。」と主張している。それなりに説得力がある。

    しかしバブル崩壊の影響は全ての企業や個人に及んでいるわけではない。バブルとは関係のなかった企業もある。またバブル崩壊の影響があっても、まだまだ余裕があって借入金の返済に励んでいる企業もある。しかしこれらの企業がこぞって設備投資を控えているのである。バランスシートが修復されれば、直ぐにでも設備投資が再開されるという意見は楽観的過ぎる。また一方、設備投資をしないと言われている企業でも、最低限の投資は行なっているものである。


    筆者は、別の角度、具体的には資金の流れから需要不足を説明した方が解りやすいのではないかとずっと考えている。たしかにリチャード・クー氏の話のようにバブル崩壊でバランスシートが傷ついた企業や個人がいる。しかし一方で、バブル期に土地などの資産を高値で売り抜けた人々がいるはずである。これらの人々が資産売却で得た資金をそっくり使ってくれれば、デフレなんかに陥らなかったと見る。ところがこのような資金はほとんどが銀行の預金になったままである。ここが問題なのである。

    日本においては土地の売却代金がほとんど消費に回らず、ほとんどが預貯金の状態で残っている。日本では土地の売却代金にこのような特質があり、これは他の国では見られない現象である。これについては本誌は、99/4/19(第111号)「日本のお金持ち」他で何回も取上げてきた。つまりバブルが崩壊したからデフレになったという意見は半分だけが正しい。しかし仮にバブル(地価高騰)崩壊がなくても、土地の取引が活発に行なわれれば、そのうちデフレになってしまうのが日本経済の体質と筆者は考える。

    筆者は、日本経済がデフレ体質になったのは1975年頃(需給ギャップと言う言葉を始めて目にしたのは1971年頃であったが、その後の好景気で一時的に解消されたと考えられる)と考える。その前に田中角栄政権の日本列島改造ブームで土地取引が活発に行なわれた。またこの時分から、日本の地価が経済に影響を与えるほどに高くなった。

    日本経済はデフレ体質をその頃からずっと今日まで引き摺っていると考える。したがってこの頃から日本経済は外需依存型が定着した。もし財政支出を絞ると内需が縮小し、この結果輸出が大きく伸び、外需がこの有効需要の不足を補っていた。しかしこれではそのうち円高になって円高不況になる。これに対して政府は景気対策を行なうことを迫られる。日本の景気循環はこのパターンの繰返しであった。ちなみにバブルが発生したのは、この時の景気対策が金融政策に偏重したからである。


  • 真水の話
    前段で述べたように、地価が異常に高い日本において、土地の売買が経済へ及ぼす影響は甚大である。土地の売却代金のほとんどが直接的に消費や投資に回らないとすれば、土地の取引がある度に、ほぼその分有効需要が不足することになる。これは地価が日本よりずっと安い諸外国では見られない現象である。まず今週はこの様子を政府の土地購入のケースで具体的に見てみる。

    バブル期には、民間の企業や個人が土地をさかん購入した。しかし政府は、バブル期に限らず一貫して土地の購入を行ってきている。政府の土地の購入は主に公共投資に伴うものである。土地を購入し、道路にしたり、その上に公共物を建てたりしている。

    ところで政府は、公共投資の経済効果を試算する場合、土地の購入代金を除いている。土地の売買が付加価値を生まないからである。補正予算を編成する場合、「真水」という表現が使われる。これは公共事業費から主に土地の購入代金差引いたものである。土地の購入には経済効果が期待されないからである。したがって景気対策を主眼とした補正予算を編成する時には、なるべく土地の買収を伴わない事業が選ばれている。たしかに前述したように、土地の売却代金のほとんどは貯蓄されるからである。売却代金が貯蓄されることによって、経済の波及効果がそこで止まってしまうのである。

    しかし公共事業を進めるにはどうしても、この土地の購入は避けられない。次の表は1972年度からの30年間の、政府(一般政府:地方自治体などを含む)による土地の買越し額の推移である。
    政府の土地の買越し額(単位:兆円)
    年度買越し額年度買越し額年度買越し額
    72年0.882年2.792年6.1
    73年0.883年2.793年6.4
    74年1.184年2.694年5.4
    75年1.185年2.795年6.1
    76年1.186年2.896年5.4
    77年1.587年3.497年4.5
    78年1.988年4.098年4.9
    79年2.089年3.999年4.4
    80年2.590年4.600年4.1
    81年2.691年5.201年3.6
    (国民経済計算年報:内閣府経済社会総合研究所編)

