平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




04/4/5(339号)
円高は構造的


  • 日本人の歴史観が自虐的であるという指摘がある。筆者は、経済についてもよく似た見方があるとずっと感じている。日本は米国に劣っているという意識が国民の間に根強くある。特にバブル崩壊後、このような考えを持つ人が増えている。

    日経新聞が好きな調査がある。毎年スイスのビジネススクールが毎年公表する先進各国の競争力のランキング表である。このランキングでは、日本はずっと下位にある。一方、常に最上位にあるのが米国であり、他の上位の国にはシンガポールやフィンランドなどがある。構造改革派はこのようなランキングを根拠に「日本はもっと徹底した規制緩和を行ない、IT化を進め、生産性の低い産業を淘汰すべき」と訴える。彼等は日本経済を立直すには「競争力の回復」しかないと主張するのである。

    大学生の夏休みのレポートのようなビジネススクールのランキング表であるが、構造改革派がこの種のものを囃(はや)しており、日本の各方面にけっこう影響を与えている。実際、自民党の観念的な政治家も同じようなことを言っている。また長らく日本からの資本流出が続いているが、このような感覚が影響していると思われるのである。


    「日本はダメな国なのだから円が対米ドルでそんなに高くなるはずがない」と固く信じている人が多い。これを「自虐的な為替観」と呼ぶのが適当だろう。過去に何回か投機的な為替取引での大損が表面化したことがあった。一社で軽く一千億円を越える損失額であった。たいていは将来の円安を見越した為替予約の失敗である。

    筆者の聞いているケースでは、ある大企業の経理部長が「歴史的に見ても180円を越える円高が定着するはずがない」と判断し、「円の売り持ち」つまり「米ドルの買い持ち」予約を行なった。この部長は、直ぐに円安にならなくても、予約の実行をジャンプすれば、必ずそのうち円安になると固く信じたのである。当時はプラザ合意後、円高が進んだ局面であった。このような為替予約を行なう企業がけっこうあったのである。

    しかし予想に反して、円高は続き、おそらく追加の予約が膨らんだのだろうが損失が嵩み、最後にはギブアップする。中には一千億円単位の損失が出たケースもあり、話題になった。為替予約で大失敗するケースは、円安に掛けている場合が多いという印象を持つ。これも「円がそんなに高くなるはずない」という考えが日本人に染み付いているからである。特に若い時に米国の進駐軍に圧倒された経験を持つ人々が、「日本が米国に勝てるわけがない」という感覚を心の底で持っていたとしても不思議はない。


    ここ1年余りの政府・日銀の為替介入で不思議なことがある。介入が本格化した昨年の1月から今年1月までの13ヶ月間の経常収支の黒字額は、1,684億ドルであり、これを1ドル115円(推定平均円レート)で換算すると、19兆4千億円となる。しかしこの間、政府・日銀30兆円強(3月末までなら35兆円)の為替介入を行なっている。つまり経常収支の黒字額の合計より11兆円も多い介入である。

    またこの間、外債購入と言った資金の流出や海外への直接投資がある(ただし最近では外債購入のかなりの部分は為替予約が付いており、これについては為替動向には中立である)。たしかに海外からの株式投資資金の流入(日本国内での資金調達もあり、海外勢の日本株買越し額と必ずしも一致しない)があり、この分を差引く必要がある。しかし注目されることは、このような巨額な為替介入があったにも拘らず、119円から106円台までとかなり円高が進んだことである。

    つまり表面に出ない相当強い円買い圧力があったものと考えられる。たしかに一つは円先高を見越した新規の投機的な円買いがあったと思われる。しかし筆者の関心は、将来の円安を見越した為替予約の反対決済があったことである。為替予約を行なったが思惑がはずれ(円安どころか円高が定着しそうになった)、決済を迫られたものが相当額あった可能性が強い。このように投機的に売っていた「円」が、損害が大きくなる前にあわてて買い戻され、これが表面に現われない円高圧力になっていたという観測である。


    実は99年12月に円レートは102円台と今回より円高が進んだ。小渕政権の頃で、積極財政による経済の底入れが期待された頃であった。しかしそれをピークに一転して円安となり(政府・日銀の為替介入と、積極財政の後退による経済低迷や銀行の信用不安が再発)、それ以降、円安傾向が続いていた。ところが経常収支は、ずっと黒字が続いていた(黒字幅は一時的に小さくなったが)。つまりいつ円高に向かっても不思議はなかった。

    ところが小渕政権の積極財政路線が挫折する頃から、日本経済は再びおかしくなった。地価の下落が依然続き、デフレが進行しているのに、「景気対策はもう良い。次は財政再建だ。」、「銀行の不良債権処理を急げ」という声が急に強くなった。特に小泉政権が成立してからは、この路線が鮮明になった。この結果、日本経済はどん底に向かい、国内に投資機会がなくなった資金の海外流出が続いた。このような状況では「日本はもうだめ」と考え、将来の一段の円安を予測し、投機的な円売り(米ドル買い)予約を行なう向きがあっても不思議はない。

    たしかにこのような「自虐的な為替観」を助長するムードはあった。たとえば浅井某という怪しい人物の「日本財政は明日にでも崩壊する。手持ちの資金を海外に退避させろ。」というサバイバル本がベストセラーになっていた。しかしよく考えてみると、このような「自虐的な為替観」が蔓延していたからこそ、為替介入がなくても円安が維持され、日本経済の底割れが回避されていたのである。しかし経常収支は黒字が続き、その間に矛盾がどんどん蓄積されていたのである。

    ちょうど緊縮指向の財政財政運営であるゼロシーリングが行なわれていた中曽根政権の時に似た状態が続いた。当時、レーガン政権の「強いドル政策」が裏目に出て、米国の経常赤字(日本の経常黒字)が空前の水準に達していたのにもかかわらず、為替が円安で推移していた状況までそっくりである。この時には、この後、プラザ合意で為替水準が大きく調整(超円高と超米ドル安)された。筆者は、このような大調整を回避しようとしたのが今回の政府・日銀の常軌を逸した大規模な為替介入と理解している。


  • 長期の為替レートの予想
    次は今後の為替動向の予想であり、まず超長期の為替動向を論じる。これについては7年前、本誌は読者の質問(30年後の円レート)に答え、97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」で、将来1米ドルを80円くらい(場合によっては40円)になると大胆に予想した。

    当時は1ドルが120円台から145円の円安に向かっていた時代である。為替取引の自由化を控え、マスコミでは、自由化で円の流出が起き円安は間違いなくなる来ると言っていた。当時、構造改革派の人々は、「円の暴落がやって来るから、早く財政の再建を行え」と浅井某と全く同じことを言っていたのだ(このようないい加減な世論操作が行なわれており、橋本政権は逆噴射的な緊縮財政を行ない、日本経済は沈没した)。本誌はこれらの当時の論調に反して、将来の円高を予想していた。

    実際のところ30年後(今日では23年後)と言った超長期の為替レートを正しく予測することはほとんど不可能である。しかし方向だけは示すことはできると考える。筆者は、中長期、あるいは超長期の為替レートを決めるのは経常収支と考えている。当分の間、日本の経常収支の黒字は続くものと考える。また海外へ流出した資金が元本が子(利息や配当)を生み、むしろ所得収支の黒字幅は確実に大きくなっており、これがさらなる円高要因となる。

    問題は貿易収支の動向である。これは「時の政府」の経済政策に掛かっている。今日のような内需拡大策を放棄したような政策が行なわれるなら、企業は外需に依存する他はない。したがって1ドル40円という超超円高になる可能性も否定できない。