    72年度からの10年間で15.4兆円、82年度からの10年間で34.6兆円、そして92年度からの10年間に50.9兆円の土地を政府は買越ししている。72年度からの30年間で、買越し額の合計は、実に100.9兆円である。

    たしかに政府が土地を買収した資金が全く使われず、全てが貯蓄されると考えるのは現実的でない。買収資金の一部は消費や投資に回されると思われる。しかし土地の買収に使われた資金の大部分は貯蓄され、経済波及効果がそこで止まることになる。このことは、「真水」という表現でも分るように、政府も公式に認めていることである。政府に限っても、30年間で100兆円もの土地を購入している。この大部分は預金されたまま凍り付いているのである。


    景気対策を行なえば、そのうち持続的経済成長するはずという意見をよく聞く。しかし日本経済は、土地取引(特に個人が土地を売却した場合)が行なわれる度に有効需要が不足する体質を持つ。つまり日本の場合、体質的に持続的経済成長ということが難しい。この場合には政府が財政を赤字にして需要を補う必要がある。このように日本の経済が内需で成長するには、財政の累積債務が継続的にある程度増えることは避けがたいのである。しかしこれでは国債の発行残高が無限に増えると危惧する人が出てくるかもしれない。それなら「政府貨幣(紙幣)」という手がある。ちょうど昨年「政府貨幣(紙幣)」発行を説いたスティッグリッツ教授が来日している。



来週は、土地の売買をもう少し広い範囲で捉える。

イラクの復興活動には重要ないくつかのポイントがある。一つが中東の石油である。特に埋蔵量が世界第二位のイラクが注目されている。本誌でも3年前に01/9/10(第221号)「「生産性」と「セイサンセイ」の話」で世界の石油事情を簡単に取上げた。その一部を抜粋する。
「世界の国にはそれぞれ産業構造やおかれている状況が違っており、「セイサンセイ」を大きくする方法も異なってくる。ところでここ2年くらいで、国のセイサンセイが飛び抜けて向上したのは、産油国と筆者は考えている。1年半前まで原油下げ続け、とうとうバーレル当たり9ドルになってしまった。

この原因は色々考えられるが、一番の要因は産油国の供給過剰である。そしてこの背景には、原油採掘技術の向上が挙げられる。通常、油田からは埋蔵されている全ての原油を技術的に採掘できない。そして技術的に採掘可能な量が可採掘量である。この可採掘量は実際の埋蔵量の半分以下とも言われている。ところが近年、採掘技術が飛躍的に向上したため、既存の油田の可採掘量が大幅に増えた。そして可採掘量の増大が、新油田の発見よりずっと安い方法で実現したのである。可採掘量の増大に伴って、原油の生産も増えたのである。この方法の限界コストがバーレル当たり7ドルくらいと言う話であり、実際、原油価格はこの値に限り無く近付いた訳である。」

ところがイラクには、バーレル当たりのコストが何と2ドルの油田があるという話である。イラクへの関与もこのような低コストの原油の確保と関連があると考えられてもしょうがない。今後の日本の石油資源の確保については、イラン、カスピ海、シベリアなどが候補に挙がっている。しかしどこもイラクと同様、様々な問題を抱えている。

日本の安全保障を考える場合、エネルギー確保との関連を無視することはできない。日本としては、もし今後無用な国際的な関与を避けたいなら、どうしてもエネルギーの海外依存度を下げる必要がある。筆者は、現実的には当面原子力を活用し、化石燃料への依存度を下げることが必要と考える。そして将来的には、核融合の可能性を探ることである。核融合の実験プラントのコストは1兆3千億円である。各国の足並みが揃わないなら、日本独自で計画を推進すべきである。1兆3千億円なんて本当に安い。反対に為替介入で35兆円もドブに金を捨てるようなことをやって、各国から批難を受けるなんて本当にバカげた政策である。

亀井静香勝手連のアドレスは(亀井静香勝手連のホームページhttp://www.nb-j.co.jp/katteren)である。



04/4/12(第340号)「火星の土地」
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04/3/15(第336号)「日経の貧乏神」
04/3/8(第335号)「実感なき経済成長」
04/3/1(第334号)「為替介入ではなく財政支出を」
04/2/23(第333号)「為替介入への道」
04/2/16(第332号)「為替介入資金の働き(その2)」
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