    また日米の脱工業化の進展の具合も、為替動向に関係する。米国は既に、製造業の就業人口に占める比率が11%とか13%に急速に減少している。今日米国に残っているのは、軍需産業と保護されている自動車産業、そして医薬品くらいのものである。つまり米国は今後も工業製品の輸入大国であり続けることは間違いない。さらに最近では工業製品だけでなく、サービス業の海外移転まで起っている。コールセンターのインドへのアウトソーシングが一例である。また対外債務の増大による所得収支の赤字も今後膨らむ。これらは全て米ドル安要因である。

    さらに石油の価格動向も為替に影響する。昔は石油輸入大国の日本への影響がより大きかったので、原油高は米ドル高・円安要因であった。しかし日本の省エネが進み(GDPに対する石油の原単位が米国より小さくなっている)、最近では原油高はむしろ円高要因になっている。今後の中国などの石油の消費の増大を考えると、石油価格の高値での推移が予想され、これも米ドル安・円高要因となる。


    円高が進むにつれ、企業は合理化を進めるが、収益力のない企業から順番に潰れるか撤退する。企業は、リストラや合併を行なって、淘汰されることを回避しようとする。つまりどれだけ円高が進んでも、余裕のある企業や収益力のある企業は残り、貿易収支が急速に赤字になるという事態は考えにくい。

    しかし有力企業が生残っても、倒産する企業と失業者が増え、日本社会自体がもつかどうかが問題になる。超長期の円レートを40円と予想しても、その前に社会が荒れ、経済政策の大転換が行なわれる可能性がある(筆者はこの大転換を早くやれという意見である)。実際、今日でも所得格差や都会と地方の経済格差は既に大きくなっている。たしかに一部の超有力企業は1ドル40円でやって行ける可能性はある(このような超円高になっても、原材料が安くなったり、日本企業しか製造していない製品があり、案外生き延びる有力企業はあると思われる)。しかしその前に日本社会が崩壊するのである。


    次は中長期的の為替動向である。これから数年間、つまり現政権の経済政策が続くと思われる期間である。ついに米国からの批難が起り、政府・日銀の常軌を逸した為替介入も大っぴらに継続することが困難になった。さらに日本以外のアジア各国(特に中国)の為替介入に対しても、米国の態度は厳しくなっている。また日本の経常収支の黒字は、構造的なものであり、急速には小さくならない。また「自虐的な為替観」による為替予約や外債投資(最近は大半の外債投資に為替予約を行なっている)も影を潜め、直ぐには復活しないであろう。

    また日米金利差の為替への影響を過大視することはないと考える。米国への資金流入が減少(為替介入資金の減少などによって)すれば、たしかに米国の金利が上昇する可能性はある。日米の金利差が開けば、米国への資金流入の要因になりうる。しかし為替の動きそのものが不安定であり、為替リスクがある。さらに米国の金利上昇、つまり債券の価格のさらなる下落が予想されている現在、こちらのリスクもある。だいたい米国政府自体が米ドル安を望んでいるのである。これらのことを総合的に考えると筆者は中長期的に円高が進むと予想する。

    円高傾向の定着を予想する向きが一般化している。これに円高を予想する投機マネーがさらに加われば、急速に円高が進む可能性がある。世間では100円を切る程度の円高を予想する人が多いが、筆者は投機マネーの動向によっては、一段の円高を予想する。ちなみに米国の自動車産業界は、具体的に92円程度の円高を要求している。これらを総合的に勘案すると、90円を一旦切るような円高もあり得ると考える。その後95円、96円に戻しても、日本政府の政策が変らない場合には、次は本当に80円を目指す動きになると予想する。注目は4月下旬のG7である。



来週は、為替動向を考えるうえで一つのポイントとなる政府・日銀の為替介入を取上げる。

亀井静香勝手連のアドレスは(亀井静香勝手連のホームページhttp://www.nb-j.co.jp/katteren)である。



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04/2/23(第333号)「為替介入への道」
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